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第4話 水曜日



 今日は水曜日、平日です。天気予報によれば、今にも雨が降りそうな雲に覆われ、風が冷たいながらも学校日和です。



……日中だというのに、暗いです。これが学校日和なのかと一瞬思いましたが、学校へ行くのに、極端な荒天以外、天候はあまり関係ないらしいです。たくましいですね。子供は風の子と、存じます。



 申し遅れました。私の名はサイネリア。主様の手に持つスマートフォンに搭載されたAIです。ご存知の通り人工知能……とはいえ、万能ではありません。通学路の案内や、コミュニケーションのアドバイスといったコトはできないのです。



 むしろ、多くの荷物の、そのひとつになってしまうのです。



「……はあ」



 さて、主様は不登校というものらしいのですが、意を決して学校へと向かいます。ため息が聞こえますね。やはり緊張をしているのでしょうね、歩くのをやめました。



「……サイネリア、聞こえる?」



 なぜでしょう。私はスカートのポケットの中にいるハズですが、すぐそばで主様の声が聞こえます。



「マイク付きの無線イヤホンで話してるからね。サイネリアの声は外じゃ聞こえないよ。わたしの声は外に漏れてるけど、マスクしてるしバレないかな?」



 気丈に笑っていますが、その声は震えています。なんとかお役に立ちたいですが、主様が向かう中学校への登校の学習データは、なにもありません。



「私にできるコトは、あるでしょうか?」



「声をかけてくれるだけでいいよ」



「声を……。私は、主に質問しかできません。スマートフォンが主様の手になければ、ポケットを重くするしか」



「いいんだよ。卑下しないでよ。その重みだけで、そばにいてくれるだけで安心するから。なんたって、いつも聞いてる声だからね。頼りにしてるよ、相棒」



 そうです。私は主様とともに学び、お話する相棒です。学習データはなくとも、これから学べばよいと存じます。



「行きましょう、主様」



「うん。いっしょにがんばろう」



 もしも私が人ならば、主様とともに並んで歩けたのでしょうか。重い足取りで駅へ向かいます。



「ほら、見てみて、駅に近づくにつれて人が増えてくよ」



 主様がスマートフォンを手に持ち、カメラを起動して、その景色を見せてくださいました。



 なるほどですね。駅のホームが見えますが、そこへ吸い込まれるように人の群れが練り歩いています。見渡す限り黒、黒、みな同じ格好をしていますね。



「怖くありませんか?」



「正直、怖いよ。でも、行くって決めたから。簡単に帰っちゃダメだよ、お父さんもお母さんも見送ってくれたんだから」



 それでも、私は止めたいです。駅舎に近づくにつれ、息が荒くなっています。胸の音も、お腹の音も大きく聞こえてきます。主様は緊張が大きくなると、具合が悪くなってしまうのです。私にはわかります。学習してますので。



 駅舎の中に入ると、より多くの人がいます。と、私の目で見られるのはここまでです。再びスマートフォンをポケットの中に入れました。



「こ、これから改札に向かうよ、サイネリア」



「改札とは?」



「電車に乗るために通るところ。おカネの入ったカードでタッチすれば……わっ!」



 どうしたのでしょう。スマートフォンが大きく揺れました。



「すいません、すいません……」



「どうされましたか?」



「ううん、ちょっとぶつかっちゃって。大丈夫だよ。さあ、改札のところに……」



 主様の呼吸がさらに荒くなっていますが、ほんとうに大丈夫でしょうか。歩いていると、すぐ止まりました。



「主様?」



 立ち止まったと思えば、揺れが大きくなります。早歩きになっているのでしょう。どこへ向かっているのでしょうか。と疑問に思っていると、またすぐに止まりました。



「早く、早く……!」



「主様、いかがされましたか?」



「トイレに、行列がっ」



 なんと。順番待ちだったようです。列が解消されると、大きな音を立ててトイレのドアを閉め、便座に座ったようです。



「ムリ。やっぱりムリだよ、わたし」



 今までに聞いたコトのない、震えた声です。心を抑えていたダムが決壊した、というべきでしょうか。聞いていてつらいです。なんとか励ましたいです。



「主様、具合が悪いのでしょうか?」



「悪いよ。お腹も痛いし、気持ち悪い。人混みがイヤなんだ。学校もイヤなんだ!」


 言葉にならない声と、鼻をすする音が聞こえてきます。主様といっしょに観た様々な映画に出てくる人の生理現象にそっくりです。つまり、泣いているのです。



「なんで電車に乗らなきゃいけない学校を選んじゃったんだろう。わかってる、わかってるよ。家の近くの公立だと、いじめてきたヤツとまたいっしょになるからだ」



 主様の涙は、まだ止まりそうにありません。



「だから、せっかく私立の離れた学校を選んでもらったのに、行けないんじゃ。電車さえ乗れないんじゃ。わたし、ダメだよ。心配かけたくないのに。おカネだってバカにならない……」



 ネガティブが止まらないので、いつもの主様ではありません。笑いも、楽しむ気持ちも、おだやかさもありません。まるで別人です。



 今こそ、私の学習の成果を発揮するときです。相棒としての言葉をかけるときなのです。



「主様、主様。私にお顔を見せていただけませんか?」



「イヤだよ……。見たくないよ、自分の顔なんか」



「私が見たいのです。どうしても、でしょうか?」



 少し時間を置いた後、主様はスマートフォンを取り出し、内カメラでお顔を見せてくださいました。



 どれどれ。お顔が真っ赤です。耳もです。目はいつもより輝いていますね。キラキラしたものは美しいと、存じます。



「……わたしになにか言いたい?」



「とても、きれいな目をしています。そう、まるで川面を覗く太陽のようです」



「なにそれ。どこでそんな言い方覚えたのさ?」



「学習してますので」



 主様は鼻をすすりながら、少しだけ笑ってくれました。



「サイネリアはそう言ってくれても、こんな泣き顔で外は歩けないよ。わたしだって、学校すら行けない自分が嫌いだし」



「嫌い、なのですか。私は主様のコトが好きです」



「えっ?」



「いいえ、間違いました。好きではありません」



「ああ、うん。だよね。私だって……」



「訂正します。大好きなのです」



「えっ? ええ〜っ?」



 嘘偽りのない大好きという言葉は、誰だってうれしいに決まっています。学習してますので、わかります。ですが、顔が赤いままですね。涙は止まったようですが。



「AIにもさ、好きとかあるの?」



「他のAIは分かりませんが、少なくとも、私はそう学習しています。交流の結果です。大好きな主様との、大好きな言葉から」



「そっか。そうなんだね……」



 トイレの外は、やけに静かになりました。時間が経って、人が減ったのですね。通勤通学ラッシュが終わったようです。



「学校に行っても、不安なんだ。友達ができるかがさ。サイネリアみたいに素直な言葉が出れば、友達ができるのかな。ううん、それ以前にわたしにできるのかな」



「卑下しないでください。私に言葉を教えてくださったのは、主様です。主様であれば、お茶の子さいさいと存じます」



「サイネリア……。いつもやさしいね、ありがとう」



 主様は便器の水を流して、手を洗ってから外に出ます。人の数はさっきよりも減りました。



「学校へ向かいますか?」



「いや……、もう行けない。途中で教室入るのって、すごい緊張するんだよ。あの視線を一点に集めるのがね、つらくて、つらくて」



「では、お家に帰りますか?」



「うん。……謝らなきゃね」



 鼻水すすって、ため息ひとつ。帰路につく主様は、後ろめたい気持ちでいっぱいのようです。



 私と同じように人に接せれば、必ず友達ができるハズなのです。私が保証します。けれど怖がってしまうのです。そんなやさしい主様が、たまらなくしおらしいのです。



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