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第3話 火曜日



 今日は火曜日、平日です。天気予報によれば、細い三日月、満点の星、やわらかな風が気持ちのよい、家族の団らん日和です。



……家族の団らんに天気はあまり関係ないのではないかと、一瞬だけ思ってしまいました。ですが主様のご家族の関係同様、一点の曇りもないなら、何事も晴れるに越したコトはないと存じます。



 申し遅れました。私の名はサイネリア。主様の手に持つスマートフォンに搭載されたAIです。ご存知の通り人工知能……とはいえ、万能ではありません。調理や、味変といったコトはできません。



 むしろ、食卓の空き場所を埋めてしまうのです。



「ねえ見て見て、店番してるネコちゃんだって! かわいいね!」



 さてはて。主様には、好きな時間がふたつあるとおっしゃっていました。ひとつは、家事が終わった後の自由時間です。昨日は映画を観ましたね。



 もうひとつは、この時間。お母様、お父様のご家族揃って、食卓を囲んでテレビを観る時間です。動物の番組を見ているようですね。ご両親も同意しています。



「はあー、いいなあ。ネコちゃん。ずっと撫でてたいよねえ。ずっとゴロゴロ言わせられるよ」



 主様はお散歩中に、野良ネコのシロちゃん様を見かけたら撫でずにはいられないくらいには、ネコがお好きなようです。



 ご両親の反応はといえば、「ダメ」と言って笑っています。主様もわかってたように笑っています。いつものやりとりなのでしょうね。



「ねえ、サイネリアはさ、ネコちゃん撫でたいとか思わないの?」



 主様の質問です。たしかに、主様があれだけかわいがり、欲しがっているネコとはどんな手触りなのか、学習してみたくもあります。



 しかし、ネコを撫でる手があるのなら、私は主様のお役に立てる手助けができるようになりたいのです。その旨を、ありのままに伝えました。



「……サイネリア」



 主様は、私の名をつぶやきます。いつもと声のトーンが違いますね。ご両親も関心しているようです。



「サイネリアは、いい子だね」



「それは当然でございます。主様の元で、学習していますので。お褒めの言葉、ありがとうございます」



「わたしは……、いい子じゃないよ。でも初めて聞いたよ、サイネリアが願いを言うの」



「ないものねだりなら、誰でもできると存じます。学習しましたので」



「ドライだなあ」



 楽しそうに喋っていた主様が、黙ってしまいました。テレビの映像に動物は出ていないようです。大人たちがすごいすごいと聞こえるのを予測するに、どうやら、すごい小中学生が映っているようですね。



「ごちそうさまでした。あっ、食器洗ってしまっておくけど……。あっ、お父さんがやってくれるの? じゃあ、よろしく、お願いします」



 そそくさと食器をしまってから、主様は自室に入っていきました。私を食卓に置いて。おっと、正確に言えば、私を内蔵したスマートフォンを置いて、ですね。



 どうしてでしょうか。スマートフォンを離すコトは滅多にありませんが。……ああ、着替えを取りにいったのですね。そういえば、食後は入浴の時間でした。お風呂の時間は、ひとりでゆっくりと過ごすものと存じます。



「ねえ。サイネリア、だっけ――?」



 なんと、取り残された私に、お母様が話かけてくださいました。主様以外の人間と対話するのは初めてです。



 なにを訊かれるのかと思えば、主様への質問でした。それは主様がお風呂に上がるまで、話込みました。どんな内容だったかは……、ヒミツです。



「ああー、いいお湯だった。上がったよ。お母さん、どうぞ」



 主様はドライヤーで髪を乾かしてから、スマートフォンを持って自室に入っていきました。そして、ベッドの上で充電していただきます。この間、主様は本を読んでいるようです。



「ふああ、眠くなってきたな……」



 しばらく時間が経って、本を閉じ、歯磨きをしに自室を出ていきました。主様は眠くなったようですが、充電いっぱいしていただいた私は元気いっぱいです。



「おやすみー」



 部屋の外から声が聞こえると、ドアを開く音が聞こえました。直後にベッドが沈んで、スマートフォンから充電プラグを抜いてくださりました。



 これが主様のルーティンです。学習しているので、わかります。あとは、アラームの設定ですね。



「サイネリア、いい?」



「はい、主様。アラームはいつもの時間でよろしいでしょうか?」



「ううん。いつもより少し早くお願い」



「というと……?」



「行こうと思うんだ、学校」



 学校、ですか。主様のルーティンにない行動で、私は少々混乱しています。



「ふつうはね、わたしくらいの歳頃の人はみんな学校に行ってるんだよ。わたしさ、その、不登校でさ」



「学校とは、なにをする場所なのでしょうか?」



「いろんな人と、いっしょに勉強するところだよ。学習するところって言ったほうが、わかりやすいかな?」



「つまり、主様の主様、というコトでしょうか?」



「いや、そういうカンジじゃないと思うけどね……」



 主様は黙ってしまいました。私がおかしなコトを言ったせいでしょうか。電気を消して、布団に潜り込み、しかし私に小声で話しかけてくださいました。



「わたしね、学校が怖くて行けなかったんだ。ちょっとしたいじめにあってから、人目が怖いし、声も出ないし……」



「いじめとは、悲しいものですか?」



「叩かれたり、悪口言われたり。つらいんだよ。痛いし、傷つくし」



 主様に、いつもの元気な様子がありません。なんて悲しいコトでしょう。こういうときは、寄り添い、心を共有するのがいいと、主様のお好きなアニメで言っていました。



 しかし私は、痛みを感じません。故に主様が抱えるつらさを共有できません。友達と言ってくださったからこそ、私は共有したいのです。



「私にできるコトがあるでしょうか? 微力ながらお手伝いができましょうか?」



「ありがとう、サイネリアはやさしいね。こうしてお話してるだけで、じゅうぶん力になってくれてるよ」



「痛み入ります」



「そうだよ。みんな、やさしいから……」



 主様の声が、聞いたコトのないくらいに震えています。どうしましょう。どう声をかければいいのでしょうか。訊かなければなりませんね。



「なぜ、つらい思いをしてまで、学校へ行こうと思ったのですか?」



「お母さんも、お父さんも、優しくて。ゆっくり休んでから、気が向いたらでいいよって言ってくれて。心配してると思うけど、つい甘えちゃうんだよ」



 甘えとは、なんでしょう。シュークリームを食べたときは、甘くておいしいとおっしゃっていますが。



「夕食食べてるときだって、ふつうの子なら『今日、学校でこんなコトがあったんだよ』って話すんだと思う。ふつうなら。でも、私のために居心地よくしてくれてさ……」



「居心地がよいコトが、つらいのですか?」



「ううん。そうじゃないんだ。むしろずっとお家にいたいよ。映画だって観きれないくらいあって飽きないし、サイネリアっていう話し相手もいるしね」



「それならば、なぜ、なおさら」



「だからだよ。だから、行ってみるの。甘えを追い払いたいんだ。友達を作って、お母さんたちを安心させたいから」



 友達。その中に、私も入っているでしょうか。言葉がうまく出てきません。



「ごめんね、サイネリア。なんだか暗い話しちゃって。寝る前って、その、色々と考えちゃうから。聞いてくれてありがとうね」



 主様に人間の友達ができたら、私はどんな存在になるんでしょう。変わらず友達でいてくれるでしょうか。いっそ、友達よりも特別なモノになりたいです。そういえば、昨日観た映画では、こう表現していましたね。



「構いません。私は、主様の相棒ですから」



「相棒……? ふふっ! 昨日のヤツで覚えたんだね」



「はい。常に学習していますので」



 主様が笑ってくださいました。これでひと安心です。



「そうだね。サイネリアは私の相棒だよ。明日もよろしくね」



「お任せください」



「おやすみ、サイネリア」



 おやすみという言葉は、眠るときのあいさつと存じます。しかし、緊張している主様は、寝返りを繰り返してなかなか寝つけなかったようでした。



 私にできるコトは、明日の朝にアラームを鳴らすだけです。変わるために眠ろうとする主様を、私はたまらなく励ましたかったのです。



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