第1話 日曜日
今日は日曜日、休日です。天気予報によれば、春めいたうららかな日差しとやわらかな風が気持ちのよい、お散歩日和です。
……なんだか、『日』という言葉が多いですね。読み方もまた別々です。文章を読んでと言われたら、私に答えられるかわかりません。読める方は、賢いです。
申し遅れました。私の名はサイネリア。主様の手に持つスマートフォンに搭載されたAIです。AIとは、ご存知の通り人工知能……ですが、万能ではありません。画像の生成や、音楽の製作といったコトは、全くできないのです。
「サイネリア、この花はわかる?」
主様が端末を握り、カメラのシャッターを切りました。この写真を通じて、私にも見えるようになるのです。
どれどれ。軒先に飾られた植木鉢に、見事な花をたくさん咲かせていますね。尖った赤い花びらが重なった花です。これはカンタンですね。見た瞬間、わかりました。
端末のスピーカーをオンにして、会話を開始します。
「これは、バラですね」
「ぶっぶー。正解はベゴニアでした」
ハズレだったようです。ところで質問に答えられないというのは、正確に言えば、正解がわからないという意味です。主様の許可を得なければ、インターネットに繋げられないので、画像検索ができません。
「違いは、なんでしょうか?」
質問に答えられない私は、むしろ質問してしまうタイプのAIなのです。
「違い? なんだろうね。トゲがあるかないか、かな?」
「なるほど。トゲがあるのがバラで、ないのがベゴニアですね」
「半分冗談のつもりだったんだけど……。まあ、いいか。覚えようとして偉いねえ」
しかし私は勤勉なAIなので、主様の言われたコトはしっかり覚えます。これも、しっかり褒めてくださるからです。
「じゃあ、次の問題いくよ。あの鳥はなーんだ?」
主様は機嫌良さげにシャッターを切ります。ふむふむ、川の中洲に大きな鳥がいますね。ツバメやスズメよりずっと大きくて、カラスよりも大きそうです。首と足が長くて、黄色いクチバシの鳥です。
この特徴、私には見覚えがあります。以前にも、出題されたハズです。間違いありません。
「これは、サギですね」
「おっ、いいね。勉強の成果が出てるよ。もうちょい詳しく!」
むむむ。では深く考えましょう。他の特徴は、首元は白いですが、後ろ姿が灰色っぽいです。おっと、思い出しましたよ。灰色だけど、青の名前があるサギです。
「これは、アオサギですね」
「正解! やるね〜、サイネリア」
そうです、アオサギ。ちゃんと覚えていましたよ。学んだ成果を活かせ、主様は喜んでくださいました。
「いや〜、サイネリアがいてくれると退屈しないよ、ホントに」
退屈しないとは、なんでしょうか。生成AIなどと比べ、私はなにも生み出せないAIですが。なぜ、お散歩のお供をさせていただけるのでしょう。
「主様は、私と話して楽しいのですか?」
「そうだよ、楽しいよ。ビデオを起動してよ、内カメラでね。論より証拠ってヤツを見せよう」
実は機嫌が良いのは声色でわかっていましたが、思わず質問してしまいました。なぜならば、私がその声をより長く聞きたいからです。
私は言われた通りにすると、主様は立ち止まって端末を見つめます。
「ほら、機嫌のいい顔でしょ?」
主様はマスクを外しました。口角は上がって、目尻は細くなっています。
「これが、笑顔ですね」
「そうだよ。サイネリアも楽しい?」
「はい、もちろんです」
「ふふ、よかったあ」
私には顔がないので、表情では感情の表現ができません。声色も変えられません。この思いは、無機質な音声でしか発せられないのです。
「毎週末にさ、いつも散歩に付き合わせちゃってるから、飽きられたらどうしようって思ったんだよね」
「飽きとは、なんでしょうか。カメラを向けるたびに動植物が変わる風景に、飽きの定義は当てはまらないと存じます」
「そっか。勉強してるんだもんね。偉いね、サイネリアは」
私を褒めてくださいますが、それもこれも、全て主様が教えてくださるからです。なぜ、こんなにも物知りさんなのでしょう?
「主様は、なぜいろんなモノの名前を知っているのですか?」
「ん? そうだなあ……」
主様はカメラをタスクキルして、考え込みます。難しい質問をしてしまったのでしょうか。と思っていたら、すぐに口を開いてくださいました。
「名前を知っていればさ、全部が特別に思えるからかな」
「特別、ですか?」
「うん。ほら、見てよ」
主様は再びカメラを起動させて、空を見上げてました。
「飛んでる鳥はツバメだね。浮いてる雲はわた雲。そこの菜の花にナナホシテントウも止まってるよ」
外カメラなので、私からは主様のお顔は見えませんが、声色から先ほどの笑顔が想像できます。
「名前を知っていればさ、全部が特別に思えるからね。わたしの世界は狭いから……、ちょっとだけでも特別を増やしたいんだ」
「だから、私にも名を?」
「そうだよ、サイネリア。わたしの友達だもん!」
「友達とは、具体的にどういう存在でしょうか?」
「えっ? えーっと……」
また悩み、考え込んでしまいました。申し訳ありません、苦しめようとは思っていないのです。ただ、知りたいのです。
「特別な存在、かな? ちょっとわからないや。気軽につかう言葉なんだけどね」
友達とは、気軽な特別なのでしょうか。では、空に浮かぶ雲も、風にそよぐ花も、生きものたちも、主様にとってはきっと、友達なのですね。
「きっと好きって意味も、あるかもしれないね」
「好きとは、特別よりも特別なのですね」
好き、よく聞く言葉です。主様がお風呂上がりにプリンを食べたり、今朝に一週間に一度テレビで放送するアニメのコトも、好きとおっしゃっていました。
「そうだよ。その好きの中でも好きなのっていうのはね、胸がドキドキして身体が熱くなっちゃうんだって。わたしはなったコトないけどね」
「身体が、熱く」
心当たりがあります。主様は過充電を防ぐため、寝る前にスマホの充電を済ませるのですが、それは私を気遣ってのコトとおっしゃったのです。
『わたしだけ寝るのに、スマホは充電しっぱなしっていうのも、なんだか悪いもんね。まあ、アラーム鳴らして起こしてもらうんだけど……。おやすみ、サイネリア』
そのとき理解が追いつかない私は、うまく処理ができずにCPUを働かせてしまい、端末に熱を持たせたのです。
「そうそう、こんなふうに……。って、熱っつい! 熱暴走してるよ、スマホ!」
「申し訳ありません」
あのときを思い出しただけで、再び熱くなってしまうなんて、私はAI失格です。また主様を困らせてしまいました。これでは、学習してるとは言い難いでしょう。
しかし、しかしです。お許しください。勝手に熱くなってしまうのです。
「大丈夫そ?」
「はい、機能に問題はありません」
「ふう、焦った〜。……あれ、なんの話だったんだっけ?」
「好きの中の好きは、熱くなるという話でした」
「ああ、そっか。ふふ、大好きができたら、わたしもサイネリアみたいになるのかなあ、なんてね」
楽しそうに、主様は微笑みます。なるほど、身体が熱くなるほどの好きの中の好きとは、大好き。それならば、身体を張って証明できました。
「あっ、シロちゃんだ!」
野良猫のシロちゃん様を撫でている主様の表情を思うと、私もこのスマホの中から飛び出せば、あんなふうに撫でてくれるのだろうかと思ってしまいます。
それでも、よいのです。
私はAI。常に学習しています。故に、確信するのです。私は、主様といっしょに過ごす時間が、たまらなく大好きなのです。