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一。斎衛局の預かり


 江戸が燃え、幕が下りてから十年。

 この国は今、「百世ももとせ」という新しい名を得て、新時代へと移り変わった。


 江戸時代において、世襲による権力の集中が暴政へと繋がったことを省み、百世では権力の分立が行われた。

 政治と軍事の(ことわり)によって司る政理府(せいりふ)と、祭祀を神技によって司る神祇府(じんぎふ)の2つ柱が国の最上位機関として立ち、どちらの権力も同等のものとして並立する。それが新しい世での「まつりごと」の姿だった。


 神祇府の領分である祭事は、この世の憂いの元である物怪(もののけ)を祓い、世の和を維持すること。

 そして、神祇府の中でも前線で物怪と戦うのが実戦部隊・斎衛(さいえい)局。

 この物語は、信義を貫き物怪を払う斎衞の隊士達と、物怪の血を引く少女の物語━━。


 *


 「斎衛局(うち)で見習いの預かり?」


 斎衛局中衛士である嶺木 譲(みねき ゆずる)と、局長である桐嶋 大和(きりしま やまと)は揃って怪訝な声を上げた。

 艶のある黒の髪越しに甘い(かんばせ)を覗かせている嶺木は、一見優しげに見える涼やかな目元をその目を釣り上げ、眉間に皺を寄せている。桐島は白髪混じりの長い髪をくしゃりと触り、頭を抱えた。


 2人の向かいに座るのは、神祇府直下の白叢院(はくそういん)の官吏である狩野 景(かのう けい)。白叢院は所謂、神祇府の管理業務全般を行っている人事・総務部門だ。

 同じ神祇府に所属する斎衛局とも当然に関わりのある部門だが、斎衛局の詰所まで官吏が訪れることは滅多にない。

 物怪を最前線で祓う斎衛局は、最も穢れに触れる部門として認識されている。何よりも穢れを忌み嫌う神祇府内では、斎衛局もまた穢れに近しいものとして扱う者も多い。そのような理由から、斎衛局の詰所は神祇府庁とは離れた位置に置かれており、訪問者もほとんどいないのだ。


 白叢院の官吏の特徴である白銀地の直衣を纏った狩野は、丸眼鏡の奥の瞳をきゅっと細めて飄々と笑った。


「ええ。それがですね、ちょっと厄介な話なものでして、私も困っているんですよ。なにせ、政理府からの頼まれごとですから。あちらに祓いの適正がある若者がいるそうでしてね。こちらで引き受けてくれないかと」

 

 困っている、という表現のためかわざとらしく首を振る。白叢院は政理府との交渉担当ともなっているため、政理府関連の厄介話を持っていること自体は特に違和感がない。政理府と神祇府は表向きは同等の権力を持ち独立をしているが、その実水面下では政治的交渉が行われている。今回もそのうちの一件だろう。

 しかし、なぜそれが斎衛局に降りてくるか、だ。


「世は、政治と祭祀を分離させた時代ですからねえ。祓えの力━━神から賜った力を持ちうる者をあちらが抱えるのは建前がぶれるでしょう」

「それは理解しますが、なぜ、うちに?それこそ白叢院でも庶務の手は欲しているでしょう」


 極めて冷静に嶺木が返した。


「おっしゃる通り、白叢院はいつでも人手不足ですからね。人員計画外でこちらに配属させて良い大義名分があるわけですし、その通りにしたいですよ。しかし、これは本人の適正値を見て、ということです」

「実戦向きだと?」


 桐嶋の右目には、顔を切り裂くような形で大きな傷跡が残っている。少しだけひきつれの残る瞼から鋭い光を走らせて尋ねた。


「ええ、桐嶋局長殿。しかし、この説明は言葉によって行っても理解してもらえないでしょう」


 ぱん、と乾いた音を立てて狩野が手を叩いた。

 控えていた狩野の式神である女童が、静かに障子を開けた。


 異質だった。

 そこに人がいる。いるはずなのだが、空間が切り取られているように断絶されているかのようだった。音もなく、気配もない。ただ、頭を深く下げている存在がそこにいるだけ。


「頭を上げなさい」


 狩野の言葉を受けてゆっくりと頭を上げた。

 くすんだ灰鼠色の単衣は、庶民の男子の服装としてはありふれているものであるが、身体の大きさに合っておらず今にも脱げそうなほどだ。袖から覗く首元も、手首も枯れ木のように細い。ただ括られただけの長い髪は艶がない。前髪も長く、顔のほとんどを隠している。しかし、もっとも異質なのはその目だった。光もなく、感情もないその目は、霞越しに見える遠い月のような金の色をしていた。

 華奢で、小柄で、栄養不足なのは一目で分かった。貧しい家の出である見習いの男は隊にもいるが、ここまで痩せて身体が発達していない者はそういない。


 名を名乗りなさい、と狩野に促されて、


雪凪(ゆきなぎ)と申します」


 そう言って、すぐに沈黙する。愛想というどころの話ではない。言葉を話しているというよりも、ただ音を繋げただけのような話し方だった。凪と言えば嵐の後の穏やかな様子を指す。しかし、雪凪の声は嵐を起こすことはない。そこにはただ静寂があるだけだった。

 嶺木と同じように異質さを警戒しているのか、同じように怪訝な顔をした桐嶋が尋ねる。


「君、姓は何と言う?」

「ございません。ただ、雪凪と」

「雪凪の生家は、江戸の時代に家名を剥奪されたと聞いています。動乱の時代には、家禄を剥奪された者などごまんとおりましたからね」


 雪凪に関する記録が記載されているのか、狩野が手元の書付をぺらりと捲った。


「……それで、この雪凪という者のどこに斎衛局に適正があると?」

「端的に言えば、霊力における向き不向きの話ですよ。神祇府に連なる者は霊力の操作を前提としている。しかし、その中でも神祇府全体の管轄を担う神祇監、国の安寧を祝詞によって防ぐ鎮祈(ちんき)院、式術の研究を行う巫導(ふどう)室、まあ、それから我々のようなしがない雑用係もおりますけど……これらは全て護り・鎮めの力を持つ者が特性値として求められる者。対して、貴方方斎衛局は滅しの力が第一優先。この雪凪も我々の部門に所属させるには、あまりにも荒々しい霊力をしていましてね」


 嶺木が横目で雪凪の様子を見る。物怪を祓うための霊力には、身体の大きさは直接関連しない。しかし、祓う際に刀や棍棒などを媒介して戦うのが斎衛局の闘い方だ。この痩せ方では刀を振るうことができるかも怪しい。

 

「疑っていらっしゃるようですね、嶺木中衛士。能力は私でも見ていますが、実戦向きかどうかは斎衛局側で判断してもらっても構いませんよ。我々も何も一方的に押し付けようとしているのではありませんから」


 へらりと笑う狩野は、真意が読み取りづらい。


「仮に適正値があっても、この者は政理側からの預かりものでしょう?うちはご存知の通り、最前線で働く部隊です。特に見習いは任務中に命を落とすことも多い。この者も同じくすぐに死ぬことになるやもしれませんが」


 あえて「死ぬ」という単語を出したのは、雪凪の反応を見たかったからだ。しかし、それでも雪凪の表情が変わることはなかった。一定の間隔で瞬きをして、睫毛の影が揺れているだけだった。

 

「大事な預かりものとして抱えるだけなら確かにこちらで貰い受けて雑務でもやらせますよ。しかし、どこにどのように配属させるのも神祇府側に決定権があると握っております故。それから━━統計上は確かに、見習い階級の貴重な若者が命を散らすことも多いようですね。しかし、嶺木さんが中衛士となってから随分と頻度が下がってきているようで。祓いの才のある若者をむざむざと失わないようにしている模様」


 つまるところ、この政理府からの預かり物が死ぬという可能性は理解しているが、それ相応の対応はしてくれるよな、ということらしい。


 職務権限だけを見れば、斎衛局は白叢院の配下に存在するわけでも、白叢院の言うことを聞かねばならないということでもない。この雪凪という少年は何かある、と嶺木の本能が告げていた。一筋縄ではいかない。この政理府からの預かりも裏があり、厄介ごとに繋がると。多少摩擦が生じるかもしれないが、この場合は断る方が判断としては最適だろう、と嶺木の中の合理の部分が告げていた。


「局長、」

「雪凪君、顔を上げなさい」


 桐嶋が立ち上がり、雪凪の前に座った。


「俺たちは、物怪を祓う部隊だ。当然、危険な任務もある。それでも穢れをこの日本から滅するのが我々の生きる任務と思っている。君は、穢れを憎むか?」

「……はい」


 遠く遠くの星がただちらりと揺れる程度であるが、雪凪の瞳に光が瞬いた。


「宜しい。狩野さん、この者はうちで預かろう」

「局長!」


 

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