カップに茶渋がついた時
妻が実家に帰って数日経った。別に夫婦間の問題ではない。妻の実家の弟が怪我をし、助けに行っているだけだ。
松下雄太はため息をつきながら、レンジでパックご飯を温める。独身時代に戻ったようだ。ちなみに結婚一年目なので、子供はまだいない。
雄太は健康食品の営業マンとして働いていた。正直、家事は下手。料理もできない。妻に頼りっぱなしだが、現代は便利な商品が沢山ある。冷凍の唐揚げとカット野菜、それにパックご飯で何とか夕食の支度が整ってしまう。
「冷凍の唐揚げ美味しいな。お、醤油が効いてる」
味も全く悪くない。むしろ美味しい。
食後はお茶を飲む事にした。電気ケトルでお湯を沸かし、ティーバックを入れるだけ。こちらも簡単だが。
「カップの茶渋が気になるな」
食後の緑茶は美味しいが、そこは気になる。
こんな雄太、けっこう綺麗好きだ。会社のデスクも一番綺麗で、事務員がする雑なファイリングが気になったりもする。
「そう言えば……」
妻にも文句言った事があった。カップの茶渋が気になり、ちゃんと洗ってるのか?と。
今思えば、モラハラぽかった。思えば在宅の仕事をしつつ、家事もしていた妻は頑張っていたのに、なぜこんな小さな事に目がついてしまったんだろう。
雄太はお茶を飲み終えると、洗い場に立つ。皿や箸だけでなく、カップの茶渋も落とした。
確か実家の母は、塩を使って茶渋を落としていた。
実際、雄太も塩で擦るように茶渋を落とすと、新品のように綺麗になってくる。
他のカップの茶渋も落とす。どうせついでだ。
「でも、ちょっと面倒だな」
綺麗になって気分は良いが、面倒なのは確かだ。普段の洗い物に加え、茶渋を落とせというのは、妻に要求しすぎていたかもしれない。
きっと要求し過ぎる完結は上手くいかない。与え合うのが一番だろう。
雄太はカップの茶渋に気づいたら、自分でこうして落とす事に決めた。こっそり、妻にバレない感じでやろう。その方がスパイみたいで楽しい気がした。
「よし、全部綺麗になったぞ」
気づくとうちにあるカップは全部綺麗になっていた。雄太の心も同じぐらいに晴れ晴れとし、妻が帰って来る日が待ち遠しい。