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日常を彩るライフハック短編小説集  作者: 地野千塩


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フランスパンを切る時

 締め切り前で修羅場だった。しかも連載の最終回の原稿だったし、思い入れもあり、なかなかペンを離せなかったのもある。


「はぁ。原稿終わった……」


 朝陽が眩しい。徹夜明けの朝はなぜこんなに眩しいのだと津田五十鈴は思う。


 五十鈴は漫画家だった。まったく売れていない若手。アシスタントもいない状態で何とか連載を終わらせたが、今は締め切りを乗り越え、一息。担当さんからもメールが来てこれで全部OKだった。


「ふぅ」


 力が抜ける。同時にお腹も空いてきた。そうだ、近所のパン屋は朝から開いてるし、行ってみよう。


 昔ながらの小さなパン屋だ。サンドイッチ系はサランラップで包まれ、どこか素朴な雰囲気。カレーパンやあんぱん、揚げパンなどもシンプルで美味しそう。フランスパンも大きめでいい匂い。シンプルなパンだからか貫禄すら漂う。ついつい買ってしまった。


「しかし……」


 家に帰って気づく。このフランスパン、どうやって切ろう。ズボラな五十鈴だが、さすがにちぎって食べたくない。


「あ、ちょっとまって。パン屋の袋にフランスパンの切り方のチラシ、入ってる!」


 これを参考に切ってみることにした。パン専用のナイフがない場合、包丁をあたため、ノコギリのようにギコギコ切っていくといいらしい。


「ノコギリ?」


 もはやフランスパン、木か。しかしこんな美味しい木だったら、いくらでも食べられそう。


「よし、木こりになった気分で切ってみるか」


 ちょっと鼻歌交じりにフランスパンを切る。ギコギコとノコギリの要領で切っていくと、綺麗に切れた。外はパリパリとしているが、中はふわっとしている。


 さっそくお皿に並べ、苺ジャムをつけて食べてみた。もちろん、コーヒーも淹れる。


「やだ、おいしい……」


 夢中で食べてしまう。気づくとお皿は空だ。でもまだ明日の分もあるし、苺ジャムも残っている。


 フランスパンの余韻だって残ってる。パン屑すら、少し可愛らしく見えるぐらい。


 最近はずと忙しく、こんなゆっくり朝食を味わったのも久しぶりだった。


 思えば連載を取るのだって大変だったし、デビューできたこと自体も嬉しかった。そもそも絵を描くことも大好きだった。今は忙しく、そんな初心もすっかり忘れていたけれど、ゆっくりと朝食を味わっていたら、心がちゃんと元に戻っていく感覚がする。これから売り上げやアンケートの結果など胃が痛い現実もあるけれど……。


「まあ、今日一日はしっかり休もうか」


 食べ終わった皿を片付けたら、あとはもう眠るだけ。まだフランスパンに余韻も消えないし、今日は良い夢を見られそう。


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