苺を食べる時
三月に入り、スーパーの果実コーナーも華やかだ。特に苺の艶やかな赤色、見ているだけで食欲が出てくると泉野佐和は思う。
「買っちゃおうかなぁ。高いけど……」
転職活動に失敗し、今は派遣社員で営業事務をしている佐和。正直、フルーツを買うより貯金した方がいいんじゃないかと思うが、どうしても食べたくなってしまう。ほぼ反射的にカゴに入れていた。
無駄遣いだったかもしれないが、やっぱりフルーツを買うと気分が上がる。少し浮き足たちつつ、一人暮らしの家に帰り、スーパーで買ったものを冷蔵庫につめる。
「あれ、苺ってどうやって保存するんだっけ?」
確か母はヘタも取らず、洗わずに冷蔵庫にしまっていた。重なって保存すると痛むらしく、タッパーに入れていたような。
「苺は食べる直前に洗うのよ。それがベストタイミングだから」
母のそんな言葉を思い出し、冷蔵庫に苺をしまった瞬間だった。SNSに通知が来てた。知らないアカウントだったが、投資についてのお知らせ。アラサーやアラフォー女性向けに月三十万以上株で儲けられる方法があるとうう。上手く行けば資産形成し、遊んで暮らせるという。
佐和と同年代のアラサー女性の体験談も出ていた。先着限定の情報だから、急いで申し込もうとせきたてられる。
思わず唾を飲む。株で儲けられたら、働かなくてすむ。儲かるかも。遊んで暮らせるかも。フルーツだっていっぱい食べられるかも。
欲望に火がつきそう。でも寸前のところで母の言葉を思い出す。
「株なんて金持ちの道楽。庶民が楽して稼げる方法なんてないからねぇ」
母はそう言って苺を食べていた。
「庶民だからこそ、たまに食べるフルーツがおいしく感じるわ。この苺、次はフルーツサンドにして食べてもいいわねぇ。佐和はどう思う?」
母の言葉、水みたい。頭が冷え、すっかり冷静になってしまった。
「そうだね。庶民においしい投資話はない」
こうしてSNSに届いた情報も無視し、ブロックもしておいた。
後日、その情報は典型的な詐欺だと知った。SNSのフォロワーに教えてもらったが、アラサーやアラフォー女性に被害者が多いらしい。どうやら母の言葉で命拾いしたらしい。
ふと、冷蔵庫をのぞくと、まだ苺があった。痛んでない。艶があり甘い匂いがする。水洗いしたらガラスの器にもって食べてみた。
「ちょっと酸っぱいかなぁ?」
それでも何故かおいしい。昨日はコンビニに行くのを辞めて、ちゃんと自炊したからかもしれない。
「これってクリームで挟んでフルーツサンドにしてもいいかな?」
この苺でフルーツサンドも作ってみた。断面の苺がとても綺麗だ。きっと毎日苺を食べていたら、この綺麗さにも気づかなかっただろう。




