瓶の蓋が開かない時
春がきた。新生活の季節だ。小田花奈は初めての一人暮らし、大学生活にワクワクが止まらない。
引越し作業や諸々の細かい手続きなどを終えても、花奈の心臓は高鳴る。
改めて新しい城・ワンルームアパートを眺める。確かに駅から少し遠く、隣人がどんな人かもわからない。それでもドキドキする。
「わぁ。嬉しい。開放感いっぱい!」
ついつい、そう呟いてしまうぐらいだ。これからは好きな時刻に起きて良い。部屋で漫画や動画を見ても誰も怒る人がいないと思うと、花奈の口元がニヤける。
元々、実家の母親は過保護で心配症だった。この一人暮らしも説得し続けてようやく手に入れたものでもある。もっとも引越し作業中にも母がやってきて、色々と干渉された訳だが、もう帰った。これからは一人暮らしで自由。
「そうだ。ずっとやってみたかった事しよう」
花奈はキッチンに立ち、お湯を沸かし始めた。一人暮らしの部屋で優雅にアフタヌーンティーを飲むのが夢だった。さっそくケーキスタンドも出し、そこに駅前でかったオシャレなスコーンも載せる。安物のテーブルだが、一気にイギリスのティールームへトリップした気分。
「うーん」
紅茶の良い香りを感じながら、花奈はうっとりと目を細めたが。
ある事に気づいた。スコーンに塗るジャムの蓋が開かない。スコーンの店で購入した外国製のイチゴジャムだったが、硬くて一ミリも動かない。
水をさされたような気分だ。せっかくの優雅の一時が……。こんな時、実家で暮らして時はすぐに母に泣きつき、何とかして貰っていた。
ふと、気づく。過保護で過干渉気味な母だったが、全てが悪いわけじゃない。むしろ、花奈が何でも母に泣きつき、共依存的になっていたような……。
「それじゃダメじゃん。せっかく一人暮らし始めたんだから、自分でやるべき事はしないと!」
それに気づいた花奈は、ノートパソコンを開き、ジャムの瓶の開け方を調べる。開け方は色々あったが、瓶の蓋をお湯につける方法が簡単そう。ちょうど紅茶の残りのお湯もある。
試してみると、パカって簡単に開いた。
「あ、開いた!」
拍子抜けするぐらい簡単だった。とはいえ、こういう時の為にお瓶のオープナーも用意しておこう。手帳のメモに書き、雑貨屋に買いに行く事を決めた。
「うん。スコーン美味しい」
こうしてジャムをつけて食べるスコーンは、何だかとても美味しい。今までは全部母にやって貰っていたが、これからはそうじゃない。ちゃんと自立していこう。
少し不安もあるが、きっと大丈夫だ。どうしても出来ない事は「助けてください」と言えるように。本当の自立は、きっと何でも自分でやる事ではない。そう思うと花奈の肩の力も抜け、スコーンはより甘く感じていた。