砂糖がカチカチに固まった時
「あ、嘘。砂糖が固まってる……」
キッチンにあるシューガーポットを覗くと、砂糖がカチカチに固まっていた。
スプーンで叩いても、カスカスと音が響き、全く崩れない。
「はぁ」
亜美はため息をこぼし、固まった砂糖をスプーンで崩そうと格闘していた。
料理をするのは久しぶりだ。去年、バレンタイン前に同棲していた彼氏に振られ、一時期鬱状態になってしまい、料理も掃除もできなくなっていた。通っていた大学だけは何とか行けた為、友達の助けもあり、一年たってどうにか回復してきたところ。
そうして久々に料理でもしようかなとキッチンに立ったが、砂糖がカチカチ。脱力する。塩は大丈夫だったのに。
元カレは甘党だった。何でも砂糖を入れてる。紅茶やコーヒーにも何杯も入れ、飴玉もよく舐めていた。ホットケーキミックスで蒸しパンを作っても、味が薄いとドバドバと蜂蜜をかけていた。だから元カレに蒸しパンを作る時は、生地に砂糖も足していたのだ。
「亜美の作った蒸しパン、うまいなー」
その笑顔は昨日の事のように思い出され、目の奥が痛い。まさか彼が浮気し、相手の女を妊娠させていたとは、全く知らなかった。今では彼の立派なパパとして働いているとか。風の噂で聞いた。
そんな事を思い出しまがら、スプーンで叩くが硬くなった砂糖は、全く崩れない。
「はは、なんかこの砂糖、私の心みたい……」
ワンルームアパートの狭いキッチンに亜美の声が響く。実際、あの日から心が固くなってしまった。何をしても楽しくない。日常の景色がくすんだグレーに見えてしまう。
「あ、でも。砂糖の崩し方は、ネットにあるよね?」
固くなった心の溶かし方は分からないが、砂糖だったら情報があるだろう。スマートフォンを取り出し、ネットで調べると、レンジで二分間チンすると解決するという。ライフハックがまとめられたサイトに書いてあった。
実際レンジに入れて二分。チンとなって取り出すと……。
「あれ? 砂糖、元に戻った!」
思わず亜美は嬉しい声をあげた。スプーンで叩いても何の変化もなかったのに、サラサラだ。白い粉雪のよう。
「よし! 蒸しパン作るか」
固くなった心の溶かし方は分からない。それでも、砂糖はあっという間に元に戻った。案外、簡単かもしれない。
確かに今はまだ心が痛むが、自分の為だけの美味しいものを作れたら、また違う景色が見られるような予感がする。
亜美は微笑み、手を洗うと、エプロンをつけ、腕まくりをしていた。