粉チーズが固まった時
「あれ、なんで粉チーズが固まっているの?」
南田雪保は首を傾げた。冷蔵庫の中に保存していたはずだが、固まってしまい、容器から上手く出てこない。
せっかくナポリタンを作ったのに。近所の野菜販売所で買ったピーマンや玉ねぎ入りだ。野菜販売所は無人で運営され、貯金箱にお金を入れて支払うシステムだ。田舎にはこういった呑気なシステムがよく残っている。
「ナポリタンには粉チーズなのにー」
ついつい文句が出る。
渋々、粉チーズなしでナポリタンを食べ始めたが、雪保はずっと憂鬱だった。高校を卒業後、地元の中小企業に就職し、事務職をしていたが、手取りは十五万だった。確かに今は若く、実家暮らしだから、余裕はあるが、このままでいいかわからない。
甘いナポリタンも、急にしょっぱくなってきた。
「もう実家でようかな?」
ふと、そんな考えがひらめき、都心へ引っ越すことにした。
親や地元の友達は反対したが、一度飛び込んでみれば、なんとかなるものだ。新しい仕事は、似たような事務職だったが、給料も上がり、一人暮らしも楽しめるようになった。
そして、またナポリタンを作ってみた。
近所に野菜販売所はない。小型スーパーでピーマンや玉ねぎを買った。田舎の野菜に比べたら、なんか生気は薄く、工業製品みたいだったが、味は悪くないはずだ。
「あ、粉チーズをかけよう」
出来上がったナポリタンに粉チーズをかけた。一人で暮らしはじめ、食糧の保存方法も調べたが、粉チーズは冷蔵庫ではなく、常温で保存するといいらしい。メーカーでもそう推奨してていた。
常温で保存した粉チーズは、サラサラとナポリタンの上にふりかかる。まるで雪のようだ。ナポリタンの明るいオレンジ色と粉チーズの白の対比が映える。
同じ粉チーズでも、保存方法ひとつでこんなに変わってしまう。仕事もそうだ。同じ仕事でも都心と田舎では給料が全く違う。理不尽だとも思うが、そういうルールだ。受け入れるしかなさそう。
「あ、でもナポリタンはここで食べても実家で食べてもおいしいなぁ」
そんなことも考えつつ、ナポリタンは綺麗に完食してしまう。理不尽なルールも多いこの世界だが、変わらずに美味しいものもある。そう思えば、明日も頑張れそうだ。