生ハムがくっついてはがしにくい時
金曜日の夜の開放感は、どう表現したら良いかわからない。
明日は土曜日。その次の日曜日もお休み。それを想像するだけでも早川菜摘の口元が緩む。金曜日、会社の帰り、アパートの近くのスーパーで冷凍ピザ、バジル、生ハムを買い、ウキウキとしながら、家路につく。
毎週金曜日の夜はピザを食べると決めていた。一週間頑張ったんだし、しがない営業事務職のささやかなご褒美だ。
ブラウスやタイトスカート、ストッキングも脱ぎ捨て、メイクを全部落とす。部屋着に着替えて手を洗い、さっそく冷凍ピザを温めた。まずはレンジで軽く解凍し。トースターの中でじんわり焼かれていくピザを見ながら、楽しくて仕方ない。
「はは、匂いもいいわ」
表面のチーズは熱でトロっと溶け、焦げ色をつけていた。チーズは少なめの冷凍ピザだが、それで良い。焼いたピザを取り出すと、バジルと生ハムをトッピングする。
バジルの濃く強い匂いも良い。ピザにこれ以上似合うハーブはないだろう。
「わ、生ハムって剥がしにくいな」
バジルはともかく、生ハムはパッケージから出しにくい。このままでは花びらのように薄い生ハムが千切れてしまう。
「なんか良い方法ない?」
動画サイトで検索すると、生ハムはそもそも冷蔵庫からすぐに出すと剥がしにくい傾向にあるが、ひっくり返すと、一枚一枚剥がしやすいらしい。菜摘と同じ二十五歳ぐらいの女性が、ライフハックとして動画をアップしていた。
「そんな簡単にできる?」
疑いながらも、生ハムをひっくり返して剥がすと、するっといけた。すぐにバジルと共にピザの上にトッピング。安い冷凍ピザだったが、生ハムとバジルのおかげで、大きな花のように派手な見た目。思わず唾を飲み込んだ菜摘は、ピザを切り分け食べ始めた。
「うん、これは美味しい」
金曜日の夜の開放感も相まり、冷凍ピザは至福の味わいだ。耳はサクサクとし、生ハムの塩気がたまらない。バジルの匂いも最高。
思えばこの先の日本は良くないニュースに溢れている。2025年には日本が消滅するというオカルト番組や漫画も見た。そうでなくても一人暮らしの営業事務職は不安がある。AIに仕事を取られるのではないか。結婚相手が見つかるのか。趣味や好きな事もなく、ただ無意味に時間が過ぎていくのも怖い。
それでも、案外簡単かもしれない。生ハムだって、思ってもみない方法で簡単に剥がれた。まさか裏返せばいいなんて思いつきもしなかった。盲点だった。人生にもそんなライフハックがあるかもしれない。
「もちろん、ない可能性だってあるけど」
それでも金曜日の夜は最高。ピザの味も最高。今はそれだけで充分幸せだ。不思議なもので今が幸せだったら、未来も過去もどうでも良くなるもの。
「うん、最高!」
菜摘は笑顔でピザを頬張っていた。