第51話 乱世の幸せ
ちょっと体調崩しそうだったので、火曜も執筆止めました。睡眠時間確保できたので、また頑張ります。
今度休むときは早めに連絡するようにします。
青州 北海国・劇県
中央からきた太常の馬日磾様は父の師である故・馬融様の一族だ。そのため、袁家とも繋がりがあり、蔡邕様とも共に仕事をしたことがある顔の広い人物だ。そんな彼がいなくなるとただでさえ袁家の人間を殺害・追放した董卓は人手が足りなくなる。だから董卓は不在となった三公の1つを馬日磾様に渡す約束をしているらしい。それだけが理由ではないらしいが、彼は崩れゆく漢王朝の泥船から逃げださずに忠節を尽くしていた。
表向きは俺の婚儀を祝いに来てだが、実際は董卓に反発する声がどの程度あるか見たかったといったところだろう。宴席の翌日見送りの段階で、彼は周囲に人が少ない中で俺に話しかけてきた。
「董相国は盧相殿に鎮東将軍を任せても良いと申していました」
「……それでは徐州牧より地位が上になってしまいますが?」
一般的に安東将軍、鎮東将軍の順に出世するので、俺が徐州牧の陶謙より偉くなってしまう。董卓の離間の計だろうか。少し警戒すると、馬日磾様はわかっていたという表情で言葉を続ける。
「あの方は実力主義者ですので、青州を己の力で勢力化した盧相殿に好意的です。同様に、最近頭角を現しつつある渤海太守も」
「袁将軍も、ですか。ですが、袁将軍は叔父を相国様に殺されて恨んでいると思いますが」
「良くも悪くも、董相国は家族に対する考え方が鈍いので」
遊牧民族の影響が強い彼の親族は、宗族のまとめ役が武勇で選ばれるそうだ。そうして一族の長となった彼だが、遊牧民族は殺した相手の妻を奪い、その子を宗族に加えて育てることもあるらしい。血縁ではなく力の縁が大事。だから娘や孫娘は別として男が負けると「弱かったから」として恨みなどを持たないそうだ。
「まして、あの時の袁隗様は袁家の長と呼んでいい立場。ならば自分に負けたのが悪いとお考えかと」
文化がちがーう。そして、だからこそ年次の序列ではなく実力を重視するそうだ。
「人に慕われるも実力。武を示すも実力。封地を安寧に導くも実力。そういう方です」
「何というか……わかりやすくはありますね」
もしも董卓が冀州あたりで活動を開始していれば、袁紹並に勢力を拡大したかもしれない。でも、中途半端な武力を背景に雒陽を掌握したために、人々は董卓を討たんと考えている。そして、おそらく董卓は自分を超えようとするならば戦うと考えているのだろう。だが、簡単に負ける気はないから丁原を味方にした。そうなると、動向が気になるのが朱儁将軍だ。朱儁将軍は河南尹に任じられてはいるが、まだ冀州に残っている状況だ。董卓軍が涼州討伐軍と丁原の軍勢を抱えているので、対抗するなら彼の軍勢がまず重要になる。そして、皇甫嵩将軍も荊州牧の任に戻ったとは言え、荊州で勢力を維持している。荊州刺史の劉表と協力すれば十分な兵力を集めることが可能だろう。
「皇甫将軍と朱将軍は今どうしているので?」
「皇甫将軍は荊州牧から上軍校尉に転任され、雒陽に戻っていますよ。中軍校尉には董相国と仲の良いご子息が任じられて」
皇甫嵩将軍が董卓に全面的に協力するとなると面倒な話になる。能力も高い上に人望もあるので、董卓側の戦力が強化される可能性もあるのだ。対して朱儁将軍は明確に董卓を嫌っているという話を聞くが、だからと言って漢王朝に弓引くことになりかねない決断をする人ではない。
「私は別にどちらが勝っても構わないのです。ただ、董相国が勝った時、良き先例が失われないよう、守る人間が必要だと思っているだけです」
「馬太常様……」
「盧司馬の子の1人である貴方がいれば、きっと大丈夫でしょう。お幸せに」
彼はそう言って雒陽に帰って行った。彼は自分が敗者になっても構わないと思っているのだろう。ただ、漢王朝を守りたいだけ。そんな人たちが、今の雒陽にはたくさんいるのだろう。
♢
様々な客を程昱と荀攸の機転でうまく乗り切り、宴会は成功で終わった。招待客は2日ほどで全員が帰路についた。宴席では食事もとらずに演武や警護で奮闘してくれた張飛に休みを伝えたら、大喜びでまだお祝いを続けてくれている酒屋に向かっていった。おそらく、宴席の話を人々に話しながら盛り上がってくるつもりだろう。今日くらいは好きにさせるか。
俺はこの2日間各地の招待客相手でほぼ出ずっぱりだったので、今日は1日屋敷で休みをとることにした。流石に疲れた。自室で寝台に寝転がっていたら、気づけば眠っていたようだ。目が覚めたら外は夕焼けに染まっていた。そして、部屋に置いていた俺専用のイスに座って、劉静姫様が箜篌と呼ばれるハープに似た楽器を緩やかに流していた。
「起こしてしまいましたか?」
「いえ、むしろおかげ様でぐっすりと眠れました」
「それは良うございました。父上に付き合っていただいたので、せめて良い眠りをと」
「付き合う、とは?」
「私を迎えていただいた事です。文姫様を大事になさっていたのに、横入りする形になってしまって」
別に横入りとかではないのだ。俺は彼女を幸せにすると誓っているだけで、彼女の幸せが俺といることだからそれを叶えたかっただけなのだから。
「婚儀は父が決めることですし、文姫は気にしていないと思いますよ」
彼女は賢い。劉家との縁がどれだけ大事か正しく理解していたし、その上で俺の側にずっといられることを喜んでいた。だから静姫が負い目などを感じる必要はないのだが、そう言っても彼女は無理だろう。色々なことに対して配慮しすぎるタイプなのだろう。
「それでも、彼女の幸せの最大は2人で過ごすことだったでしょうし」
「うーん、それで言うと、静姫様の幸せはどうなるんでしょう?」
「私、ですか」
自分が幸せになることをこの人は忘れている気がする。このご時世、中々個人の幸福を追求するのは難しいが、それでも自分の幸福を求めないのはおかしい。
「劉姓に生まれたからこそ、静姫様がその役割に殉じようという気持ちはわかります。自分も盧家の人間として、王室を支えよと言われてきたので。でも、私は私なりに自分の人生も考えているつもりです」
自分がこの時代で張飛や臧覇、楽進らを家臣に従えることが出来ている時点で結構楽しんでいるのだ。彼らへの敬意を忘れずに、彼らを最高の名将だと証明する楽しさは文字通り自分だけが楽しめるものだ。
「でも、静姫様はそうじゃない。自分も楽しく過ごすことができるはずです」
「……私の、幸せ……」
「少なくとも、今、私は素敵な音色で素敵な眠りをいただきました。だから、何か幸せを返したいと思っています」
困惑した彼女もまた、乱世で自分の幸せを考える余裕のなかった女性なのだろう。彼女が青州に到着した際に劉寵様から俺宛に届いた手紙にも、『劉家の姫たれという育て方をしなかったのにそうあろうとしすぎた娘だ』と書かれていた。生まれついての責任感は、きっと不幸に遭っても劉家の娘としてできることをしようとしてしまうだろう。だからこそ、劉寵様は願ったのだ。自分より強い男に、静姫様を幸せにしてほしいと。
「そして、貴女が幸せを感じたら、それをまた私や、私の周りに返してください。そうやって私たち自身が幸せを返し続ければ、笑って死ぬまで過ごせると思いますので」
「笑って、過ごす」
乱世だからこそ、名士には名士としてなすべきことはある。だが、だからこそ、自分の幸せも忘れてはいけない。
彼女がそう思ってくれることを、まずは願っている。
部屋の外で聞き耳を立てている喬靚にも、この言葉を伝えたかった。きっと文姫はもう俺の言いたいことをわかっているはずだから。
この乱世で、乱世なりの幸せを。
せめて俺の家族には、届けたいじゃないか。
皇甫嵩は史実のように董卓と同じ現場で仕事をしていないので、実はそこまで仲が悪くなっていない(むしろ息子と董卓は仲が良いので協力的)という違いがあります。
朱儁は董卓と仲が悪いので、史実でも味方はしていません。ただし、董卓が入洛した際に兵力無しで雒陽にいたのでそのまま武力を失い、反董卓軍に加われなかった経緯があります。本作では普通に兵力もあるので、董卓と対立する動きを見せています。
劉寵の娘は史実でかなり悲しい人生を送っていますが、それでも最後まで劉家の女性であった人だなと自分では思っています。なので、こういう女性になりました。
大喬はもう少し後に掘り下げる回が来るので、そこで触れていこうと思います。




