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第2話 プランCを考えよう

作中鄭玄を「ていげん」とルビを振っていますが、「じょうげん」読みの方が主流です。ただ、作中に別の鄭姓の人物を「てい」読みしているので、読み方統一のためこうしています。ご理解いただけますと幸いです。

 幽州 涿郡涿県


 計画が破綻しても、年月は進む。

『論語』の暗唱と『孝経』の暗唱が出来るようになると、ほぼ書館にも行く必要がなくなる。父・盧植の私塾では父の講義を聞いた年上の人々によって様々な議論が行われているが、自分が口を挟むこともまずない。書館で習う数学も前世のやり直しだから、割と早く理解できたし。

 若年のために問答に加わらず、問答の内容をひたすら筆記している仲間に高誘こうゆう殿がいる。6歳年上の地元民で、父上にも学ぶ意欲がすごいと褒められている。まるで亡き馬融ばゆうこと季長きちょう様のところで学んでいた頃の自分のようだ、と。


「季長様は黙々と学に志す私を漢朝を支える士となれと申されたが、高誘も儒学で漢朝を支えられる逸材やもしれぬな」

「いえいえ。まだまだ勉強中の身にございますれば」


 堅苦しいけれど、よく勉強している。同じような堅物で言えば劉徳然もそうだが、彼はそれ以外の「ついていくので精一杯」みたいな生徒の1人でしかない。でも、高誘は聞かれれば自分の意見がきちんと言えるタイプだ。自分の記憶ではゲームなどには出てこないが、何かの注釈本で名前を見た記憶がある人だ。きっと学者になるのだろう。そういう知り合いも大事だろうと、結構親しくしている。


「最近は士大夫以外とも親しくしているそうだね。旋なりに何か考えがあるのかい?」

「士大夫との縁は大事ですが、民を見ずして学ぶばかりでは中品とは何かが見えぬかなと」


 士大夫がいわゆる名士や貴族にあたる層。当然盧家もその一員だ。父曰く、盧家は過去の偉人・太公望と呼ばれる呂(姜)尚の子孫から始まった名門ではあるらしい。このあたりは正直劉備の中山靖王の子孫より眉唾かなと思っているが。


「先生は漢朝に仕える儒者ならば、子の君も政道を往くか。ならばその道も無為にはならないということか」

「そんなかんじですね。父上は儒学は王道を支えるものと考えていますので」

「旋殿の兄上も雒陽らくように向かわれたそうで」

「ええ。太学に春から通っているそうです」

「拙は鄭玄ていげん様の元で学びたいですね。鄭玄様は先生の弟弟子と聞いておりますから」


 鄭玄はこの当時、儒学者ながら晴耕雨読とも言うべき生活を青州で過ごしているそうだ。その名声は父の盧植と並び、多くの弟子が鄭玄とともに生活しているらしい。

 儒学者として安穏と過ごすわけにはいかないというのだけはここ最近考えて結論づけたことだ。曹操がいないならば黄巾の乱にも影響が出る。黄巾の乱がもし史実より成功してしまったら、どこにいても乱世に巻きこまれるのは必定と言える。しかも黄巾討伐には父も参加するはずだが、曹操不在で父や兄が危険に晒される可能性もあるのだ。となれば、黄巾の乱が曹操と劉備不在でも大きな内乱にならないように自分から動く必要がある。


 しかも去年生まれた弟1人は産後初期の発熱が原因であっさりと死んだ。言葉さえ話せない弟の容態の急変に、俺だけでなく誰も気づけなかったのだ。病気で人間があっさり死ぬ時代。しかも黄巾のような賊相手に言葉は無力だ。よほど高名な儒教の大家でもない限り、命は自分で守れるようになる必要がある。

 高誘の話から、青州黄巾という言葉を思いだす。大きな反乱の元になった青州。ここの反乱を多少でも抑えることが出来れば、少なくとも父が戦で命を落とす危険性は減るのではないだろうか。


「そう言えば、旋殿は今年中に書館を修学するのか」

「ええ。父上の命で2年早く学んでいたので」


 その時、俺に電流走る。ここまでの会話が全て線となって繋がった。そうだ、青州に俺も行けばいいんだ。


「もし良ければ、私も共に青州に行かせていただけませんか?」

「鄭玄様のところにですか?しかし、鄭玄様は儒者は儒学を極めるものという方ですし」

「父上の教えだけを学ぶより、鄭玄様の考えも知ることでより深く儒学を知り、官に就くにも生かせるかな、と思います」

「そうですか。拙はもう暫くここで学ぶつもりですが、旋が行く時は教えてください。拙より先に行くならば、鄭玄様のご挨拶に協力してもらえれば」

「もちろんです」


 しかし、父はもうすぐ中央に呼び戻されるだろう。有能だし、武人としても優秀なのだ。細かい事績は知らないが、黄巾の乱でいきなり復帰するなんてまずありえないし。とすれば、高誘と一緒に鄭玄の弟子になることは可能だろう。

 同行者がいた方が危険も少ない。我ながらいいアイディアである。


 ♢


 護衛2名と数え7歳になったばかりの張飛少年(吉と呼ばれている)を連れて街を歩いていたある日。同い年で書館で会ったことのある李立(幼名は賛)と偶然会った。彼も琢県では有名な士大夫なので、1年ほど前から書館の勉強をほぼ終えていた。


「おや、旋殿。今日は御父上の塾はいいのかい?」

「今日は乗馬の日で、幼くて足の力が弱い自分は参加できないのですよ」


 父が馬に乗っているのを見た時は驚いたものだ。あぶみってないのか。某三国志ゲームのせいで、てっきりあるものだと思っていた。くらだけだと下半身の力で粘らないと乗馬ができない。張飛少年と一緒に定期的にランニングをして鍛えているが、過度にやると背が伸びないし難しいところだ。結果、私塾で乗馬を教わる日は来なくてもいいと言われている。基本的な馬の乗り方はもう教わったから、あとは体が成長するのみとも言える。


「馬か。あれは難しいな。私も烏桓の召使から習っているが、腰の粘りが足りないと言われる」

「なんとか来年あたりで乗れるようにしたいのですがね」

「来年?来年何かあるのか?」

「書館の学習も終わったので、青州の鄭玄様のところで学ぼうかと」

「鄭玄様!?そうか、海内大儒様は鄭玄様と兄弟弟子だったか」


 父は一部で海内大儒と呼ばれている。この前書いた本の影響らしいが、その子どもというだけで生きやすいのはありがたい話だ。多くの人は海内大儒からとった盧大海という呼び名を使っている。


「羨ましい限りだ。李家は所詮琢郡の役人として名が通っているだけだ。劉家もそうだが、漢全土に名が轟く貴殿とは格が違う」

「いやいや、賛殿の聡明さならば幽州程度で収まる器ではないでしょう」


 実際、同じように家庭教師をつけて勉強していても書館を飛び級的に卒業できない者もいる。それに比べれば賛は立派だ。俺みたいに前世という下駄もはいていない。


「もし3年後、私が書館を出て鄭玄様の下で学びたいと思ったら、君に手紙を出そう」

「その時は鄭玄様に紹介しますよ」


 彼は書館を飛び級がおそらく許されていない。地元の士大夫たちと同じ時を過ごすことで地方官僚としての人脈を作ることを期待されているからだ。だから彼の卒業は3年後だ。優秀だからもったいないとも思うが、彼が領内で出世するのも士大夫としての宿命だ。李一族は地元の名士であり続けることを宿命づけられている。

 賛と別れた後、張飛少年がこちらを見ながら口を開いた。


「旋様はどこかへ行かれるので?」

「あぁ。青州という場所で、来年から学ぶつもりだよ」

「そしたら、どうやってお金をかせごう……」


 張飛少年の家は裕福ではない。だから俺が父にお願いして荷物持ちなどとして雇う代わりに連れまわしているのが現状だ。彼の家も張飛少年の給金が入り、彼は俺と文字の読み書きや鍛錬ができるし、遊ぶ日もつくれる。うまいことそうやって恩を売ってきたわけだ。


「私が青州に行く頃には書館に行くだろうから、まずは書館で勉学だな」

「勉学は頭が痛くなります……お金がもらえないならやりたくないです」


 天性のものなのか、彼はやはり運動神経抜群だ。俺より5歳年下なのだが、軽いランニングは同じペースでついてこれるし、握力もそこまで差がない。一方で文字の読み書きは他の子どもより早く始めているが、書館で1年で学ぶ内容を2年目に入ったのに8割くらいしか理解できていない。人には向き不向きがあると実感する。それでも、最低限の部分までは頑張ってもらいたい気持ち。

 どう声をかけるか悩んでいると、立派な髭の生えた旅装の中年男性がこちらに近づいてきた。護衛が警戒するが、男性は両手を広げながら敵意はないと示すようにこちらに話しかけてきた。


「怪しい者……と言われても仕方ないが、いや、そこの子どもの話に悲しくなりましてな。少しばかり年長者の戯言にお付き合いいただければと思ったばかりにて」

「まずお名前を伺ってもよろしいですかな?」

「いやいや申し訳ない。槍なぞ使わずとも身を守ることさえ覚束ぬ身ですので」

「お名前を」


 護衛がかなり警戒した様子を見せ、周囲の人もこちらに注目する。すると、慌てた様子で担いでいた行李こうりも下ろしながらこう名乗った。


へい根矩こんくと申します。いやぁ、盧先生のところで学ぶために来たばかりで、騒ぎを起こしてしまいましたかぁ」

作中では蛇足なので書いていませんが、このタイミングで曹騰の兄弟は没落しています。党錮の禁に反対した曹伯興(曹騰兄)が霊帝に党錮の禁について諫言して怒りを買い、処刑されています。曹伯興の孫で豫州刺史・曹遂の放浪がここから始まり、生まれて間もない曹休少年ハードはここから始まるのでした。


本日はあと12時と夕方頃に投稿します。

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