第五話:刻
鬱蒼とした夜の森を駆ける。
冬も近い。冷たい湿気が肌を濡らしていく。
先程まで見えていた月はいつの間にかに雲の向こうと消え、気が付けば雨が降っていて、木々の隙間から滴る大粒の雫が行く手を阻んだ。
とある大きな木の下で雨宿りをする。
この間、二人は無言であった。
気が付けば、私の背に生えていたはずの翼は消えていた。
全てが走馬灯なんじゃないかと思う。
本当はあそこで死んでいて、私は今、夢を見ているんじゃないかと。
ーーなんで?
死んで終わるはずだった。
そのための人生に満足したはずだった。
生きたいだなんて……。
「ーーもう大丈夫なのか」
不意に聞こえた意識外からの声。
少年の黒い双眼がこちらを見据える。
「……まあ」
再び、雨の滴る音のみが二人を包む。
先程洞窟で聞こえた内なる声。あれはもう聞こえなかった。というより、あれこそが幻聴なんじゃないかと疑う。
それに比べ、彼は口数が少なかった。
いつも一緒にいた妹のせいで、この静寂が物珍しく感じる。
でも、再び沈黙を破ったのも彼であった。
「すまなかった」
「……え?」
今度はこちらを見ずに、そう言う。
「巻き込んでしまった」
そんなこと言われても、と思ってしまう。
元々、あそこで現れてくれなければ無くなっていた命だ。
ゆえに咄嗟にしようと思った否定の言葉の数々であったが、聞かずにはいられない一言があった。
「どうしたら良いの」
どうしたら。それは、未来を目指すこと。
今日で終わるはずだったこの命が繋がっているのが未だ信じられないのに。
自分で言っておいて、そう気付いた。
ややあって、彼は口を開いた。
「……龍を殺せ」
その顔が、いつか彼が見せた顔と重なる。
『龍を殺す、旅だよ』
あのとき、私はその詳細を聞くことが出来なかった。
あまりに辛そうで、きっと彼を傷付けてしまいそうで。
でも聞かなければ。
「なぜ貴方は、龍を殺しているの」
「……や」
「え」
「…いや。見せた方が早いか」
そう言って彼は、右腕を見せる。
そこには私と変わらない。普通の右腕があった。
「あれ…確か……」
「そうだ。いつもこうではない。そして殆どの時間が君の見たあの状態であって、龍を殺した直後だけ、平常となる」
ドクン。一瞬、その右腕の血流が見えた。
その細い腕に、まるで心臓のように蠢く血管が次々と浮き出る。
「約一時間で元通り、そして」
彼は言葉を続ける。
「一週間経つと、俺は。そして恐らくは君も、この力に飲み込まれ死んでしまうだろう」
※ ※ ※
それから三日後。私たちは一つ洞窟の前に立っていた。
入り口にしてあの音が聞こえる。
この三日間で気付いたこと。
結局私は死にたかった。でも死にきれず、死に近付いたまま、生きている。
帰ることも出来ず、諦めることも出来ず。
未だ生に縛られている。
だからいつか死んでやろう。誰かの為に。
それだけが、生き甲斐だったのだから。
だから私は龍を殺す。
そのために、今目前の闇に足を踏み入れた。




