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② 飛翔物の正体

 実質的な無法地帯と化した現状を鑑みると、食料を放置しておくのはやや不安でもあったが、出先でさらに物資を調達することまで考えると、なるべく荷物を軽くしておきたかったので、せめて見つかりにくいように隠しておいた。

 一抹の不安を抱えながらも、昨日の記憶を頼りに、落下地点と思しき方角へ向かえば、それはかつての都心部へ向かっているのと同意義だった。

 以前のビル群では、似たような街並みが続いていても、案内標識があちこちにあったり、文明の利器を用いれば迷うようなことはそれほどなかったが、今はそうもいかない。

 案内標識の中には、支柱が折れ曲がったまま倒れている物もあれば、地面に投げ出されている物もあるが、後者はもう全く使い物にならないので、道を覚えるのも一苦労だ。

 半壊してその姿を辛うじて保っている建物や、近くに転がっている看板なんかを頼りに覚えておかなければ、苦労して設けた寝床まで帰るのも難しくなってしまう。

 ただでさえ、瓦礫で覆われた道を進むのは、従来の交通機関を利用した移動より、何倍もの時間や労力が掛かるというのに、そういったことにまで気を配らなければならないのだから、暢気に漠然と歩いているわけにもいかない。

 それでも、四人いれば楽なようにも思えるが、誰かが覚えてるだろうと人任せになったり、記憶違いで別々の方角を指すこともあるので、一概にそうとは言い切れなかった。

「結構歩いた気がするけど、それっぽいものが見つからないね」

「おっかしいなー。こっちの方だと思ったんだけど…」

 時刻が正確に分からず、体感時間を当てにする為、人によって感じ方は違っていた。

 ここ数週間で、瓦礫の道を歩くのも慣れてきた節はあるが、以前の綺麗に舗装された道を歩くペースとは明らかに差がある為、さらに感覚との食い違いが発生する。

「もう通り過ぎちゃったとかは、無いよね?」

「あれだけの勢いで落ちてきたら、ちょっとしたクレーターができていたり、瓦礫が飛び散って地面が見えていたりしそうだから、見落としたってことは無いだろ」

「大雑把な方角を頼りに、歩いてるだけだからね。多少ズレてるか、もっと先かも」

「真っ直ぐ歩けるわけでもないしな。こういう悪路でも走れる車があれば、楽なのに」

「4WDくらいはともかく、日本でそういう車高が高いオフロード車は、あんまり見ないもんな。キャタピラなんて、戦車くらいなもんだし」

「そもそも、僕たち誰も運転免許を持ってないけどね」

「こんな状況で、律儀に免許なんて必要ないっしょ。年齢的にも、まだ取れなかったけどさ、免許を取りに行く手間が省けたのは、ちょっとラッキーだと思わね?」

「おかげで、無事に残ってる車があったとしても、走れる場所が全然無いけどな」

「んー、でもサーキットなら、倒れる建物も少ないし、まだ走れそうじゃん?」

「そう?瓦礫の山は無くても、コンクリートの地面が割れてそうな気もするけどね」

「あー。そう言われてみれば、そうだわ。何だよ、もぅー」

 歩き通しの時間に、夢物語を語るのはそう悪いことでは無い。

 こんなの世の中になっても、希望を忘れず、前向きに考えて、楽しむことを忘れない心を持つことは、絶望的な状況でさえも、明るく照らす光となる。

「そういえば、ワイルダムの人たちがいるかも…って思ってたけど、全然見ないね。こっちの方まで、手が回ってないのかな?」

「どうだろうな…」

「というか、他の人影も見てないよね」

「そういや、そうだ」

「まあ、他の奴らはともかく…下手したら、もうこの辺は漁り尽くして、もっと遠くまで足を伸ばしてる可能性もありそうだ」

「それならそれで、好都合じゃね?そのまま他の団体さんともやり合って、共倒れになってくれれば、一番平和になりそうなもんだけど」

「はっはっは、そりゃいいね。あり得そうだし、笑える」

 この一帯で俺たちやワイルダムのようなグループがあるように、各地で生き残った者たちが、同じように徒党を組んでいてもおかしくはない。

 その集団が平和的かつ協力的であって欲しいが、中にはきっとワイルダムのように、過激なグループもいるんだろう。

 それだけ、今の日本は統治されておらず、必死になって生きようと思わなければ、生き残れない国へと変わり、新たな戦国時代の幕が上がるのも、戯れ事では済まなそうだ。

「あっ!おい、あれじゃないか!?」

 声を荒げた旭が指を差した先には、剥き出しの鉄骨が柱となって何本も空へ伸びたまま、地表の土が露出した場所に、見たことの無い塊が地面に突き刺さっていた。

 似て非なる四つの塊は、それぞれ赤・緑・黄・紫に点滅して鈍く光っており、異様な雰囲気を醸し出している。

「あれ、宝石かな?」

「どうだろ?あの赤いのなんて、色からすればルビーっぽいけど、こんなにでかいの売ったら、一生分稼げたんじゃない?」

「うわ、マジかよ!?それなら、一人一個分け合っても、みんな一生遊んで暮らせたのに!惜っしいなぁー」

「でも、もし一か月くらい早く落ちてきたとしても、それは僕たちが手にできたか分からないよ。それこそ、誰かに先を越されちゃってた可能性高そうだし」

「どっちにしろ、ダメってことかー」

「とにかく、もっと近くで見てみよう」

 今までの疲れも忘れて、浮き足立った身体は吸い寄せられるように、落下物へ近づいていき、見れば見るほど不思議な物体に胸を躍らせていた。

「宝石だとすると、エメラルドやトパーズ、アメジストにも見えなくはないな」

「ふぅん…。実物でも見たことあんの?」

「いや、ゲームとか本で読んだ知識」

「なーんだ。ワイと一緒じゃん」

「というか、支援物資を期待して来たんじゃなかったっけ?食べられるわけでも無さそうだし、これどうするの?」

「でも、こんなに大きい宝石なら、世紀の大発見になりそうなもんだよね」

「もしかしたら、新型の爆弾なのかもしれないぜ?こうやって、金に目がくらんだ人間をおびき寄せて…ドカン!ってな」

「縁起でもないこと言うなよ。洒落にならんぞ」

「大丈夫だって、…多分」

 不用意な発言から嫌な予感を察したのは皆同じらしく、一瞬静けさが立ち込めた。

「一応、ギリギリ持って行けそうな大きさだし…。明かりくらいには、なるかな?」

 確かに、大玉のスイカくらいの大きさなので、持ち帰るのも不可能ではないだろう。

「今の東京は、眠らない街といわれていた頃とは違うんだぞ。自分たちの居場所を、敵に知らせることにもなりかねない」

「ワイルダムの人たちが、何事かって押し寄せてくる可能性は、確かにありそうだね」

「じゃあ、お前らは要らないんだな?だったら、ワイが全部貰っちゃおーっと」

「俺は要らないなんて言ってないよ。だから、二人で山分けだ」

「お、そうだったそうだった」

 実際、未知の物の可能性もある以上、さらに不安要素は大きい。しかし、説得も虚しく、二人が持って行くなら、俺が貰っても結果としては何も変わらない。

「はぁ…。どうせ、お前ら二人じゃ持って行けないだろ?俺も、一つ持つよ。あいつらに持ってかれるよりは、その方がまだマシだからな」

「そうそう。布を被せたりすれば、明かりも多少は誤魔化せるでしょ」

「一蓮托生ってやつだね。そういうことなら、僕も手伝うよ」

「ははぁん…。お前ら、素直じゃねーなー。欲しいなら、欲しいって言えよな」

「お前な…」

「司は、紫で良いだろ?」

「え?まあ、そのつもりだったけど…」

「だと思った」

「僕も、そう思ってた」

 何年も一緒の付き合いがあるおかげで、イメージカラーというのがすっかり定着してしまったようで、特に言い争うことも無く、俺の割り当てが決められた。

 人のことを分かっているのか、分かっていないのか。よく分からず、腑に落ちない部分もあったが、残りの三人も望む色がバラバラなようで、平和的に解決した。

「そんじゃ、さっさと持って行こうぜ。日が暮れちまうと、大変だからな」

「よっ…いしょ!」

 善は急げとばかりに、それぞれが一気に謎の物体を掴んで持ち上げる。

「○×◇▽□△…」

 思ったほど重くなかったこともあり、すんなり地面から出てきたが、事はそうあっさりと済むわけではなさそうだった。

「な、なんだ!?」

 まるで、この物体から声が聞こえたような気がして、よく見てみれば、見慣れない文字が浮かび上がって、また消えていく。

「うわっ!」

「ひょえぇ!?」

「ど、どうなってんの…!?」

 突然の出来事に驚いて、他の三人にも知らせようとした時には、同じように驚愕する聞きなれた声が聞こえてきて、彼らも同じような状況へ陥っていることを知る。

「ま、まさか…本当に、爆弾!?」

「ば、爆発すりゅぅぅ!?」

 謎の自信で否定していた旭が、真っ先に手を放したが、謎の声は鳴り止まない。

「□×△◇、〇◎!」

 最後に、何かの文字が浮き上がったと思ったら、耳鳴りのような音と共に眩く発光して、辺りは白に包まれる。

「う、うわああああああぁぁぁっっっ!!」

「くぅっ…!」

「眩しっ…!」

 その眩しさに、堪らず目を瞑ってしまい、頭の片隅で死を意識した。

 こんな無様な死に方を晒したら、後世に残ることは無くとも、黄泉の国でさえ笑い者にされてしまいそうだと、我ながら滑稽に思う。

 防衛本能が働き、思わず放してしまった手で前を覆って、光から顔を背けた。

「あっ、つ…」

 その拍子に、そのまま後ろにバランスを崩し、尻もちをついてしまった。

「イッテテ……」

 幸い、鋭利な切り口のある瓦礫の上ではなく、土の上だったようで、痛みは伴ってもそれほど大怪我を負ったわけではなさそうだった。そして、意外にも痛みを感じたのはその程度で終わり、他の衝撃が襲ってくることは無かった。

「大丈夫ですか?」

 聞きなれない可愛らしい声が聞こえたのとほとんど時を同じくして目を開くと、そこには心配した様子で手を差し伸べる一人の美少女がいた。

 綺麗に梳かされたツヤサラの長い髪も然ることながら、そのあどけない表情をした顔立ちは、これまで会った誰よりも心を揺れ動かされる。

 もはや、現実離れしているほど美しい少女は、その服装までも浮世離れしていた。

 その服はピッタリと身体に張り付き、彼女のボディラインが浮き彫りになるような白い服で、その中のあちこちにデザインされた線が、時折黒紫色に光り輝いている。

 映画か何かで、似たような雰囲気の装いを見た覚えもあるが、そのイメージからすると、これは近未来的な印象に近いだろう。

 また、若干幼い顔立ちながら、その身体はなかなか立派に育っているようで、女らしく丸みを帯びている部分もあり、さらに視線を釘づけにしていた。

「あの…司様、聞こえてますか?」

「あ、ああ…悪い。大丈夫、ちょっとケツを打っただけだから」

 日に当てられて、さらに白く輝く綺麗な肌に触れるのが、なんだか申し訳ない気がして、彼女の手を取らずに、自分の足で立ち上がった。

「お怪我が無かったようで、なによりです」

 それでも、彼女は不快に思った様子も無く、むしろ尻に付いた土を払っていた俺に、気遣うような言葉を掛けてくれた。

 意外と背は小さかったが、見た目も良ければ、中身も優しい女の子なんていうのは、想像上の生き物でしかないと思っていた俺の前に、彼女のような美少女が突然現れたのは、不思議でしかない。

 どれだけ徳を積んで、前世でどれだけ苦しめば、彼女のような子と巡り合えるのかと想像を膨らませてしまう前に、気になることはいくらでもある。

「そういえば、キミ…さっき、俺の名前呼んだ?しかも、様って…」

「はい。…もしかして、違いました?」

「いや、合ってるけど…。どこかで会ったっけ?」

「会ったも何も、ついさっきお会いしましたよ」

「つい、さっき…?」

 そう言われた時、何かが足りないと思って辺りを見回してみれば、さっきまで持っていたアメジストらしき紫に光る塊が無くなっていることに気づいた。

 しかも、それだけでなく、いつもの見慣れた三人も無事だったどころか、同じように見覚えの無い少女たちと向き合っているのが窺えた。

「まさか…、さっきの紫色の物体から出てきたとでもいうのか?」

「うーん。その言い方だと、正確では無いですけど、そのように思って頂けると、理解が早いかもしれません」

 未知の物体から美少女が出てくるだなんて、なかなかの眉唾物だ。

 安易に信じられるような話では無いが、そうでもなければ、実際に目の前で起きた出来事に説明がつかない。

「他のみなさんも、だいぶ困惑しているようですから、一度集まってまとめて説明してみた方が良いかもしれませんね。彼女たちも、私と目的は同じはずですから」

「目的…?」

「ええ。大丈夫です。心配なさらなくても、私は司様に敵対するような存在ではありませんから」

 かわいい女の子ほど信用ならないものも無いのだが、これがハニートラップだったとしても、もしかしたら許せてしまうかもしれない。

 とはいえ、彼女の屈託のない笑顔を見る限り、これが罠だとは思えなかった。

「分かったよ。とりあえず、あいつらを集めよう」

 一応、彼女のことを信じることにして、一旦その場にいた者たちを招集した。

 一人だけ既視感を覚える面影の少女もいたが、三人とも俺の目の前に現れた少女と似たような近未来的な服を着ていた。

 ただ、それぞれデザインも微妙に違えば、サブカラーも違っているらしく、光り輝く線の色が、赤・緑・黄となっていて、やはりさっきの謎の物体の色と同じだった。

「さて、どこから説明したらいいのやら」

「うーん。やっぱり、最初から順序立てて説明した方が良いんじゃない?」

「でも、文明の遅れた地球人へ説明するとなると、だいぶ噛み砕いて説明しないと、なかなか理解が難しそうだったよ」

 服も微妙に違えば、性格もそれぞれ異なるようで、三者三様に意見を述べていた。

「ちょっといいか?今の言い方だと、キミたちはまるで地球の外――つまり、宇宙から来たように聞こえるんだが…」

「そうよ。実際、その通りだもの」

「うえぇぇっっ!!ど、どゆこと!?」

 唯一、見覚えのある面影をした赤髪の少女は、あっさりと衝撃の事実を打ち明けた。

「じゃあ、まずはそこからお話しましょうか」

「話を進めて下さるのは良いですけど、抜け駆けは無しですよ?」

「ええ、分かってます」

 紫色に光る服を着た少女が。一番色っぽい女から意味深な忠告を受けていた。

「私たちは、それぞれ太陽系の別々の惑星から来ました。私は、冥王星」

「うちは、天王星」

「あたしは、火星から」

「私は、金星からです」

 紫、緑、赤、黄の順で、それぞれ出身を明らかにしたが、そもそもこの時点から規模が大きすぎて理解が追い付かない者もいた。

「あれ…?確か冥王星って、だいぶ前に太陽系の惑星から外されたんじゃなかった?」

「それは、地球人がそう定義しているだけだと思いますよ」

「そうねぇ。私たちの定義でいえば、太陽系の惑星として枠組みされてるもの」

「はぇー。そういうもんなんだ」

「どっちにしろ、つまりは宇宙人ってこと?」

「正確には、私たちは人ではありません。あなた方にとって、宇宙人といわれる別の惑星に住む者たちから、生み出された存在です。地球でも知られている分かりやすい言葉でいえば、アンドロイドといったところでしょうか」

「はぁん…。安藤ロイドさんか…」

「あんたは、真面目に聞きなさい!」

「ふぎゃっ!」

 既に天王星のアンドロイドに主導権を握られて叱られている旭は、地球人の代表として大きな恥さらしといえるだろう。

「Cosmic Omnipotent Android。省略して、COAコアとでも呼ぶべき私たちの核は、それぞれとの衝突と不完全な形での大気圏への突入によって、本来の落下地点から逸れてしまい、地表への落下の衝撃なども合わさって、一部損傷していました」

「そこで、接触してきた地球人である、あなた方の情報を取り込み、それを基に自動修復機能が働いたおかげで、こうしてこの星で過ごす為に最適な形である、地球人と変わらない姿を経て覚醒したのです」

「ああ…。だから、名前を知っていたのか」

「はい、その通りです。こちらとしても、非常事態だったとはいえ、勝手に頭の中を覗いてしまって、申し訳ありませんでした」

「ごめんなさいね」

 その礼儀すらも、俺たちの脳内から得たのか、しっかりと頭を下げて謝罪していた。

「それはもういいけどさ。今の話からすると、地球以外の星で、みんな同じようなコア(?)って奴を開発してたってこと?」

「あー、違う違う。確かに基本設計は似たようなものだし、地球人からしたらみんな一緒に見えるかもしれないけど、うちらの内部構造はそれぞれ違うのよ」

「デザインや色が違うのも、その惑星ごとに開発された特色…みたいな感じに思ってくれれば、分かりやすいかな?」

「へぇ…そうなんだ。でも、全然区別がつかないや」

「いいのいいの、気にしないで。表面上は似てるから、仕方ないよ」

 刷り込みでもあるのか、情報を得る元となった人間に対しては、それぞれの女の子たちの対応が柔らかいような気がしていた。旭のとこを除いて、だが。

「それで、遠路はるばる別の惑星から来た目的ってのは、一体何なんだ?」

「司様。私たちは、地球を守りに来たのです」

「守る…?」

「はい。当事者である地球人の皆様は、その身で実感していることもあると思いますが、この地球は人間による環境汚染によって、その寿命を著しく縮めています」

「確かに、それは小学生の頃から散々授業でも教えられたけど…」

「地球は、我々のような他の惑星に住む者たちから見ても、非常に恵まれた環境が整っており、極めて優れた惑星なのです」

「ですから、どの惑星の者たちも、地球を欲しています。ですが、今の状況が続いては、その宝も廃れてしまい失うことになるというのは、どの惑星の人々からしても見過ごすわけにはいきませんでした」

「高級な肉があるのに、冷蔵もしないで放置して、腐らせちゃってるようなもんか?」

「…随分な例えだけど、まあ、要はそんな感じかもね」

 食い意地の張った例えに、赤髪の少女は若干呆れているようにも見えた。

「そこで、SSC…Solar System Conferenceとでもいうべき、地球以外の太陽系の惑星が参加している惑星協議会において、この事態を打開するべく、ある提案が既決されました」

「各惑星から一体ずつアンドロイドを送り込んで、地球全土を舞台に、他の惑星の使者を倒し、勝ち残った者が地球の占領権を得るというものです」

「な、なんだ…それ。現地に住むワイらは、おかまいなしかよ」

 旭が動揺するのも、無理はない。俺も同じような思いを抱いて、憤りを感じている。

 彼女たちの中にも、申し訳なく思う者もいるようで、表情から罪悪感が見て取れる。

「正直に言ってしまうと、さっき彼女も言った通り、どの星の人たちからしても、地球は喉から手が出るほど欲しいものなのよ。だから、地球人にダメにされちゃうくらいなら、乗っ取って自分たちの物にしようって思ってるのね」

「そうですよね。あたしのいた火星でも、地球人の印象は良くありません。言い方は悪いですけど、地球の環境を悪化させて、目立った改善が見られないのも地球人だから、地球を蝕む害虫と思っている人もいるみたいですし」

「害虫…」

「白アリみたいに思われてるってこと…?」

「…似たようなものかもしれません」

「はぁ!?そんな奴らに、ワイらの世界を渡すもんか!!」

 客観的に見れば自業自得の末路とはいえ、外野から横暴な言われ様をされて、黙っていられない気持ちも分かる。ここにいる四人とも、同じように思っていることだろう。

 しかし、スケールの大きすぎる話や、彼女たちを見ても分かる通り、気持ちだけでは覆すことのできない決定的な差があるのも事実だ。

「まあ、そうは言っても…明らかに他の星々より技術的に劣ってるみたいだし、俺たちに何かできるわけでも無いだろ」

「そうでもありませんよ」

「え?」

 不本意に思いつつも見切りを付けた俺の考えとは裏腹に、冥王星から来たという彼女は、真っ向からその言葉を否定した。

「そうなのよねぇ…、これが。困ったことに」

 他の女性陣を見ても、同じように思うところがあるようで、皆一様に各々を目覚めさせた人物を見つめていた。

「私たちは、それぞれ破損した箇所を修復して、地球に適した身体を手にすることができましたが、それは完全な形での修復とはいえません」

「どういうことだ?」

「あなた方の情報を基に再構築された為に、あなた方との繋がりが生じているんです」

「いわば、パートナーとでもいうべき関係でしょうか。今の私たちは、あなた方の協力なくしては、本来の力を遺憾なく発揮できません」

「つまり…僕たちが協力しなかったら、地球は現状維持のままになるってこと?」

「いや、それはどうかな。それより、彼女たちが言いたいのは、別のことだと思うぞ」

「はい、司様の仰る通りです。私たちは、あなた方にそれぞれ他の使者と戦う為の力を与えます。ですから、代わりに…いえ、一緒に戦って頂きたいのです」

「そんなの、ワイらが何も得しない戦いじゃないか!自分たちを害虫呼ばわりするような奴らの為に戦ったところで、結局最後は用済みになって捨てられるのが目に見えてる」

「それだけじゃないよ。僕たちが、それぞれ敵同士になるってことでもあるからね」

「まぁ、そりゃそう思うよね」

「…うーん、困りましたね」

 難色を示す二人に、彼らを頼る天王星と火星から来た二人は、頭を悩ませていた。

「いや、それは考え方次第じゃないかな」

 そんな中、唯一歩み寄ったのは、義兼だった。彼が紳士的に手を差し出すと、その意図を汲んだ美しい金星の女性も同じように手を差し出して、握手を交わしていた。

「何言ってんだ!綺麗なお姉さんだからって、騙されちゃダメだ、キリマル!」

「そうじゃないよ。彼女たちが俺たちを利用しようとするみたいに、俺たちも彼女たちを利用すればいいのさ。そうすれば、お互い様でしょ?」

「あら、それを堂々と言っちゃうのね」

「つ、つまり…どういうことなんだべさ?」

「さっき、勇聡も言ってたけど、要は勝者が決まらなければ良いんだよ。だから、俺たちが争い合わなければ、地球は他の誰の物にもならないってこと」

「あぁー。協力してもしなくても、同じ状況になるなら、彼女たちの力を利用してやろうってことか」

「私は、それだと母星の人たちから怒られそうで困っちゃうんだけど、まあとりあえず協力してくれるなら、その方が良いのかな…?」

「困るついででいえば、もう一つ懸念がある。そのことまで考えると、キリマルの言う通り一旦協力しておく方が良いだろうな」

「それって、なんぞや?」

「太陽系に名を連ねる惑星の間で取り決めがあったって話と、一番遠い冥王星からの使者まで来てるってことから察するに、まだこの四人以外にも使者がいるはずだ」

「なっ!?」

「あ、そうか」

「その通りです。既に、他の参加惑星である水星・木星・土星・海王星の四つの星の使者も、私たちと同時期に地球へ落下しているのは確認しています」

「そうなると、放っておいて、知らないうちに他の使者が勝ってしまうよりは…」

「ワイらが維持して、勝者を作らせないようにした方が良いってことか」

「確かに。そんなことになったら、悔やみきれないね」

「そういうことだ。それでも良いなら、俺は手を貸そう」

「うわー、相変わらず偉そうだな、司は」

 冷やかしの声はともかく、相手に主導権を握られてしまったら、それこそ相手の思う壺だと思って、あくまで上から物を言った。

 しかし、そんな不遜な態度でも気にすることなく、彼女はそっと俺の手を取った。

「はい。私は、それで構いません。司様の考えに従います」

 コアだかアンドロイドだか知らないが、そんな風に例えられても、彼女の温かく柔らかな手は、生身の人間そのものにしか思えなかった。

「いいのか?それはそれで、祖国…いや、祖星を裏切ることになるぞ」

「構いません。どちらにしろ、司様の協力なくしては、私は滅びを待つだけですから」

「改めて、よろしくお願いします、司様」

「ああ、こちらこそ」

 異星間で協力が得られた二つの例を前にすると、残りの二人も考えを改めて、それぞれの使者へ向き合っていた。

「べ、別に、あんたの為に協力してあげるわけじゃないんだからね!」

「ふふっ、おっかしーぃ。それ、どっちかっていうと、女の子の台詞でしょ。変なの…でも、よろしくね、ブタさん」

「ブ、ブヒィ?…なんだろう、この感じ。悪くないかも」

「キモ…」

 旭と天王星の彼女はかなり難ありの組み合わせだが、本人が喜んでいるようなら、俺が何か言うことでも無いだろう。

「よ、よろしく…」

「うん。一緒に頑張ろうね、勇聡くん」

 改めて向き合うと、人見知りが発動して、なかなか彼女の目を直視できないでいる勇聡に対し、彼女の方から歩み寄っていたので、あれはあれで相性が良いのかもしれない。

「みんな理解を得て、協力を取り付けられたようで良かったわ。早々に脱落者が出たら、面白くないもの」

「そうだね。とりあえず、話はまとまったかな」

 一足先に手を結んでいた義兼らも、その様子を感慨深そうに見守っていた。

「司様、つきましては一つお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「ものによる」

 いきなり三人と戦えだなんて言うようには見えなかったが、彼女たちがやってきた目的を考えると、安請け合いなんてできたものじゃない。

「実は、人間でいうところの名前が欲しいんです。私には、そういった物が無いので、できれば司様に付けて頂けると嬉しいのですが、お願いできますか?」

「あぁ…そういえば、さっきから全く聞いてなかったもんな。これから一緒に居るなら、あった方が良いか」

 それを聞きつけた異星の民も、同じことを思ったようで、彼女たちのところまで話題が飛び火した。

「あ、それいい!うちも、自分の名前欲しい!…でも、あんたのネーミングセンスは期待できなさそう」

「むむ…失礼な。そういうことなら、もう浮かんでるぞ。ウラハってのは、どうだ?」

「ウラハ?へぇ…、意外と良いセンスしてるんだ。うん、いいよ。それにしよ」

 旭の言った聞き覚えのある名前を聞いて、俄然納得がいった。

 天王星から来た赤髪の少女も、期待していなかったわりには、素直にそれを受け入れ、ウラハと名付けられた。

「あー、いいなー。あたしも、名前つけて欲しい…。いいかな?勇聡くん…」

「へ?あ、う、うん…。責任重大だね…」

「そんなに気負わなくてもいいよ。勇聡くんが感じたままに付けてくれれば、あたしはそれでいいから」

「じゃ、じゃあ…マホ、ちゃんかな」

「マホ…。うん、気に入ったよ。ありがと、勇聡くん」

 明るい茶色の髪をした火星から着た少女は、マホと名付けられ、感謝された勇聡も満更では無さそうに恥ずかしがっている。

「名前、名前…ねぇ」

 彼らのようにスパッと出てくればいいのだが、生憎そういう頭の構造はしていない。

 冥王星から来たということなので、そこから貰うとして…。めいおうせい…、英語でいうと、プルート…。めいおう…プルート…めいプル…?

「メイプル…」

「あ、かわいい…」

 ふと考えていたことが口に出てしまったかと思えば、その様子を見守っていた彼女が気に入ったようなので、その名前に決めた。

「じゃあ、キミは今日からメイプルだ」

「はいっ!可愛くて素敵なお名前をありがとうございます、司様」

 髪もチョコミントみたいな青緑色だし、全然メイプルという名からイメージする色味とは違っているが、彼女自身が気にしていないなら、もはや何も言うまい。

「お姉さんも、名前欲しいの?」

「そうねぇ、お願いできる?」

 唐突に始まった名付け会を見守っていた義兼も、自分のパートナーとなる金星から来た女性から、同じように期待の眼差しを向けられていた。

「じゃあ、ナスビ」

「「はぁ!?!?」」

「えぇ!?」

 しかし、その名前が見た目にそぐわないどころではなかった為に、それを聞いていた俺たちは驚愕して、思わず声を張り上げていた。

「な、何だその名前」

「すげえセンスだ」

「さ、さすがに酷くない…?」

 だが、名付けた当の本人は、至って普通に構えていた。

「そうかな…?金星って、確かヴィーナスでしょ?だから、業界用語風に入れ替えて、ナスヴィー。つまり、ナスビ」

「いやいや…、だとしてもだな…」

「うーん、ナスビみたいにぶっといのが好きそうなエロい顔してるし、似合ってると思うんだけどなぁ?本人的には、実際どう?」

「ふふふっ…。はい、気に入りました」

「「「えええぇぇぇっっ!?」」」

 物凄く失礼なことを言っていた気もするが、言われた張本人は全く気にした様子もなく、喜んで受け入れてしまったので、もはや訳が分からない。

「こんな美人で…おっぱいもデカい女が…デカ○ン狂い…だと…!?」

「ふふふっ、あんまり褒めないで下さい。ちなみに、胸はHカップですよ」

「えっちえちじゃん…!ぶふぅ!?」

「サイっテー」

 興奮しすぎて鼻血を吹き出し、卒倒してしまった旭には、パートナーの鋭い視線が飛び掛かっていた。

「ま、まあ…当人同士が良いなら、それで良いんじゃないか?」

「そ、そうですね…」

「あ、はは……」

 メイプルやマホすら、思わず苦笑いを浮かべているのだから、彼女だけが特別妙な感性を持っているということだろう。

「おいおい、随分楽しそうなことしてんじゃねえか!俺たちも混ぜてくれよ!」

 突如、何とも言えない空気を一蹴してしまうほど耳障りな声が、遠くから響いた。

「お前!」

「あいつ、また来たのか」

 俄かに信じ難い話や、彼女たちに気を取られていた間に、包囲されてしまっていた。

「へへっ…。なかなか良い女が揃ってるじゃねえか。俺たちとも遊ぼうぜ?そんな童貞臭い奴らと違って、気持ちイイ思いさせてやっからよぉ!」

 下品で横暴な輩を前にして、メイプルは自然と俺に身を寄せてきた。

「あの方は、確か…司様の記憶にあった――」

「あぁ。ここらを縄張りにして、好き勝手やってる連中さ」

「その通り。ワイルダムのリーダー、阿相あそう 一馬かずまとは俺のこと。分かったら、そこの女どもを置いて、どこへでも消えな」

 偉そうにふんぞり返って随分な物言いをしてくる男は、坊主頭のように頭を丸めているが、何も反省の意を込めてそんな髪型をしているわけではないだろう。

 その厳ついファッションからして、そんなこととは縁遠いのは見てとれる。

 できれば、一生関わりたくないような相手だったが、じりじりと距離を詰めてくる彼らに為す術も無い。

「なるほど。つまり、私たちの敵というわけですね」

「ど、どうする…司?」

「どうって言われてもな…」

 彼らと違って、ガタイが良いのは、せいぜい旭くらいだ。あとは、皆腕っぷしに自信など無いもやしっ子なので、悔しいが太刀打ちするのは難しい。

「でしたら、今はまだ仮のパートナーですが、力を限定的に解放します。司様、カードはお持ちですか?」

「カード?まだ未成年だし、クレジットカードなんて、持ってないぞ。あるのは、意味の無くなったポイントカードとか、ウィチクラのカードくらいだ」

「それです。そのデッキを用意してください」

「え?わ、分かった」

 ウィッチクラフト・モンスターズ。通称、ウィチクラ。

 テレビアニメも流行ったことで、一躍有名になった日本発祥のTCGだ。

 小学生の頃、当時の友人から誘われて始めたことをきっかけに、今でも続けている。

 とはいえ、現状では意味の無い代物だが、普段からお気に入りのデッキだけはお守り代わりに持ち歩いていたことで、あの大地震を経ても、まだ荷物の中に紛れていた。

 バッグの中から、急いでデッキケースを取り出すと、次の指示を仰ぐ。

「あったぞ。これをどうしろってんだ?」

「そうしたら、腰のデッキケースにセットして下さい。あとは、いつも通りデュエル開始の掛け声をして、戦うだけです」

「何を言って…あれ、いつの間に…?」

 こんな時にふざけたことを言ってる場合じゃないと思っていたら、確かに彼女の言う通り、腰にベルトと共に引っ掛けられた白い入れ物があった。

 もちろん、こんな物を最初からファッションで身に付けていたわけでもなく、ついさっきまで無かったはずだ。だとすると、これは彼女が用意した物ということになる。

 何がどうなっているのか全く分からなかったが、言われるがままに、市販のデッキケースからカードの束を取り出し、その中へ突っ込んだ。

 カードスリーブに入れたままでも、すっぽりとデッキが収まったケースは、カードがドローしやすい様に取り出し口の一部がカットされており、意外としっくりくる。

 手札となる五枚を山札の上から引くと、メイプルは静かに頷いた。

「おいおい、何遊んでんだ?ふざけるのも、ほどほどにしておけよ」

 ワイルダムの連中が冷やかす通り、自分が随分滑稽な姿を晒している自覚はある。

「なんだかよく分かんねぇけど、この状況を打破できるなら、早くしてくれ!」

「司くん!」

「司!」

 しかし、至って真面目な表情のまま見つめるメイプルと、この後に待ち受ける惨状を予期した者たちからの悲鳴ともいえる声を聞いてしまっては、恥を晒してでも奇跡の体現を望むしかなかった。

「ああ、くそっ!こうなったら、やるっきゃねえ!!」

 彼女や共に戦ってきたデッキを信じ、襲い掛かる脅威へ戦いの幕開けを宣言する。


「ゲット・レディ――デュエル!!」


 ウィッチクラフト・モンスターズでは、デュエル開始の合図として、その言葉が掲げられており、アニメや漫画などの作中でも、度々用いられている。

 そして、その宣言と共に、目の前の景色が一変した。

「な、何だ!?」

 異星人である女性たち以外は、その光景に等しく目を奪われていた。

 それもそのはず、腰に下げられた白いデッキケースが光り輝いて、虹色の光を発したかと思えば、デュエルで使う盤面が目の前に広がっていたからだ。

 それぞれのカード置き場は区切られているが、それはどれも宙に浮いている。

「さあ、司様のターンです!」

「ああ…いくぜ、俺のターン!ドロー!!」

 腰の位置からドローするのは慣れないが、手札にあるのは見慣れた戦友たちだ。

「レベルゾーンにカードをセット。さらにニ枚ドローする!」

 さっき、彼女は言っていた。

 デッキをケースにセットし、掛け声をしたら、いつも通り戦うだけだと。

 ならば、この後どうすればいいのか、その答えはもう自分の中に存在していた。

「手札から、『ユダ』を召喚!」

 予想はついても、いざやってみるまで半信半疑だったが、紛れもなく紙に書かれただけの存在が、現実に降り立った。

「うぉっ、すげぇ!ユダだ!!」

「実体化してるのか…」

 驚いて目を見張る者たちを気にもせず、ユダは一度俺と目を合わせると確かに頷き、目の前の敵へ視線を戻して剣を力強く握った。

「ははっ!すげぇ!どんなカラクリをしてんのか知らねえが、見世物としちゃあ上等だ。だったら、それごと頂いてやるってもんよ!」

 強欲且つ恐れ知らずの大将は、現実離れした出来事を前にしても、果敢に攻め入る姿勢を見せていた。

「行け、ユダ!目の前の敵を攻撃だ!!」

「はあああぁぁっ!!」

 漆黒の鎧をまとった白髪の女戦士は、実直に命令へ従い、ワイルダムの面々に容赦なく襲い掛かった。

「ぐあああぁぁっ!!」

「ぎええぇぇっ!!」

 素人に毛が生えた程度の相手と、それを生業にしてきた者との差は著しく、まるで紙切れを切るように、向かってくる敵を次々に屠っていく。

「すげぇ…」

「カードが現実に現れて、戦ってる…」

「これが、他の使者と戦う為の力…」

 そして、さらに不思議なことが起きたのは、その後だった。

 斬られた人間が血を吹き出すどころか、その身体が光の粒子となって散ると、その場には一枚の紙が残った。

「あれ、何だろう?」

「ドロップ品かな…?」

「おいおい、それじゃまるでゲームだぜ」

 あまりにも現実離れした光景だったこともあり、目の前で何人もの人が命を落としても、現実と捉えるのは難しかった。

「うおああぁぁぁっっ…!!」

「リーダーが、やられた!」

「もうダメだ!まだ死にたくねぇよぉ!!」

「に、逃げろおぉぉっ!」

 あれだけ息巻いていたリーダーの男も、あっけなくその命を狩られ、薄っぺらい一枚のカードへと姿を変えると、残された僅かなワイルダムのメンバーは、散り散りになって逃げるように去って行った。

「これで終わりですか、他愛無い」

 功績を上げたユダは、慣れた様子で剣を鞘に収めた。

 そして、浮かれることも無ければ、先程までのように鋭い表情を浮かべることも無く、無表情のまま近くへ寄って来ると、目の前で膝をついた。

「掃討、完了しました」

「ああ、よくやった」

「お褒めに預かり、光栄です。そして、マスターと出会い、こうして言葉を交わせることもまた、嬉しく思います」

「マスターって…、まあそれはともかく、その気持ちは俺も同じだ」

 アニメやゲームのキャラと実際に話せるという貴重な機会は、一生掛かっても巡り合うことは無いだろうと思っていたが、人生何が起こるか分からないものだ。

「此度の戦は、我々の勝利です。また、マスターと共に戦えることを、心待ちにしております」

「ああ、またよろしくな」

 宙に描かれていたデュエルの盤面と共に消えゆくユダは、その消える間際の一瞬だけいつもの仏頂面から、ちょっとだけはにかんで可愛らしい女の姿を見せた。

「すごいですね、司様は。もう使いこなしているように見えました」

 傍で見守っていたメイプルは、何事も無かったかのように姿を消したユダや、光ることをやめてしまったデッキケースを気にも留めずに、賞賛の言葉を述べていた。

 ユダのカードを片手に、残りのカードもケースに戻すと、改めて彼女に問い掛ける。

「今のが、さっき言っていた力ってことで良いのか?」

「はい。TCGがお好きな司様に合わせて、実際にカードを使えば、その事象を現実に呼び出す形にさせて頂きました。いかがでしたか?」

「…なんていうか、夢のような体験だったよ」

 アニメでも、ホログラムを利用して現実にいるように見せる演出はあったが、さらにそれを超えた力ともなれば、感心を通り越してしまうのも無理はないだろう。

「ふふっ。気に入って頂けたようで、なによりです」

 夢のような出来事をもたらしたメイプルは、楽しそうに微笑んでいる。

「でも、あいつらはどうなったんだ?」

「それは…実際に、手に取って確かめて頂いた方が、早いかもしれません」

 百聞は一見に如かずとばかりに促され、辺りに散らばったカードを拾い集める。

 カードに書かれていたのは、斬られた彼らではなく、見慣れたカードばかりだった。

「それらは、今回の報酬だと思って下さい」

「報酬…?揃いも揃って、レア度の低いクズカードばっかだな」

 よくあるハズレカードというやつだ。使いどころの無い能力は疎か、能力が無い所謂バニラさえ含まれており、攻撃力などのステータスも低いので、まず採用されない。

「どうやら、司様に合わせて力の変換を行った際、敵を倒した時にその相手に応じてカードが入手できるように設定されてしまったみたいです。おそらく、血が飛び散ることも無ければ、死体が残らないのも、その為の配慮かと思われます」

「…ゲーム感覚で、地球人や使者を排除させる為の釣り針が、レアカードってことか。確かに効果的な考えだが、随分と甘く見られたもんだ」

 誰かに踊らされたみたいで癪に触ったこともあり、拾い集めたカードを投げ捨てた。

 人を殺すことへの罪悪感を薄め、さらに新たなカードが入手できるという見返りまで用意されれば、無関係な人までも積極的に倒していこうと考える者もいるだろう。

 しかし、今の言い分を聞く限り、彼女に非があるわけでも無さそうなので、罪悪感を感じてバツの悪そうな表情をしているメイプルを責めるわけにもいかなかった。

「なぁなぁ!ワイは!?ワイも、あんな風にすげー力が使えんの!?」

 一方、異星人の狙いはともかく、超技術による現実離れした光景を目の当たりにしたことで、鼻息を荒くしている者もいた。

「そうそう、そうだけど…顔、近いって」

「あっとと…ごめん、ついね、ついだよ」

 全然言い訳にもなっていないが、旭がウラハへにじり寄りたくなる気持ちは分かる。

「ってことは、僕も…?」

「うん、もちろん」

「じゃあ、俺も?」

「ええ、その通りです」

 不思議な力を手に入れたとなれば、それは皆一様に浮き足立つのも無理はない。

 誰もが、新たな自分の能力へ期待を昂らせていた。

「とりあえず、積もる話はあとでじっくり聞くとして、そろそろ戻らないか?こんなところ、誰に見つかっても良く思われないし、日が暮れる前に移動した方が良いだろ?」

「えー?そりゃあ、司は良いだろうけどさ。ワイらも、早く能力使ってみたいんよ」

「残念ながら、今すぐ使えるタイプの能力じゃないけどね」

「えぇ!?そうなの?」

「そうなの。だから、彼の言う通り、今はまず移動した方が良いんじゃない?」

「歩きながらでも、話はできるだろ?」

「へいへい、わーったよ」

「で、どっちから来たんだっけ?」

「多分、あっちだったと思うけど」

「ああ、そのはず」

「よっしゃ行くぞう。あー、それにしても、なんか気が抜けたら、腹減ってきたな」

「ピザでも食べれば?」

「それがあったら、苦労しないぜ」

 一気に緊張感が抜けた一行がぞろぞろと歩き出す様は、授業が終わって下校する時みたいに見えて、少しだけ物悲しい気分になった。

「司様、私たちも行きましょう」

「そうだな」

「きゃっ…」

 一人で黄昏てないで、移動しようと歩き出した矢先、隣にいたメイプルが出だしから躓いて体勢を崩した。

 幸先悪くて不安になる部分もあるが、整備された綺麗な道路でも無いので、新たに形成されたばかりの身体や不慣れな土地では仕方ないのかもしれない。

「おっと、大丈夫か?」

「あっ…、は、はい。おかげさまで」

 ちょうど俺の方へ倒れてきて、受け止められたこともあり、大事には至らなかった。

 アンドロイドと言っていたが、彼女に限らず、四人とも見た目は人間そのもの。重さも人間の比のようで、何百キロという支えきれないものではなくて助かった。

 それにしても、何て良い香りがするんだ。

 ここのところ、男臭い生活を余儀なくされていたのに、彼女からは一転して女らしい華やかな香りが漂い、不慣れで耐性の少ない鼻孔をくすぐってくる。

 女の子と接する機会も、学園に通っている時以上に少なくなり、ともすれば忘れてしまいそうだったのに、彼女が女というものを思い出させてくれたかのようだった。

「すみません、ご迷惑おかけして…」

「いいって。こんなことで、一々気にするな」

 うるうると見つめる上目遣いが可愛らしく、小動物のようにさえ思えたこともあり、ついつい手頃な位置にある頭をポンポンと撫でてしまった。

「はぅ…司様ぁ……」

 人間の想像するアンドロイド像とは随分異なり、彼女は感情豊かに表情を変えた。

「おーい、司ぁ!なに、早速イチャコラしてんだぁ!?置いてくぞー!」

「ああ、分かってるって!」

 気付けば、もうかなり先を行ってしまった旭たちに向かって、大きく返事をした。

「さあ、行こうか」

「はい。司様」

 こうして、予想だにしない拾い物を携えて、彼らと共に寝床への帰路に着いた。


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