こんな展開聞いてない!
誤字報告ありがとうございます!
とても助かります……!
私が二度目の人生を送っているとは言っても、この展開は予想できなかった。突然にこんな馬鹿な光景を見せられた周りの人々は尚の事だろう。
――だってこんな馬鹿馬鹿しい話、予想ができるはずないでしょう!
明日のゴシップ紙を飾るのはきっと自分の間抜け面に違いない。そして、聖女と呼ばれる彼女の勝ち誇った顔が並べられるのだ。
✴︎✴︎✴︎
王都にある煌びやかなダンスホールで、この日、国を象徴する三大学院――すなわち王立学院、騎士養成学院、魔術学院の合同卒業記念パーティが催されていた。
厳重なる警備のもと、三学院の学生が一同に集い、これまでを懐かしみ、これからに期待を膨らませている。要するに、だだっ広い広間で歌い踊り飲み食いをする楽しい行事なのだが、その最中に事件は起こった。
人々の視線は豪華絢爛たる王城のダンスホールの中央に――正確にはそこに立つ一際煌びやかな令嬢とその前に傅く騎士服の女性、それから間抜けな顔の殿下に集まっている。
「ラジアータ嬢、もう逃げも隠れもさせないぞ! 魔女のその罪、ここで明らかにしてくれる!」
ラウル殿下が突然にそう叫んだことまでは想定内だった。これはまだ良かった。今日というめでたい日にラウル殿下からの一方的な叱責があることは、元より知っていた。だからこそ、それに負けないように準備も整えたのだから、こちらについてはなんの問題もなかったのだ。
問題はもう一人の方だ。ピンクブロンドのふわふわの髪を頭の天辺で結い上げて、騎士の礼服を纏った少女は、今し方婚約破棄を告げられたばかりの令嬢に向けて微笑みを向けていた。
彼女の名前はリスティ・ルルー。
稀代の神聖力をもつ聖女である。本来なら、魔女と呼ばれることになる私の代わりに殿下の妃として召し上げられていたはずの少女。
一方でこの私はこの国でもいっとう貴いとされる血筋の令嬢、ついでに言うならば稀代の悪女と名高いリタ・ティエラ・ラジアータ。私は魔女として罰せられ、いずれ死ぬ運命だった。
何故未来を知っているのか──それは私が回帰、或いは死に戻りをしたからにほかならない。
前の人生で、私は魔女と謗られていた。
多少は悪さもしたが、それ以上に身に覚えのない罪を十も二十も重ねられ、国滅ぼしの魔女であるのだと誰も彼もに忌み嫌われた。そしてある冷たい雨の降る日、家族や侍従たちと共に、十九の若さで首を落とされたのである。
その全てがラウル殿下の計画であり、なんと聖女リスティと結婚したいがために諮られたと知ったのは、獄中で最期の食事を口に運んでいる時だった。
残念なことに、私との婚約は既に内外に大々的に触れ出しており、婚約者になんの問題もないのに相手を乗り換えるなど──二心あるのだと噂されても不思議はなかった。
問題がなければ作ればいい。
ラウル殿下はそう思い至ったらしい。死ぬ数時間前に笑いながら種明かしをした愚かな殿下! あの顔は忘れようにも忘れられない。当然、私は呪った。呪って呪って恨んで恨んで……虚しく刑死したはずだった。
それなのに、気が付いたら、十五歳の春に戻っていたのである。死ぬまでの記憶と共に――
それからは忙しい日々だった。
私以外には記憶がないようで、それが更に大変さに輪をかけた。勇気を出して切り出したところで、誰一人、私の話を現実だとして聞いてはくれなかったのだ。
「怖い夢を見たのね」
そう言って抱きしめられた時に、これは一人でやりきるほかないのだと悟った私は、同じ悲劇を二度と起こすまいと奔走した。戻った時点でラウルとは既に婚約済みだったことはとても残念だったし、王子の方の性格を変えるのは不可能だった。
なので、作戦を変えていつ冤罪をかけられても良いように備えることにしたのだ。家族や侍従が大怪我を負うようなトラブルは事前に避けるようにし、友人関係にも気を配り、下手な博打は打たず、不要な贅沢品は持たず、必死に勉学に励んだ。進学先も殿下の通う王立学院ではなく、魔術学院にするという徹底振りだった。
その甲斐あって、今は殿下ひとりの妄言には振り回されない土壌は出来上がっていたのだが……
――いや、どうなっているのかしら、コレ。
頭を抑える。わかっている、頭痛の原因はすべて聖女にあるのだ。
リスティ・ルルーは出会った時から規格外の破天荒だった。ついでに言うと、過去の行動と全く一致しない動きばかりするのだ。そのくせ、回帰したような素振りなどはまるでない。さりげなく話を振っても、本当に何も知らない顔で首をかしげるのだ。
そんなリスティとは王立学院で彼女とラウル殿下と抱き合っている最中に初めて会うはずだったが、なぜか魔法を暴発させてラジアータ邸の庭木に突き刺さっていたのが初対面となったのである。
警備に捕まって半泣きの彼女を助けたことをきっかけに彼女とは縁ができてしまった。
これまた王立学院ではなく、騎士養成学院に進学したリスティは、以前とは異なり親公認の友人としてお茶を飲むような仲になっていた。養女になるやならんやという話さえあるくらいなのだ! とにかく彼女が関わると展開通りに進まない。
その極め付けが今日である。
ダンスパーティの最中、殿下が声高に
「罪深きラジアータの令嬢よ! 魔女の名にふさわしきその罪を悔い改め、新たなる我が妃聖女であるリスティ・ルルー嬢を──」
などと言ったのを、冷ややかに受け止めた。礼を崩さず、しかし声には甘さがひとたらしも含まれない。
「殿下」
「お、おお、リスティから罪を言ってくれるか」
「私と殿下の婚約と、そのようなお話は陛下からも父からも一切聞いておりません。ラジアータ様はご存じでした?」
「……いいえ、奇遇。私も初めて聞きましたわ」
水を向けられて、慌てて相槌を打つが、私も殿下も混乱していた。
「戸惑っているのかな、我が愛に。いや、照れずともよい。改めて、君こそが王妃に相応しい。まず、君を見初めたのは……」
「畏れながら、殿下、お聞かせくださいませ。なんのことでしょうか、ラジアータ様の罪とは」
「い、いや、それを、君が聞くのか? 君の教科書は汚されて、制服は破られ、仕舞いには階段から落とされかけたと聞いているぞ。他でもない、ラジアータ嬢によってな!」
得意げにこちらを見られても、と周囲に視線を送る。近衛騎士が互いに囁き合いながら、出方を伺っていた。
「お言葉ながら、私とルルーさんと、学院も違えばカリキュラムも異なりますのよ。それに何の意味がございまして?」
ラウル殿下も私の言葉を予想していたのだろう。「どうせ人を使ったのだろう。その人というのも、もちろん拘束してある」と胸を張っていた。前世通りなら、後ろ暗い適当な人を集めただけである。
「下手な言い訳は首を絞めるぞ。時期王妃として慈愛を示すべき令嬢が嫉妬に狂い我が愛するリスティ嬢を虐め、更には黒魔術に手を染めたとなっては──」
「畏れながら、殿下も冗談を仰るのですね。リタ様、この場はどうかあなたの騎士にお任せください」
クスリと微笑む姿は愛らしいのに、毒気がだだ漏れている。以前は、青褪めた顔でオロオロと流されていただけなのに、この少女に一体何があったのか。私は頭を押さえた。あなたの騎士とはなんなんだ。
「ま、魔女め! 聖女になにを吹き込んだ!」
どよめく会場、否定されるとは思っていなかった殿下と取り巻き、冤罪の反証を用意していた人々、全てが落ち着かない中、彼女は一人微笑んでいた。感無量、そんな表情をして、うっとりと呟いた。まるで周りが見えていない。
彼女は騒ぐ王子に背を向ける。不敬である。
「やっと……リタ様のことを守れますね。卒業して、一人前になるこの日を待ち侘びていました」
傅かれて、手を取られる。
「ええっと、ごめんなさいね、全くついていけないのだけれど、何をしていらっしゃるのかしら、ルルーさん?」
冤罪については反論し、身の潔白を証明する──そんな準備はできていたのに。いざという時の亡命先まで確保していたのに。
リスティは答えることなく、しかし目線は私から外さずに声高らかに宣言した。
「聖女の役を賜りしリスティ・ルルーがこの場で宣言いたします! ラジアータ家の誇る至宝、リタ様は何一つ謗られることなどしておりません。勤勉で、心優しいお方だと私は、私たちは存じております! 反証のある方はおりましょうか!」
ざわりざわりと囁き声が広がるが、誰も動かなかった。動けるはずもない。リスティは更に畳み掛ける。
「リタ様に虐められた過去もなく、害なされた事実はありません。魔女と謗られるようなお方では決してないと、今代の聖女リスティ・ルルーがこの名に誓います。そして、殿下の挙げられたすべての行為を為した方については、調べがついております」
「な……っ」
聖女を害した罪――確かそれもリタに着せられたものの一つだったはずなのに、聖女自身が否定したのである。
リタも開いた口が塞がらない。
「ルルーさん、貴女何を……」
「私だけではありません。神殿もリタ様の潔白を証明いたします。無実の信徒を魔女と謗ったこと、たとえお受けであろうとも正式に抗議いたします」
「ルルーさん⁈」
「国王陛下にはすべてご報告をあげております」
堂々と胸を張ってから、リスティはリタに向けて微笑んだ。
「……えへへ、これで結構頑張ったんですよ! もう、こういう時は名前を呼んでください!」
何を言っているんだ、本当に。口を尖らせるリスティにこめかみを抑えながらも、望みは叶えてあげることにする。確かに、友人なのだ。
「ごめんなさいね……リスティさん。改めて聞きますけど、これは一体何がどうなっているのかしら……」
「えへへ、リタ様をお守りしたい、その一心で私、頑張ってきたので! 怪しい動きがあれば調べますし、それが国のこれからを左右することとなれば神殿も動くんです」
褒めて、褒めて、と尻尾を振る犬のようにも見えてきた。淑やかで奥手で引っ込み思案な聖女は何処に消えたのか……結局、やろうとしていたことは変わらない。冤罪を覆すのが目的だったのだから。
「あ、ありがとう?」
私も殿下も他の客人も含めて、展開について行けていないが、聖女と神殿が私を庇護する以上はここからいきなり刑死するようなことにはならないだろう。むしろ殿下に対する「やっぱり二心持っていたんだ」「誰ぞの真偽不明な戯言に惑わされた人」という冷たい視線が目立っていた。
これで一安心──思っていた形とは大分違うけど──そう思ったのも束の間。
リスティが腰に下げていた式典用の模造剣を差し恭しく出してきたのである。
「リタ様、リタ様、こちらをどうぞ」
「はい? これ?」
何を言い出すのか分からず、相手は友人だし、取り敢えず剣を受け取った────のが間違いだった。
リスティは満面の笑顔で爆弾を投下した。
「リタ・ティエラ・ラジアータ様。神に仕える騎士リスティ・ルルーがここに誓います。我が命は貴女と共にあり、我が剣はただ貴女を守るためだけに奮い、我が盾は貴女を守るためだけにある。貴方の騎士となるその名誉を、どうかお授けください」
騎士の宣誓である。
聖女による、魔女と謗られた女への騎士の宣誓──勿論、前代未聞だった。
宣誓の剣を受け取った以上、その誓約は結ばれたことになる──つまり。
「は、は、諮ったわね! リスティ・ルルー!」
「えへへ、これで今日からリタ様の騎士ですねっ! 御身を守るため、朝から晩までずうっと一緒にいます!」
「こ、この……!」
悪びれる風もないリスティに、リタは頭を抱えた。国中のゴシップ誌に新聞に、海外の新聞も、きっとこの事件を面白おかしく書くのだろう!
ああ、まったく!
「こんな展開聞いてませんわ!」
めでたし、めでたし。