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1話 天城零の憂鬱

「零……アンタ、何時まで無駄な夢を追いかけるつもりね? 母ちゃんらが応援せっとば、飯一つ喰えん生活しくさってから、いい加減現実ば見んと、嫁にかて行けんごつなるばってん、母ちゃん知らんぜよ……」


「かーちゃん……とーちゃんの全国縦断転勤の旅で培った方言を全部混ぜて話すの、やめて……」


「じゃあ、標準語で言います。零? もう仕送りはしないから」


「ええ!?」


「ええ!? じゃありませんよ。アナタは都会に住んでるのだから、もっと自分を活かすような生活をしなさい。お父さん譲りの知性と、お母さん譲りの美貌があれば、アナタはもっと上手に生きていけるはず……くだらない夢なんて捨てて、自分一人の食い扶持くらい自分で稼げるようになりなさい、以上!」


「あ! 待って、かーちゃん! いや、お母様? お母様ー!」


「ブツン! ピピ!」


「切りやがった……くそう、こっちから掛けてやる!」


「お掛けになった電話は、お客様の都合により、掛かりません……」


「電光石火で着拒? さすがは我が母、行動に迷いがない……」


「はぁ……財布の残金が24000円、家賃が6万円、水道光熱費が2万円、携帯とネットが1万5千円、仕送りの停止でマイナス12万円……バイトもクビになったばっかだし、支払期限は3日後、こりゃ完全に詰んだか……」


天城零、彼女が見上げる空は、果てしなく蒼い。


幼児の頃、天城零は、自分は何でもできる、何にでもなれると思っていた。

そう、TVの向こう側から自分の感性を刺激して来る、あの仮面のヒーローにすら、いつかなれると本気で信じていた。


夢という名の空想を掻き立てた幼い頃……それを人は、夢想と呼ぶ。


そして成長し、小学生になった頃。

自分は、どう頑張っても変身ヒーローになれない事を知った、知ってしまった。


自分が憧れたヒーローは全部着ぐるみで、中の人が頑張って演じていたという真実を。


ショックだった。


ショックではあったが、それはそれで、自分の気持ちを奮い立たせ、得体の知れぬ何かに向け、情熱を燃やすきっかけにはなった。


そう、現実でなれないのなら、空想の中でなれる物語を作ればいい。


自分自身が伝説のスーパーヒーローになって、世界を救うために戦う物語。


仲間と共に世界を駆けめぐり、巨悪を相手に命がけで戦い、ボスを倒して恒久の平和を勝ち取る。


そんな理想の物語を、そんなご都合主義の物語を、自らのペンで書き顕わす。


そしてその作品で、世間に一大ムーブメントを起こすのだと心に誓ったその日から、彼女の夢想は野望と言う名の妄想に変わった。


小学生時代から書き始め、高校を卒業して進学もせず、彼女の孤独な創作活動は続いた。


書いては直し、書いては直しをループする毎日。


彼女の夢は、その始まりもしなければ終わりもしない物語の中にこそ、あり続けた。


感性を振るわせる刺激を求め、上京したは良いものの、夢を追う事は何の生産性も持たず、経済をひっ迫させるしか能がないその夢は、彼女の財布を破滅へと追い立てて行く。


そこにやって来て、母の仕送り停止宣告だ。


それは天城零の社会的死亡、その止めを刺すものとして、胸元深く刺さっていた。


「まあ、銭湯は行っておこう……三日ぶりだし」


零は部屋着の上にバイト先でもらった薄手のジャンパーを羽織り、風呂道具を詰めた黄色い手桶を小脇に抱え、突っ掛けを履いて町に出る。


女湯の暖簾をくぐると、脱衣所越しに晴天の富士山が迎えてくれた。


カポーン……ザバーン。


湯船から溢れる湯の音と、流れる手桶の音が耳に心地よい、至福の時間……一時の極楽、460円也。


風呂上がりのコーヒー牛乳を我慢して暖簾をくぐった零が見上げる、満天の星空。


乙女は呟く。


「はあ……誰か、異世界にでも連れてってくれないかなぁ……」


『その言葉、待っていたよ!』


突然、鼓膜を震わせる、何者かの声。


次の瞬間、天から巨大な赤色彗星が迫り、零の身体を包み込むと、再び遥か天空まで飛び上がった。


「な! この馬鹿、何てことするんだ! ケロリンが! 私のケロリンちゃんが!」


道に転がり、見る間に遠ざかる小さな黄色い手桶に向かい、泣きながら必死に手を伸ばす。


「お終いだ、もうお終いだ! なんてこった、こんな事ならコーヒー牛乳を飲んでおけば! 飲んでおけば良かった! うわああああん!」


『落ち着いて、零くん! 落ち着いてよ!』


「ああ、もうこんなに高く……スカイツリーすら見下ろす高度に……人生の最後がキャトミュとは……あんまりだ!」


『だから、違うって……お願いだから落ち着いて、僕の話を聞いてよ……天城零くん……いや、ダンガー・シャイン』


「……だんがー? 社員?」


『違うよ、光の超神:ダンガー・シャイン……君の本当の名前さ』


「違うよ? 私は純国産、ただの特撮オタクのアマチュア作家で、そんなヒーローっぽい者じゃあない……だから今すぐ降ろしてよ! 手桶を、ケロリンちゃんを拾わないと、財布はおろか、パンツもブラも入ってるんだ! しかも洗ってないんだぞ? 三日も……三日も! 誰かに拾われ、匂いでも嗅がれたら……恥ずかしくて死んでしまう!」


『分かったよ……手桶を拾ってあげたら、話を聞いてくれるかい?』


「まあ、今よりは……」


『約束だよ……ほら! これで良いかい?』


「ケロリンちゃん! おお……財布もパンツもブラちゃんも、みんな良くご無事で! 抜かれなかったか? 嗅がれなかったか?」


『さて、零クン、これで僕の話を聞いてくれるね』


「おぼつかない……」


『今度は何だよ……』


「宙ぶらりんで、足元がおぼつかない……降ろしてくれたら話を聞く……うん、降ろしてくれたら聞いちゃうなー」


『まったく! 何て我が侭なんだ……』


「じゃあ、話は聞かない……このまま落ちて……死ぬ」


『君って奴は、どうしてそう刹那的に……』


「人の命は儚いものだからね。人生が詰んだ今の私に、死の恐怖など微塵もないんだよ」


『君はもっと自分の存在価値を知るべきだよ、そんな事じゃあ、異世界に行ったって……』


「異世界……異世界? 今、異世界って言った?」


『ああ、言ったよ、異世界ヴェール、これから君が救う世界さ』


「異世界ヴェール……私が救う……勇者的な、あれ?」


『そう、それ! 君は待ち望んでいたはずだ、来てくれるよね?』


「喜んで! ……あ、いや、でもちょっと待てよ……私が異世界で勇者? そんな旨い話、ある訳がない……これはアレだ、あの手口だ……ネットに美味しい仕事情報を掲載して、応募したら登録制の派遣だから一度事務所に来いって言われて、いざ行ってみたら、その仕事はもう他の人に決まっちゃったので、代わりにこの仕事はどうでしょう? と、安くてキツイ仕事を押し付ける……登録型派遣詐欺の手口だ!」


『僕はそんな安っぽい者じゃないよ……これでも世界の命運を背負って来ているんだ』


「じゃあ、証拠を見せてよ」


『いいよ……ほら!』


「あ、うわ! うわ! 落ちる! 落ちるー! ……て、あれ? 落ちない……」


『言った筈だよ、君は光の超神……落ちる訳がない』


「じゃあ、これって、私の力……?」


「チカラの制御は僕がしているけどね、飛んでいるのは紛れもなく、君の素養さ」


「私は、光の超神……ダンガー・シャイン」


『最初に言っただろ? 君たちは、異世界を救う者だって』


「君……たち?」


『そこは今、気にしなくてもいい……それより零クン、頼みたい事がある』


「なによ?」


『超神を招くために扉を開いた事で、悪魔がこっちの世界に紛れ込んだようなんだ。この国では妖怪と呼ぶような輩なんだけど……退治できるかい?』


「私に出来るの? それって、どうすれば……」


『君のチカラを開放する……唱えて、変幻・ダンガー・シャイン!』


「分かった……変幻! ダンッガァァァ……シャイン!」


『いいよ、零クン、いい乗りだ!』


「こ、これが、私……」


『零クン?』 


「きゃー! 私、変身した! 変身しちゃった! 写メ、写メ! 誰か写メ取って! 自撮りで……いいや、自撮りでは全身映らない……誰か私を映して、全身! 写真を撮ってー!」


『零クン、来るよ!』


「げははは! 異世界に来た途端、爆神の雛に出会えるとはな……ちょうど良い、こいつを殺し、ヴェールの歴史を変えてやる!」


「うわあ! やられた……て、あれ?」


『変身したキミの身体の組成は光子そのものだからね、あらゆる物理ダメージはキミの身体を素通りしてしまうんだ!』


「やはり一筋縄ではいかんか……ならば!」


「敵さん、なんか撃って来るよ!」


『だったらここから先手を取ろう、全速力で飛翔するイメージを!』


「こ、こうかな……ぎゅん!」


「うわ、うわ、うわぁ! なにこの速さ!」


『君は今、光の速さで地表付近を移動している!』


「一秒間に地球何周もしてるって事? そんなことしたら、衝撃波で地表がズタズタになっちゃう!」


『ならないんだなー、それが』


「どういう事?」


『キミが質量を得るのは、攻撃の瞬間だけなのさ。それまでの動きには、質量として一切地上に干渉しない、抵抗力を無視した純粋な加速エネルギーを蓄積して、敵に撃ち込むときにだけ、絶大な破壊力を得られるんだ……やってごらん? キミが思うままに動いて、敵を倒すんだ』


「……分かった、やってみるよ」



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