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4。

 


 王都に入ってすぐ、ガイル達は王宮に対して、今日中それもできるだけ早くの面会を求め使者を立てた。

 そうしておいてから王都で一番の宿に『今夜一晩だけでいい』と貸し切る約束を結ぶ。そこに落ち着き、ここに着くまでに打ち合わせしておいた手配を済ませたところで、ようやく風呂を借り身支度を済ませた。

「大丈夫ですか?」と心配する部下たちを余所に「ここで踏ん張れねば、俺がここにいる意味はなかろうさ」と嘯いて、ガイルはどうせ効かぬと痛み止めすら拒否して笑ってみせる。

 そこまで済ませたところで、丁度頃合いを見計らったように王宮より呼び出しが掛かった。



「それで、『どうしても今日中に献上したいもの』とはどんなものだ?」

 口上もそこそこに不機嫌な様子の王の意を受けた宰相は、遠い国から来たのだと約束より2日も早い突然の面会を強請りごねた不躾な外交官に向かって訊ねた。

 外交官として名乗りを上げた男は未だ平伏したままだ。

 その後ろと横には赤い布で包まれた大小のものが所狭しと並べられていた。

 中身の判らない献上品。

 その勿体付けたやり方に、王も宰相もうんざりとした表情を隠さなかった。

 正直、いまの王宮はそれどころではないのだから。

 要はさっさと用事を済ませろ、気が済んだら帰れ、だ。

「その前に、人払いをお願いしたく存じます」

 挨拶が終わって面を上げるように伝えても未だに平伏したままの男が、態度や口調とは全くそぐわない要求をしてくることに、宰相と王の眉が顰められる。

 初めて足を踏み入れた他国の使者と王を二人きりに出来る訳がない。

 とりあえず使用人といえる立場はともかくそれ以外は無理だと宰相が伝えようとした時、その男は平伏したまま懐から手巾で包んだ何かを差し出した。

 宰相はそれを取ってこさせると、手の中でそっと包みを解いた。

 そこにあったものに、思わず目を見張る。

 一瞬で全身を緊張で包んだ宰相がそっとそれを王に向かって差し出すと、王が

「宰相と、私の専属近衛は外せぬ」

 そう口を開いた。

「陛下の御心のままに」

 男が平伏したまま王の言葉を受け入れると、王がさっと手を振り、指名を受けたもの以外が速やかに退出していった。

 ようやく顔を上げた男は「王に献上したきは、私がここに来るまでに襲われた野盗から奪い返した、貴国の国宝にございます」と一気に言うと、するりと自らの横においていた大きな献上品から赤い布を引き剥がし、木でできた箱の蓋を大きく開いた。


「これは、どういうことだ? どこで手に入れた?」

 ぎりりと玉座の手摺りを握りしめた王が、睨み殺さんとばかりの気迫を込めて平伏していた男を睨みつけた。

「おとうさま!」

 赤い布で隠されていた木で出来た箱の中で抱き合うように潜んでいたアーマニが、そこから駆け出してくる。

「アーマニ! それとサリーナ!? サリーナは怪我をしておるのか?!」

 抱き着いた逞しい父の胸の中でアーマニは涙を懸命に堪えて「わたくしは大丈夫です」と気丈にも答えた。

「無事だったか。心配していたのだぞ? 昼には到着している筈の離宮に誰もつかぬと連絡が来たのだ」

「申し訳ありません、おとうさま。実は野盗…ではなく、花と蛇から襲われ攫われ掛けたのです」

 その言葉に、王と宰相、そして後ろで控えていた王の近衛たちの息が止まる。

「それは…お前の婚約者が?」

 その言葉に、アーマニは小さな頭を横に振るった。

 金の渦の様な髪の毛が、その動きに合わせて震える。

「いいえ、わたくしを国母と迎えることに意を反する一派の手の者のようです。わたくしが自分でそれを聞きました」

 しっかりと父王の目を見て答える声は気丈で、しかしその手は不安に爪が掌に食い込むほど強く握りしめられていた。

「なにか、それを証明できるようなものは?」

 王の言葉に項垂れたアーマニの後ろから、声が掛かる。

「僭越ながら、こちらもお納めください」

 しゅるりしゅるりと赤い布たちが取り払われた後に並べられた小さな箱の中にあったのは、花と蛇を取り囲む剣と盾の刻印がされた剣と軽鎧だった。

「狼藉者どもが身に着けていた物です。まだ新しいこれらの装備品が、これだけ数を揃えて野盗に盗まれたというのは無理があるでしょう」

 宰相と近衛のひとりがそれを手に取り確認すると、鬼の様な形相をして王に向かって大きく頷いてみせた。

「それと、なによりリーダー格の男ともう一人を生け捕りにして王領地の関所の地下牢へと繋いであります。リーダーの男は怪我をしておりますが、かなりの手練れでしたので猿轡と手枷足枷を施し食事も与えないよう姫様のその印章を以って指示してあります。どうかご沙汰を」

 その言葉を受けて、近衛のひとりが宰相からの指示により謁見室から飛び出していった。

「なによりサリーナ様はかなり重傷です。背中の刀傷と手足の骨折。熱も高い。どうか今すぐ治療を」

 そのガイルの言葉にいち早く反応したのは宰相でも王でも近衛でもなかった。

「ガイル様こそ! その火傷の治療を、先に!!」

 アーマニの必死の声に王は驚いた。

「火傷? 何故だ」

「ガイル様は陰からわたくしを襲った刺客の剣を、わたくしに代わりその身で受けて守って下さったのです。その血が、止まらなくて…それで、それで…」

 その元の怪我を負う破目になった時のことと、その処置を思い出したのだろう。

 王宮と父である王の腕の中という安心できる場所にいることで、その時の衝撃を、いま、ようやく表に出してアーマニはわあわあと大きな声で泣き出した。

「アーマニ、アーマニ。大変な思いをしたのだね。部屋に戻りゆっくり休むといい。お前の恩人には十分報いるつもりだ。きちんとした治療もしよう。だから、泣き止むがいい」

 王は可愛い娘の涙をその手で拭うと、優しくその頭を撫で落ち着かせた。

「でも…ガイル様の看病は、わたくし自身がしたいのです」

 切なそうな顔をしたアーマニに、「それでもお前はこの国の王女だ。王女として相応しい姿でいることは責務である」と王が窘めると、今度はこくんと頷いて、ガイルに向かって最上級の礼を取り「ではまた後程」とアーマニは声を掛けた。

 そうして慌てた様子で呼び出しに応じた女官長に連れられて、サリーと共に退出していった。



 広い謁見室にはガイルと宰相と近衛、そして王だけが残った。

「詳しいお話を聞かせて戴ける体力は残っているだろうか。治療が先の方が良さそうか?」

 その言葉に、ガイルは「勿論大丈夫でございます。早ければ早い方がより善き対処がございます」と不敵に笑ってみせた。


 時系列に沿って、ガイルが知っていることをすべて説明する。

 それと共に、ガイルはどうしても伝えなければいけない気がして、この国に入る前、隣の国で散々聞かされたある噂について報告する。

 その内容に、宰相は胃を押さえ、王はその秀麗な額に青筋を立てて怒った。

 この国へ入る前、ガイル達が船でジャオユ国の港へ着いた時の事だった。

 直接交渉に入る前に、隣り合わせであるこの国でフォルト国についての情報を集めようと酒場で何気なく聞き耳を立てた時、その国の第二王女についての噂が盛んに耳に付いた。

『フォルトの第二王女はどこで見初めたのか我が国の王太子に懸想してごり押しで嫁入りしようとしている』

『フォルトの第二王女は悋気持ち。大して美しくもないのに自惚れ屋で始末におえない』

『フォルトの第二王女は横恋慕で王太子殿下と最愛の恋人の仲を裂こうとしている』

 尤も、その噂の的となった王太子殿下の最愛の恋人については、

『王太子殿下の最愛の人は宰相であるグラン閣下の末娘』『いや、自分が勤めている伯爵家のご令嬢だ』『いやいや、公爵家の姫君に決まっている。お二人が隣り合わせでお立ちになる姿は絵の中のようだ』『騎士団副長の娘だろう? この間、店に飲みにきた騎士たちが騒いでいた』

 と話す人によって挙げられる令嬢は違っていた。

 それでもかなり頻繁に『フォルト王国第二王女』と『ジャオユ国王太子殿下』についての噂を聞くことができた。

 それらすべてが本当の事だとはガイルとて思わないが、それでもその中に全く真実が無いとも思えなかった。

 噂が指す意味がいつでも同じモノを指していたからだ。

『フォルト王国第二王女は恋人のいるジャオユ国王太子に懸想して、強引に嫁いで来ようとしている』

 些末な差はあれど、すべてはこれに尽きる。

 そうして集めた噂であったが、こうしてその噂の第二王女であるアーマニと実際に行動を共にしてみて思ったことは、少なくとも王女に関することだけは完全に出鱈目であろうということだった。

 つまりはアーマニ自身もしくはフォルト王国第二王女に対して悪意を持った者がばら撒いた可能性が高い、ということだろうとガイルは考えたのだった。

 フォルト王国にも間諜はいる筈だ。

 どうみても事実と異なる噂とはいえ、それが情報として国に届いていないこと自体がガイルには不思議だった故に、確認だけでもと思って伝えたのだったが。

 果たしてこの情報は、その王太子殿下と第二王女が婚約前提で顔合わせまでしておきながら、肝心のフォルト王国では報告が為されていなかった。

 この話をしている間のアルフォンス王の額に浮いた青筋がぴくぴくと蠢くのを目の端で捉える度に、ガイルはジャオユ担当の間諜の未来が心配になった。

 お互いに、持っている情報で出せるものはすべて、手の内を晒すがごとく共有する。

 その上で、ガイルが取り戻したのはあくまでこの国の国宝であり、人、ましてや王女などではないことを確認する。

 その為の赤い布であり木の箱だ。ガイルが持ち込んだのはあくまで物だというアピール、演出だ。

 そうして今夜はこれから遠方から来た外交官を囲んで夜会を開く。そこに第二王女が綺麗に着飾った姿で現れて、盗まれた国宝を取り戻した英雄として感謝を述べるのだ。その段どりと手順を確認し合う。

 これらはすべてが未婚の王女の誘拐事件など無かったと主張する為にガイルが必死で考え出した方策だった。

「多大なる尽力と繊細にして最大限の配慮に感謝する」

 アルフォンスの王として最上級の感謝の言葉に、ガイルはそれを正式な礼を取り受けた。

「たまたまそこに居合わせただけでございます」

 たまたまそこに居合わせただけで、自身が傷を負ってまで他国の人間を救う人間はそうはいまい。

 それが王女であるとすら知らなかったなら、猶更だ。

 そして、それをやり遂げた上で自身の功績を吹聴することなく、姫の人生を守り救うべく方策を講じる者は更に少ないだろう。

 それを「なんでもないこと」だとさらりと言い切る姿に王ですら魅了されていた。

「まずは傷の手当てを。王宮医師を向かわせましょう。客間にてお待ちいただきたい」

 宰相のその言葉で、夜に残ったどうしてもやり遂げなければならない残りの方策に向けて準備が始まった。



「痛っ! 医師殿、もう少しお手柔らかにお願いできないだろうか」

 珍しいガイルの泣き言を、細かい作業に眉を寄せて集中していた医師はばっさりと切って捨てた。

「無理ですな。そりゃ痛いでしょうよ。碌な治療もせず、焼いて血止めしただけの跡に清潔ですらない包帯を巻いて放置するなど、傷から菌が入って死んでしまってもおかしくないのですよ?」

 王宮医師は憮然とした表情のまま、それでも繊細な動きで重度の火傷に貼りついて固まった包帯というには烏滸がましいそれを慎重に引き剥がしていく。

 繊維が一本でも残っていればそこから膿む原因となり得るので慎重にピンセットで引き抜いていく。その度に、遠慮容赦ない悲鳴が男の咽喉から上がった。

「ふん。綺麗な火傷という言い方でいいのか判りませんが、止血という観点では上々ですな。しかし、なんで貴方がこうして起きて立っていられるのか。医学的観点から言わせて貰えば不可解のひと言です。普通なら高熱を出してぶっ倒れていて当然なんですよ?」

 憮然とした医師の言葉に、ガイルは苦笑しか返せなかった。周りにいる部下たちも諦め顔だ。

「さぁ? どうしてでしょうね。そんなことより先生、一緒に運び込まれたご婦人は?」

 ガイルがとぼけた様子で話を変える。

 その態度にわざとらしく大きなため息を吐いた医師は、それでもガイルの質問に答えてくれた。

「さきほど運び込まれたご婦人なら傷口の縫合も終え、薬で寝ています。傷は残るでしょうが、命に別状はありませんよ」

 何でもないことの様にさらりとした答えだったが、この医師が大丈夫だというなら大丈夫なのだろう。ガイルにできることは全部した筈だ。外野でしかないものが口を出す事ではないだろう。

 なにやらべとべととした塗り薬を油紙の上に敷いたガーゼに塗りたくっている医師の手元を何を見るでなしなんとなく見つめていると、まんべんなく濡れたことに満足した様子で医師がそれを、ぺちりとガイルの火傷に張り付けた。

 その冷たさに、おもわず悲鳴を上げる。

「冷てぇぇぇ! 痛てぇ!」

「しばらくこの塗り薬を湿布します。朝晩2回、状態によっては朝昼晩で3回交換しますからね」

 深い火傷に貼られた湿布は剥き出しになった神経をそのまま抉るような冷たさという暴威をガイルの脳へと直接伝えてくる。それは火傷が生む疼くような痛みを塗り替えるだけの強さをもってガイルを攻め立てた。

 頭に響くこれまで知らなかった種類の痛さに思わずガイルが身を悶えさせながら弱音を吐く。

「そんな馬鹿な」

「大将。今朝の処置の時はずっと黙ってたじゃないですか?」

 横で肩を押さえていたショーンが呆れた様子でそうばらした。

「だってお前、あそこで騒げないだろ」

 名前を呼ぶことも、そこに彼女がいたことすら口に出来ない状態だ。その理由をはっきりと説明することはできなかったけれど、部下にはきちんと伝わっていたらしい。

「…大将の見栄っ張り」

「うるさい。痛い時は痛いって大きな声で叫んどくと本当の痛みは反れていくものなんだ。うう。痛い、冷たい、痛い冷たい…」

 だからこれは痛み止めとしての正しい対処なのだと主張する主に、ショーンは悪戯めいた瞳で見返した。

「なんだ。その悪い事を思いつきましたと言わんばかりの顔はやめろ」

 うしし、と笑みを深くして、やめろと言われた男は、

「やめません。というか人の思い付きを悪い事と決めつけるのは良くないですよ?」

 そういって尊敬する上司の肩を押さえる力を一層強めた。

「ショーン、だから…っくぅぅぅ!!」

 湿布を固定するための包帯が患部の覆う面積を増やすごとに、ガイルの脳へとその湿布が生む冷たさという暴威が猛威を奮う。

 その絶叫は王宮の右翼棟にある最上級の客間から響き続けた。



 昼過ぎに開催を決めたとは思えぬほど、その会場は煌びやかに飾り立てられ、集められた貴族たちも皆、競うように華やかな装いをして集っていた。

『盗まれた国宝が、他国の外交官の手で取り戻された』

 突然の夜会への招待状は、使者によるそんな言葉と共に届けられた。

 国宝が盗まれていたという、どんな情報通も仕入れていなかった事件。

 それを鮮やかに解決して見せた他国の外交官。

 その顫動的センセーショナルな言葉に飛びつかない貴族はいなかった。

 少しでもその詳細を手に入れようとこうして誰もが無理を重ねて参加を決めたのだった。

「盗まれた国宝とはどういうものでしょうか」「ひと目位お披露目して戴けるかしら」「誰も知らない盗難事件か。本当に起こったのだろうか」「他国の外交官が解決か。随分とタイミングよく現れたものだ」「実は…などということもありますかな」

 口さがないとしかいいようのない軽口が騒めき広がっていく。

 それは最初こそ単なる軽口でしかなかったものの、時間と共に真実味を帯びて受け止められていった。

 そんな中、ついにコールマンの声がそれと掛かり、王と王女達が宴の席に現れた。

 威風堂々としたフォルト王国国王アルフォンス・デル・フォルト陛下と第一王女のアマーリエ殿下そして第二王女のアーマニ殿下が一段高くなっているその場へと姿を現した。

 王妃はこの国待望の王子を産んだばかりでこういった席への参加は今はほとんど無い。王族としてこの場に立てるのはこの三人だけだった。

 そうして一段高くなったその中央、赤い玉座の前に立った王は、よく通る声でそれを述べた。

「今夜は、実に喜ばしいことがあった。その喜びを皆にも共に祝って貰おうと集まって貰う事にした」

 そこで一旦言葉を切り、愛娘を呼ぶ。そうしてその発言を許した。

「わたくしが離宮に置きおいた大事な物を盗賊に盗まれてしまっていたのです」

 おぉ~、とその場にため息の様な期待外れだとでもいうような声が漏れる。

 国宝が指す物が、王女個人の大切にしている物を指しているとは誰も思わなかったのだ。

「勿論、盗賊の目当てがそれだったとは言いません。けれど、わたくしにはとても大切なものでした」

 両手を胸に当て俯き目を閉じて憂いに揺れるその姿は、まるで天使を困らせているようで見ている者の心に同情を生んだ。

「それを、取り返して下さった方がいます。旅の途中でその盗賊団に襲われ、帰り討ちにしただけでなく、見事盗賊どもを生け捕りにしてそのアジトを検め、盗品を元の持ち主へと返して欲しいと王宮までお持ちになって下さったのです」

 嘘は完全な創作より、真実を混ぜ込んでおいた方がそれが嘘であるとはバレにくいという。

 今回は、王女様の大切にしている物(=個人的な物であり、それが何かを発表するつもりはない)、離宮、生け捕りというキーワードを混ぜ込むことにした。

 勿論、この場に間者が混ざっている可能性も込めて選択した。

 王女自身がこれを発表することもそうだし、生け捕りされた盗賊がいるというだけでも牽制になる筈だ。

「この国の、私にとっての英雄を紹介しましょう。トリントン王国外交官ガイル・リーディアル侯爵です」

 王女の言葉で入室を許可されたのは、輿に乗せられた大男だった。

 その足には添え木がされ、包帯で派手にグルグル巻きにされていた。

 そう、これがショーンの考えた事だった。盗賊との闘いが馴れ合いによるものではなかったという主張。夕刻まで続いた治療中のガイルの叫び声と相まって、信憑性は高まるに違いない。

「盗賊との闘いで大怪我をされたリーディアル様は、それでもリーダー格の男を押さえきり捕らえたのです。そうして、盗まれた宝も持ち帰って下さった」

 さきほどの憂いを帯びた表情から一転、晴れやかな笑顔が眩しい。

「いくら感謝してもし切れない。わたくしは、そんな気持ちになるのです。本当にありがとうございました」

 ゆっくりとした美しい所作で王女が取った礼は、王に捧げるための最上級の物だった。

 それに気づいた貴族たちは軽く息を呑んだ。

 王女が取り返して貰った宝がどんなものか。

 ガイルという外交官がその為に負った怪我が如何ほどのものか。

 判らない事は沢山あれど、王女がこの怪我をして輿に乗せられた男に向ける感謝の気持ちは間違いないのだろう。

 その場にいた誰が最初に、王女に倣って最上級の礼を取ったのか。

 今となっては不明だったが、いつの間にか会場にいた王以外のすべての者が、ガイル・リーディアルに向けて最上級の礼を捧げていた。



「どうやら上手く誘導することができたようですな」

 宰相が満足そうにそう評価した。その言葉にガイルも頷く。

 概ねこちらが提示したい内容をそのまま受け取って貰えたようだった。

 王家が盗まれたものは、離宮に置いてあった王女の個人的な宝物と、いわゆる普通の金目の物。

 それを取り返す為にガイルは怪我を負う破目になったが、王女の信頼を手に入れた。

 犯人は生け捕りにされており、事件は解決済である。

 この短時間での仕込みを考えれば最上の結果だろう。

 この事で王女が未来に負を背負うことはない。むしろ、降って湧いた英雄に憧れる可愛らしい守るべき存在だと印象付けることができた筈だ。

「それにしても、私のこの大袈裟な包帯は、意味があったのでしょうか」

 ぶすりとふてた様子でガイルが呟くと、「大ありです!」と、提案者であるショーンだけでなくアーマニからも声が上がった。

 こほんと咳ばらいをしたショーンが、王女に敬意を表して後ろに下がった。

「ありがとう、ショーン。…だって、ガイル様、本当はやせ我慢して怪我なんてしてない振りして会食に参加されるおつもりでしたでしょう? それでは、困るのです」

 やせ我慢、と看過されたことに苦笑しつつも、何故困るのかが判らなかったガイルは顔中にクエスチョンマークを張り付けたような顔をしていた。

「貴族たちの中には、盗賊騒動はガイル様達トリントン王国による自作自演を疑っている者もおりました。でもそれでは困るのです。いえ、事件を揉み消すだけなら最高に有効だと思いますが、わたくし、そこまで恥知らずではないわ」

 ふん、とアーマニは拗ねた様子で横を向いた。

 ガイルは、ショーンとそこにいた宰相と女官長へ視線で助けを求めるも軽く首を横に振られて拒否をされてしまい、ひとつ小さいため息を吐いた。

 そうして一度心を落ち着けるように視線を上にあげてからアーマニの前に跪いた。

「アーマニ様のご配慮に気づけず申し訳ありませんでした。お優しい御心に感謝いたします」

 そっと臣下の礼を取る。

 その様子にアーマニは満面の笑みを一瞬浮かべたものの、こほんと小さく咳ばらいをして表情を取り繕うと、そっとガイルに向かって手を差し伸べた。

 ──淑女への礼節を以って、その手を取って口づけをしろ

 それを要求する仕草に、ガイルはそっと心の中で少女らしい背伸びを感じ取り目を眇めた。

 少女の要求を満たすべく、慎重に手を取り、そっと口元へ運ぶ。

 勿論、口づけは振りだけだ。本当に唇をそこに合わせる訳ではない。

 柔らかな感触を感じられないまま離された手に、アーマニは頬を膨らませて抗議したが、それにガイルが気が付くことはなかった。


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