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3。

 


 結局、落馬して戦闘不能に陥った者は4名ほどで残り5名の男達との戦闘になった。残念ながら生け捕りにはできなかった。

 正式な国軍騎士らしくその腕前は確かなものであり覚悟もあったのか降伏しようとしなかったのだった。

 また、戦闘不能に陥った筈の者の中でもある程度の身体の自由が残っていた3名は捕虜になることを善とせず、自死を選んだようだった。戦闘が終わった時にはすでに手遅れになっていた。


「くそっ。こんな簡単に自死を選ぶとは。ただ縛るだけではなく猿轡や手首への拘束もするべきだった」

 あまりにも無残な結果にガイルはその場で項垂れた。

 完全に気を失っているリーダー格の男を含む2名は、猿轡を噛ませきつく拘束する。リーダー格の男に対しては指の出血を止める為に太い血管の上を縛るなど応急処置も施した。そうして、万が一があっても困るので目隠し、更に足も拘束する。

 気持ちのいいものではなかったが敵の身元を調べる為に、遺体を検分して持ち物を調べた。

「…鎧を身に着けていたのはリーダー格の男だけだが、さすがに剣だけは自分のものを持参したようだな」

 遺体から集められた手入れの行き届いた剣には、柄のところに揃いの刻印が入っていた。

 花と蛇を囲む剣と盾。ジャオユ国騎士団の紋章だ。

「騎士ともあろうものが、他国で狼藉に及ぶ理由?」

 しかしここで推理を捏ね繰り回している時間などなかった。

 助けに入ったガイルとて、この国フォルト王国の者ではない。

 稀少な金属であるオリハ・リコンが産出するというフォルト王国との国交を求めて遠路を超えてやってきたトリントン王国の外交官ガイル・リーディアルその人である。

 そのフォルト国王との謁見の約束まであと2日しかない。手間取っている時間はなかった。

「そうだ。『ひめさま』は? ご無事か確認できたのか」

 ズタ袋に入った偽者フェイクの可能性だってあるということにようやく思い至った男は慌てて声を上げた。

「はい、こちらにいますよー」

 呑気な声を上げたのは先ほど『お守りするように』と言いつけた部下ショーン・ライドだった。

 その腕の中にいる『ひめさま』が、未だにズタ袋入りの事にガイルは軽く目眩がする。大体、腕の中というにも語弊がある。肩に乗せた荷物扱いだ。

「おい。女性をそんな所に入れたままにするな。そんな抱え方をするな。早くそこからお出ししろ」

 そういって傍に向かう。

「へーい。でもですよ? このままの方がほらお守りが楽かなって…うぉ?!」

 袋を地に置いて硬く結ばれていた袋の口を切って開けた途端、中から勢いよく金色の渦が飛び出してきた。

 ガン。

「いてぇぇぇ」

 ショーンが顎を押さえて後ろにもんどりうって転ぶ。

「た、助けるにしてもやり方ってあるでしょう!? レディになにをするのよ!!」

 ぎゃんぎゃん騒ぐその美しい少女は、さきほどの司令官らしき声の主に向かってもっと文句を言ってやろうと視線を向けると、そこには怒りで目を燃やした大男が一直線に自分に向かって走り寄ってくる姿があった。

 その大きな手には鋭い剣が握られている。

「ひっ」

 剣を持っていない方の大きな手で肩を掴まれて引き回される。

 殺される、アーマニはそう思った。

 キンッ、シュルル…ざしゅっ、ザンッ。

 そうして襲ってきたその衝撃と音と共に、自分の顔に生温かい真っ赤なそれが飛び散るのを感じていた。

「あ…あ…」

 ガクガクと震えるアーマニを、大きな手が宥めるように頭を撫でる。

 見上げたそこには温かくて優しい瞳が、自分を見つめていた。

「ご無事ですか?」

 恐怖に身体は震えていた。そうして、周囲に怒声が飛び交っている異常事態の真っただ中ではあるものの、自身の身体には異常はない。新たな痛みもなかった。

 コクコクと頷くと、「よかった」と身体を離してくれた。

 が、その大きく温かな手が離れていくことをアーマニは寂しいと思った。

「ガイル様! 大丈夫ですか?!!」

 慌てた様子の部下たちが集まってくる。

 その言葉で、アーマニは自分が隠れていた敵に後ろから襲われそうになっていたことを知ったのだった。

 自分を守ってくれた人が、代わりにその刃を身体で受けてくれたことも。

「見るな」

 すぐ後ろで命を失って物体となった男が倒れている。それが見えないように大きな身体がアーマニの視線をそこから覆い隠した。しかし、

「ひっ。そ、それ…」

 その人の太腿に、一本の短剣が突き刺さっていた。


 抜くと血が溢れる可能性が高いので、止血のための処置をしてからここを立つという。

「なあに、こんな傷すぐに塞がりますよ。お気になさらず『ひめさま』」

 そう呼ばれて、アーマニは自分が助けてくれた異国の騎士たちに未だに名乗ってすらいないことに気が付いた。

 慌てて立ち上がり、最上級、本来なら父王にしか捧げる事のない礼を取る。

「申し遅れました。わたくしは、フォルト王国第二王女アーマニ・イル・フォルトと申します。この度は野盗に見せかけた隣国ジャオユの魔の手よりお助け下さりありがとうございました」

 その言葉に、ガイルは片眉を上げた。

 まさか『ひめさま』が表す少女が、本当の『ひめさま』だとは思わなかったことが一つ。

 王族ではなくとも貴族位の令嬢に対して『ひめさま』と呼びかけることは地方によってはよくあることだからだ。

 それもこれから国交を結ぶべく交渉に当たるつもりの王国の王女。

 しかしそれを幸先がいいと思えるガイルではなかった。

 そうして、ひめさまが、自分を攫おうとした相手の正体についてきちんと把握していたことがもう一つだ。

(聡いひめさまだな)

 つくづくお仕えし甲斐があったろうと助けを求めたご婦人の忠義と、これから国交を求めての交渉相手となるフォルト王国について思いを馳せた。

「トリントン王国外交官ガイル・リーディアルと申します。貴国フォルト王国との国交を求め王都への旅の途中にて、災難に遭われたご婦人の求めにより『ひめさま』をお救いするべく馳せ参じました」

 そう言って不自然ながらガイルは頭を下げた。

 その、大きな身体をアーマニはつぶさに見てとる。

 旅の最中に伸びたのだろうか、少しだけ白いものが混じっている髪は後ろで無造作に束ねられていた。広い肩幅と厚い胸板。大きな首とがっしりとした意志の強そうな顎は、外交官という文官とは思えない。むしろ歴戦の騎士というべき様相だ。

 そうして、ふたりが挨拶を交わしている間も忙しなく部下たちによる作業は進められガイルのすぐ傍でもうもうと火が焚かれた。その中で剣が真っ赤になるまで焼かれたことを確認すると、ガイルは少し困った様子でアーマニに告げた。

「申し訳ありません。少し御見苦しい姿をお見せすることになるかもしれません。護衛を付けさせますので、離れた場所でお待ちいただけますか?」

 そう告げる。

 焚火の周りに集まったガイルの仲間たちの顔はどれも悲壮感でいっぱいだった。

 ガイルの足に刺さったままの短剣と、焚火で焼かれた剣。

『こんな傷すぐに塞がりますよ』というガイルの言葉の意味が、アーマニにもようやく判った。

「ひめさま。お腹空いたでしょう? しょっぼい携帯食と水しかないですけど、あちらで食べながら待ってましょう」

 見た目はしょぼくても、そんなに不味くもないんですよ、と冗談めかして肩を持って誘導される。

 しかし。

「こちらで。一緒にいてもよろしいでしょうか」

 許可を求める言葉を口にしてはいるものの、その目は絶対に動かないと告げていた。

「…見ていて気持ちのいいものではないですよ?」

 困惑するガイルや周囲に集まっている者たちに、アーマニは頭を下げて願い請うた。

「淑女の見る様なものではありませんよ」

「血がどばーっと出るかもしれませんし」

「ガイル様が痛みに叫んだり、泣いたりする様が見れるのは面白いかもしれませんが」

 口々に止めに掛かるも、アーマニの決意は固かった。

「わたくしのせいで受けた傷です。その治療ならば、わたくしは最後まで見なければいけない気がするのです」

 そう言われるとガイルとしても受け入れるしかないような気がしてくる。

 なにより押し問答している時間が惜しい。

「では傍で立って見ないようにして下さい。衝撃を受けられて転ぶと危ないですからね。それと、いつでも顔を背けて立ち去って構いません」

 その言葉に、しっかりとした表情で頷くとアーマニは作業の邪魔にならない程度に距離を置き、その場に腰を下ろした。顔は水で洗い流させて貰ったものの、ドレスは血塗れだし土の上に座るのも今更だ。

 そうして。ガイルの治療が始まった。

 ズボンを切り裂き足をむき出しにして短剣ごと水で洗い、斜めに深く刺さった短剣を慎重に抜くと血がそこから溢れ出た。

 ガイルの額には珠の様な汗が噴き出している。

 舌を噛まないように棒きれに布を巻いたものを口に咥え、更なる衝撃に備えるかのように目をきつく閉じていた。

 太い血管が切れているのだろう。鼓動と連動するようにぴゅうぴゅうと噴き出すそこを数回に分けて綺麗に水で洗い流すと、焚火の中から真っ赤に焼いた剣を取り出し、

「いきます」

 そういうと、血の吹き出すそこに向かって抉るように突き立てた。

「!!!!!!!」

 じゅうじゅうと肉の焼ける臭いが立ち込める。

 両肩と両足を押さえつける仲間たちの口からすすり泣くような声が漏れ出る中、それでもガイルは最後まで意識を失うことなく、その処置を受け終えた。

 


「大丈夫ですか?」

 差し出されたハンカチはすでに埃で薄汚れていたけれど、「涙を拭う役には立つでしょ」という言葉にアーマニはぎこちなく笑って受け取ることにした。

「ありがとうございます」

 渡されたそれをぎゅっと目元に押し付けて、アーマニはどうしても知りたいことのため震える唇を開いた。

「が、ガイル様は、…大丈夫、なのでしょうか」

 処置を終え、切り裂いた服を細く切り裂いたその場凌ぎの包帯もどきをきつく縛っただけの状態で馬上の人となっている逞しい背中を見つめながら、自分を共に乗せてくれている人へそう聞いた。

 患部を焼き切ったことで出血は止まっても、それは大きな火傷を負うということだ。きっとものすごく痛む。本格的な火傷などアーマニは負った事がない。紅茶を手に零して赤くなっただけでも何時間もずくずくと痛む。アーマニはあんなに大きくて深い火傷を見たのは初めてだった。

 そうして首筋に浮く脂汗は発熱の証だろう。馬に直接縛り付けられるようにしているのはきっとそのせいだ。

「わたくしの、せいですね」

 自分が不甲斐なくも誘拐などされたせいで、ただの通りすがりのこの人がこんな目に合っている。その事にアーマニの心は申し訳なさで一杯になっていた。

「いんにゃ。おひめさまのせいじゃないですね。あれは、大将のせいです」

 頭の上から降ってきたような軽く言い切られた答えに、アーマニはばっと上を振り仰いだ。

 にかっと笑ったその男は、さきほどからずっとアーマニを守ってくれていたショーンと呼ばれていた若い男だった。

「うちの大将ね、めっちゃくちゃ自分の娘さんを溺愛してるんですよ。最愛の奥様を亡くされたこともあるんでしょうけどねー。その忘れ形見でもある娘さんの事を心底大切にしてるんです。傍から見ててうへぇってなるくらい”姫扱い”して、大切に大切にしてるんですよー。確かにね、綺麗な方ですし、誰にでも優しいし、素敵な方なんですけどねー。親ばかって言葉がぴったりの溺愛っぷりでね。ははは。でね、だから、あのご婦人が大切に思われていた『ひめさま』を助けたかったんだと思いますよー」

 ショーンが、ゆっくりと宥める様な声でそう教えてくれる。

「ガイル様は、奥様を、亡くされているのですね」

 伝えられた情報を、アーマニは一つ一つ頭の中で整理していく。

「そですそです。でもねぇ。大将見てると、亡くなってても関係ないんだなって思いますよ。どんな後添えを紹介されても断っちゃったね。ははは。最愛って言葉に違わない、夫婦の愛ってああいうのをいうんだなーって思っちゃいますよ。そんな存在に出会えて両想いになれるなんてずるい、卑怯だ、羨ましいなぁって思っちまう。あ、これ大将には言わないで下さいね? なんか悔しいですから!」

 うひひ、と笑っているのは、この男なりにアーマニを元気づけようと励ましているのだろう。

 伝えられたその言葉も、これまでの行動にも、この男のガイルへの信頼と親愛が根底にあるのだと思われた。そうしてそれは、アーマニの心に不思議な温かいものを灯した。



「ガイル様!」

 大将であるガイルの体調が思わしくない状態なので早駆けで駆け抜けることもできず並足での移動となったが、なんとか事件の最初の場所、アーマニ一行が襲われた地点まで戻ることができた。

 そこでは、アーマニの救助がなった時点で、待たせていた文官ノールトと合流を早める為に追いかけさせた1人と、女性の救助と亡くなられた兵士たちを弔うべく先に行かせた2人と、ノールトが呼んできたこの国の軍属衛士達が作業を進めつつやきもきしながら待っていた。

 軽く手を挙げてその声に応えたガイルは、なにより気になっていたことを確認した。

「あのご婦人は?」

「大丈夫です。先ほど少しだけ目を覚まされ『ひめさま』の救出を訴えられましたが、無事救出済みでこちらに向かっている途中だと伝えると安心したのか再び気を失ってしまいました。けれどそれまでより呼吸が安定したようです」

 その女性が誰なのか、思い当たる存在がいるのは今この中ではアーマニだけである。

 逸る心そのままに、馬から下ろして貰うとすぐにその女性を探して走り出した。

「サリー! サリー! サリー!!」

 大きな木の下で毛布を掛けられてうつ伏せで寝かされている女性に縋りついて泣きながらその名前を呼び続けた。

 その小さな肩にそっと大きな手が伸びる。

「お静かに。そのご婦人はいま怪我による影響で気を失っております。目が覚めても痛みに苦しむだけでしょう。心細いのは判りますがどうか堪えて戴けますか?」

 どう見ても、この中で一番の大怪我を負っている人からそう言われてアーマニの頬が羞恥に紅く染まる。

「失礼しました。つい、取り乱してしまいました。サリーは…彼女は、わたくしの乳母兼教育係サリーナ・ブロス。ブロス子爵令夫人です。わたくしを庇って…リーダー格のあの男との間に割り込もうとして、背中を斬られてしまったのです」

 その時の事を思い出したのだろう。アーマニの身体が恐怖に震えていた。両手を必死で組み合わせ、その恐怖に飲み込まれまいとしているその肩に、ガイルはそっと自分の手を乗せ宥めるように擦った。

「優しくて強い。まさに理想の乳母ですね。そうしてアーマニ様、あなたはサリーナ様にとって自分の実の子と同じ位大切な存在だということです。自慢の『ひめさま』ですね」

 その言葉に、俯いていたアーマニは反射的に目を上げた。大きな宝石の様な瞳にはキラキラとした涙が今にも零れ落ちそうになっていた。幼いながらも将来の美姫と謳われるに相応しい整った容姿をしたその顔が、いまは不安と後悔で歪んでいた。

「…わたくし、あまりいい『ひめさま』でなかったわ。沢山困らせて、叱られたし」

 今回の旅自体がその最たるものだ。

 王位継承権第二位となったことへの焦燥感や気の乗らないジャオユ国の王太子との婚約話のこともあり、王領地の森の中にある湖の畔に建つ離宮へ行くなら早く行きたいと駄々をこねたのはアーマニだった。

 大好きな離宮での時間を持つことができる、そう思うと心が弾んだ。そうして浮足立ったまま碌な準備もせずに「明日夜が明けたらすぐに出発よ!」と王族にあるまじき慌ただしさで出掛けてきたのだ。

「どうせすぐ着くのだもの。近場なんだしぱぱっと行ってしまえばいいじゃないの」と物々しい護衛を嫌ったツケとして、王女じぶんの専属護衛達の命を奪うこととなった。

 そうして、他国の外交官に大傷を負わせることにも。

 ついに再び溢れだした涙を、ガイルは太くて武骨な指で持ったハンカチで拭いてやる。そのハンカチは、その場にいるすべてのものが土埃に塗れている中でひとつだけ白くて綺麗なものだった。

「子供は失敗していいんです。失敗して、反省して、次に活かす。みんなそうして大人になって行くのですよ。自分に失敗した経験がなければ他人の失敗を許すこともできません」

「しかし、その失敗が護衛達の命というのはっ」

「いいですか? 護衛達の命を奪ったのはアーマニ様ではありません。卑劣な襲撃者共と、それを指示したもっと卑劣なる者です。そこを間違いなさるな」

 その言葉に、アーマニは虚を突かれた思いがした。

「勿論、護衛を増やして旅をすれば今回の事件は避けられたかもしれません。避けられなくとも護衛が全滅することはなかったかもしれません。しかし、避けられたとしてもこの襲撃の指示を出した犯人は、違う機会を見つけて犯行に及んだ筈です。たまたま今回の旅が都合が良さそうだったから実行した、それだけにすぎません」

 ガイルの言葉を、アーマニは懸命に自分の中で消化しようとひと言も聞き漏らさないようじっと耳を澄ませた。

「遠い場所にいる立場も常識とする考え方も違う相手のしたことの罪を、自分の中に無闇に探すことに意味はありません。そんなことをしていたら何もできずにただ部屋の中で隠れ過ごす事しかできなくなりますぞ。そんなことより、ただ正直に、自分に恥じない自分でいる、それが一番です」

 にかっと豪快に笑って告げられた言葉は、アーマニの心の真ん中に、すとんと収まった。

「…自分に恥じない自分」

 両手で自分の胸の真ん中を押さえる。

 フォルト王国第二王女として相応しい行ないと言動。考え方と受け止め方。

「ありがとうございます、ガイル・リーディアル様 お言葉、深く受け止めさせて戴きます」

 仰ぎ見た優しい笑顔に向かって、アーマニはしっかりと頷いた。



「その罪人は決して許されることのない大罪を犯した。追ってフォルト王家より護送のための手が送られてくる。それまで決してこの枷を解いてはならない。それほど長くは掛からない筈なので食事も出さなくてもいい。かなり狡猾な上に腕も立つ男だ。衰弱させておかないと護送にも手間取ることになる。糞尿もこのまま垂れ流させることになる故、見張り役の方にはかなり負担を掛けることになるが取り逃がすようなことがあってはならない。この者達を取り戻そうと仲間がやってくる可能性もあるので心して欲しい。目の付かない収容所のような場所はあるだろうか?」

 その言葉に、衛士の1人が関所の地下にある牢を提案した。軽い酔っぱらいを入れる様な地上にある牢とは違い、地下へと続く階段にも鍵が必要な堅牢な造りになっているというその牢には鉄でできた手枷足枷を牢へと繋ぐものもあるという。

 そこならどんなに騒いでも地上へは聞こえないし、脱走するのは難しいだろう。

「それともう一つ。なにより今回の事件については誰にも言わないようにお願いしたい。家族へも絶対に内密にして欲しい。いろいろと負担が大きくてすまないがよろしく頼む」

 その言葉に、衛士達は顔を引き締め頷いた。言われなくとも仕事の内容について洩らすような不心得の者は軍にはいない、といいたいところだがふとした拍子に家族へ愚痴として洩らしてしまうことは実際にはある。

 それすら禁止だとする今回の事件について、他国の外交官から指図されることへの不快感はあれど、その手にあるものが衛士達を素直に頷かせた。

 アーマニから託された王族の証である印章をさりげなく見せつけながら軍属の衛士たちにそう申し送りを済ませ捕縛した生き残り2名を引き渡すと、ガイル達はアーマニとサリーを馬車に乗せ、王都への道を急ぎ進んだ。

 襲撃者をすべて撃退したつもりではあったが、それでも自身が刺された時のことを考えると別動隊がまだいたとしても不思議ではない。

 王女が襲撃を受けたことが人の口にのぼる前に、王女とその乳母を王家に引き渡さねばならない。

 内密の内に処理を済まさねばと、ガイルはともすれば痛みと熱で朦朧とする頭で必死になって考えていた。



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