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Les yeux du monde du mort  作者: 風吹流霞
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第七話

今回、新たな登場人物が登場します。

世界は不条理の塊で回っている――


そう唱えた学者が過去にいたような気もするが、覚えていない。

もしかしたら、自分自身の言葉かもしれないとシズはあきらめの境地にたった。

図書館を出たところで、彼女はそれを実感したのだ。

壁に背を預け、腕を組み、にやりと不敵な笑みを浮かべる砂色の髪をした青年の姿。

青年の姿を見た瞬間、シズの表情が不機嫌そうに変化した。

「よお」と手をあげ、ずかずかと歩み寄ってくる青年に、シズは額に左手を当て、げんなりとした表情を見せる。


「・・・セリオス・・・」


絶えず無表情を貫く彼女から、表情をうまく引き出すことが出来る唯一の人物がこのセリオスという青年だった。


「一年ほど前に家を売り払って出て行きながら、帰ってくるとは・・・」


シズは肩をすくめる。

「家を返せといわれても、返さないからな・・・」

家が無くては、何の後ろ盾もないシズはすぐさま、息絶えるだろう。

この世界に何の未練も無いのだから、自然死でこの世界におさらばできるならそれもいいだろう。

しかし、無様な死に様をさらしたくは無い。

「ああ、いまさら、返せとはいわんさ」とセリオスは呵呵と笑った。


「最近は、カーラハルトに行っていた・・・」


彼は遠い目をした。「カーラハルト戦役?」と彼女は訊ねる。

いくら世間知らずとはいえ、シズとてカーラハルト全土を巻き込んだ戦争ぐらいは耳にしている。

といっても、興味が惹かれないからそれ以上のことを調べたりはしないのだが・・・。

「ああ」とセリオスは頷いた。彼は大陸でも有数の医者だ。放浪していた際に、医者が足りなくて引っ張られたのだろう。



「あそこは地獄だった・・・」



ぴくりとシズの眉が動く。「そうか・・・」と彼女は沈黙した。


「おいおい、そこで何か慰めの言葉でもかけるのが普通だろ!?」

「語彙力の少ない私にそれを求めるな・・・」


セリオスの突っ込みを、シズは冷静に切り替えした。

人との交流を避ける彼女は口下手で、その上、会話も少ないから語彙力に乏しい。

人を慰めるなど器用な真似は出来なかった。「ああ、そうだったな・・・」と彼は砂色の髪を掻いた。

「それにしても・・・」とセリオスはシズを一瞥する。


「相変わらず、細っこくてまっ白だな、ちゃんと食ってんのか?」


悩ましげに眉がひそめられる。彼と会った時、シズは死にかけていたのだから、彼の心配もさもありなん。

「死なない程度にはね・・・」とシズはぼっそりと答えた。



「まだ、世界に希望を見出せないのか・・・」



彼女の言葉を聞いて、セリオスは落胆を隠さなかった。

シズがレイクハルトにやってきて4年ほどになる。

世界に絶望しきっていた少女は、自分がいない間に世界に希望を見出すことが出来たと思っていたのだが・・・。



「この世界にどうやったら、希望を抱けるか聞きたいぐらいね・・・」



けっとシズは吐き捨てた。「そうか・・・」とセリオスは残念そうに肩を落とした。


「ああ、心配はするなよ、もう自殺しようとは思わないから・・・」


初めて会ったシズは欝状態で、それこそ四六時中監視していないと、自殺しかねない危うさがあった。


「今は自然死を待つだけかな・・・」


それはそれで大いに問題がある。「おまえなぁ・・・」とセリオスは頭を抱える。

「それも問題があるぞ」

普通、人間は皆、死を恐れる。待ち受けていたとしても、死にたくないとあがく。

それが普通なのだが、「そうか?」と彼女はあくびれた様子も無い。



「お前、死者に馴れ始めているんじゃないのか?」



「は?」とシズは鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべた。

「確かに・・・」と彼女は指を唇に当て考え込む。


「死者のほうが確かに面倒ではないなぁ・・・」


死者はある意味、己に正直だ。

単純で付き合い方さえ弁えていれば、生者よりも付き合いやすい。

思いもよらぬ返答に、「言語道断だ!」とセリオスは力説する。


「生者と死者は決して交わらぬ存在だ。死者と仲良くすれば引きずられる。能力者のお前がわからないわけないよな?」


びくりとシズは身震いした。セリオスは彼女の能力の理解者である。

「もちろん」と彼女は即答した。それは、自分が能力者だと気付いた父親に幾度もなく叩き込まれた教訓である。

否、それは警告であったのであろう。特に幼い子供は被害にあいやすいから。

図書館の最上階にいるレジーも一定の距離を置いているつもりだ。


自分の心を読み取らせてはいけない・・・


彼女はそう固く誓って、心に鉄の鎧をかける。

たとえそれが、あの善良な魔導師であるレジーであったとしても・・・。



それでも、それでも――



「生者は彼岸ひがんを求め、死者もまた河岸かがんを目指す・・・」



シズははあとため息をついた。生者はあちらに憧れ、死者はこちらを目指す。


「生者にとって、あちらは魅力的なんだなぁ・・・」

「むしろ、蟲惑的こわくてきかもしれないよ?」


けたけたとセリオスは笑った。

医者は生と死の境界線に身を置く。どうしても、彼岸と河岸を見てしまう。

医者もまた、シズと同じような感覚が養われてしまうようであった。「ああ」とシズは合点がいった。



だからこそ、セリオスは、私の能力に理解を示したのか・・・



死者を視る能力、そしてその死者の思いを汲み取る能力。

死して尚、この世に留まる患者が何を考えているのか、何を思っているのか・・・。

それは多くの医者の思うところだ。

引きずられやすいのは、力及ばず患者を死なせてしまった医者もまた同じであった。


「私より、セリオスが気をつけなよ・・・」


注意だけは促しておくことにした。

自分はともかく、セリオスはこの世からいなくなっていい人物ではない。


「うお、シズが心配してくれるとは珍しい、これは槍が降るかな?」


彼は、茶色い双眸を悪戯っぽく輝かせる。これみよがしにため息を付いてやる。

「そんな冷めた目するなよ、シズ・・・」

あわてて、機嫌を崩したシズをセリオスはなだめようとした。

彼女がこんなに表情をあらわにするのは、自分の前だけだと知っている。

だが、それは同時に寂しいことだということも解っていた。

「心配してくれたんだな・・・」とセリオスは、彼女の頭をぐしゃぐしゃとかき回す。

小柄な彼女は、セリオスの胸あたりまでしか背がない。


「シズは優しい子だ」


彼はすっと笑みを深める。

カーラハルト戦役を経験したことにより、自分が不安定になっていることに気付いたのかも知れぬ。

シズはそういうところに何故か敏感だ。

「私は、やさしくない・・・。セリオスは必要とされているから、まだ死んでもらいたくないからだよ」

シズは、あくまで自分とは関係が無いと言い張る。



「俺は大丈夫だ」



セリオスは強く言い切った。

これくらいで負けていたら、慈悲の騎士(ミゼリコルディアー)と呼ばれる騎士はどうなる?

彼は、目の前で死にたくないと言う人々に安楽の道を促す。並大抵の精神では持たぬだろう。



くるならどんときやがれ!俺は逃げも隠れもしねぇ!!おまいらが残した未練、まとめて受け止めてやらぁ!!



「セリオスがその気なら、力を貸してやってもいい」


セリオスの決意に反応したのか、ぼそりとシズがつぶやいた。



「セリオスの代わりになってもいい。セリオスはこの世に必要だから」



引きずられるなら、自分のほうがこの世界のためだ。シズは自分にまったくといって価値を見出していない。

「おまえなぁ・・・」と彼はやや怒りの表情を浮かべた。シズは何故、彼が怒っているのかまるで理解できなかった。



「俺にとって、いらない命なんてねぇの。シズもそのひとり。たとえ、他の人間がいらないと言っても、俺はシズを助けるよ」



「は?何それ・・・」とシズは冷たい。



「それが医者なんだよ」



セリオスが浮かべた笑顔は、シズにとってまぶしく映った。

プロットなしの状態で書いているので、当初予定していたキャラが出現しなかったり、登場予定の無いキャラが出てきたりしますが、そのあたりは勘弁してください・・・(平伏)。

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