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Les yeux du monde du mort  作者: 風吹流霞
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第六話

過去とまったく変わらない現世うつしよ。同じ過ちを繰り返す人間たち。

過去の記述を探るたびに、嫌になる。

多くの魔導師たちと同じように、シズもまた不思議な能力ちからを持つが故の弊害として、やたら感受性が強かった。

調べ物の最中にうつ状態になることもしばしばある。人も世の中もあまり変わらない。

それが、シズの言った、「歴史は繰り返す」という言葉に要約されていた。

彼女が世の中に関心を持てないのは、そこにも理由があったりする。



「それで、依頼するの?しないの?」



絶句しているルイザに、彼女は胡乱げな表情を向けた。

はっと我に返ったルイザは、「す、するわよ!」と上ずった声をあげた。

我ながら、冷静さを欠いていたと反省する。

シズは、所謂厭世人だ。ペシミストで、人間嫌い。そんなシズを相手にすると、どうしても調子が狂う。

うちのミシェルと性格的には似ているが、性質がまったく違う。

ミシェルはまだ、世界に興味を抱き、希望を見出している。しかし、シズは違う。

彼女は、世界にまったく希望を抱いていないのだ。

バツが悪そうになり、ルイザは、体を動かした。それにあわせて、がたんと椅子が音を立てる。



「簡単に言うと、久那くなの呪術について知りたいのよ」



シズの表情が「面倒くさい」と物語っている。「調べれば?」と彼女は図書館の一角を指差した。

おそらく、そのあたりに、久那についての本が納められているのだろう。

日がな、図書館に入り浸っている彼女は、ある程度、何がどこにあるのか大体把握しているらしい。

この膨大な本の中、何がどこにあるのか、把握していること自体、ルイザには信じられなかった。

シズは世間に疎いかわりに、異様に覚えるのが早い。

一度読んだ本の内容を、一年近く経っても覚えていることもざららしい。

「あのねぇ・・・」

ルイザは頭が痛くなってきた。自分も一般人から見れば変人だと思われている。

その自分が、シズと会話していると、一般人に思えてくるから不思議だ。


「誰もがあなたみたいに、記憶力がいいわけじゃないのよ」


時間が無いのだ。

久那に関わる本は確かに少ないが、それを全部読む時間すらも惜しい。


「かいつまんで教えてほしいのよ、魔導師たちも不安がっているし・・・」


それが禁句だった。「ふーん」とシズの口が珍しく笑みの形を取った。

しかし、それは笑顔とはまったく別のものだった。


「いつもそうだよ、魔導師が不安になれば動くのに、市民が不安がっても政府は動かない」


シズの笑みは冷笑だ。その言葉に、ルイザは絶句した。


「いつも、市民の不安はなおざりにされて、放置される」


彼女はくつくつと笑う。珍しく彼女は雄弁だ。



「ねえ、それって不平等じゃない?」



どくんとルイザの鼓動ははねた。シズは微笑しているが、目は笑っていない。

それでも、目が離せないくらいの笑み。時々、シズはこんな風に妖しく笑う。

漆黒の瞳はよく魔女の目と言われる。魔女が魅了の術を使いやすいのが漆黒の瞳だという。

現に黒い瞳をした魔女は多い。そのくらい、漆黒の瞳は魔力を秘めやすいらしい。

ルイザは、シズがなんらかの形で力を秘めているのではないかと疑っている。

そのくらい、彼女の瞳には力があった。微動だにできないルイザを一瞥し、彼女ははあとため息をひとつついた。



「呪術には大まかに分類すると、類感るいかん呪術と感染呪術に分けられるといわれている」



二つ、指を立てる。

「るいかん?かんせん?」と怪訝そうにルイザは眉をひそめた。まったくわからない。

「類感は類似、感染は感染の原理に基づく。簡単に言うと、前者が呪い、後者はお守りといった意味が強いかな・・・」

「つまり、呪いがるいかん?というわけ?」

ルイザの発音はあきらかにひらがなだった。

「ひらがなで発音するな・・・」とシズは不満げだが、こちとら学術的なことを理解している時間などないのだ。

「久那のほうの学者が唱えたのでしょ?それならあたしたちに理解できるわけないじゃない」

馬鹿じゃないのか?とシズは明らかに蔑視の表情をしている。

「な、なによ・・・」

「この理論、こっちの学者だよ、唱えたの・・・」


「はあ!?嘘でしょ!?」


思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

「嘘じゃない・・・、だから、こっちの人間が理解しようと思えばできる・・・」

「今度、都市議会のほうにも言っておくわ・・・」とルイザは頭を抱える。

彼らは最初から、理解できないと決めてかかっているのだから。


「久那のほうでは、祭祀をつかさどるのは女だ。久那の神話に登場する最高神が女性の神官からだと思う」


このあたりの神話、伝承はよく、父親にせがんで聞かせてもらったことがある。


「このあたりから、久那はいもの力という力を信じている」


いもの力?」とルイザは問い返す。

いもは生物学的上の妹だけではない。自分に近しい女性の肉親を指す。たとえば、母親とか姉妹、妻や恋人。

彼女らが持っていた着衣だとかで、男が危機を脱する神話や伝承も多い」

このあたりの話は英雄譚に関わってくるから、子供たちに非常に人気があるらしい。

過去にこの手の話を出版したとき、売れ行きも好評だった。

その英雄たちも自分の不注意で、最後には死ぬ場合が多いのだが、そのあたりは発売の際に削除されていた。

こうして、伝説は歪曲されていく・・・。


「特に多いのは髪だな。髪は神にも通じるしね」


戦に赴く久那の戦士たちは、妻や母親の髪をお守りに忍ばせていたという話もある。

「そして、呪いに使われるのもこの髪が多い。髪を利用した場合、類感も感染の側面は出てくる」

髪は比較的簡単に入手しやすい。

「普通、類感は人形だとかを人に見立てることが多い」

「あっ!」とルイザは声をあげた。


「久那の人形!」


魔導師の自宅にも久那の人形が贈られている。

「久那でも、人形は人に見立てられる。人の厄を人形が代わりに引き受けてくれるという伝承がある地域もある。

この場合は、類感か・・・」

「ちょ、ちょっとまってよ、さっき、類感が呪いだって言ったばかりじゃないの!?」

不幸を肩代わりにしてくれるというのは、呪いではない。


「つじつま合わないわよ!」


「だから」とシズは不機嫌そうに眉を吊り上げた。


「あくまで強いといったじゃないか、私は断定していない」


ルイザはシズの発言を思い出してみる。確かに、シズは強いと言っただけで、断定はしていなかった。


「呪術というのは複雑だ、良い面も悪い面もあるわけで、これが悪いというのは決められないんだ」


むうとルイザは不満げだ。単純明快を好む彼女にとって、呪術は未知の世界である。

そういえばと彼女は考える。呪術の大家であるミシェルも同じことを言っていたような気がする。

そうだなとシズはあごに人差し指をあて、考え込む。



「魔導師が犬でも飼っていたら、出口や入り口に放ってみれば何か進展あるかもな。あと、馬でもいいな」



「え?」と反応したルイザをすり抜け、シズは入り口のほうへ歩いていく。



「昼飯いってくる」

「お、女の子が昼飯なんていうんじゃないの!?」



シズの背後に注意を促してみるが、彼女がそれを直すつもりはないのだとルイザは身にしみて解っていた。


呪術が類感と感染とに分かれると、フレイザーという民俗学者が、「金枝篇」という著書で唱えています。フィールドワークを主に行う文化人類学者からは批難されていますが・・・(汗)。この「金枝篇」、面白いのですが、分厚いので、値段張りまして、手が出せません、はい・・・。

いもの力については、吉野裕子さんという民俗学者(この方は民俗学でも性の観点から民俗学を見るという異色な方)の「日本の古代女性天皇」という著書が詳しいと思います。

太平洋戦争時も出征する兵士は、自分の母親や姉妹の髪を一房お守りに入れて、出征したという話もあります。

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