第五話
彼女との出会いは遡ること、一年ほど前になる。
かたや駆け出しの情報屋、かたや名うての冒険者。仕事以外の付き合いはないと思っていたし、付き合うつもりも無かった。
どういうわけか、彼女は自分の生活圏に入ってきている。
「相変わらず、鬱陶しい前髪ね・・・」
降りてきたシズを眺め、開口一番ルイザは言い放った。
相変わらずというのは、ルイザが彼女と初対面の時から髪型が変わっていないのだ。
出会ったときから、彼女の前髪は眼が隠れるほどあり、鬱陶しかった。
「ほうっておいてくれ」とばかりに、しっしっと彼女はルイザを追い払うそぶりを見せた。
いつもそうだ、彼女はほとんどのことに関心を持たない。その関心の薄さは最初に出会った時から形成されていた。
迷惑がっているのは重々承知だが、引きこもるこの年若い情報屋を何とか、世の中へ立たせようとルイザは苦心している。
「髪切ればさっぱりすると思うのに・・・」
手を伸ばして、前髪に触れようとした瞬間、「バシッ!!」と手がはたかれた。
「さわるな――」
シズが、底冷えするような視線で彼女を凝視した。伸ばしたルイザの手がたたらを踏む。
そこにはさしものルイザも思わず身震いするような剣呑さをはらんでいた。
「それで、一体何事ですか・・・」
口調は丁寧だが、本音は迷惑がっていることが一目瞭然だ。
「ちょっと、依頼者にその態度はないでしょう!?」
「依頼者?」と彼女の眉がぴくりと動いた。
「座っていいでしょう?長い話になるから」とルイザはシズを促し、一階フロアに並ぶ長椅子に腰を下ろした。
図書館内には、読者用や勉強をする人たちのために、机と椅子が並んでいる。ルイザが腰を下ろしたのはそんな椅子だった。
シズは相変わらず猫背気味で立っている。
こんな暗い図書館で一日中、本を読んでいて、よく、視力が落ちないなとルイザは感心する。
シズが眼鏡をかけて本を読んでいる姿はまったく見受けられなかった。
「シズ、あなた、何か知っていて?」
ルイザの問い掛けに、シズは「何が?」と首をかしげるだけだ。
はあとルイザは頬杖をついた。彼女の世間知らずは今に始まったことではないが、ここまでくれば尊敬すら覚える。
「実はね、ある著名な魔導師がなくなったのよ」
シズは、「ああ、そう」と興味なさそうに相槌を打った。「あんたねぇ・・・」とルイザは頭を抱えたくなった。
彼の死はこのレイクハルトでは、かなり衝撃的に迎え入れられたはず。
死の原因がまったくわからない衰弱死。レイクハルトの隅々までに駆け巡った彼の訃報。
それをシズはまったく知らなかった。
「魔導師が死のうが病気になろうが、自分には関係が無いんだけど・・・」
彼女はあっけらかんとしたものだ。それが彼女らしいといえばらしいが、今はそれどころではなかった。
「落ち着き払っているけど、それが、【呪い】だって言ったら?」
一瞬、シズの表情がこわばったが、すぐに元に戻った。
彼女の表情はほぼ変化しないため、表情から感情を推測することは得てして難しい。
「緘口令が敷かれていて、あまり一般人に話すのは憚れるけどね」とルイザは事の顛末を話し始めた。
魔導師に送られた久那の人形、そして、そこから衰弱していった魔導師。
「都市議会はその人形が呪術を媒体しているのじゃないかって疑っているみたいだけど・・・」
ちらりとルイザはシズを見やる。彼女は一貫して沈黙を守っている。
「エミリアいわく、媒体の痕跡がなくて困っているのよ」
原因もわからず、都市議会がやきもきしている間に、件の魔導師の死亡が確認されてしまった。
不安がる魔導師たちに、四方ふさがりの都市議会、手詰まりになった都市議会の長であるジェレミーは思い切った行動に出た。
「それが、懸賞金制度よ」
「なにそれ?」とシズはきょとんとする。
この、世間知らずが・・・!?
ルイザは心中で悪態をつき、シズをきっとねめつけた。彼女は確かに世間知らずだが、知ろうとしないだけ。
彼女が興味があるのは神話や伝承といった過去のものばかり。政治とかいったことは過去の事実しか収集しない。
逆をいえば、彼女が今の世の中に興味が無いということに他ならなかった。
それでも、その収集した情報を一句間違えずに記憶しているのは恐れ入る。
「懸賞金というのは、有力な情報をもたらした人に報奨金を払うという奴よ」
「ああ」とシズはぽんと手を叩く。即座に理解したらしい。彼女は決して馬鹿ではない。
「それで、冒険者たちに追いかけられたのか・・・」
シズは納得というように頷いた。
「久那の容貌を持つ私を疑っているんだなぁ・・・。私を差し出せば、金がもらえるし、躍起になっていたわけだ」
「シズ・・・」
「あながち間違ってはいないと思うけど?」と彼女は自虐的に笑った。
「都市議会の中には、私を疑っている人もいるんじゃないの?」
それは穿った見方だと言うことが出来ればどんなに良かったか・・・。
確かに、都市議会の魔導師の中には、久那の容貌を持つ彼女を疑う者もいる。
悲しいかな、外見上で決め付けてかかっているのだ。正義感の強いルイザはそれが許せなかった。
「もちろん、あたしはそんなのとばっちりだと思っているわ」
何なら、都市議会になぐりこんでもいいわよと意気込むルイザに、シズは冷たい一瞥をくれた。
「ねえ、ルイザ、それ、何ていうか知っている?」
口の端をにっと持ち上げ、彼女は言い放った。
「偽善だよ――」
ルイザは、がつんと頭を殴られたような衝撃を受けた。
「別にこういうのは慣れているさね」と彼女は無表情に戻る。開けた港町であるカラボラでさえ、久那の血を引く自分に厳しかった。
「私はスケープゴート(身代わりの羊)なんだよ――」
伝承や神話にたびたび登場する言葉。何か天変地異が起きた時、それを肩代わりさせられる人間たち。
それは成金だとか、自分のように容姿が異なっていたりと本当に些細な違いだ。
そんな人間たちに罪を押し付けて、人は安定を保とうとする。
「歴史は繰り返すんだよ――」
それはきっと、これからも続く。人がいなくならない限り、この伝統はなくならない。
スケープゴートは初出典は、旧約聖書だといわれています。