第四話
「そこにいるのはわかっているのよ!降りてきなさい、シズ!!」
静かな図書館に響く妙齢の女性の声に、シズはびくりと体を震わせた。
「なんだ?なんだ?」と、レジーが驚いている。
シズには聞き覚えのある声だったが、確認のため、そろりと顔を下へ向けた。
やはり・・・
がっくりと彼女は肩を落とした。最上階に続く階段の所で、黒髪の妙齢の美女が仁王立ちしている。
年齢は20代半ばぐらい、艶やかな黒髪にルビーのような紅い瞳が特徴的だ。
ルビーの双眸は優れた火の魔導師の特徴である。
こっそりと美女を覗き見していると、「知り合いか?」とレジーが囁いてきた。彼女はこっくりと頷き返す。
「おっ、美女、発見!」
ちらりと下を覗いたらしいレジーが、嬉しそうな声をあげる。霊体になっても、美女はお好みらしい。
「彼女、恋人いるよ?」
シズはさらりと答える。「ああ、そうじゃないんだ」と彼は頭を掻いた。「ああ」とシズはどうでもいいとばかりに、
「レジー、幽霊だもんね・・・」
霊体は生きている人間に接触はできない。
「そうではない!!」とレジーは声を張り上げる。
「美女というのは眺めてこそ美女なのだ!」
どういう理屈だと呆れるシズに、彼は力説をはじめた。
「要するに憧れだよ、シズくん」
「憧れねぇ・・・」と彼女は興味なさそうに、生返事を返した。
「男というのはね繊細でな、憧れと現実の違いに愕然としたくないのだね。だから、憧れは遠くから眺めるというわけ」
「ふぅーん」とシズは気の抜けた声をあげる。
「男の心理はよくわかんないわ・・・」
「シズ」と彼は肩をすくめた。
「君の場合、理解しないだけだろう?」
シズは他人のことをまったく理解しようと思わない。「うん」と彼女はあっさりと肯定した。
「面倒臭いし・・・」
彼女は何にかけてもこの一言で済ませてしまう。
「他人に迷惑かけてないし、いいでしょ?」
渋い顔をすると必ず、この言葉が返ってくる。確かに、他人に迷惑をかけてはいないのだが、納得はしない。
「むしろさ、自分の人生自体が面倒臭いんだよね・・・」
決してつまらないわけではない、ただ、面倒くさい。だから、こうしてだらだらと人生をつぶしているのだった。
普通はいいことだ。それは変わった容姿を持つがゆえに苛められた自分がよく理解している。
「このまま平穏に、だらだら人生をつぶすことが、一番の理想だなぁ・・・」
彼女は宙を仰ぐ。その理想を破壊しそうな人物、それが下の美女だ。
お節介な彼女は、シズの生活圏にも入ってきて、あれやこれやとお節介を焼く。
それがシズにとっては煩わしく、迷惑きわまりなかった。
「いい加減にしなさいよ、シズ!!そこ、魔法使えないのよ!!」
怒髪天を突く、彼女は柳眉を吊り上げ、ぷりぷりと激怒している。
あまり、彼女は気が長くない。むしろ、短気だ。
この場所が魔法を無効化してしまうことは、シズも周知していた。
それを承知で、彼女はここを使用している。否、利用しているのだ。
魔導師は転送術が使える。いくら、階段をはずしていても、転送をとめられるわけがない。
転送術が使えないこの場所は、他人から干渉を良しとしないシズにとって、最高の場所だった。
「冒険者のお得意様・・・」
それだけで理解した。シズは副業で情報屋を営んでいる。
その情報屋のお得意様なのだ。
お得意様を怒らせるわけにはいかぬと、シズは隠していた階段を降ろした。
するりするりと階段を降りて、彼女の前に姿を見せることにした。