第二話
事件が起きたのは、2,3週間ほど前にさかのぼる。レイクハルトのある著名な魔導師のもとに、小包みが届けられた。
差出人はカラボラ商会。
カラボラはレイクハルトから南にあるレイクハルト地方一大きな港町であり、レイクハルト地方唯一、久那という島国との貿易を行っている港町だ。
久那は大海に隔てられ、昔から外界からの接触をあまり好まなかった。ゆえに、独自の文化を生まれた。大陸に住む人々は、久那の文化が珍しくて仕方が無い。特に、知的好奇心旺盛な魔導師たちは特にそれが顕著に現れた。地位があり、金持ちの魔導師たちは久那の品をこぞって集めるようになったのである。
しかし、久那は外界からの接触を好まない種族。唯一、レイクハルト地方のカラボラという港町との貿易しか許可しなかった。他の大陸も、久那との貿易は多くある港町のうち、ひとつと決められていた。
カラボラ商会はその久那の品を主に取り扱う店で、レイクハルトの魔導師御用達となっている。
その魔導師も、カラボラ商会をひいきにしていたから、疑うことなく、小包みを受け取った。
そして、数日後、その魔導師が寝付いた――
医者に見せたが、原因はまったくわからない。そうこうするうちに、その魔導師はだんだん衰弱していく。その中で誰かが、
「呪いではないか?」
まことしやかに言い始めた。時期的に見て、カラボラ商会から送ってきた久那の民芸品が怪しいと思われた。
さっそく、調査が開始され、都市議会が結成した調査団は、カラボラへ飛び、カラボラ商会の聴取を行った。
小包みが送られる数日前、カラボラ商会に、グレーのスーツをまとった紳士が現れ、レイクハルトのある魔導師に、久那の品を送ってほしいと依頼されたと、商会の社長は答えた。
帽子を目深にかぶった紳士の顔はわからなかったという。社長も、その魔導師が久那の品を好むことを知っていたため、承諾した。
あれこれ取り出し、紳士が気に入ったものを選び、その魔導師に送ったのである。紳士の名前と住所が見つかったが、すべてでたらめだった。
その名前の人物も住所も存在しなかったのである。
事件は早くも暗礁に乗り上げてしまったのである。
呪いというものがどんなに実証が難しいか、魔導師である彼らにもわかっていた。否、魔導師だからこそわかる。
レイクハルト筆頭魔導師であるジェレミー・マクダウェルは、一人の女性を連れ立って、件の魔導師の屋敷に赴いた。
珍しく、彼の妹シェリルではなく、長い茶色い髪をした楚々とした雰囲気の女性だった。
女性の名はエミリア・フォートメイト。レイクハルト屈指の呪術師だ。レイクハルトに呪術がらみの事件が起きた際は、彼女に召集の命令が下る。
エミリアは精霊の加護を受けた人間ではないので、都市議会には入れない。しかし、都市議会には呪術を得意とする人間がいないのだ。
事前に連絡を入れていたからか、すぐさま、屋敷の使用人は居間へと案内された。彼らの前におかれていたのは、送られた久那の民芸品だ。
精巧な人形であった。黒々とした長い黒髪に瞳も同じ黒。久那の伝統衣装を着ていた。
「何か、精巧すぎて気味が悪いな・・・」
ジェレミーはアクアブルーの瞳を細める。彼は水の精霊の加護を受けた人間であり、その証拠がアクアブルーの瞳であった。
レイクハルトにも陶器人形がある。あれも精巧すぎると気味が悪い。この人形もビスクドールとはまた違った意味で気味が悪かった。
「そうですね・・・」とエミリアは頷いた。彼女の瞳は髪の色と同色の茶色だ。
「どう思う?エミリア」
彼女は一言使用人に詫び、人形を手に取る。呪術は媒体が優秀であれば、媒体だけで行使できる特性がある。その場合でも、痕跡は残るものらしい。
ジェレミーは呪術に詳しくないので、よくは理解できないが・・・。
エミリアは眉をひそめた。
「本当にこれ、媒体ですか・・・?まったく痕跡が見当たりませんよ・・・?」
果たして、痕跡を残さず、呪術を行使できるものなのか・・・?
その言葉に、エミリアの顔が不機嫌そうにゆがめられる。
「知りませんよ?久那の呪術には詳しくありませんしね、それこそ、あなたの大好きな水の賢人殿に伺ってみればよろしいのです」
水の賢人、ミシェル・ルグラン。彼女は優秀な水の魔導師であり、稀代の呪術師であった。
沈着冷静、時には冷酷にも見えるジェレミーに対する揶揄であろうか・・・。
「彼女も、久那には詳しくないはずだからなぁ・・・」
彼は椅子に腰掛けたまま、肩をすくめた。
「久那の品を好むのに、誰一人、うちの魔導師たちは久那のことを知らんと来た。どうしたものかね・・・?」
ジェレミーの毒舌が冴える。
「何とかしないと、あの魔導師は衰弱して死ぬからな。あまり知り合いではなかったが、原因もわからず死なせるのは目覚めが悪い」
彼の隠そうとしない露骨な言葉に、さすがにジェレミーの性格を知っているエミリアでも、眉をひそめずにはいられなかった。エミリアでさえこれだから、使用人たちは聞くに堪えなかっただろう。それでも、使用人たちは何とかこらえていた。
「とりあえず、政庁に戻って、これからのことを考えるべきだな」
エミリアもその意見に相違は無かった。
エミリアさんは、「Sevens Word」の番外編で名前だけ登場しています。