第九幕 討伐と娘の怒り
京です、久々に横田高橋家に戻って来ています。元就の傍に鏡山城攻めから家督相続までの間居たので随分留守にしていました、もちろん公式には私はこの地にいる事になっていますけどね。
勿論影武者がいるので高橋本家にはバレていません。その辺高橋本家温いですね。そんな事を考えていたら、世鬼の里から急使が来ました。
「毛利家で急変が起こりました。井上・志道・光永の手勢が坂・渡辺の居城に攻め寄せております。又相合船山城にも井上の手勢が向かっておりました」
「皆続け! 直ちに向かう」
柿の木色の装束に身を包み夜道をひたすらに駆けます。
間に合ってくれと祈りながら。
☆
相合船山城
「殿、御家族は無事に落ち延びました」
「そうか、表門はどうか?」
「残念ながら多勢に無勢、もう限界かと」
「ここまで粘れば問題は無い、討って出るぞ! 元網の武勇井上の奴原に見せて呉れるわ」
「お待ちください、我々が時間を稼ぐ故殿は落ちて下され。この度の戦、井上の独断かと思われます。郡山の殿はご存じないかと思います故、ここは引かれるが肝要かと」
「何を言う、この有様で逃げよと言うのか!」
押し問答をしているとそこに駆け込んだ者たちが居た。
「元網様! ご無事ですか?」
「勝! どうして此処に?」
「我が城にも井上らが押し寄せて来たのです。元網様の処にも兵が押し寄せていると聞き馳せ参じました」
「そうか、そなたたちの処にもか」
「此度の企て、全て坂が尼子と組して行った事でしょう。ですがこれを機に井上達は儂や元網殿を除かんと謀ったのでしょうな」
「無念だ、新しい殿の元で皆で力を合わせ毛利を盛り立てんと考えたが……」
「元網殿はここを切り抜けて下され」
「何を言う、ここで最後まで戦うぞ」
「これはしたり、ここで斃れては、ここで勢いをつけた井上達の専横で毛利は潰されまする、それを止めるには当主である元就殿のお立場を強くすることのみ、それにはそれを支える御舎弟の存在が不可欠なのです。血路は某らが開きます故に生きて下され」
「勝、そなた……」
「息子の虎市は備後の山内の処に落としました。いずれ呼び戻して下され」
「すまん……」
渡辺勝とその家臣達は表門を破って入って来た井上勢に突っ込んだ。
「渡辺勝と一緒に三途の川を渡るのはどいつじゃ!」
彼らは元網の家臣たちとともに暴れ回り討ち取られるまでに多くの井上勢を道連れにした。
元網は包囲網を突破することに成功していた。共にいた家臣たちは誰も居ない、元網を逃がすために囮となり或いはその行方が判らぬように屋敷に火を掛けてその中に飛び込んだりしたため、井上勢は元網が屋敷に火を掛けて自害したと信じていた為に、追手もかかっていなかった。
だが大小の傷を負い、槍を杖に片脚を引き摺りながら進むのも限界が訪れていた。
「もういかぬか、幻が見えて来たぞ……」
目の前に見知った顔を見ながら元網は意識を沈めていった。
☆
走り行く先に見えた姿に私は己の迂闊さと怒りに苛まれた。
足を引きずりながらこちらに向かって来るのは元網様である。彼は私を見て誰か気が付いたのか口元を綻ばせながら倒れこんでいった。
直ぐに抱き起しステータスを見る、命には別状は無い様で安心する。後に続いていた世鬼衆に委ねると、先に進んだ。
船山城に着くと城は落城し、屋敷は燃え、火は天に向かって炎と火の粉を撒いていた。
その傍で二つの集団が相対しています。一つは井上党を中心とする軍勢、もう一つは、元就の率いる部隊です。
両者の前に居るのは井上元兼と元就のようです。
「元兼、何故当主に諮らず軍を動かした」
「急を要したのです、坂広秀は尼子から支援を受けて殿を害しようとしました。その上高橋も加担し、攻め入ろうとしていたのですぞ、執権である志道殿も同意為された事、問題はありますまい」
「……それで目的は達したのか?」
元就が怒りを噛み殺したような声で問うと。
「渡辺勝は散々暴れましたが討ち取りました。元網殿はこの屋敷の有様から火を放ち自害したと思われます」
其の言葉を聞き、追っ手が掛からなかった理由を知りました。
この場で井上のそっ首刈り取ってやろうか……
私の心は黒く染まっていたと思います。一歩足を踏み出した処で私の背後を取る人物に気がつきました。
「心を静めなさい、強い殺気は周りへの注意を疎かにしますよ」
私の肩にそっと手を置いたのは母でした。
そして元就と元兼の傍に向う武士の姿が見えました。
「元兼殿、無事討ち取れたようですな」
「これは志道殿、これで毛利家の身中の虫を退治できました」
「志道!」
元兼と元就が同時に声を挙げます。
「我が手の者たちからの知らせで、日下津城の坂広秀は一族と腹を切ったとの事、これで終わりでござりますな」
「そうですか、それは重畳でしたな、流石志道殿抜かりが無い」
元兼の嬉しそうな言葉を聞きながら無表情になる元就。
其処に使番が息も荒く駆けつけます。
「申し上げます! 桂広澄殿が自害為されました」
「なんと! 何故じゃ?」
「はっ! 弟の坂広秀の謀反に気が付かず、毛利家を騒がせた事に謝罪してとの事です」
「何を馬鹿な事を、死んで何になると言うのか!」
「それと……」
憤る元就に口籠る使番。
「何があったのじゃ?」
志道広良が尋ね返しています。
「御子息の桂元澄殿たちが桂城に籠城されています。父親たちに殉じると言って聞きません、国司殿達が説得に当たっておりますが聞く耳を持ちませぬ」
「いかんぞ! 元澄たちを死なせるわけにはいかん、直ちに向かうぞ」
元就達は急いで桂城に向かった様です。
「さあ、里に帰りましょう、元網様の容態も心配ですし」
母に促され私は踵を返します。
ですがこの事は忘れません、落とし前は付けさせていただきます。
そう、心に誓いました。
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