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二人で一人の俺、彼女!  作者: そこなべ のぼり
二章「神は気まぐれ、夢は乱れて」
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 面をとった俺は、フゥと一息つくと正面に立つ阿修羅と相模女史を見た。


『うまくおびき出せましたね』


 リリの言葉に俺は苦笑する。正直、この策は乗り気ではなかったんだが……まぁ、成功してなによりだ。

 もしも、相模女史が阿修羅を呼んでいないのだとしたら、完全な無駄足の上、彼女を囮に使うこととなってしまう。ましてや、未経験の剣道で剣道部主将と戦うなんて無茶もいいところである。肉体が超人化していなかったら不可能な策であったことには違いない。


 とりあえず阿修羅が現れてくれたから、ここからは一刻も早く奴を相模さんから引きはがす!


「……なんで? ……大和くんが?」


 戸惑う相模女史の呟きが、少し悲しく聞こえる。


「相模さん。ソイツから離れてください」


 俺がハッキリとそう告げると、相模女史は「えっ」っと力のない声を漏らし悲しげな表情で阿修羅を見上げた。当の阿修羅は微動だにせず、ただジッと彼女を見つめている。

 相模女史は迷っているようで、俺と阿修羅を交互に見る。が、すぐに俯くとかすれるような声で言った。


「……君にも、見えるんだな。…………でも、すまない。私は強く――――」

「あなたは、強くなれる!」


 気が付けば、俺は強い口調でそう叫んでいた。言葉を意外な一言で遮られた相模女史は、ピクリと身震いしその場に座り込んでしまう。俺は続けた。


「あなたは、そんな力なんか無くたって強くなれる。だって……あなたには、立派な夢があるじゃないですか!」


 人は可能性を得れば夢が膨らむ。

 しかし、それは逆も然り。夢があれば、その分の可能性を生み出せるのが人間であり、人間の最も輝く強みでもある。人は、心から願う望みへと努力できる。彼女だって努力している。だからこそ、俺は声高に告げなくてならないのだ。彼女がすがっているものは、まやかしであり真の希望は己の中にあることを。

 ハッとした表情で顔を上げた彼女に、俺は決定的な一言を叫ぶ。


「あなたは、なんのために強くなりたいんだ‼」


 その一言を聞くや、彼女の表情が戸惑いから何かを見つけたような明るいものへと変化する。


「私は、…………頂に登るために力が欲しいわけじゃない。……私は……おじいちゃんのように、誰かを導く人になるために…………強くなりたい!」


 相模女史の言葉は、いつの間にかいつものような凛とした響きを取り戻していた。

 俺は、阿修羅の横を通り彼女に手を差し伸べる。


「たしかに、誰かの力を借りないといけないこともある。でも、それは今じゃない。今は、あなたが自分の力で戦わないといけないんだ」


 まっすぐに見つめた彼女の瞳が微かに潤む。

 しかし、すぐに彼女は差し出された手をしっかりと握り、ゆっくりと立ち上がった。


「……すまない。大和くん。全くその通りだよ。…………すっかり、助けられちゃったな」

「気にしないでください。……それに、まだ終わってませんよ?」

「そうだな」


 そう応えた相模女史は、阿修羅の前に立つ。

 阿修羅は、無言で彼女を見つめている。 

 相模女史は、強い口調で言った。


「去れ! 私に貴様は必要無い! 私は私の力で強くなって見せる!」


 その直後だった。


 ヴヴヴヴヴヴヴヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ‼


 突然、阿修羅が地鳴りのような低いうめき声を上げ震え始める。みるみる内にその姿は他の人間にも認識できるほどに可視化されていき、色を帯びていく。


「下がって!」


 俺は、相模女史を背にかばい後ずさる。周囲では、阿修羅に気がついた部員たちが悲鳴を上げて逃げ出していく。

 相模女史が叫ぶ。


「はやく警察を!」


 しかし、俺は頭を振り、彼女をそっと制する。


「アイツは人の手では倒せない。……ここからは任せてください」


 俺は不思議そうな顔をする相模女史から離れると、唸り声を上げブルブルと振動する阿修羅の正面に立つ。


「人の夢を散々弄びやがって……今度は逃がさねーぞ!」


 俺は、唸り声をあげる化け物の前に立つと、紋章の輝く左腕を突き上げる。


 「獣装‼」


 紋章をかざし左手を横に振り抜くと、魔法陣が出現し一気に体を通過する。その光景に相模女史が息をのむのが分かる。

 変身を完了した俺は、ゆっくりと開眼し叫んだ。


「天高く吼えるぜ‼」


 その言葉に反応し、その場て振動している阿修羅が剣を抜く。

 俺は、地を蹴り飛び出した。

 が、むやみに突っ込むことはせず、阿修羅の直前で急ブレーキからのバックステップで突き出された剣を回避。剣を突き出すことで生まれたわずかな隙をつき、大爪でその横腹に一閃。

 阿修羅がぐらりとバランスを崩す。しかし、手ごたえが薄い。阿修羅は、反応が遅れたものの体の軸を左にそらすことで直撃を回避したようだ。

 追撃に出るかと考えた瞬間、阿修羅の手元がキラリと光る。反射的にのけぞると、その上をレーザーが通過した。レーザーはそのままガラス窓を突き破り彼方へ。爆風とその余波で館内のガラスが次々に砕け、体育館全体が大きく揺れる。


「相模さん!」


 俺は声を上げ彼女に駆け寄り、破片となって降り注ぐガラスを弾き飛ばしていく。相模女史は、そんな俺の姿を見てポーッとした顔になる。が、すぐに表情を引き締めると、俺に言う。


「いろいろ聞きたいことはあるが……、本当に任せていいんだな?」

「もちろん!」


 俺はそう答えた後、ニッと笑って見せる。相模女史もコクリと頷き微笑んだ。

 相模女史が離れるのを確認した俺は、手にある紋章を切り替える。


「来い! タウロス!」


 直後、足元に出現した魔法陣が上昇し、獣装が切り替わる。俺は、タウロスの力で相模女史を宙に浮かべると体育館の外に運び出す。

 素早く阿修羅に向き直ると同時に剣が飛んでくる。重力派の障壁でそれを弾き飛ばし、反撃にガラス片を浮かべ弾丸の如く投的した。

 轟音が鳴り響き、無数のガラス片が阿修羅に突き刺さる。

 声にならぬような声を上げた阿修羅は、滅茶苦茶にレーザーを乱射させ始めた。

 俺は、両手を四方に振り回し、小さなブラックホールを無数に生成していく。ブラックホールは光すらも巻き込むため、レーザーを次々に飲み込みだんだんとサイズを大きくしていった。

 大きくなり過ぎないようにある程度巻き込んだホールは消して、次のホールを作り出すといった半ば作業じみた攻防が続く。

 しばらくそれを続けていた阿修羅であったが、さすがにレーザーも無限では無いらしく、プシュッと音を立てると同時にレーザーがやむ。俺は、すかさず重力の渦を纏う拳を叩き込むが、阿修羅の抜いた大小さまざまな六本の剣にはじかれる。

 わずかにひるんだ俺に、阿修羅はここぞとばかりに連続の斬撃を浴びせてきた。掌に重力の障壁を張りそれを捌くが、何といっても数が多い。息つく間もなく浴びせられる六本の剣による無限乱舞。


「リリ!」

『はい! 右! 下! 右! 左! 左右クロス! 上! ……』


 俺の声に、リリがすぐさまサポートに入り、阿修羅の攻撃を伝えてくれる。リリの合図に合わせてアウェイ&ブロックを行うが、それでもラッシュが破れない。


「こいつ疲れねーのかよっ!」


 止まらない攻撃にジリジリと交代させられていく俺は、歯を食いしばる。


 その時だった。


「引くな! 踏み込め!」


 相模女史の声だった。

 入口の方で聞こえたその声に、俺は反射的に従った。

 振り下ろされた剣を右手で掴むと、俺は一歩踏み込み左の拳をその腹部に叩き込んだ。

 確かな感触があり、阿修羅が派手に吹き飛んでいく。体育館の壁に激突した阿修羅は崩れた壁の瓦礫の下敷きとなる。


「マジか……」


 入口のほうを見ると、相模女史が俺をまっすぐに見つめていた。


「臆するな! 踏み込め! 君は強い!」


 そう言った彼女は、こちらに向かってガッツポーズを送ってくる。


「ははっ!」


 俺は笑いを漏らし、口元を拭う。……いいヒント、ありがとうございます! 先輩!

 直後、瓦礫の中から阿修羅が飛び出してくる。突き出された剣に俺は渾身の拳を叩き込んだ。

 激しい金属音とともに、拳を受けた剣が粉々に砕ける。


「うおおおおおらあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 雄叫びを上げた俺は、左右の拳に次々に阿修羅に叩き込んだ。格闘漫画も顔負けの重力拳ラッシュに阿修羅の体がボコボコにへこんでいく。


 ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 阿修羅の顔面にヒビが入り、その間からひどいノイズのような音が響いた。

 俺は、勝利を確信した。


「とどめにしてやらぁぁぁ!」


 そう言い、飛び上がった俺が紋章に力をこめた時だった。


『待って! それは!』


 リリが叫ぶと同時に、見たこともないような巨大なレーザーが俺の腹部を貫いた。


「ぐあああっ⁉」


 俺は、宙でバランスを崩し落下する。地に叩きつけられたことで跳ね上がり、噛みしめた歯の隙間から血が漏れた。相模女史が息をのむのが聞こえる。

 見ると、阿修羅の胸部が大きく展開されており大型の銃口のようなものが覗いている。あそこからレーザーが発射されたのだろう。…………ったく阿修羅なのかロボットなのかハッキリしやがれ!

 微かな煙を漏らす胸部を閉じる阿修羅。俺は奴をギロリと睨みつけると、ゆっくりと立ち上がった。貫かれた腹部はすでに再生修復されているが、ずっしりとしたダメージが内側に残る。


『流石は「戦いを好んだ神」を模しただけのことはありますね。いったいどれだけ攻撃にバリエーションがあるんですか……。まだいけますよね? 輝羅さん!』

「はっ! ったりめーだ! もう逃がす気はねーからなぁ!」


 そう応えた俺は、踏ん張り一歩を踏み出した。

 すると、不意にどこからか声がする。


《いやぁ~。カッコいいねぇ! 輝羅くん‼》


 神である。


 相変わらず陽気な口調が、いつもに増して腹立たしく聞こえた。マジうぜぇ。何しに来たんだか……。

 露骨に嫌な態度を見せる俺に、神の声はやれやれといった様子で続けた。


《おいおい~。そんな嫌な顔しないでおくれよ。……まっ、それよりさぁ、またまた朗報だ。今度は、君の行動に心を動かされた「(うま)」の神が力を貸してくれるってさぁ‼》


「午神ぃ?」


 途端に俺の左手の甲にある紋章が変化し、新たなものに切り替わる。今回は青だ。

 俺はため息を漏らしつつ、笑みを浮かべる。


「ほんとっこういうのは、もう少し早くしてほしいんだけどなぁ!」


 言うなり俺は、強く輝く紋章を天にかざし詠唱した。


「駆けろ吹雪! 凍れ世界よ! 来い! エクウス‼」


 刹那。

 周囲に突如として吹雪が巻き起こり、頭上に青い魔法陣が出現する。魔法陣は降下し、ゆっくりと俺の体を通過していく。

 通貨とともに吹雪がやみ、俺は新たな力を身に纏う。

 獣装エクウスは、全身に馬を連想させる(たてがみ)(ひづめ)が纏われおり、氷の結晶や氷柱(つらら)を思わせる模様が刻まれていた。強化され青みを帯びた肌には、白く輝くラインが走っていて、あちこちから冷気を放出している。


『なるほど! 氷の力ですか!』


 リリが歓喜の声を漏らす。阿修羅はというと、何が起こったのかわからないといった様子で身構えている。

 俺は右手を引き絞るようにして構えると、その拳に冷気を集めた。

 それを見た阿修羅は何かを察したのか、胸部からレーザーを放つ。レーザーはそのまま俺の頬をかすめ後方に消える。そのまま爆発が起こるかと思われた瞬間だった。

 俺は、引き絞った右拳を勢いよく開いて突き出した。

 その途端、体育館全体が凍り付き、視界一帯が銀世界と化す。レーザーによる爆発も完全氷結によって封じ込められ、静けさが周囲を包む。


「す、すごいな……これは……」


 入口の物陰に隠れていた相模女史が、冷気に震えつつ驚きの言葉を呟く。


 冷気にあてられた阿修羅は、半身が氷結し身動きが取れなくなっていた。

 俺はゆっくりと阿修羅に近づくと、その肩に触れる。すると、触れたところを中心に阿修羅の体がより分厚い氷に覆われていく。阿修羅は、ノイズのような音を漏らしながら遂に微動だにすらしなくなった。

 俺は、少し後退して飛び上がると、空中で紋章に力を込め蹴りの体勢をとる。紋章に込められたエネルギーは脚部に移り、氷のドリルへと変化する。

 そして、


蓮脚螺旋撃(れんきゃくらせんげき)‼」


 氷のドリルを纏う必殺の一撃が阿修羅を捕らえ、その氷結した肉体を中心にあるコアごと粉砕した。

 阿修羅を突き抜け、凍り付くフロアに着地した俺は、腕に付着した氷の破片を事も無げに払い落とす。

 その直後、砕けたコアから阿修羅の絶叫が響き、虹色の光が体育館の天井を突き抜けて天空に消えていく。


 残された俺は、宙に舞う無数の氷の破片を背にゆっくりとその場を後にした。



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