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二人で一人の俺、彼女!  作者: そこなべ のぼり
二章「神は気まぐれ、夢は乱れて」
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「んっ……あっ…………はぁ♡」


 暗闇の中でリリの艶めかしい声が響く。

 上を向き、気持ちよさそうに再び声を漏らすその体には、あちこちに白い何かが付着している。頬を赤らめ、胸を上下させるリリ。その嬌声に耐えられず、ついに俺は声を上げた。



『風呂中に変な声上げんなぁああああああああああああああああああああ‼』

 


そう。ただの風呂である。


「もぅ。せっかくサービスしてたのにぃ、大きな声出さないでください。脳に響きますぅ」


 不服そうな口調でそう呟いたリリは、頬を膨らませるとシャワーの蛇口をひねり体の泡を洗い流す。


『あのなぁ。目閉じさせといて、なーにがサービスだ。逆に辛いわ。生殺しとか悪趣味だぞコラ』


 そういう俺は、今すぐにでも目をかっぴらいて目前の鏡に映し出される楽園(エデン)を刮目したいという欲望を必死に抑え込む。

 すると、リリは何やら面白がるようにフフンと鼻を鳴らす。


「へぇ。そんなに見たいんですかぁ? 私の、は☆だ☆か」


 最後の辺り妙に艶のある声で言われて、俺は不覚にも動揺してしまう。


『いっ……いや、別にそういうわけじゃ…………ねぇ……けどぉ……その』

「意外にウブなんですね」

『うるせぇええええええええええええええええええええええええええええ‼』


 絶叫する俺に、リリはわざとらしく胸をたゆんと揺らしシャワーを浴びる。見えないけど想像できてしまい、ドキがムネムネするよぅ。どうしよう目開けたい。

 相模女史との会話の後、帰宅した俺とリリ。が、帰るなりリリが「むむ……私の方が女子力は勝ってますから!」とかなんとか言いだして今に至る。なんで、こうなるんだろうか? つーか、エロと女子力って関係ないよね? これ単に誘惑してるだけだよね? それよか、なぜに相模女史と張り合うし…………。

 そんなことを考えている内に、リリは風呂から上がり服を着てしまう。……くぅ! 残念なり。


『で、なんで今日は女子の服なんだよ』


 目を開けた俺の第一声に、リリはふふんっと鼻を鳴らす。


「どうですか? かわいいでしょ? 萌えーってなるでしょ?」


 あー、うん。確かにかわいいっすね。寝巻用なのか、ふわっとした感じのフリル付き水色のワンピース。白い肌にマッチしていて綺麗と可憐の両方を感じさせる。うん。めっちゃかわいいです。


「っ! ……そ、そんなにマジでほめないで下さい。…………て、照れます」

 

 リリはそう呟くと、耳を真っ赤にして俯いた。あっ。こっちの方がもっとかわええ。

 ほめればほめるほど、どんどん真っ赤になっていくリリ。色が白い分、赤くなっているのがはっきりわかって、可愛らしい。


『とまぁ、お前が可愛いのはわかったからよ。それより、今日のことさっさと話そうぜ?』


 そう言って話題を変えた俺に、リリはちょっと不満げな顔で口元をモニュモニュと動かすが、すぐに落ち着きを取り戻す。


「そ、そうですね。……では、話しましょう。一言で言いますと、あの阿修羅の目的は自身の強化です」

『強化? それって、奴が相模さんに力を貸してることに関係ないだろ?』


 はて? と首を捻る俺に、リリは淡々と答えた。


「関係あります。夢暴思現体(メアー・デッド)というのは人間の夢から生まれてきます。ですから、彼らは同じく人間から生まれる夢を喰らうことで自身を強化し、成長していきます。つまり、阿修羅は相模さんの夢を食べようとしているわけですね」

『要は、相模さんに力をつけさせて夢を膨らませているってわけか……』

「そうでしょうね。人というのは可能性が生まれると、だんだんと夢が広がっていくものです。阿修羅もせっかくならより大きな夢を喰らいたいとの根端でしょうね」


 広げるだけ広げた夢を己のためだけにぶち壊すか…………悪質極まりねぇな。

 俺は歯噛みすると、リリに問いを投げかける。


『夢を喰われた人間は、どうなるんだ?』


 すると、リリは突然黙り込む。グラスに移るリリの表情は硬く、何か迷っているように見えた。しかし、リリはすぐにフッと息を吐くと表情を戻す。


「……夢を失った人間は、ほとんどの場合は無気力になりただの人形のようになってしまいます。でも、稀にその精神力が夢暴思現体の力に勝った場合、意識感覚を通して夢暴思現体を無意識に乗っ取りそのまま夢暴思現体そのものになってしまいます」


 え? マジで? 


 絶句する俺に、リリは続ける。


「……そして、その多くが知的策略行動をとります。人間時の記憶はありませんが、それでも人間特有の思考回路を兼ね備えます。……そう。わざわざ夢を大きくしようと考える阿修羅のように」

『あ、阿修羅も元は人だってことか⁉』

「だ、断定はできませんが、……可能性はかなり高いです」


 つい声を荒げてしまい、リリが動揺した声を漏らす。尻すぼみなその声は最後の辺りで泣声に変わりそうであった。


『……ワリィ』

「い、いえ。大丈夫です」


 すぐ謝るが、リリの動揺したままだ。意識が繋がっているせいか、なんだかモヤモヤした悲しい気持ちが伝わってくる。だが、それは俺も同じである。人が化け物になるなんて、想像するだけでもゾッとするのに、今戦っている奴がそうであったなんて考えたくない。考えたくもないし、仮に受け止めたとして、俺は奴にとどめを刺せるだろうか。


 でも――――――――――――――――――――――――――――――――――――、


『――――――倒さないと、相模さんが危ない』


 苦い表情でそう告げた俺に、リリがコクリと頷いた。


「そ、そこでなんですが私に作戦があります!」


 そう言ったリリは、どこからか大きなホワイトボードを引っ張ってくる。気が付けば、服装はスーツに変わり眼鏡までかけている。教師の格好をしたつもりだろうか? ノリノリだなオイ。……まぁ、敢えてだろうけど。

 俺の内心が聞こえたのか、リリは大きく咳払いするとペンのふたを取って作戦を語り始めた。その様子はいつものようにハキハキとしたもので、かえってこっちもテンションが高くなりそうだ。


 …………なるほど、お前なりの気遣いってことな。


 俺は、静かに笑うとその作戦とやらを聞くことにしたのだった。



××××××××××××



 武道場崩壊から一日。相模(さがみ)春恵(はるえ)は、ぼんやりとした様子で放課後の廊下を歩いていた。

 先日の件では、特別これといったケガをしたわけでは無いので、いつもとなんら変わらない生活が送れる。本当に幸いだったと思う。大事な試合が近いこともあって、今ケガで離脱するというのはチームの士気にも関わるため避けたいと考えていたのだ。

 暫くは、近くにある公民館の体育館を借りての練習なので場所に困ることは無い。いろいろと大変ではあるが、練習に不自由なく取り組めるのは感謝すべきだろう。

 そう考え、ほっと息をついた時だった。


 ふと見た廊下の端にある鏡。

 そこには自らの姿とともにもう一つ、人ならざる影が映っている。


 ため息をついた相模は、声を低くして言った。


「消えろ。今は呼んでない」


 険しい表情でそう言うと、阿修羅は数秒の間じっと相模を見つめた後スゥーッと空間に溶けるようにして消える。

 阿修羅が消えた音も相模はしばしの間、鏡に映る自らの姿を見つめていた。


 アイツが現れたのは、二週間前。

 ちょうど祖父が倒れ、自らの夢を自覚した時だった。出会った瞬間から奴そのものが放つ邪気は感じていたが、それでも力欲しさにその圧倒的な超常的力に手を出してしまった。

 当初は、その邪気くらい利用してやるつもりだったのだ。しかし、実際は利用するどころかわずか二週間で完全にその力に溺れ、依存してしまっていた。それどころか、力を貰えば貰うほど更なる力を欲するようになり、更なる高みへと昇りたいと思う願望が増していくのを感じる。

 奴は危険だと理解してはいたのだ。それでも何故か奴との繋がりを絶つことが恐かった。どうして恐いのか……突然に力を失うからか? 周囲の目か? 遠のく勝利か? わからい。もしかすると全てかもしれないし、いずれも否かもしれない。こうしたモヤモヤとした感情から、どうしても阿修羅を拒絶できないでいたのだ。結局、今も奴の力に頼り、次の試合でも頼ってしまうだろう。


「……私はどうすればいいのだろう」


 と、不意にポケットのスマートフォンが振動を始める。取り出して確認すると、それは副将からの電話であった。

 急いで通話ボタンをタッチし、電話に応じる。すると、その向こうからひどく焦った様子の副将の声が聞こえてきた。


「主将! 急いで来てください! な、なんか変な人が来て……道場破りとか言いだして、全員負けちゃって、……すみません。でも、あの人強すぎて、俺も……あ――――――」


 突然切れてしまう電話。しかし、今の相模にはそんなことはどうでも良かった。ただ副将の言葉にあった「強すぎる」という一言がグワングワンと脳内に響く。

 相模はハッとすると、わき目もふらず駆け出した。



 数十分後。



 公民館に到着した相模は、自転車を放り出し体育館へ駆け込む。

 館内に入り、立ち止まった相模は息を飲んだ。

 フロアには、あちこちで体や頭を押さえて倒れこんでいる部員たち。その中には、先程連絡をよこした副将もいた。


「やっと……来たか」


 部員たちのうめき声に紛れ、低く素っ気ない声がフロアに響く。

 顔を上げると、フロアの真ん中に一人の男が立っている。防具を纏い、右手には竹刀を持ち、じっとこちらを見ている。

 その真っ直ぐな視線に、相模は背筋が凍るような感覚を覚えた。

 

 この人、強い。


 直感がそう訴えかける中、相模は興奮に身震いした。

 逃げるべきか? 誰かに助けを求めるべきか?

 一瞬、恐怖にも似た感情が、相模を闘争から遠ざける。

 しかし、ここで引いては主将の名が……いや、剣士の名がすたる。相模は、そう心に言い聞かせ、できるだけ落ち着いた様子で応じた。


「どちら様でしょうか? 私は、この部の主将を務めています相模です。道場破りとお聞きしましたが、まずお名前をお聞かせ下さい」


 すると、その人物は頭を振ってこう答える。


「そんなの必要ないだろう? 試合が終われば私は去る。また会うかどうかも知れない相手の名前など聞くだけ無駄だ。……それに君とて、そんなことより本当は今すぐにでも試合がしたいのではないか? 先程から私への警戒ではなく、強者を求める興奮のようなものが伝わってくるが?」


 自らを堂々と強者と言う人物。口調と声からして男性であることが分かる。

 相模は、しばし考えるフリをするが答えは男の言った通り。断る理由がない。


「……いいでしょう。お相手いたします。あなたが何者かは、倒した後でゆっくりお聞きするとしましょう」


 言うが早いか、相模は支度をするべく更衣室に向かった。素早く道着に着替えた相模は、竹刀を手に取る。

 フロアに戻り、自身の防具の隣に正座すると、一つ一つの防具を丁寧にかつ手早く装着していく。

 男は、そんな相模をただジッと見つめていた。まるで何かを探っているかのように。

 準備を終えた相模は、ゆっくりと立ち上がると相手の正面に立ち静かに言った。


「では、始めましょう」


 男はコクリと頷くと、その場で一礼する。相模も合わせて一礼すると、竹刀を構えた。

 そして、戦いの始まりを告げる怒声を上げようとした瞬間だった。


「面」


 目の前にいたはずの相手が一瞬にしてその姿をかき消し、代わりに重い衝撃が頭部に響いた。

 突然の一撃に相模は驚愕し、思わずよろめき膝をついてしまう。


 見えなかった⁉


 正直にそう感じた。瞬きをしたわけでも、気を抜いたわけでも無い。純粋に見えなかったのだ。速すぎる。とても人間とは思えない動きだ。……でも、まだ戦える! 

 そう思った時には、相模は立ち上がっていた。

 振り返った相模を男は無言で見つめつつ、もといたところにゆっくりと戻る。


 勝ちたい‼


 瞬間的にそう感じる。何としてもあの強さを超え、更なる高みに登りつめたい。その先にある更なる強さが欲しい。

 止まらぬ欲と衝動を感じた時には、もうその名を呟いていた。


「――――――――阿修羅」


 直後、自身の目の前の空間が歪み、宙から阿修羅が出現する。


「力を――――――――」



 そう呟き、阿修羅に手を伸ばそうとした時だった。


「それは、あなたの力じゃない‼」

「っ⁉」


 不意に響いた聞き覚えのある声。動揺した相模はとっさに手を引っ込めると、声の主を探す。

 すると、正面にいる男がカタンと竹刀を落とした。

 相模が視線を向けると、その人物はゆっくりと防具を外し、その場に落としていく。そして、最後にそっと面をとった。


「そんな力に頼ってはダメです! 相模さん!」


 防具の中から現れた人物にそう言われた相模は、言葉を失う。


「…………大和くん。……なんで」




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