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「へぇーい。どうしたよう! 少年少女さんよぅ、おれっちがぁ~神様ですよぅ?」
そう言って手をふりながらスキップで近づいてくる「神」と名乗る男に俺は微妙な笑みで応じる。
正直、神のイメージが自分のものと違いすぎて困る。というか何かウザい。
神はそんな俺の表情をみて、面白がるようにニヤニヤと笑みを浮かべた。
「ねぇ、反応薄いよ? 何かあるでしょ? 聞きたいこととかいろいろねぇ?」
「……あぁ、まぁ、さっきはアドバイスありがとう…………ございます」
「ノンノン! 敬語は無し! それにお礼とかいいし、クエスチョンだよ、クエスチョン! カモン!」
ウゼェ、中途半端に発音良いとことかマジでウゼェ。つか、さっさと帰れ。素性知れたからもういらね。消えろ、リア充は死ね。
『ま……まぁ、とりあえず、せっかくですからここで詳しい説明をしたほうがいいですね。神様さん、私の認識に誤りがあったら訂正してください』
とりあえず、会話を進めようとリリが口をひらく。神様は質問が貰えず、残念といった様子で肩を落としつつも「了解」と頷いた。
ようやくおとなしくなった神に嘆息し、俺は堤防に腰掛ける。
リリは、話し始めた。
『先ほど戦った化け物、あれは夢暴思現体と言います。つい先刻かいつまんで説明しましたが、私の目的は、あれを倒して元いた世界に戻すことです。夢暴思現体は、もともと十二支の獣神様方が支配している夢の世界に住んでいる「夢の跡」です。それが世界を飛び出し、こちらの世界に来ることで思念体から質量体へと変化します。そこで変質したものがあの化け物というわけです。飛び出した原因が不明なため、夢暴思現体の発生には歯止めが掛からないのが現状です』
「なんで、やつらは人を襲う?」
リリの説明に俺が問うと、待ってましたとばかりに神が答える。
「夢の本質さ。夢というものは、人が見るものだが人が生み出したものじゃない。夢という概念そのものは人の脳が作るが、そのもとである「夢素」は世界に漂う空気のような存在さ。もともと別の存在が人の勝手で「夢」につくりかえられ、そして捨てられる。夢は捨てられたことで、無意識に人を自らに害を加える存在と勝手に認識するから人を襲い、排除しようとするのさ。まぁ、ただの勘違いだよ」
「なら、説得すればよくないか?」
すると、神は首を振る。
「彼らは「夢」。意志があるわけでも、思考があるわけでもない。交渉どころか会話もできない。彼らを構成するのは、夢だった時のイメージと、人は排除しようとする本能のみだ」
『そして、付け加えますと、夢暴思現体はいわば夢の具現。彼らがどんなに暴れても、一定圏外の人は彼らを認識できませんし、彼らを目撃した人も、少しも思い出せないのと同じです。私達も神の力がなければ、今頃はとっくに忘れています。また、彼らによって死亡した人間は、その存在がこの世界からなかったことになります。その他の被害および怪我も本人が思う別の事柄に原因が置き換えられて、都合よく解釈されてしまいます』
俺は、その言葉に黙りこむ。
神が訂正する様子がないことから、今のことは本当なのだろう。だが、だとしたら先ほど死んでいった人は……いなかったことになるのか……。
ふと見ると、少し離れた場所に転がる警官の両断された死骸が砂塵と化し、消えていくのが見えた。
不意に自らの内にふつふつとやりきれないような思いが込み上げる。
俺は神を見て問う。
「どうすればいい。どうすれば、奴らを止められる?」
俺の突き刺すような真っ直ぐな視線に神が眉を上げる。
「現状、これといった解決策はないね。でも、今の君には力がある。君がその力で人々を守り、その間に原因をさぐることが、今できる最善のことだと思うね……。やるか、やらないかは君次第だけどね」
そう言って神は、すっと目を細めた。一瞬、俺の全身が何かが駆け抜けていくような全てを見透かされているような妙な感覚を覚える。だが、おれは動じることなく強く答えた。
「やってやろうじゃんか。俺が、食い止める。……いいだろ? リリ」
『え? え? もっ、もちろんですよ。と言うより、私と同体である以上そうしてもらうつもりでしたから。むしろ大歓迎です。よろしくお願いしますですよ』
俺がリリの言葉にうなずくと、それを見た神はくるりと踵をかえすと、肩越しに爽やかに笑ってみせる。
「その言葉が聞けてよかったよ。礼と言ってはなんだが、一つだけ神の力を持ってして君にプレゼントを用意しておいた。後で確認しておいてくれ……それじゃ、また会おう」
「プレゼント……」
俺は聞き返すが、神はそれ以上は何も言わず、ふわりと雲のように消えてしまった。
残された俺は、ふぅと溜息をつくと、リリに行った。
「……とりあえず帰るか」
『そうですねっ』
××××××××××××
その日の夜。
夕食を作るリリが、急なことを口にした。
「そういえば、今日は休みましたが、明日から学校ですから」
『は?』
意味の分からない発言に俺が戸惑っていると、リリは続ける。
「いやいや、私の見た目的に人の社会では学生というのが一番しっくり来ます。ですから学校です」
『いや待て、話が掴めん。確かに見た目はそうだが、化け物退治は? 学校に行く余裕なんてあるの?』
するとリリはわかってないなぁと言った様子でフッと笑う。ウゼェ。でも耳がピョコッと動いて可愛かったから許す。
「夢暴思現体は人を襲います。人のいっぱいいるところにいれば見つけやすくもなりますし、情報集めにもなります!」
そう言って、エッヘンと胸を張るリリ。こらこら女の子が胸張るな。ドキドキしちまうぜ。
「エッチなこと考えないでください」
『……かっ、考えてないし……』
ちっ、バレてたか……。つかこういうの不便だな。心の声つつぬけってのは……。
まぁ、それにしても学校か……。
俺は、ふと元々の生活のことを思う。
家族は、いない。ずっと施設で育ってきた。学校では、特別多くないが、親友と呼べる数人の友がいる。一人である分、何かと不自由や、寂しいことが多かったが、適度な幸せはあった。友達が若干心残りだが、まあ仕方ない。それに考えたところでどうにもならん。ましてや、今はやるべきことがある。
俺は考えるのをやめ。えいっとリリと入れ替わった。
『わわっ⁉ なんですか?』
「全部はできねーけど、器に盛るくらいはするよ」
そう言って、茶碗に白米を盛る俺。
そんな姿を見てリリは黙る。
さっきの考えも、聞かれてたかな? 少しだけしまったと思いつつも、俺はわざと鼻歌を歌い陽気を装った。
その後、あらかた出来ることをした俺は、再びリリと入れ替わった。
食事が完成し、食卓についたリリは言う。
「一応、学校は輝羅さんの姿で行ってもらいます」
『なんで? めんどいんだが』
つい、今時のおバカな中高生の使う常套句「めんどい」を使ってしまう俺。
が、リリは気にする様子もなく淡々と、理由を説明する。
「だって、もし夢暴思現体に遭遇した時、私から輝羅さんに入れ替わって変身するより、輝羅さんが直接変身した方が手間が省けるじゃないですか? まぁ、それに……」
『それに?』
俺が聞き返すと、リリはいたずらっぽい笑みを浮かべると小さく応える。
「輝羅さんが、私以外の女の子と接するとき、どんな感じなのか興味があります」
こいつ……なんとあざといことを言いやがる。
俺は苦笑し、「はいはい」とだけ答えた。
そんな俺の反応が、思ったより薄かったことが残念なのか、リリはほっぺをふくらませる。……うわぁかわええ……。
すると声が聞こえたのか、頬を染めたリリのほっぺがしぼむ。取り繕うように咳払いしつつ、リリは行った。
「えっと、とにかく学校は輝羅さんが行ってくださいね? 資料もろもろ勉強部屋の机に置いてありますから後ほど確認してください。……では、いただきます」
そう言ってリリは、はしを取ると、夕食の鮭のムニエルを食べ始める。
結局、魚なんですね……はい、わかってましたよ。ってか、うまっ。
後、夕食を終えたリリは、とろんとした目で歯磨きをしながら俺と入れ替わった。
『……ZZZ……』
リリの寝息が可愛くて死にそう。
とりあえず、俺は風呂で体を洗い、浴槽に浸かる。おぉ、けっこう気持ちいい。
ふと、自らの体を眺めた俺はため息をつく。細い。白い。一言で言えば女々しい。女々しくて女々しくて……。だからと言って、歌ったりはしないし、なんならエアギターもしない。
でも、その、何と言うか、少し違和感がある。これまでバッチリ男子だぜって体だったのに、急にこんなスネつるつるの美男子になっちまうとか、調子狂うというか、受け入れづらいとか……。まぁ、じきになれるよな? …………うん、慣れるさ……。……たぶん。
風呂から上がった俺は、リリが買い込んだとの衣装から下着とシャツとハーフパンツを引っ張りだし、身に付ける。ちょっとぶかぶかな気もするが、気にしない。
髪を乾かした俺は、さっそく先ほどリリの言っていた学級の資料とやらに目を通すことにした。言っていた通り、机の上には真新しい教科書と、ファイル、ルーズリーフ。そして、学校の資料らしいA4サイズの茶封筒がおいてあった。
「……市立宇野見高等学校……かぁ……って!」
そこで俺は、校名を読み上げるとともに叫ぶ。
「これ、俺の通っている学校じゃねぇーかっ‼」
××××××××××××
「では、転校生を紹介します。入りなさい」
翌日。
俺は、一昨日まで普通に通っていた高校に転校生として登校していた。
担任の女性教師にうながされるまま、教室に入り、教台に立つ。なまじ美男子なだけにものすごく熱い視線を感じる。特に女子から。何故か一部の男子の方からもそんな視線を感じる気がするが、気にしない。
クラスは、前にいたものとは違うが知った顔もチラチラと見える。別にこれといった交友のあった者はいないようなのでひとまずホッとする。
「それじゃあ、自己紹介をどうぞ」
ゆったりとした調子の担任の言葉に「あ……はい」とだけ答え、俺は自己紹介を始める。
「えっと、他県の学校から来ました。大和明日輝です。よろしくお願いします」
言い切った俺は、この名に至るまでのリリの会話を思い出し、内心苦笑いする。
当初リリと名前について話し合った際、互いの名をうまいこと組み合わせようということになった。
しかし、それは今のようないい具合ではなく「輝羅ヤマ○」といった感じで危うくどこかの制作に八つ裂きにされかねない名だった。
しかも、それを断固として押し切ろうとするリリを説得するのが大変だった。結局、魚で釣ってなんとか今の名におさめたのだが……。
クラスの反応を見るに、受けはそこそこ。とりあえず見た目に気をとられている感がある。
指定された教室後方の席に座り、ぼんやりとHRを終えると、今ぞとばかりに女子が席の周りに殺到してきた。なんかもう下心ミエミエで逆に怖いわ。つか、人間ってここまでグロいんだな……。
「ねぇ、何部に入るの?」「校内案内するよ?」「趣味は何?」
次々と質問を投げかけてくる女子群に曖昧な返事を返し、俺は逃げるようにして教室を出る。廊下で何人か振り返って、こちらを凝視していたが、気にすることなくトイレの個室に駆け込み鍵を締めた。
『うひゃー。すっごいですね。輝羅さんモテモテじゃないですかぁ』
「茶化すな。結構ヤバイぞアレ。逆にストレス溜まりそうだ」
面白がるリリを黙らせ、フッーと息を吐く。にしても、ここまでか……。
なんとなく予想はできたが、ここまで激しくなるとは……女子怖い。
『まぁ、それはさておきなんですが……。やっぱりいますね』
急にリリの口調が真剣になり、俺は目を細めた。
「夢暴思現体か?」
『ええ。まだはっきりと場所の特定はできませんが、校内にいるのは確かです。油断しないでください。いつ暴れだすか分かりませんから』
リリの淡々と語る様子に溜息をつく。
「しっかし、まいったな。校内はだるい。早く見つけねえと、また被害者が出る」
そういった俺の脳裏に、昨日の砂塵化して消滅した警官の姿が浮かぶ。もうあんなのはゴメンだ。一人も犠牲者を出させない。
『とりあえず調査からはじめましょう』
「だな」
その時、授業開始のチャイムが鳴る。
俺は教室に戻るべく早足にトイレから出た。
と、そこで誰かとぶつかってしまう。ふわりとした感触を肌に受けると同時に相手がよろめく。
「ひゃうっ」
変な声を上げ相手が尻もちをつきそうになる。慌ててその手をとった俺は、その手を引いて相手を助け起こした。
「失礼。大丈夫ですか?」
そう言った俺は、目の前でポーッとした表情になる女子を見る。
少し小柄でショートヘア。黒いストッキングに清楚に着こなされた制服。雰囲気からして上の学年の人だろうか? 割と美人である。
しばらくポーッしていたその女子は、急にハッとなると、表情を引き締めて頭を下げる。
「すっすまない。私からぶつかっておいて、おまけに助けてもらうとは……」
男っぽい口調で凛という彼女に、俺はやんわりと返す。
「あ、いや。気にしないでください。別に大したことじゃありませんし。……では」
俺は、そう言って軽く微笑むと、早足で教室に向かおうとする。しかし、そこで俺の背に彼女が慌てたように声をかける。
「きっ……君! 名前はなんだ? ……あ……わっ私は、三年の相模だ」
顔を赤らめそう叫ぶ彼女に、俺は簡単に返す。
「二年の大和です。ではっ」
その後教室に戻っていく俺を、彼女はずっと呆けた顔で見つめていた。
『……意外に紳士なんですねっ』
席につくなり、脳内にリリの声が響く。どこか微妙な言い草のリリに「ぬかせ」とだけ返し、俺はノートを開いた。
まぁしかし、相模先輩か。あんなお美しい先輩がいたのは、チェックを怠っていたようだ。輝羅一生の不覚。
『……むぅ。なんかもやもやします』
リリが何かつぶやいたがよく聞き取れない。でもまぁ、ちょっと寂しそうな口調だったのが耳に幸せでした。今日のリリも可愛いです。