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『し、死ぬかと思った……』
「車に突っ込んだ人が何を言いますか」
『あっ、あれは、お前を助けようと思ってのことだろっ!』
「…………感謝はしてますよ。でも、無茶しすぎですっ! 死んだらどうするつもりだったんですか! あ。死んでますけど……」
『……それは、……まぁ、そうだな』
フワフワと宙を舞うこと数分、ゆっくりと人目の無い裏通りに着地した俺達。
現在、市街地の大通りをゆったりと歩いている。
リリの言葉で黙りこむ俺に、当の彼女は少し気まずそうに別の話題を振って来た。
「お腹が空きました。朝食にしましょう」
その声は先ほどの厳しい口調とは異なり、柔らかく優しいもので少しホッとする。
『でも、仕事はいいのか?』
「大丈夫です。まだ少し時間があるみたいですので」
近くのファーストフード店でセットを一つ注文したリリは、窓際の席に座ると、注文したフィッシュフライの挟まれたハンバーガーを食べ始めた。
共用の体のせいか、俺にも味や食感が伝わってくる。
『で、ところでよ。リリ。仕事ってなんだ?』
「いきなり名前で呼びますか。女の子相手に大胆ですね」
『じゃぁ。大和さん』
「嘘ですよ。リリでいいです」
そう言って、ふふんっ♪ と笑みを浮かべるリリは、ポテトをつまみ口に放り込むと続けた。
「えーっとぉ。仕事の話ですけど、簡単に言うと――――――――――――」
「――――怪物退治ですね」
『あ?』
また飛び出した謎発言に、つい声を荒げてしまう。
リリは眉間にしわを寄せると、口をモニュモニュさせながら呟いた。
「怖い声出さないでくださいよ。ちゃんと説明しますから」
『……ワリィ』
声のトーンを落した俺に、リリはコホンと咳払いする。
「この世界には、最近私の住んでいた世界から脱走した【夢の魔物】が多く潜んでいます。彼らは元々【夢の跡】という概念でしかありませんでしたが、こちらの世界に来る過程で質量を持とうとした結果、変質し化け物になったわけです。私の仕事は彼らを元の世界に送り返すことです。まぁ送り返すというより、バリバリの討伐に近いですが……」
『お前、戦えんの?』
「はい。とは言っても、最近は向こうが強くなってるので戦績は良くないですが……」
リリは、渋い顔でそう漏らすと、コーラのストローをかじる。
「いや、でもですね。一人で戦ってるんですよ? すごくないですか? それになんだかんだで、いつも最後は送り返してますし」
『……うん。まぁ、状況わかんねぇから、なんとも……なぁ』
俺は内心で「こいつマジか……」と思いつつ、コーラの味に舌鼓をうつ。
脳内では、SFホラー映画に出てくるような化け物とリリが取っ組み合いをしている絵が浮かんでおり何だかすごく違和感がある。
その後、店を出た俺達は、ゆったりと歩いて昨日の海岸エリアに向かった。
今日はよく晴れているということもあり、海岸から見えるキラキラと輝く海水と一直線の地平線がとても鮮やかである。
「この辺で何か気配みたいなものを感じたんですけどねぇー。とりあえず、散策してみますか」
のんきな調子で堤防の上に立ち、トテトテと歩き始めるリリに俺は質問を投げかけた。
『あのよ……。俺の元々の体って、どうなったんだ?』
すると、リリは立ち止まりクルリと踵を返す。その視線の先には、大破した車とそれを囲むように引かれた黄色いテープとブルーシート。その周囲を何人かの警官が忙しそうに歩きまわっている。
「……あなたの体は、多分病院だと思いますが……見に行かないほうがいいですよ?」
そう言った彼女の顔は、とても渋いものであった。前髪を垂らし、表情を隠そうとしているが、同体である以上どんな顔をしているかなど簡単にわかってしまう。
やはり気にしているんだろうな。でも、俺は今の状況に違和感や疑問こそあっても、「やはり死んでおけば」とは思わない。むしろ強引な策とはいえ、救ってくれたリリに感謝している。とは言っても、この状況に折り合いをつけるには、もう少し時間がかかりそうだ。
その時だった。
突然、リリがピクリと身震いする。
「来ました。近いです。しかも、かなり強力です」
緊張した口調のリリが、全身を強張らせたのがわかる。一体どんな化け物が現れるんだ……というか、人前に平気で出て来んのかよ……。
俺は、怖いようなワクワクするような奇妙な感情に駆られる。
と、不意に俺はただならぬ悪寒を感じ、身震いした。それは、何かが全身を這いまわって行ったような不気味な感覚。
直後、
海から黄緑色の液体状の何かが飛び出した。
!?
大きい。十メートルはあるか。まるでアメーバのようなソレは、堤防を飛び越えると、ブルーシートの中にある大破した車に覆い被さった。
突然の出来事に警官達が「何だ?」「どうした?」と集まってくる。
すると、車にかぶさった液体がうねりはじめ、車体に染みこんで行く。
「寄生型ですか……車を取り込むとは、結構面倒ですね」
『どうなるんだ?』
「見ていればわかります」
リリが言い終わるなり、事態は起こる。
大破した車が突然震えだし、変形を始めた。
『マジかよ……』
化け物が変身した姿は、極めて歪な形であった。
ト○ンスフォー○ーのようなかっこいい変形ではなく、所々に配線や管の飛び出した異形の形となっている。全体的な見た目は、獣人を髣髴とさせるものだった。
グウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
咆哮をあげる化け物。警官たちは絶句し、目を剥く。
慌てて逃げ出す警官達に魔物は僅かに口元を歪ませた。
刹那。
警官の一人が宙を舞った。
その体は、無残に両断され鮮血をまき散らす。ドサリと音を立てて地に落ちる警官だった肉魂は、あまりに酷く直視できないものとなっている。
見ると、化け物が腕を振りぬいている。その腕の先端には巨大な刃物。おそらく金属を変形させて作成したのだろう。
あの刃物が警官を斬りつけたのは間違いない。
警官は何が起こったのか分からないといった様子で、不思議そうに千切れた己の肉体を見つめている。が、すぐにうなだれてしまい、そのまま絶命してしまった。
「……あれは……さすがに……無理かも……」
そう呟いたリリが後退りする。そりゃそうだわ。あれは無理だ。と言うより、アレ相手したら今度こそ絶対死ぬ。…………でも、なぜだろう。体が熱い。
俺は、ふと視界に入った警官の死骸を見つめた。化け物は、ゆっくりと次の警官を追いかけて遊んでいる。
体が熱い。でも、頭はとても冷たい。
そうか。…………………………………………俺は「怒っている」のか。
そう気づいた時には、体が動いていた。
「えっ。ちょっ――――――――――――――――――――――――――――」
リリの声が途切れ、体が発光する。俺が表に出ることで、肉体が男に変化したことがわかる。俺は、そのまま真っすぐに魔物に向かってかけ出した。
魔物はというと、突進する俺に気づく様子は無く、追い詰められ腰を抜かす警官に刃物をちらつかせ反応を伺っている。
「やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」
俺は、地に落ちている車の破片を両手で掴む。そのままグルグルと回転し、俺はハンマー投げの如くそれを化け物に向かって投擲した。
破片は化け物の頭部に直撃し、その体が僅かにグラつく。
本当、いつもこうだ。昨日のリリのことも、これまでも、そして今も! なぜ俺はいつも、他人の苦しみを見て怒りを覚えるのだろうか。
他人の苦しみなど、所詮他人のことで自分には関係ない。むしろ関わりさえしなければ自らの平穏は保たれる。そうわかっていても、なぜ「助けたい」と思ってしまうのだろうか。いつも何から何まで首突っ込むし、損ばかりだ。
でも、やっぱり――――――
「苦しむ人がいると、俺も苦しくなるんだよっ‼」
化け物がこちらを見た。繊細な機械造りの顔面がこちらに向き、目が合う。
俺は、瞬間的に伏せた。
直後、俺の上空を刃物によるスラッシュが通過する。斬撃による風圧におされ、地を転がる俺。が、そのまま回転を利用し跳ね上がることで、続く第二撃を回避。止まればやられるのは必然、一瞬たりと気が抜けない。
顔を上げた俺は、踏ん張り走り続ける。そのまま俺は、化け物の足をくぐると尻もちをつく警官の首根っこを掴む。って、軽っ⁉ ……いや、神様の体だ。パワー補正がかかってるのだろう。じゃなきゃ、この軽さはありえねぇ。
俺は警官をヒョイと抱え上げると、急いで化け物の攻撃射程範囲から離脱する。化け物は、ゆっくりと体を動かすとこちらに向き直る。
警官を突き飛ばすようにして遠方に押しやると、俺は化け物に向かって再びダッシュ。正直、死ぬほど怖い。でも、当たりさえしなければ死にはしない! 避け続ければいい!
化け物の初期モーションに反応し飛び上がる。次の瞬間、眼下をレーザーショットが通過した。
「うそだろっ⁉」
『もう一回きますっ!』
「うおっ⁉」
正面を見た俺は、自らに向けられたレーザー照射器に慌てて宙で体を捻る。
バシュン!
高圧水射機から水が放たれたような音が響き、すぐさま第二射が放たれた。いずれもスレスレで交わした俺は、着地と同時に再び魔物の足元にくぐる。
『ダメッ!』
「あ?」
突然のリリの叫びに声を漏らした瞬間、体に衝撃がある。吹き飛ばされた俺は、堤防に叩きつけられた。堤防が音を立てて崩壊し、コンクリートの瓦礫が周囲に転がった。
「ってぇ!」
瓦礫を弾き、すぐさま起き上がった俺。この体予想以上に頑丈な様で、さほど痛くない。見たところ傷も無いことから、これくらいならなんとも無いようだ。さすがは、神様の体。
見ると、化け物の足元には一本のロボットアーム。背から伸びるそれは、ゆっくりと持ち上がり拳を握った。……腕、三本もあったんかいっ!
歯噛みする俺は、リリに尋ねた。
「お前普段、あんなのとどうやって戦ってるんだよ?」
『……っく……ひっく……』
「お前泣いてんの⁉」
『だって、こわいもん……あんな強いのはじめてだし……』
「はぁ⁉」
その時だった。
《ねぇ、君ぃ》
⁉
突然の第三の声に俺は、驚いた。
「誰だ?」
《僕のこと今話してたら、君死んじゃうよ?》
刹那。
慌てて飛び退くと、背後で爆発が起こる。爆風に飛ばされ転がる俺は、早口で言った。
「わ、わかった。あんたのことはいい。で、何のようだ?」
すると、僅かな間の後。
《いいこと教えてあげるよ。……君変身してよ。そしたら、いろいろ変わってくるよ?》
「へ? 変身⁉ 今泣いてる猫さんにか?」
《違う違う。意識の入れ替えじゃなくて、君自身が猫の力で変身するのさ》
そう言い終わるや否や、俺の左手甲が光り出し、青白い発光する紋章が浮かび上がった。
「これは?」
《こいつは、君と彼女の力を引き出すためのトリガーさ。勝手に強制融合させられたんだ。これくらいの特典ないとやってられないでしょ?》
愉快に笑うその声は、男とも女とも判別しがたい奇妙なものだった。得体が知れないだけに躊躇いはあったが、迷っている時間が惜しい。
俺は、その声に問う。
「こいつを使えば、あれを倒せんのか?」
《余裕だね》
その言葉を聞き、この状況に希望が見えた。
俺は、敵の砲撃をかわしながら必死に走る。化け物は肩の砲台で連続砲撃を行いつつ、脚部のタイヤを走らせて迫ってくる。
「うぁああああああああああああああああ!」
俺は叫ぶ。
「使い方、教えてくれぇえ!」
その直後、俺の手の甲にある紋章が強く輝き始める。
《使い方は、おのずとわかる。その力は君のものだ》
背後に化け物の刃物が迫る。ふりかえる俺にレーザー照射機と砲台の両方が向けられ、その奥に光が灯りはじめた。
俺は、手を前に突き出し、顔を庇う。
「おのずとわかる」。かっこつけて言われたけど、正直わからん。全然わからん。
目の前に迫った化け物が今まさに俺への攻撃を開始しようとする。
「こっの! くそったれえええええ!!」
次の瞬間、レーザーと砲撃がゼロ距離で俺へと放たれた。
終わった。