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東の空が白み始める中、大技を決めたアルテューンは肩を上下させ、呼吸する。
自然と漏れる笑いと対象に体はもうこれ以上動きそうになかった。
まだ尽きてはいないが、今の一撃で相当な量を消費したのだ。
「だが、それだけのことはあった!」
そう呟く視線の先では、失神し仰向けに倒れる少年。獣装は解かれ、全身ボロボロで横たわっている。
アルテューンはとどめをさすべく、剣を構え一歩踏み出した。
しかし、
「まだだ」
突然の声にアルテューンは驚愕し、硬直する。
そして見た。
ボロボロで今にも死にそうな姿でも、しっかり立ち上がる少年を。
――――――お前では勝てないよ。あの少年には――――――
「……うるさい」
――――――真念が違う――――――
「うるさい」
――――――背負うもの、背負ってきたものが違う――――――
「うるさいっ!!」
自らの内に響く声に荒々しく叫ぶアルテューンは、その場に膝をつく。
どうしてこうなった。なぜ奴を倒せない。俺に何が足りない。どうすればわかる。どうすれば勝てる。……待て、そもそも俺は……誰だ?
吐き気にも似た何かゾッとする思考に辿り着くアルテューン。
いつもこうだ。俺は本当は自分が何かわからなくなる。自分がなんで現世に来て、何の為に戦い、何がしたいのか。元々理由はあったはずだ。でも、考えれば考えるほどわからなくなり、いつしか自分すら見えなくなる。やはり夢だからか。……昔は良かった。夢と人は繋がり合っていて、人の持つ夢、見る夢は常にその生き様に付き添い共にあった。でも現世は違う。夢は夢でしかない。
……そうか。俺は、そういう世界を取り戻したかったんだ。そうだった。そうだった。
……でも、それは人を殺して成せる事なのか?
そこまで考えた時、アルテューンは不安に駆られた。もしかすると、自分は間違っていたのでは……と。
しかし、アルテューンはかぶりを振ると、真っ直ぐに目を見た。
「そんなことは、どうでもいい! 今は、アイツを殺せれば、それでいい!!」
×××
フラつく足をなんとか踏ん張り立つ俺は、アルテューンに笑ってみせる。
「おい。……まだ終わってねぇぞ?」
その言葉にアルテューンが顔をしかめた。
「……なぜだ」
「あ?」
「なぜ、貴様は、そこまでして戦える!」
ノイズの走ったような不気味な声とただならぬ迫力に気押されそうになるも、俺は耐えた。
そして、はっきりと答えた。
「救いたいものがあるんだ」
その一言にアルテューンの全身が強張るのがわかる。俺は迷わず続けた。
「救いたい。失いたくない。守りたい。そう思える人が、世界があるから、俺は何度だって立つ、信じてくれる奴がいる。救った先に見える光があった。だから俺は負けない!」
そう言って俺はアルテューンを真っ直ぐに見ると叫んだ。
「来いアルテューン! 俺は勝つ。勝って世界を救ってみせる!!」
言い終わるや否や、俺の左手甲が黄色く輝き出す。そこには、新たな紋章が刻まれていた。
《全く……。ヒーローすぎるよ君は……》
どこからか聞こえる神の声に俺はフッと笑みをこぼす。
「……かもな」
《……まぁいいさ。いや、むしろそれでこそいいんだ》
そう呟く神は、フゥと息を吐くと、優しい口調で続ける。
《……さぁ、救っておいで。世界を、そして彼を!!》
「ああ!!」
強く答えた俺は、左拳を強く握ると正面に構えた。
「リリ……いくぜ!」
『はいっ!!』
俺は目を閉じ、自らの内を流れる力に意識を集中させる。
そして、開眼した俺は拳を突き上げ、声を上げた。
「獣装!!」
刹那。
世界が眩い閃光に包まれる。光の中で黄色い魔法陣が俺の体を通過するのを感じた。
俺は詠唱する。
「吼えろ雷! 唸れ虎! デガリス!!」
瞳と髪は金色に輝き、頭部には虎の耳。放電する全身の武装には虎の牙を思わせる鋭いニードルや縞模様の布が纏われている。腕と脚部には虎の毛を逆立てたような激しさのある毛皮の武装の他、ケットよりも強化されたクローが装備されていた。
これが寅神の力。「デガリス」。先日神がプレゼントしてきたのはこの力だったわけか。
獣装を完了した俺は、力強く拳を突き出し叫んだ。
「天高く吼えるぜっ!!」
その声ははるかの山にまで遠く響き、世界の夜明けを告げる。
山陰から姿を現した太陽に照らされた俺は、放電する拳をアルテューンに向けた。
「さぁ、決着をつけようぜっ!!」
その言葉にアルテューンがハッと笑い、勢い良く立ち上がる。
「悪くない! いいだろう。白黒ハッキリつけようじゃねぇか! 少年!!」
言うなりアルテューンの体から赤黒い魔力と青白い魔力が溢れ出す。
「はは……まだ魔力が増幅してやがる……。でも、俺だって!!」
そう言って俺も、全身に力を込めた。激しい放電と魔力の波がアルテューンの魔力とぶつかり合い、せめぎ合う。
「いくぞっ!」
俺の一言で、その火蓋は切って落とされた。
地を蹴った俺は、雷の如く閃光となって駆け、敵へと接近する。アルテューンもまた二本の剣で魔力にブーストをかけ、加速する。
ぶつかり合う両者と激しい衝撃波で大地が隆起し、火花を散らす。
繰り出したクローは水剣に阻まれるも、奴の炎剣は俺の反対のクローで受け止める。
「雷撃!」
「炎葬!」
俺の雷撃が奴を襲うと同時に、アルテューンの爆炎が俺をのむ。
「まだぁ!!」
「ふんっ!!」
互いにダメージはあった。しかし、両者一歩も引かず、その魔撃を払いのけた。
炎で拡張された炎大剣を跳ね上がることでかわし、その脳天に組んだ拳を振り下ろす。
轟音と共にアルテューンが大地に叩きつけられ、拳に続く追撃の爆雷が奴を一飲みにした。
地にはクレーターができ、アルテューンが絶叫する。しかし、歯を食いしばったアルテューンは全身を炎で包み一直線に突進して来る。
奴の頭突きが腹部にもろに入る。渾身の一撃に「ぐっ」と声が漏れてしまうが、それでも俺は、宙で僅かに空いた隙をつき、奴を大地に蹴り返す。
そのまま俺は雷で加追し、追撃をはかる。奴もまた、素早く立ち上がると、水流を纏いこちらに飛び出して来た。
俺の大爪と奴の水剣がぶつかり、その衝撃波が空間を震わせる。
互いの衝撃で吹き飛んだ俺とアルテューンは、素早く大勢を立て直すとすぐに駆け出し、拳を交える。既に水剣と俺の右大爪は損傷し、修復には少し時間がかかりそうだ。
交差した拳が互いの頬を捉え、俺と奴は大きく仰け反った。
「うらぁっ!!」
「このぉっ!!」
己を奮い立たすべく声を上げた両者は、倒れることなく、なんとかその場に踏みとどまった。
荒い息遣いで肩を震わす俺は、同じくしてこちらを睨むアルテューンを真っ直ぐに見る。
すると、不意にアルテューンが笑いを漏らした。それは、これまでの見下した笑みでも、面白がる笑みでもなく、純粋な勝負への興奮から漏れた笑み――――――そう感じられた。
「ははっ……こいつは想定外だ」
血を吐き捨て、そう呟くアルテューンに俺は口元を拭いこう返す。
「生命の可能性に想定内も想定外もあるかよ」
何の含みもない純粋な一言でアルテューンはため息をつく。
「……そうだな」
そして、地に落とした炎剣を拾い上げると、苦しげに天を仰ぎ、呟く。
「そろそろ……終わりにするか」
「ああ、終わりにしよう」
そう答えた俺は、体の正面でゆっくりと左拳を握り、その甲にある紋章にあらん限りの力を込めた。アルテューンもまた、あらん限りの魔力を炎剣に注ぎ込んでいる。
『輝羅さん……』
リリの心配そうな声に俺は目を閉じ、優しく答えた。
「心配すんな。お前の兄貴はぜってぇ助ける。ありったけの一撃でアルテューンから引っぺがしてやる。だから、……俺を信じてくれ」
すると、しばしの間の後、リリは震える声でその一言に応じる。
『……はい! 私はあなたを信じていますっ』
その時、アルテューンが動く。
奴は、それまで溜め込んだ魔力を全解放し、天高く伸びる灼熱紅炎の剣を作り出す。
「大紅蓮・斬烈滅焼剣!!」
叫びと同時に振り下ろされた最後の一撃。恐らく、奴にとってこれが全てにして、終わりの一振りだ。ならば、それに見合うだけの全力をもってして俺は応えなくてはならない。
そして、全部救ってやる!
「極神奥義!!」
自然と口から漏れたその名に、アルテューンが目をむく。
途端に俺の背後に巨大な黄金の魔法陣が出現し、圧縮した魔力が数千倍に跳ね上がる。
左拳を強く握り、体を大きく引き縛った俺は、迫り来る炎剣に渾身の力をもってその一撃を撃ち出した。
「神雷滅撃拳!」
光。
その左拳から放たれた一撃は、炎剣を撃ち抜き破壊し、そのまま一直線に伸びる。まるでそれは天を駆ける流星の如く煌き、一気にアルテューンを貫いた。
何かが弾ける音。次の瞬間、とてつもない爆音と共に世界が光に染まる。
「がぁあああああああああああああああああ」
アルテューンの絶叫が響き、その肉体が崩壊していく。その下から現れた先代猫神は目をかたく閉じゆっくりと宙を舞った。
アルテューンの光が天へと消えていき、ゆっくりと世界に色が戻る。
終わったのだ。
地に伏せる先代猫神は、意識は無いようだが、胸を上下させ確かに呼吸している。どうやら無事な様だ。
『お兄様っ!!』
リリが叫び、獣装を解除した俺と入れ替わる。
喜びの涙を流し、かけ出したリリに心底ほっとした俺は、少し休もうと目を閉じた。
×××
ある少年がいた。
神話が大好きで、とても心優しい少年だった。
ある時少年は夢を見る。それは、まだ見たこともない神の夢だった。
「どんな神様だったの?」
友達にそう聞かれた少年は少し考えて答える。
「片手に炎の剣、もう片手には水の剣を持って、二つの力を扱える神様。人間に似ててとってもかっこいいんだ」
「強いの?」
すると、少年は上を見て少しの間をおく。がすぐにニコッと笑うと答えた。
「うん。とっても強い。だけど、それ以上にとっても優しいんだ」
「なんか、すげぇな。……で、名前は?」
「わかんない」
「なら、自分でつけたらいいじゃん」
そう言われ、少年は「うーん」と言って少し考える。
そして、
「じゃあ、アルテューンだ!」
元気よくそう言った少年の顔はとても楽しそうだった。
――――――なるほど――――――
消えゆく意識の中、アルテューンは自らの原点を見て納得する。
―――――― 強くて優しい……か――――――
自分に近くて、最も遠い。そんな始まりの自分を脳裏に思い描き、アルテューンは笑みをこぼす。
やはり自分も夢だった。
ずっとわからなかった。目的を叶えた先、自分はどうあれば良いのか。
しかし、今ならわかる。
そもそも目的など叶えなくても良いのだ。夢は夢でしかない。それは希望であり光であり、時に影である。夢は夢らしく儚くあればいいのだ。
なぜなら、その光を実現するのは、夢ではなく、それを見た人間なのだから。
アルテューンは目を閉じた。思い浮かべるのは、自らを撃ち破った獣装の戦士。
あの一撃を受けた時、僅かに流れ込んできた少年の光、そして名。
「明日宮……輝羅……か」
最後にそう漏らしたアルテューンは、自らの内に灯った暖かな光をそっと抱き、永遠の暗闇の中へと落ちていった。
ありがとう。




