表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

新しい安定(9/9)

第9章 新しい安定


準備は万端だ

アッサム、ダージリン、アールグレイ、セイロン、ウバ

5種類の茶葉の準備が出来ている。

今回は試供品でお金がかかってないので一杯50円でサービスする。

僕の格好はどこのファミレスのウェイターだっと言うような格好。

牧野さんはどこで準備したのか気合いの入ったメイド服だった。

「牧野さん、スゴいね」

「これでも地味にした方やけん」

これで地味とか最初はどんだけ凄かったんだ。

「そ、そのくらいで良かったと思うよ。すごく似合ってるし」

牧野さんはご機嫌な感じでクルリンと回る。

時間になると、本格コヒーの濃厚な香りや紅茶の上品な香りに誘われてパラパラと人が集まりだした。

イベントに割り当てられた教室の教壇側では僕が紅茶をいれ、反対側では牧野さんがコーヒーを淹れる。

中央にはお茶受け用のクッキーがおかれた机が6つ。

それぞれに椅子を3つ置いた。

計18席の椅子は常に埋っていて、幾人かは立って飲んでいるほどの盛況ぶりだった。


紅茶は丸型のティーポットで淹れ、保温用の断熱材付のポットに各銘柄毎、作り置きして常時待ち時間なく提供できるよう心掛けた。

保温ポットも半分は牧野さんのお父さんの会社から借りてきたものだ。

何から何までお世話になりっぱなしである。

ポットの作りおきが無くなる度に新たに淹れて補給するのだが、次から次と無くなるため休む間もなかった。

それでも、お昼近くになると人もまばらになり余裕がでてきた。

牧野さんの方を見ると、あちらもピークを越えて一段落している感じだ。すると、昨日見かけた福田さんが牧野さんに話しかけてコーヒーを受け取っていた。しばらく見ていると、牧野さんは慌てて手をバタバタしたり、顔を手でかくしたり、そうかと思うと急に気合いを入れて拳を胸に当てたりした。

一体何をしているのだろうか。

しかし、ボーとしてる間もなく注文が入りそれどころではなくなる。

何人かのお客さんに対応し一段落すると、福田さんがコーヒーを飲み終えこちらに近づいてきた。

「盛況だね」

「はい、おかげさまで」

福田さんは僕を窺う様に見ている

「な、何ですか?」

「うん、例の彼女とはその後どうかなと思ってね」

ポエミの事?

どうしてそんな事が気になるんだろう。

ふと見ると、牧野さんが教室の後ろからこちらを見ていたが、

僕と目があうと慌てて目を反らした。

「まぁ、順調ですよ」

「そうか、隙は無しと言うことかな?」

「スキ?」

「いや、何でもない。まぁ、難しい戦いは覚悟の上だろうからね」

「はい?」

僕がキョトンとしていると。

その鈍さが隙かもしれないなと言って去っていった。

一体なんだったんだ。


やがて、好評のうちにイベントは終了した。

後片付けを終えれば僕達は自由の身だ。

だが、牧野さんはイベントが終わったと言うのに何故か緊張していた。

「お疲れさま」

声をかけるが、表情は硬い。

そして妙な緊張感を出しながらおずおずと話しかけてきた。

「生田君・・・片付け終わったら、どうすると?」

僕はちょっと考えてから

「とりあえず、屋台の食べ物を買ってお腹を満たすかな・・・」

すると、牧野さんが提案する。

「やったら、裏庭いかんと?」

裏庭か・・・

人混みは落ち着かないし、いいかも。

「いいね。じゃぁ焼きそばでも買って裏庭に行こう」

牧野さんはダメダメと手をふる

「ウ、ウウウウチ、お弁当作ってきたけん!!!」

「お弁当!?」

「・・・う・・ん」

緊張の原因はこれだったのか。

でも勘違いだったら痛いので、一応確認する。

「あの、それって僕の分もあるってことかな?」

牧野さんは何を当たり前の事をと言う感じで僕を見た。

「せっかく作ってきたんよ! 食べなかったら許さんけんね」

これは本当に嬉しかった。

屋台の食べ物屋はいまいち腹にたまらないし・・・

そもそも、あんまり美味しくない。

僕達は急いで後片付けをして裏庭へと向かった。


学園祭で賑わう学校も、この場所には誰もいなかった。

牧野さんは巾着に入ったお弁当を抱えながらベンチに座った。

緊張で何時になく大人しく、うつむき加減で肩をすくめている。

僕も牧野さんの隣に腰を下ろす。

すると、こっちを見ずに巾着袋をあけお弁当箱を取り出した。

「あ、あの・・・・。これなんやけど・・・」

はにかみつつ差し出されたのは大きめのアルミの弁当箱だ。

僕はお礼を言って受け取り開けてみる。

中身はいわゆる海苔弁のような感じで、ごはんに海苔がのっていてオカズはタコさんウインナーに卵焼きにミートボール。そして焼きタラコ、お新香、佃煮が少しずつ入っていた。

「美味しそう・・・」

素直に言葉が出た。

牧野さんがソワソワとこっちを気にしているので

とにかく食べてみた。

うん美味しい。

「美味しいよ、とっても」

僕が言うと、プハーと大きく息を吐いた。

「ひー、緊張して窒息するかと思ったとよ」

相変わらずリアクションが大きい牧野さんの頬が緩む。

「何、笑ってると? ウチ、料理したの初めてやけん。ちゃんと出来とったか心配で」

初めて!?

けっこう凝った感じで作ってあったから慣れてるのかと思った。

「初めてでこれって、才能あるんじゃない」

「ま、まじで」

僕がウンウンとうなずくと

「そうやっておだてて、また作らす気やね!」

と照れ隠しするようにツンツンした態度をした。

でもお世辞抜きで美味しくて、どんどんハシが進み

あっと言う間に食べ終わった。

「ご馳走さま。すごく美味しかった」

牧野さんはドヤ顔をしながら

「感謝するばい!」

と僕に言ってきたので、素直に感謝を伝える。

すると自分で感謝するように言ったくせに途端に恥ずかしがって

「こんなん、そんなお礼言われることやなかよ」

と言い出した。

牧野さんのそう言う所も慣れてきた僕は

やっぱりもう一度感謝を伝えた。

牧野さんは、しつこいと言いながら凄く嬉しそうだった。


それから、ベンチでまたったりする僕達。

いつもなら牧野さんがマシンガントークを繰り広げるのだが、

今日はやけに静かだった。

それに何故かモジモジしていた。

「牧野さん、どうかした?」

僕が聞くと、躊躇いがちにゆっくりと話し出した。

「な、なぁ生田君」

牧野さんは頬を赤らめ、僕と目線を合わせずにいた。

「ウチと生田君って付き合ってるて思うとる人けっこう多いやんか?」

確かに、吉川さんが噂の元と言う感じもするけど。

僕も牧野さんも友達が他にいないから一緒に居ることが極端に多いいわけで、そう思われて当然と言えば当然だろうな。

「生田君は嫌じゃなかと?」

「僕は別に・・・。牧野さんはどうなの?」

「ウチは全然、嫌じゃなかとよ。むしろ嬉しいけん」

「嬉しいの?」

僕が聞き返すと真っ赤になって僕を見た。

「あの、それは・・・なんて言うか」

牧野さんは何か取り繕おうとして、しどろもどろだ。

ちょっと誤解されかねない言い方だもんな。

大丈夫。誤解なんてしないから

ここはフォローしておくか

「わかってるって」

「わ、分かってると!?」

僕のフォローに驚く牧野さん。

あれ、逆に勘違いさせちゃったかもしれない。

ちゃんと伝えておかないとな。

「それは、あれでしょ。好きだとかそう言うのじゃなくて、リア充的にみられて嬉しいみたいな」

「違う!!」

気軽な感じで言った僕に、食い気味に牧野さんは叫んだ。

「違うんよ、生田君・・・」

そう言い直し、居住まいをただして僕を見る。

そして、大きく深呼吸をして意を決したように話し出した。

「あのな生田君・・・ウチな・・・」

なんだ・・・

一体何が始まったんだ?

まさか・・・

「ウチな、生田君のことが・・・」


プルルルル


その瞬間僕の携帯がなった。

牧野さんは、残念な様なホッとした様な複雑な顔をしていた。

スマホを取り出し相手を見ると、

梨沙ちゃんからだった。

珍しい・・・番号交換してから初めてかもしれない。

僕は牧野さんにゴメンと言って電話に出た。

「もしもし、梨沙ちゃん」

『マリオさん! お姉ちゃんが』

電話口からは、焦り気味の声が聞こえてくる

「ポエミがどうかした!?」

『居ないんです』

「居ないって、一人で出掛けたってこと?」

『はい、それが小学生の頃の服をワザワザ着て』

小学生の頃の服って・・・まさか?


「生田君、ポエちゃんに何かあったと?」

電話を終えた僕の様子を見て牧野さんは不安気な顔で聞いてきた。

僕は梨沙ちゃんから聞いた話を簡単に説明する。

今朝のことだ。ポエミの部屋が騒がしいので梨沙ちゃんが不審に思って見に行くと、ポエミが押し入れを漁っていた。そして、小学生の頃の服を見つけると着替えて来て喋り方や仕草までも、その服を着ていた頃の様に振る舞いだしたそうだ。あっけにとられるお母さんや梨沙ちゃんを尻目に外に行こうとするポエミ。あまりにもな服装に二人とも慌てて止めたのだけど、目を離した隙に居なくなってしまったらしい。

「普通に学校へ来てた頃のポエちゃんに戻ちゃったと?」

「さぁ? まさかね・・・」

僕達はとにかくポエミの家に向かうことにした。



僕達はポエミの家に向かうため路面電車に揺られている。

平日なら空いているこの時間帯も日曜日の今日は混んでいて席は空いていない。牧野さんは周りの人を気にしながら小声で聞いてきた。

「生田君、どう言うことなん? ポエちゃんは外に出られると?」

僕だって分からない。ただ、お母さんや梨沙ちゃんに聞いたことある。

「牧野さんなら知ってるかもしれないけど、5年生まではポエミはむしろ優等生として学校に通ってたんだよ」

「確かに、ウチが転校してきた6年生の頃は、ちょっと休みが多いくらいで成績も良かったと」

「5年生までのポエミは、お父さんの望む通りの子になろうと無理してた。お父さんは極端なキャリア志向で、自我を発達させるべき時間をも惜しんで英才教育を娘達に押し付けたんだ。ポエミは見事にそれに答えてお父さんの望む娘像になっていったんだ。梨沙ちゃんも同じ様にされたけど、幸いなことにポエミ程優秀じゃなかったんだ。やがて、お父さんはポエミにのみ力をいれ、ポエミはそれに応え続けた。でも6年生の頃にポエミに限界がきた。本来のポエミとは、あまりにもかけ離れた虚像に耐えきれなくなって自分自身に戻ろうとしたんだ。だけど自我を成長させてこなかったポエミは、すごく不安定な状態になってしまった。そしてお父さんはポエミに失望して、家族を捨てて一人出ていったんだ。今は、養育費を弁護士さんから送るのみで、消息すら知れないらしい」

牧野さんは、辛そうな表情をした。

「あんなに近くに居たのに知らんかったとよ」

「今ポエミはお父さんの理想像を生きる萌実ちゃんになってるのかもしれないんだ。だから、外にも出られる。ポエミが自分の名前をポエミって呼ばせるのは萌実からの決別の意味があったんだ」

そこまで話した時、電車が目的地についた。僕らは改札を出るとポエミの家まで走っていった。


ポエミの家に着くとサクラさんも来ていた。

お母さんも梨沙ちゃんも挨拶もそこそこに僕に言ってきた。

「あの娘、本当に萌実に戻ったのかしら」

「さっきのお姉ちゃんは昔のパパの分身みたいなお姉ちゃんだった」

でも、僕はそのポエミを知らない。

サクラさんも、懐疑的な見解だった。

「恐らく人格までは・・・。むしろ、外に出るためにそのキャラを演じたのかもしれないわね」

そう言えば、マザコンの男が母親の格好をすると勇気が出るって聞いたことがあるけど。そう言うやつか?

どっちにしろ行方を探さないと。

僕達はお母さんには家に待機してもらい二手に別れて探し始めた。


それから僕と牧野さんは二人で近所をしらみつぶしに探した。

1時間ほど探してもポエミを見つけることは出来なかったが、公園で遊んでた小学生から「子供の服を着た大人が駅の方に歩いて行くのを見た」と言う情報を得ることが出来た。

駅ってことは電車に乗ったのだろうか?

一人で?

僕と一緒でも断念したのに。

そこで牧野さんが何か思い出したように言った。

「学校かもしれんと」

「学校?」

何か思い当たる節があるのだろか。

「それは、文化祭を見に行ったってこと?」

「そうやない、別の理由で・・・」

別の理由って・・・、一体?

でも、牧野さんはそれ以上は言いたくないようだった。


僕達が学校に着くと、通常の展示が間もなく終わるところで、生徒会のメンバーから「お疲れ様」と労われたり「二人でどこでイチャイチャしてたんだよ」とからかわれたりして中々ポエミを探す事が出来なかった。

「あはは、付き合うてる前提みたいに色々言われよるね」

「はあ、ポエミが聞いたら誤解するよな」

文化祭の片付け作業は明日で、夜は後夜祭と打ち上げだ。

でも、僕らはそれどころでは無かった。

もっとも打ち上げなんて僕らが一番苦手な事だけど。


とにかく明るいウチに探そう。

友達のいない僕達だけど、色々な人にポエミらしき人を見なかった聞き回った。しかし、それらしき情報は全くなかった。情報がない以上は学校全体をくまなく探すしかなく、僕らはヘテヘトになりながら歩き続けた。

最後に屋上まで上ってみたが、やはりポエミの姿はなかった。

屋上から見た空は既に暗く、街の灯りが浮かび上がって見えた。

「学校には居ないね」

「そうやね」

「一旦、ポエミの家の方に戻ろう」

僕達は屋上の扉を開け階段を降りた。

牧野さんは僕には届かない声で呟いていた。

「ポエちゃん、告白を止めようとしたんじゃなかと?」


ポエミの家に向かう電車はさっきよりも混雑していて、ラッシュ時に近い状態だった。

僕達は窓際の隅に並んで立っていて、僕が自然と牧野さんを壁ドンするような体勢になっていた。

「ポエちゃんより先に壁ドンしたとね」

「ゴ、ゴメンね」

「別に謝ることなかよ」

なんだか気まずくて、ほとんど会話のないまま電車は進んで行った。


駅に着いてからサクラさんやお母さんに連絡をしたけど、ポエミはまだ帰ってなかった。僕達はもう一度周辺を探しながらポエミの家へ向かうことにした。

すっかり暮れた町並み、疲労もあり気力も大分なくなってきていた。

今日は朝からミニイベンをしてきたし、2人ともクタクタだ。

そこから少し行った場所に小さな公園があった。

「少し休もうか」

牧野さんは自分からは休もうと言わないだろうから僕から言った。

僕達は自販機でジュースを買ってベンチに座った。

そうしてみて初めて体の疲労が実感として感じられ、急に力が抜けた。

牧野さんを見ると同じようにすかり疲れてグッタリしていた。

公園内は暗く、灯りに照らされた僕らの座るベンチ周辺以外は闇に覆われていた。

闇の中で遊具が不気味な影を浮かべていてちょっと怖い感じがした。

「牧野さん、今日はありがとう」

僕は素直な感謝の気持ちを伝えた。

牧野さんは首をふった。

「ええよ、そんな事。それより・・・生田君はなんでポエちゃんなん?」

いきなりな質問だった。

「今日やって、そう。ポエちゃんはいつもいつも面倒ばっかりかけとうと。そりゃあ、ウチも生田君に助けてもろうたけど。でも、ウチなら・・・」

足下を野良猫が通り過ぎる。

不思議な緊張感が僕らの間に流れてた。

牧野さんは大きく息を吐くと、一旦止めた言葉を続けた。

「ウチなら、生田君のもっと良い彼女になれると思うとよ」

静かな公園、牧野さんの声だけがはっきりと僕の耳に届いた。

牧野さん・・・、それって一体・・・

「生田君、ウチ・・・」

牧野さんは何を言おうとしてるのか

緊張で手が汗ばんだ。

そして、牧野さんは声を震わせながら言葉を紡ぎだした。

「ウチ・・・生田君のこと・・・すいとーと」

しかし、その言葉は野良猫の叫び声でかき消された。

「にゃぁぁぁぁごぉぉぉぉぉぉ!!!!」

見ると真っ暗な公園の中央にある大木の家のような遊具の中から野良猫が飛び出してきた。

一体何が?

僕も牧野さんも驚いて顔を見合わせる。

ゆっくり立ち上がり、二人で遊具に近づいて行った。

遊具は大木を象った滑り台で、土台部分は中に入れるようになっていた。

誰か中にいるのだろうか?

僕は恐る恐る中を覗く。

しかし暗くて何も見えない。

「誰かいるのか?」

「ヒィ」

中に呼び掛けると聞き覚えのある小さな声がした。

まさかとは思ったが呼んでみる。

「ポエミ?」

すると

中からすすり泣く声が聞こえて来る。

この声、やっぱり

「ポエミ!」

今度は大きくハッキリと名前を呼ぶ。

「マ・・リオ?」

中の人が答える。

「ポエミ、出てきなよ」

「マリオォォォォ」

僕だと確信すると、ポエミは飛び付いてきた。

「マリオォ。怖かった!怖かったぁぁ!!」

「そ、そうか・・・」

色々聞きたい事はあったけど、今は止めておこうと思った。

見ると、ポエミは小さすぎる子供服を着ていて露出が多かった。

「生田君、ヤラシイ目しとるとよ」

「そ、そんなこと・・・」

そこでポエミは牧野さんの存在にようやく気がついた。

すると、牧野さんを意識して僕から少し離れた。

ポエミが人目を気にするなんて珍しいと思った。

「絵里ちゃん・・・・ひょっとして、もう・・・」

牧野さんはポエミの言葉にため息をついて

「まだやけん!! 2回もポエちゃんに邪魔されたと!」

「よ、よかった・・・」

「こっちは良くなかとよ!」

牧野さんは怒ってるような呆れてるような不思議な表情をポエミに向けた。

「本当はルール違反やけんね。学校で止めるのが条件やし・・・。

でも、しばらく延期するけん」

「・・・・・絵里ちゃん」

二人の間で僕には分からない会話が交わされて、何やら丸く収まったようだった。


帰り道、ポエミは僕の背中におんぶされていた。

「結局、駅まで行こうとしたけど無理になって前にも後ろにも進めなくなくて、あそこに隠れてたの?」

「うん・・・。昔の服を着て、昔のキャラを演じて、萌実モードになれば行けるかと思ったんだけど・・・」

「はー、まったく。社会復帰までの道は遠かとね」

牧野さんは嘆かわし気に言ったけど、僕はそうは思はない。

「そうは言うけど、あと100mくらいで駅ってところまで一人で行ったんだよ、凄いよ!」

「そうやって、生田君はすぐポエちゃんを甘やかすとね!」


家に帰ると、お母さんも梨沙ちゃんも安心するやら呆れるやらで大騒ぎだった。

「でも、お姉ちゃん。そもそも何で駅に行こうと思ったの?」

梨沙ちゃんに聞かれたポエミは牧野さんの顔を見る。

牧野さんはポエミを睨んで首を横にふった。

「それは内緒」

「えー!? これだけ皆に心配かけといてソレ?」

「だって、絵里ちゃんが・・・」

「だーっ、梨沙ちゃん。この話はこれで終わりにするとよ!」

そこで、牧野さんは矛先を僕に向ける

「そんな事よりポエちゃん、早く着替えんと。さっきから生田君がジロジロ見とうとよ」

えーっ牧野さん! 

お母さんや梨沙ちゃんが居る前でそれは不味いって。

公園の時は気付かなかったポエミも急に意識してモジモジしだす。

「す、すぐに着替えてきなよ」

僕は慌てて言ったけど

「べ、別に大丈夫・・・マリオなら」

ポエミの言葉で、その後みんなから散々に揶揄われてしまった。

いつもこうだ。

僕はどう足掻いてもお母さんや梨沙ちゃんに揶揄われる運命らしい。

でも・・・

何だかんだ色々あって疲れたけど、楽しい一日だったかな。

こうしてポエミの行方不明騒動で、僕の長かった文化祭期間は幕を閉じた。



その夜のポエミの部屋――

私はポエミ。

萌実の頃の私になればマリオの学校まで行けると思ったんだけど、全然無理だった。

残念だったけど、もう萌実の時の私は私を縛る力は無いんだって分かった。

もう私は自分自身を生きてる。

後は少しずつ自分を強くしていくだけ。


トントン


窓をホウキで叩く音がした。

私は窓を開ける。


「絵里ちゃん、今日はありがとう」

「ホント、クタクタやけんね。しかも告白もできんかったと」

「えへへ」

「えへへ、じゃなかと!」

「でも、もうマリオの事は諦めたんでしょ?」

「はぁ~、なに言うとぉ? 諦めるわけなかよ」

えっ・・・あれ・・そうだっけ。

なんか、さっきもう告白しないみたいな事言ってたような・・・

「少し延期するだけやけんね。もう少し生田君を攻略して、成功率を高めてから告白するけん」

「えー、ひどいよ絵里ちゃん」

「自信なかとね?」

絵里ちゃんからニヤニヤとそう言われたら

何だか急にあせる気持ちが消えていった。

「自信はあるかも」

「はぁ~、むかつくばい!!」

でも、本当に自信はある。負ける気がしない。

だって私とマリオは心の底から信頼しあえてるから・・・



翌日、多くの生徒は休みだったけど僕達委員は後片付けで駆り出された。

テントの片付けや大量のごみの廃棄、イベント舞台や僕らも製作に関わった正門の解体などの作業を分担して行った。

大変な作業に感じたけど、応援人数が多かったのもあり午前中で粗方片付いてしまった。

「ねぇ、生田君。早く終わったし、マックドでも寄って行かん?」

「いいかも。打ち上げって言うには安いけど、そうしようか」

「ホント!?」

そんなに喜ぶ?

牧野さんは本当に嬉しそうに笑った。

そして今度は僕の方を見ながらモジモジしだした。

何か言いたそうなのは分かったので話すように言うと

「そしたら、もう一個お願いがあるとやけど」

「うん、僕に出来ることなら」

「名前・・・」

「名前?」

「そう、名前で呼び合いたいっちゃよ」

そう言えば、友達になって気軽に話せる仲になってるし、それも不自然ではないよな。

「うん・・・、いいけど」

「ほんとに?」

僕が頷くと、恥ずかしそうに僕を見た。

「それじゃぁ。マ、マ、マリオ君・・・」

そ、それじゃあ僕も

「え、え、絵里ちゃん」

な、なんか慣れるまでしばらくかかりそうだけど・・・

始めはしょうがないよな。

「ニヒヒ、もう一回呼んでみるとよ、マリオ君」

「え、絵里ちゃん」

そんなやり取りを校門の前でしていると、目の前に見覚えのある車が停まった。

「マリオォォ!!」

助手席の窓からポエミが顔を出す。

「えへへ、サクラさんにお願いして連れてきてもらった」

すると、牧野さんはスタスタとポエミの所へ詰め寄った。

「ポエちゃん、また人を頼ってズルかよ!」

「自分が出来る事をかんばって、出来ない事を人に頼るのは正しい事だよ!」

ポエミが言い返すと牧野さんは一瞬たじろいだ。

でもすぐ気を取り直して

「そ、それはともかく。ウチとマ、マリオ君はこれからマックドに行くけんね。ポエちゃんとは一緒に行けんよ」

勝ち誇ったような顔でポエミを見る絵里ちゃん。

「えー、せっかく来たのにぃ~?」

ポエミが不満気な声を上げたのを見てサクラさんが助け船を出す。

「じゃぁ、マックドはドライブスルーにして、みんなで展望公園に行って食べる?」

「展望公園くらいマリオが一緒なら、全然平気」

「えー、それも良いちゃけど・・・」

今度は絵里ちゃんがやや不満気だった。

僕は絵里ちゃんに近づき顔を覗きこむように見た。

「絵里ちゃん。一緒に展望公園に行こう?」

絵里ちゃんは顔を赤くしてちょっと拗ねたような顔をした。

「マリオ君がそう言うんなら・・いいとよ」

「じゃぁ、決まりね。行きましょう」

サクラさんが言うとポエミが止める。

「ちょっと待って。絵里ちゃんが助手席ね」

「はぁ、良いとよポエちゃんがそのまま助手席にすわっとれば」

「むー。私は後ろにするぅ!」

二人が後部座席を争いだしたので

「いいよ、じゃぁ僕が助手席で」

「「えっ!?」」

驚く二人と、そのやり取りを見てクスクス笑うサクラさん。

結局、僕が助手席に座る。

こうして僕と僕の彼女と親友を載せて、車は楽しいドライブへと走り出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ