葛藤(7/9)
第7章 葛藤
次の日、すっかり元気になって登校した僕は
心の中の鎧を随分と脱ぎ捨て身も心も軽くなっていた。
「おはよう、牧野さん」
僕は笑顔で挨拶をする。
「生田君、もういいの?」
「おかげさまで」
吉川さんとその周辺の子達が僕らを見て何やら言ってたようだけど気にしない。
そなことより今まで見たいに流される感じでなく、
ちゃんと牧野さんに接して、
ちゃんと牧野さんと話して、
助け合い理解し合いたいと思っていた。
今回倒れたことで色々と吹っ切れた気がする。
僕はチサ姉や、ポエミや、牧野さんに必要とされている。
そのままで価値ある存在なんだ。
そう素直に思えた。
「今日買い出しに行くんでしょ。僕も一緒に行くから」
「うん、なんか生田君明るくなったとね」
「まぁね、牧野さん達のおかげでね」
「ウチなんて、何もしとらんよ」
そう言った牧野さんは、凄く機嫌が良かった。
そして僕たちは今買い出しのため路面電車に揺られている。
色々雑多な買い出しが必要になるので、隣町の大きなショッピングモールを目指している。
「必要な物のリストは昨日のうちに作っとるけんね」
ドヤ顔の牧野さんがリストを見せてくれた。
「ポットは調理室の分と牧野さんのお父さんの会社から借りる分で大丈夫だね」
「そやね、だから後はカップとか布巾とかやね。ドリッパーは家にあるけど、ヤカンやガスコンロも調理室の分だけじゃ足りんとね」
「じゃぁ、そっちは僕が準備するよ」
「それと、簡単なお茶請けが欲しいとこやね」
予算が限られているので、借りられる物や家にある物で使えそうなものは可能な限り利用していく予定だ。
最寄り駅に到着すると、電車に乗っていたお客さんの半分以上が同じ駅で降りていた。
目的は僕たちと同じショッピングモールだ。
これは混んでるかな・・・と思ったけど、いざモールに着いてみると平日と言うこともあり混雑した雰囲気ではなかった。
東京ドーム○個分なんて宣伝文句で知られる有名なモールだが、僕は小学生の時に家族で来て以来だった。牧野さんも初めてらしく、二人とも何処にどんなお店があるか全然わからなかった。
案内図を見てもロゴや横文字が並んでいるばかりで何の店なのかよくわからない。
「どうしようか。全然わからないね」
「そ、そ、そうやね」
牧野さんは緊張気味だ。
そのとき、案内図の中に僕らでもよく知っている店がモールの奥の方にある事に気づいた。
「牧野さん。奥にヨカドーがあるよ。そこなら大体全部揃うんじゃない?」
「あぁ、ヨカドーねヨカドーならウチ良く知っとるけんね」
どや顔で言う牧野さん。
何故にドヤる。本当に牧野さんは面白い。
ヨカドーまでの道のりには色々なお店が並んでいる。
正直おしゃれなお店や流行りのお店は良く知らないし、魅力もわからない。
牧野さんは牧野さんでさっきからキョロキョロと完全に挙動不審だ。
でも、ある場所に来ると牧野さんの動きが止まる。
「ワンちゃん・・・」
ペットショップだった。
いくつものケースの中に犬や猫の子供がワチャワチャと暴れていた。
ハムスターを飼っているポエミなら真っ先に小動物売り場に行きそうだけど。
この人の多さだとポエミにはまだ無理かな。
牧野さんは一目散に子犬コーナーに行く。
犬派なのかな?
僕は犬も猫もどっちも大好きだけど、今はどっちも遠慮したい。
何も手に着かなくなるくらい溺愛しそうで怖い。
牧野さんはどの子犬も目をキラキラさせて見ていたが特にマルチーズの子犬が気に入ったようでジーッと物欲しげな目で見ていた。
すると女性の店員さんが声をかけてきた。
「抱っこしてみますか?」
驚いて店員さんの方を向く牧野さん。
「良いんですか?」
「ええ、どうぞ」
そう言うと店員さんは牧野さんの手に消毒液を吹きかけマルチーズをケースから抱き上げる。
店員さんから子犬を渡された牧野さんはメロメロと言う感じで相好を崩した。
「生田君~。どげんしよう~」
「どげんも、なにも・・・撫でてあげなよ」
「ひゃー、この子萌え殺すきばい!!」
牧野さんはすっかり、子犬が気に入ってしまったようで
頬ずりしてみたりキスしてみたりとご満悦だ。
そんな牧野さんを見るのは初めてだったので僕も微笑ましくその光景を眺めていたのだけれど・・・・
それから15分。
未だに抱っこを辞める気配がなかった。
そろそろ、買い出しに向かいたいのだが。
牧野さんはまだ夢の中だ。
店員さんも、子犬をケースに戻したくてソワソワしている。
それでも一向に抱っこを辞めない牧野さんに痺れを切らし店員さんが声をかけた。
「そろそろ、戻してあげましょうね」
しかし、牧野さんは抵抗する。
「もう少し、もう少しだけで良いので」
「いえ、困ります」
「そこを何とか・・・・」
しつこく食い下がる牧野さんに店員さんは
「ほら、彼氏も待ちくたびれてますよ」
と言った。
「か、かれしぃ!!」
牧野さんは焦ったように僕の方を見て真っ赤になって俯いた。
「ち、違いますって」
と小さな声で言って、ようやく子犬を手放した。
「か、彼氏やて・・・」
学校でも勘違いしてる人が結構いるくらいだから、別に不思議ではない。
でも不意打ちが効いたらしく牧野さんは暫らく照れていた。
とにかく買い出し開始だ。
「さぁ、行こう」
僕が言うと牧野さんは恥ずかしさが収まらないと言った感じで着いてきた。
ヨカドーに来た僕たちは、まず紙コップを探した。
熱い飲み物だし、コンビニのコーヒー用カップみたいなのが良いよなぁ。
それから、机に敷くテーブルクロスは紙製は当然として色をどうするか。
などと色々考えてると、牧野さんはボーっと僕の方を見ていた。
「どうしたの牧野さん?」
「ふひゃ! ななな、何でもなかとよ」
と慌てて、顔をそらした。
牧野さんは、ペットショップから少し様子が変だった。
それでも必要なものを揃えることが先決だったので、ボーっとしてる牧野さんを気遣いつつ必要な物リストを頼りに買い出しを進めた。
一時間程あれこれと迷ったりしながら、何とか全て買い揃える事が出来た。
僕たちは大きな荷物を抱えて並んで歩きながら来た道を引き返した。
「生田君、病み上がりやけん無理はいけんよ」
そう言って、荷物を半分持ってくれた牧野さんだったけど。
時々ボーっとして危なっかしかったので、結局僕がほとんどの荷物を持つことにした。
牧野さんは、そんな僕に気を使ったのか
「生田君。少し休んでいかん?」
そう言ってテラスの方を指差した。
そこにはオープンスペースになっている喫茶コーナーがあった。
どうやらフードコートの一部がテラスになっているみたいだ。
確かにずっと休憩なしだったし、ちょっと疲れた。
「そうだね、休んでいこう」
僕らはテラスの丸テーブルに腰かけた。
「じゃぁ、僕が注文とってくるから」
と席を立ちかけるが
「生田君には荷物持って貰ってるけん、ウチが行く」
と言って牧野さんが行ってしまった。
僕は牧野さんを見送りながら、ペットショップの店員さんが言った言葉を思い出した。
「彼氏も待ちくたびれてますよ」
そんな感じに見えるよな。
今日の買い出しだって普通のデートっぽいもんな。
僕とポエミはこう言う事はまだまだ先だ。
もちろん、それに不満があるわけじゃ無い。
でも、こんなデートをポエミとしてみたいと思うのも事実だ。
いつかきっと・・・。
ポエミと居られるなら、どこにも行けなくても幸せではあるんだけど。
「お待たせ~」
「ありがとう、牧野さん」
お盆を置いて僕の斜め向かい側に座る牧野さん。
牧野さんはニコニコしながら僕の方を見ている。
「ご機嫌だね」
「うふふふ。楽しいけんね」
確かに僕も何だかんだ楽しんでいる。
僕らは、まるでカップルの様に暫しテラスのお茶を楽しんでいた。
カップルか・・・。
ポエミとも来てみたいな・・・そんな思いが脳裏に浮かんだ。
すると牧野さんは僕が考えてたことを見透かしているかのように聞いてきた。
「ねえ、生田君。ポエちゃんとも、こんなデートしたいと思わんと?」
心の声が出ちゃってたかなと僕はドギマギした。
「そ、そりゃ、思うけど」
「でも・・・出来なかよね」
僕が答えると、牧野さんが呟くように言った。
僕はコップに刺さったストローを口に運ぶ。
甘いアイスティーがのどを潤した。
牧野さんもアイスコーヒーを飲んで気を落ち着かせる様なしぐさをした。
「怒らんといて聞いてね」
改まった感じで言われウンと頷くと
牧野さんは僕を伺うようにして言った。
「生田君は普通の娘と付き合うて、普通にデートしたいとは思わんと?」
普通の娘って?
ポエミは普通の娘じゃ無いってこと?
まぁ今更か、普通じゃないって言えば普通じゃない。
もっとも牧野さんも普通じゃないけどね。
普通の娘とデートか・・・
「ポエミ以外の娘ってのは、ちょっと想像が出来ないけど・・・」
「けど・・・?」
「ポエミと付き合う前は、可愛い娘と色んなとこにデートする事に憧れてた」
その答えを聞いて、牧野さんは凄く緊張した面持ちで聞いてきた。
「じゃぁ、もしその憧れを叶えてくれる娘が今現れたらどうすると?」
今現れたら・・・?
「どう言う事?」
「生田君のことを好きな娘がいて、その娘となら色々と叶えられるとしたらって事っちゃ」
僕のことを好きな娘?
そんなモノ好きポエミぐらいしか居ないって思うけど。
「僕が好きなのはポエミだから・・・」
そう答えると、牧野さんは
「本当にそれで良いと?」
と僕に何かを訴えるかのように見つめた。
僕は牧野さんの雰囲気に戸惑って何も言えず、紅茶を飲んで誤魔化した。
牧野さんも、それ以上は何も言ってこなかった。
僕たちが荷物を置きに学校に戻ると、もう帰宅時間だった。
「今日は、買い出しだけしか出来なかったね」
僕がため息交じりに言うと
「このままじゃ間に合わないけん、生田君は家で紅茶の淹れ方練習するとよ。ウチはコーヒー担当するけん」
と、牧野さんが勝手に仕切りだした。
僕は紅茶好きだから、それで良いけど。一般的なイメージだと逆じゃないかな。
「普通、女の子が紅茶で男がコーヒーじゃない?」
「ウチはコーヒー命の女やけんね。それに普通と逆のが面白いとよ」
それを聞いて、昔何かの本で読んだ内容を思い出した。
『紅茶を好き女性は繊細でコーヒー好き女性は大ざっぱ』
なんか、あれってウソだと思ってたけど本当なのかも・・・。
本格紅茶やコーヒーは当日までに牧野さんのお父さんに持ってきてもらう事になっているので、とりあえず市販の安物茶葉と安物コーヒーで練習することになった。
「明日は、学校で実際の設備使って淹れてみて味見するけんね」
気合の入ってる牧野さんだった。
帰宅すると、早速の練習に取り掛かった。
まずはキッチンの奥から透明ガラスの丸型ティーボットを取り出す。
何年も使ってないけど綺麗に保管されていた。
そして、帰りに買ってきた有名メーカーの一番安い茶葉。
ティーバック以外の紅茶なんて買ったのは初めてだ。
「よし、じゃぁ始めよう」
淹れ方はネットで十分勉強済みだ。
まず水に空気を良くなじませるのだが、とりあえず市販のミネラルウォーターをペットボトルに半分くらいの分量にして良く振ってみた。
「これで大丈夫だろうか」
そしてヤカンにいれて沸かす。温度は沸騰直前、泡がぶくぶくし始めたころで95℃くらい。
「うーん、本当にこれが95℃なのか・・・」
そして、あらかじめティースプーンでカップ2杯分の茶葉を入れたポットに沸かしたお湯を注ぐ。
すると、ポットの中で茶葉がジャンピング・・・するはずなんだが。
あまりしないですぐ茶葉が沈むぞ、ちょっと沸騰させすぎたか。
3分ほど待ち、頃合いを見て、
「よし、入れてみよう」
茶葉を濾しながら高い位置から空気を含ませるようにカップに注ぐ。
どうだろう・・・なかなかだと思うんだが。
と、そこにちょうどチサ姉が帰宅する。
「ちょうど良かった。チサ姉これ飲んでみて」
「いきなりだね、マー君」
そう言いつつ、素直に飲んでくれるチサ姉。
「どう・・・」
「うーん・・・73点」
なんとも微妙な点数だが高得点ではある。
「あのね、手順ばっかり気にして愛情不足の味だよ」
チサ姉らしい指摘だった。
そういう事も大事だよなきっと。
と言うことで、
今パソコンの前でポエミに淹れて見せている。
「飲んでもらえないのが残念だけど」
ポエミはフルフルと首をふり
「そんな事ないよ。充分愛情が伝わったよ」
おー、伝わったか。
さっきチサ姉に言われたことを実践して愛情を入れるのに特化したからな。
「でも、もう少し手順を守った方が良いと思うよ。マリオの愛しか伝わってこなかったもん。私はそれでもいいけど」
逆のアドバイスをされた。極端過ぎたようだった。
なかなか難しい。
「さぁ、今日は徹底的に練習するとよ」
翌日の放課後、調理実習室を借りて練習する僕たち。
実はミニイベントの準備にはもうほとんど時間を割けない。
今日が水曜日。土曜日はもう文化祭一日目。
金曜日は生徒会受付の準備やパンフレット案内図等の準備に掛かりきりになるため実質は明日までに準備を済ませなくてはならない。
美味しく淹れる練習は今日までにして、明日は当日の段取りや道具をすぐに使えるように下準備することに時間を割きたい。
「じゃぁ、お互い練習の成果をみせるとよ」
僕は頷き、早速準備に取り掛かる。
昨日は深夜まで、美味しく紅茶を淹れる練習をした。
とにかく牧野さんに最高の紅茶を淹れるんだ。
水に空気をよく含ませ、沸騰させすぎず95度から98度くらいに沸かし、茶葉を入れた丸型のティーポットにお湯を注ぐ。
よし、ジャンピングしてる。
後は、愛情だ
『牧野さんが幸せになれるよう、美味しくなーれ!!』
心の中で何度も念じる。
牧野さんを見るとゆっくりゆっくりお湯を注ぎ空気を含んだコーヒーがドリッパーの上にかぶさりフタするような形状に膨らんで見えた。
なんか美味しそう。それに凄くいい香りだ。
「さぁどうぞ」
「ウチもどうぞ」
僕はブラックのまま牧野さんの淹れてくれたコーヒーを口に含む。
濃厚な香りに反して柔らかな味が口の中に広がって凄く飲みやすい。
これ、本当に安物のコーヒーなのか。
「すごいよ牧野さん。こんなコーヒー飲んだの初めてだよ」
牧野さんは神妙な顔で僕の紅茶をすする。
「生田君・・・・」
キッっと僕を見る牧野さん
「彼女持ちがこんな口説くような紅茶出したらダメやけんね」
だ、ダメ出し!?
「でも、美味しかよ」
思いの他、練習の成果が出ていたので
その日は、道具の準備や段取りの準備をして早めに帰宅することが出来た。
だったら、ポエミの所に行きたい。
家事も当番制になったから今日は急いで帰らなくても大丈夫だ。
「本当にウチも一緒でいいと?」
「うん、ポエミが牧野さんのコーヒーも飲んでみたいって」
さっきから何度も確認してくる牧野さん。
僕も二人きりになりたい気持ちはあるけど、もうすぐ学園祭も終わる。
そうすればポエミとまた、たくさん会える。
あと少しの辛抱だ。
そんなこんなで、ポエミの家に到着する。
僕がインターホンを押すと梨沙ちゃんの声。
それを聞いて牧野さんは「やっぱり帰る」と言って立ち去ろうとする。
しかし、すぐにドアが開き梨沙ちゃんが出てくる。
「えっ、絵里さん?」
名前をよばれ、バツが悪そうに振り向く牧野さん。
「いやぁ、梨沙ちゃん久しぶりやね」
梨沙ちゃんは苦笑いして
「よく見かけてるよ。何時も挨拶してくれないけど」
「アハハハ、ゴメン」
中西家に上がらせてもらうとポエミはいつもと違いキッチンで待っていた。
「マリオぉ、久しぶりぃ」
そう言って相撲取りにファンが触るような感じで僕にペタペタ触れてくる。
「久しぶりって、日曜に会っとるとよね?」
「でもマリオが倒れてから初めて会ったんだもん。久しぶりだよ」
牧野さんの突っ込みに答えるポエミ。
そんなポエミを牧野さんは不審気に眺めていた。
牧野さんの視線に気付いているのかいないのか、ポエミは僕の方を見ながら微笑んでいた。
「ポエちゃん、今日はどうしてウチも呼んだと」
ちょっとキツメの口調で牧野さんが言う。
「絵里ちゃん、また怒ってるの?」
「怒っとらんよ。ウチは大体こんな喋り方やけん」
ポエミは苦笑いしながら答える
「コーヒー飲んでみたかった・・・って答えじゃ納得しないんだよね?」
牧野さんは頷く。
「当然っちゃ。ウチは本当の事が聞きたかよ」
牧野さんは納得する答えを聞くまで引き下がらないと言う感じだった。
ポエミはちょっと僕を見てから牧野さんの方を向き、しょうがないなぁと言う感じで肩をすくめた。
「ちょっと実際に確認したかったんだよ」
ポエミは言いにくそうに牧野さんに答えた。
「マリオと絵里ちゃんが、2人でどんな風にやってるのか」
「それは・・・彼女として?」
念を押す牧野さんに、そうと頷くポエミ。
すると牧野さんは納得したようで、急に荷物を広げコーヒーの準備をし始めた。
「さぁ、生田君。いつまでもキッチンを使ってたら悪かよ。さっさと紅茶の準備するとよ」
僕は今のやり取りの真意が分からなかった。
でも2人共納得したようだったので、それ以上は気にせず紅茶の準備を始めた。
僕の淹れ方の極意は基本に忠実に。そして相手を見て、この人はどんな紅茶が好きかな、今どんな紅茶が飲みたいかなと想像力を働かせる。相手のハートを感じてみようとすると何故か、「あ、きっとこの人濃厚なのが好きだ」とかパッと浮かんでくる。それに合わせて抽出時間を調節し、後はジャンピグしてる茶葉に味のイメージを送る。思い込みかもしれないけど、不思議と送ったイメージ通りの味に出来るんだ。
今、のポエミはきっとこんな感じだ。
「気持ちは高ぶってるけど、ちょと疲れてるしリラックス出来てないな」
それなら優しく包み込むような味わいで元気がでるような感じで・・・。
「はい、どうぞ」
ポエミはその紅茶を見ただけで笑顔になった。
カップを持って一口すすると驚いたように僕を見た。
「私の心の中覗いた?」
そう言われたので思わず言ってしまった
「ゴメン、見ちゃった」
すると、顔を赤くして
「この紅茶は美味しいけど刺激が強すぎるよ」
そんなやり取りをニコニコ見守る梨沙ちゃんと何故か切な気に見つめる牧野さん。
そして、牧野さんは
「ウチのコーヒーも、どうぞ!!」
とポエミの前に置く。
ポエミは見た瞬間苦笑した。
「絵里ちゃん。すごく挑戦的な感じがする」
そして一口飲む
「・・・・美味しい。でも、苦い」
と微妙な表現をした。
その後、牧野さんと3人でポエミの部屋で過ごすと、
あっという間に中西家は夕飯の時刻になった。
「さ、もうオイトマしよっとよ!」
牧野さんはそそくさと帰ろうとする。
「えー、もう帰っちゃうの?」
不満げなポエミに牧野さんは厳しく言う。
「もっと長い時間会いたかったら、ウチらの学校に来ればよかとよ」
ポエミはプウッと頬を膨らませてた。
「絵里ちゃん意地悪だよ」
牧野さんはムッとした感じで
「ウチが普通やけんね。みんなが甘過ぎなんやもん!!」
そう言ってぷんぷんと部屋を出ていってしまった。
「ゴメンね、ポエミ。今日はもう帰るよ」
「うん、後でスカイプしよ」
僕はうなずいて、部屋を出た。
玄関まで見送ってくれたポエミと別れ外に出ると
既に牧野さんの姿はなかった。
思った通り、その夜
絵里ちゃんに呼び出された。
「ポエちゃん。今日実際にウチらを見てどう思ったと?」
絵里ちゃんは私に聞いてきたけど、むしろ聞きたいのは私の方だった。
絵里ちゃんはマリオのこと、どう思ってるの?
分からなかった。2人を見てて嫌な感じはしなかった。
マリオはずっと私を気にかけてくれてたし、絵里ちゃんもマリオとちゃんと距離をとってた。
でも・・・何か、モヤモヤする。
何かが引っ掛かる気がした。
「分からないの。ねぇ絵里ちゃん、絵里ちゃんはマリオのこと何とも思ってないんだよね?」
前は即答してた。その時は他の学校に彼女が居る男の子って言ってたけど。
なのに、今日は・・・
「分からんとよ」
「え?」
「自分の気持ちが分からんと!」
「・・・どうして?」
「分からんもんは分からんと!」
絵里ちゃんは動揺してた。
私もモヤモヤが増すばかりで戸惑っていた。
そして絵里ちゃんは、またこの前と同じことを言った。
「ポエちゃん、しっかりして! ウチはもう・・・」
最後まで言い切る前に窓を閉めてしまった。
何だろう、この感じ。
何か・・・
翌日はミニイベントの準備ができる最後の日だ。
カセットコンロやカップ。そしてティーポットは5組ほど準備した。
メニュー表、準備する紅茶やコーヒーの種類と味や香りの特徴などを纏めたパネル等も作り、後は茶葉とコーヒーが来れば完了といところまでこぎつけた。
時間は午後6時半。明日は前日の設営や諸々の仕上げ作業で深夜になるかもしれない。
今日のところは早めに帰っておこうと僕達は家路につく。
すると、牧野さんはポエミとの事を話し始めた。
「生田君、ウチとポエちゃんは中学の頃は同じように不登校になって同じように引きこもってた時期があるとよ」
牧野さんが引き込もってた話は出会った日に聞いた。
「ウチは引き込もってる間、みんなから『甘えるな』とか『そんな事で将来どうする』って言われてきたんよ。だから、ウチは高校では心機一転頑張ろうって思ったとよ。でも、ポエちゃんは何も変わっとらん。それなのに、みんなから何も言われんと愛されとうよ。どうしなん。分からんと!」
牧野さんは悔しそうに唇をかんだ。
もうバス停についていたが、牧野さんはいつもバスがくるまで一緒に待っている。
僕は以前サクラさんが言ってた言葉を思い出していた。
『自分が見ている世界は自分の心の反映だから、まず自分を愛することから始めなさい』
最初は意味が分からなかった。自分を愛するってなんだって思った。
でも約1年間サクラさんから色々と学んで来て少しだけ分かってきた。
僕は少しだけ分かってきたサクラさんの言葉を僕の言葉で牧野さんに伝えた。
「きっと『甘えるな』『そんな事で将来どうする』って言葉を言っていたのは自分自身なんだと思う。だから、甘えてる自分を許すんだよ。甘えちゃえばいい。まぁ僕もそれが苦手なんだけどね」
牧野さんは驚いたように僕を見た。
「そんな事、みんなが許してくれんとよ!」
気持ちが良く分かった。自分を尊重してこなかった人達は誰もがそう感じると思う。
でも許されてるんだよ。
自分を許して許して許し尽くしたとき世界は変わる。
僕もポエミもサクラさんのお陰でそんな世界をホンの少しだけ垣間見る事が出来たんだ。
だから、そう信じてる。
「ウチは頑張ってないと愛される価値なんてなかとよ」
僕はまるでチサ姉やポエミに認められる存在であろうと空回りしている自分を見ている様な気がした。
だから牧野さんに向けて、そして自分自身にも向けて言った。
「牧野さんは何もしなくても、そのままで愛される価値があるよ」
牧野さんは惚けた表情で僕の顔を見つめていた。
瞳が潤んでいるように見えた。
僕は牧野さんがありのままの自分を許せるように
一切の偏見も裁く気持ちも消し、すべてを受け入れるような瞳で牧野さんを見つめた。
「・・・ウ・・チ・・ウチは・・」
ボーッとしながら何か言いかけるが、
「はっ!! ウ、ウ、ウチはもう帰るけん!」
急に我に返り、慌てて駅の方に走って行ってしまった。
「牧野さんに、ちゃんと伝わったかな・・・」
そう思いながら牧野さんの後ろ姿を見送った。
最近いつも絵里ちゃんが窓際に呼び出すようになった。
昨日は、はっきり言ってくれなかった。
絵里ちゃんはマリオのこと好きなの?
今日は確かめたい。
「絵里ちゃん、今晩は」
私が挨拶しても絵里ちゃんはムスッとして返事してくれなかった。
「絵里ちゃん、どうしたの?」
絵里ちゃんは私を怖い目で見た。
怒ってるの?
怒ったような表情で絵里ちゃんは
私に聞いてきた。
「ポエちゃんは・・・ポエちゃんは、自分を許してると?」
自分を許す?
何の事?
「引こもっていて、ろくに外にも出ない自分を許せてると?」
まるで私を責めるような口調で絵里ちゃんは言った。
私は自分のこと・・・
私は父の言いなりの子供時代だった。
何時も父の期待に応えるために全てを犠牲に頑張ってきた。
父の期待に応えられてる時、私は自分を認め誇らしく思っていた。
でも、父の期待に応えられなくなった6年生の頃から全てが変わった。
私は父の期待に応えている自分以外のアイデンティティを何も持っていなかった。
そんな自分が許せなかった。
父の呪縛から離れた私は人の感情や雰囲気に敏感過ぎる弱虫女子で学校にも対応できなくなった。
私はそんな自分を責めたけど、お母さんは『お父さんにずっと本来の貴女を否定されてきたから無理もないわ』って言って優しくしてくれた。それから私はお父さんがつけた『萌実』という名前が嫌で自分でポエミって名乗って、本来の自分を取り戻すために前に進み始めた。そんな折りに偶然サクラさんのスカイプセッションを見つけて・・・。
だから今は
「前よりずっと許せてると思う」
私が答えると絵里ちゃんは、より一層怖い目をした。
「許されると思うとるの?」
「そこから始めるって事だよ。自分を許さないで無理しても本当の解決にはならないんだよ」
絵里ちゃんの表情は相変わらず怖かったけど、何か吹っ切れたように見えた。
「そう・・・。だったら・・・ウチも許すことにしたけんね」
絵里ちゃんは私の目をまっすぐ見据えて、はっきりと宣言した。
すごく挑戦的な表情の中に罪悪感を隠しきれてない感じがした。
「やけん、ウチも生田君のこと好きになること許すことにしたとよ」
えっ?
絵里ちゃん?
突然の告白に呆然とする。
「ウチ、生田君のこと、すいとーと!」
絵里ちゃん。
そんな、嫌だよ。
絵里ちゃんが何時もマリオの側に居るの嫌だよ。