ポエミと牧野さん(6/9)
第6章 ポエミと牧野さん
今日の作業は、僕と牧野さんを含む5人の担当でひたすら空き缶のブロック作りだ。
明日からは僕ら5人に代わり厳つい系の男子委員に引き継ぎ、門の組み立て作業になる。逆に洗浄とブロック作りは僕以外は全員女子だ。
引き継ぎのために今日中に作業を終わらせる事が厳守となる。
明日から僕らはミニイベントの準備に入らなければならない。
僕がジャージに着替えて作業場に入ると牧野さんはすでに作業を始めていた。
「早いね」
「さっさと終わらせて、帰りたいけん」
「そうだね」
僕も家でポエミが待ってるんだ。
早く帰れるよう頑張ろう。
5分ほどして残りの3人も来て、空き缶ブロック作りは順調に進んでいった。
空き缶ブロックは缶に穴をあけ針金でつないで作る。
あらかじめ設計した門の形から計算して、2個、3個、5個、7個のタイプ、20から30個を組み合わせて作る大小の柱や座布団のような形状をそれぞれ必要個数作る。こうしておくことで、後の作業が格段に捗る。
しばらく作業をしていると、3人組の女子の一人が作業の進捗状況をまとめた。
「終わった分は運び出してあるから、ここにある分と隣の教室の分だけ。午前中でココのを終わらせたら。午後は隣のをやるから」
仕切るのが好きなタイプらしく指示を出してきた。
僕らも自然と彼女に従う。3人組のリーダーみたいな立場の子らしい。
そして作業は順調に進み予定通り午前中の分は終了し、各々昼休憩に入る。
日曜日で一部の運動部以外、文化祭の準備をしている生徒だけしかいない。
どこで食事をしてものんびり出来る。
その代わり食堂や購買は休みだ。
僕と牧野さんは屋上に行った。
屋上にも人影はなく長閑だった。
11月に入ってやや肌寒くなってきたものの、日中は過ごしやすい気候だ。
僅かに髪を揺らす風と程よく照った太陽が心地よかった。
「今日は早く帰れそうやね」
「そうは言っても。残り3時間弱はかかりそうだけど」
「ネガティブな事、言わんとよ」
僕は持ってきたオニギリをかじる。
この海苔がしっとりしたヤツが良いんだよ。
「そう言えば、今日は彼女と会うと?」
牧野さんは何故かよくポエミの事を聞いてくる。
「まぁね」
もっとも今日は家で待って居てくれるんだけどね。
「なんか毎日会うとるね。付き合うとるとそんなもん?」
「さぁ、他が分からないからなぁ」
でも、もしかしたらポエミに時間がたくさんある分、他所より多いのかもしれないな。
それからは、普段通り牧野さんが一方的に喋り倒した。
でも、こうして毎日話をしている割に僕は牧野さんの事をあまり知らない。
いつも一方的に取り止めのない話を聞かされるばかりだ。
僕はふと、偶にはコッチから聞いてみようかな・・・と思った。
「牧野さんは休みの日とか何してるの?」
「いぃ・・ウ、ウチィ!?」
牧野さんは自分の事を聞かれるのに慣れてないのかドギマギしている。
「ウチの事なんて面白くなかけん」
そう言って話そうとしないので、普段と逆に攻めこんでみた。
「すごい興味あるから聞かせて欲しい」
「ウチに興味あるとぉ!?」
いや、そういう言い方すると何か違う感じになるけど・・・・
まぁ、いいか。
「本当は言いたくないけど、生田君やけん特別に教えてあげるっちゃ」
そう言って牧野さんは恥ずかしそうに話し始めた。
「えっと、ウチは友達おらんけん、休みの日は家でアニメのビデオ三昧しとるとよ」
ビデオ三昧か。
そう言えば以前アニメを一気見して眠そうにしていた事があったな。
「特に好きなんが『闇シリーズ』とよ。知っとる? 一般人でも『おねがい闇ティーチャー』くらいなら知っとるとよね」
『闇シリーズ』を僕は知っていた。
僕は姉の影響で唯一の趣味がスピリチュアルと言う人間でアニメはほとんど知らないのだが、この『闇シリーズ』はスピヲタの間では有名な作品なのだ。
監督の栄久田 徹さんがスピ界の有名人で、スピヲタ界隈では悟りたければ見とくべしと言われてる作品だった。ほんとんどの作品がマニアックで世間に知られていないのだが『おねがい闇ティーチャー』だけはラブコメ要素が強く、そこそこの人気を博していた。
でも僕は全シリーズ知っている。
「僕は『闇だし刑事』が好きかな」
僕が答えると、牧野さんは物凄く驚いていた。
「なんと、『闇デカ』を知っとると! あれは内容がマニアック過ぎて地上波では打ちきりになった作品とよ」
知ってる。
その続きはDVDのみでしか見られないが、僕は全部見た。
「じゃ、じゃぁ牧野さんのその方言って・・・」
「そうなんよ、『闇ング娘』のヤミポンのマネたい。中学の頃は方言だけじゃなくてキャラもマネしてて、『闇のシンデレラ、エリーポップ七世降臨・・・』とかやっとったんよ。したら、いつのまにかハブられて居場所が無くなって、本当に闇落ちしたとよ」
よりにもよって誰も知らない様な作品の一番危ないキャラをマネしてたのか・・・。
今のおかしな方言だけだって気になる人にはウザいだろうから、中学の時はよっぽどだったんだろうな。
「でも、すごい嬉かよ。『闇シリーズ』の話できる人なんて誰もおらんかったから。運命の出会いだったとよ生田君とは」
それからは、ただでさえ良く喋る牧野さんがいつも以上のマシンガントークで『闇シリーズ』の魅力を語っていた。
ようやく話が一区切りついたとき、もう午後の作業開始時間だった。牧野さんはまだ話足りないと言う感じだったけど僕は牧野さんの勢いに少し疲れたので、立ち上がり屋上の柵の方まで移動した。
そこからグランドを見下ろすと、午前中にいた一部の運動部も活動を終えて人影は殆ど無かった。ただ、昇降口付近に一緒にブロック作業をしている3人組が見えた。そして、そこにはもう一人見覚えのある人物の姿を発見した。
吉川さんだった。
そう言えば、今日はあの3人組と約束してたはず。
遊びに行く打ち合わせでもしてるのだろうと、特に気に止めず牧野さんのもとに戻り屋上を後にした。
「さぁ、午後もサクサク終わらせるとよ」
牧野さんは、俄然張り切っていたのだが・・・。
午後の作業場は午前中の隣の教室だ。
まだ3人組は戻っていなかったが、少しでも早く終わらせるため僕達は先に作業を始めた。
しかし10分ほど過ぎても3人組は姿を現さないので、不審に思い探しに行くことにした。
「どこで油売とうと?」
「とにかく、誰かに聞いてみよう」
何人かに聞いてみたが見掛けた人はおらず、行き先は不明だった。
さらに探し回ると、一人だけ事情を知っている女子が居た。
吉川さんと良く一緒にいる高橋さんと言う一年生だ。
ところが・・・
「帰ったよ。サーヤと一緒に。私もそこに居たもん」
「帰ったと?」
牧野さんは、その女子の肩をつかんだ。
「ちょ、怖いって」
高橋さんが牧野さんに言うと、牧野さんは手を離し「ゴメン」と言った。
「あのね、私もサーヤに誘われてたんだけど。作業が終わらないから無理って断ったの」
「あの、サーヤって?」
知らない名前を言われ、話が見えてこない
「同じクラスでしょ、吉川だよ」
吉川さん!?
そう言えば、さっき昇降口に来てた。
「でもね、あの娘達も最初断ったんだよ。けど、サーヤが・・・・」
そこで、僕と牧野さんを見て言うのを躊躇う高橋さん。
牧野さんはそんな相手の空気に気付かないのか早く言うように促す。
それでも、言い渋る高橋さんに僕が何を言われても平気だからと伝えると、ようやく話してくれた。
「サーヤが、あなた達二人は付き合ってるから二人で作業させてあげた方が喜ぶって」
マジか?
「それで、3人共帰っちゃたの?」
「うん、それでも戸惑ってたけど、サーヤが二人の為だって・・・」
経緯を聞いて、牧野さんは肩を震わせ拳をギュッと握りしめた。
牧野さんの怒りが周りにも伝わって、緊張感が漂う。
「あんのぉ女ぁ~!!」
ギリギリと牧野さんのハギシリが聞こえた。
高橋さんはその雰囲気に怯えていた。
「あ、あの、私は作業に戻るねサヨウナラ~」
高橋さんは逃げるように行ってしまった。
前に立つ牧野さんの顔は見えなかったが、後ろ姿からも怒りはが収まらない様子が窺えた。ずっと吉川さんとは険悪な雰囲気だったもんなぁ。
牧野さんとは対照的に、僕はどちらかと言うと冷静に考えていた。
3人の携帯も分からないし、今から呼び返すって言っても素直に戻って来るとは思えない。
2人でやるのは大変だけど、コミュ障の僕にとっては気楽だって言うのも事実だ。ポエミと会える時間が少なくなるのは残念だけど、ちょっとでも会えるように頑張って早く終わらせればいい。
僕は、未だ怒りで肩を震わせている牧野さんに声をかける。
しかし怒りで肩を震わせているとばかり思っていた牧野さんだったが・・・
泣いていた。
牧野さんは下を向き拳を握りしめて肩を震わせて泣いていた。
「ゴメン・・・ゴメンね。生田君」
泣きながら絞り出すように牧野さんは言った。
「ゴメン・・・。ウチらのケンカに巻き込んで・・・
ゴメン・・・。ウチと付き合うとるなんて変な噂されて・・・
ゴメン・・・ウチと関わったせいで・・嫌な思いさせて・・・」
言葉がでなかった。
牧野さんは吉川さんへの怒りよりも僕に迷惑をかけてしまったと後悔していた。
僕は、そんな事さして気にしてない。
牧野さんが気に病む事なんて何もない。
だから、僕は出来るだけ軽い感じで明るく言った。
「牧野さん・・・大変かもしれないけど一緒に作業やろうよ? 僕からすれば、2人だけでやった方が楽しいってのは本当だし」
すると、牧野さんはヒックヒク泣きながら振り返って僕を見た。
僕は続けて言う。
「2人で終わらない量じゃないし、牧野さんも2人でやった方が楽しいでしょ?」
すると牧野さんは泣き顔で僕を睨みながら言った。
「彼女持ちがそげん言うたらいけんって! ウチやなかったら、エライことになっとるけんね!」
その牧野さんの顔が可笑しくて僕は吹き出した。
牧野さんも、そんな僕を見て笑いが込み上げてきたようで
しばらく2人で笑いあっていた。
『えーっ、じゃぁ夕飯も一緒に食べられ無いかもしれないじゃん』
『ゴメン』
『しょうがないけど、マリオ大丈夫?』
『えっ、大丈夫だよ。どうして?』
『だって、今日だって朝早かったし。今週ずっと寝不足だよ』
『心配ないよ』
『無理しちゃだめだよ。会えないのは嫌だけど、病気になったらもっと嫌だよ』
『本当に大丈夫だから。何とかポエミが帰る時間に間に合うよう頑張るよ』
『うん、待ってるね』
「彼女に電話してきたと?」
「うん」
「怒っとった?」
「いや、体の心配された」
牧野さんはじっと僕の顔を見た。
「ホント、顔色少し悪かとよ。無理せんとね」
それから僕らは黙々と作業を続けた。
が、外がすっかり暗くなっても終わりが見えてこなかった。
ずっと作業を続けていた牧野さんも大分疲労してきてるのが分かった。
「牧野さん、少し休憩する?」
「で、でも・・・」
「いや、先は長いんだし休憩しよう」
「・・・うん」
僕は、自販機でジュースを買って来て、牧野さんに渡した。
ホッと一息ついてると牧野さんが話し出した。
「なんか生田君って思ってた以上にスゴい人やったと」
「えっ なにそれ」
「なんか・・・もっと早く会っとたら良かったとよ」
言ったあと、誤魔化すようにジュースを飲む。
でも、牧野さんと会って学校が楽しくなったのは確かだ。
だから、僕も思う。
「そだね。僕も、もっと早く牧野さんに出会いたかった」
「ふぇ!?」
牧野さんは変な声をあげる。
「いい加減にせんと怒るけんね。そう言うことは彼女持ちは言うたらいけんの!!!」
牧野さんは一気にジュースを飲み干した。
「さぁ、ちゃっちゃと終わらすけんね」
5人でやっても3時間弱かかる量。二人でなら単純に考えても7時間はかかる。ましてや連日の作業で疲労もピークに来ている。
時計はもう20時を大きく回っていた。
ポエミ帰っちゃうな・・・ちょっとで良いから会いたかった。
でも、
「あと少しだ」
「うん、ようやく終わりが見えてきたとよ」
終わりが見えてくると何故かあんなに疲れていたのが嘘のように力が戻ってくる。
いよいよカウントダウンに入った。
ようやく終わる・・・
その時、牧野さんは急に僕に秘密を打ち明けてきた。
「あのね生田君。ちょっと話しておきたい事があるとやけど・・・」
牧野さんの改まった感じに戸惑う。
一体何を言い出すつもりなんだ?
僕は無言で頷く。
「実はウチ・・・」
ゴクリ、何なんだこの緊張感。
「ウチ、ポエちゃんとお隣どおしなんよ」
へ?
ポエちゃんってポエミの事?
凄まじい緊張感に続くなんて事ない告白だった。
「今まで、秘密にしていてゴメンちゃ」
深刻に謝る牧野さんだが、
「あの・・・それで?」
「それで、ってウチは生田君の彼女が引籠ってる事とか知っとるとよ」
あぁ、そういう事とか・・・じゃぁ・・・
「もしかして牧野さんはポエミの事が嫌いとか?」
「いや、どっちか言うたら仲が良いと」
なんだ、牧野さんの雰囲気からポエミとは犬猿の仲なのかと思った。
ポエミの事とか聞かれてどうやって説明したらいいか悩んでたけど事情を知ってるのなら、むしろ堂々と色々話せる。
「なんか深刻そうに告白してくれたけど・・・何も問題無いんじゃない?」
「あるとよ、友達の彼氏といつも学校で一緒に居るとよ。誤解されたらどうすると! だから、ポエちゃんにバレんように生田君にも秘密にしとったとよ」
なんか全然空気読めないのに、変な所で気を使い過ぎるところがあるな。
て言うか思い込みが激しいのかな。
牧野さんが僕の事を好きとかって言うならアレだけど・・・。
全然そんなんじゃないんだから何も気にする必要はない。
「それって心配しすぎだよ」
でも、今まで秘密にしてたのに、どうして今になってカミングアウトしたんだろう。
「気にするくらいなら秘密のままで良かったんじゃない?」
僕が聞くと牧野さんは戸惑い気味に言った。
「そ、それは・・・、秘密のままやとブレーキが効かなくなりそうやけん・・・」
しかし牧野さんの声は小さすぎて良く聞こえなかった。
「えっ?」
僕は聞き返すが
「聞こえんかったなら良かとよ」
と牧野さんは目をそらした。
僕もそれ以上は聞かず作業を続けた。
そして21時を5分ほど回った頃、
すべての作業を終えることができた。
「やったぁ~!」
僕らはハイタッチをした。
気分もハイでなんか楽しかった。
後片付けを終え、帰宅準備を終える頃には21時半を過ぎていた。
「牧野さん、夜遅いけど大丈夫?」
「うん、連絡入れてあるし。お父さんは今居ないし」
「そうなんだ」
「それにしてもお腹すいたね」
「そうやね」
そんな何てことない会話も楽しく感じられた。
そう言えばポエミはもう帰っちゃったかな。
チサ姉がタクシーに一緒に乗って送ってくれたのかな?
それとも、またサクラさんにお願いしたのかな。
ちょっと連絡を入れてみるか・・・
そんな事を考えながら、僕たちが校門の近くを歩いている時だった。
「マリオ!!」
ポエミの叫ぶ声が聞こえた。
「えっ?」
僕は驚いて声のした方を見る。
そこには黄色い軽自動車の助手席から顔をだすポエミの姿が。
ポエミの右の運転席にはサクラさんが座っていた。
「ポエミちゃんを家に送る途中だったんだけど、どうしても来たいって言うから」
「マリオが心配で・・・って絵里ちゃん?」
僕の隣の牧野さんを見てポエミが驚いた顔をする。
「ポエちゃん、今晩は」
「え、絵里ちゃんどうして?」
ポエミは事態が理解できず混乱している様だった。
でも僕は今、ポエミに会えた喜びでそんな事どうでも良かった。
ポエミ・・・
もう今日は会えないと思ったけど、会えた。
あれ、ポエミの顔を見たとたん急に頭がクラクラしてきたぞ。
ポエミに会えてホッとしたのかな。
でも、足もフラフラしてきた。
そこで、急に意識が遠のく
僕は隣に立つ牧野さんにもたれ掛かるように体勢を崩す。
「ちょ、ちょっと生田君。ポエちゃんの前で何しようと!」
「マリオ?」
「え? 生田君!」
「マリオォ!!」
気がつくと目の前にチサ姉の顔があった。
あれ、ここは
僕は自分のベッドで寝ていた。
「マー君、気がついた?」
状況がよく分からない。僕は牧野さんと作業してて、そしたらポエミが会いに来てくれて。
あれ、いつの間に家に・・・って言うか外が明るいし今何時だ?
僕はガバッと起き上がろうとした・・・が体が思うように動かなかった。
「マー君、無理しすぎ」
チサ姉が眠そうな目を擦る。
「昨日、帰ったはずのポエミちゃんとマー君のクラスの女の子が泣きそうな顔でマー君を連れてきたんだよ」
昨日?
そうか、僕はあそこで倒れて今まで寝てたのか。
僕は首を動かし時計を見る。10時半すぎだ。
「今日はお姉ちゃんも休んだから一日体を休めること!」
「でも、文化祭の準備もあるし・・・午後には行けるよ」
チサ姉は怒り顔で僕を見る。
「マー君。まだ熱だってあるんだよ」
それでも、納得してない僕にチサ姉は諭す様に言った。
「マー君。与えるだけじゃ人間関係は上手く行かないんだよ。
しっかり受け取れなきゃポエミちゃんとの関係だって長続きしないよ」
そして、チサ姉は画用紙を取り出すと僕に見せた。
「これ、家事当番表」
見ると曜日ごとに掃除や洗濯の当番が振り分けられていた。
「マー君、今までお姉ちゃんに家事やらせてくれなかったでしょ。お姉ちゃんもマー君に甘えちゃて反省してる。でも、倒れるほど無理されてお姉ちゃん嬉しいと思う?」
「で、でも・・・」
チサ姉は忙しいし、家計を支えてくれてるし、僕はそれくらいしか出来ることがないし・・・。
僕の考えてることが分かるのか、チサ姉は言った。
「いい、マー君。マー君は何もしなくても、お姉ちゃんの役にたってるんだよ。元気でいてくれたら、幸せでいてくれたらお姉ちゃんそれで凄く嬉しいんだよ」
チサ姉は涙ぐんでいた。
「マー君は、何もしなくたって価値があるんだよ。誰かの役に立とうとばかりしなくても良いんだよ」
一生懸命、僕に伝えようとするチサ姉を見ていると急に胸に込み上げてくるものがあった。チサ姉はどうしてこんなに僕のために親身になってくれるんだろう。僕が役たたずで足手まといでチサ姉に負担ばかりかける弟だったらどうだろう。
違う、きっとそんな事関係ない。僕は一番簡単で一番大事な事を忘れていた。
僕は・・・僕は、チサ姉から愛されている。
母親が早くに亡くなり、父は厳格な人だったから分からなかったんだ。
無償で愛されるって感覚が。
でも今なら良くわかる。
チサ姉の愛がわかる。
だから・・・僕は、チサ姉の前で本当に久しぶりに泣いた。
今までチサ姉だろうとポエミだろうと泣き顔を見せる事ができなかった僕が。
そんな自分を拒んできたけど。
今、自然と涙がこぼれた。
そしたら急に自分をさらけ出しても大丈夫な気がした。
我が儘言っても許される気がした。
恥ずかしくてチサ姉から目をそらしちゃったけど。
「チサ姉・・・・。ありがとう」
チサ姉はウンとうなずく。
「それと、お腹減った」
チサ姉にそんな事言うのは小学生以来だった。
凄く懐かしい感覚だった。
チサ姉は手を口に当てて嗚咽した。
瞳からは涙が零れ落ちた。
そして僕は、こんな自分の弱さをさらけ出すだけで
人に与える事も出来るんだって初めて知った。
その日、一日ゆっくりと体を休めた。
全部チサ姉に甘えて任せるなんて凄い久しぶりだ。
今までこんな状況になったら罪悪感で居ても立っても居られなかった。
でも、本当に信頼して委ねきってみると、何をそんなに恐れていたのかと不思議なくらい時はスムーズに流れた。
夜になる頃には僕の体調も回復して、明日からはまた頑張れそうだった。
昨日僕が倒れて記憶がない間、ポエミと牧野さん、それにサクラさんにお世話になったみたいなので、お礼を言っておこうと思いスマホを手に取る。
すると、それぞれからメールが来ていた。
『今日、少し準備はじめたとよ。明日は買い出し行く予定。無理そうやったら、ウチ一人で行くけん気にせんといて』
『今回の事で、学ぶこともあるはずです。自分を愛さない人が人を愛することは出来ないからね』
『大好きなマリオへ。もっと、甘えてね』
なんか、何てことない短いメールだったけど、涙が出た。
僕はそれぞれに返信して明日に備えて寝ることにした。
さっき、マリオからメールが来た。もう良くなったみたいで安心した。
昨日は急に倒れちゃうからびっくりしたよ。マリオが死んじゃうかと思った。
それから絵里ちゃんがマリオと一緒に居て凄く驚いた。
でも、絵里ちゃん頼りになったなぁ。
私は頭の中真っ白になっちゃって、全然動けなかった。
気が付いたらマリオの家に戻ってチサ姉ちゃんに泣きついちゃって。
ただの疲労で本当によかった。
無理しすぎなんだよマリオは。
その時、部屋の北側の窓がトントンと叩かれた。
絵里ちゃんだ。
私は窓を開ける。
向かいの家の窓から、ホウキを持った絵里ちゃんが顔を出していた。
絵里ちゃん、別にホウキで叩かなくてもLINEで知らせてくれても良いんだよ・・。
あれ? そう言えば絵里ちゃんとLINEて交換したっけ?
中学の時はスマホ持ってなかったし。
「ポエちゃん」
絵里ちゃんは怖い顔をして私を見ていた。
「今まで黙っててゴメン。前に言ってた他の高校に彼女の居る男子って生田君のことなんよ」
そうみたいだね昨日大体の事は分かったよ。
でも、前に言った通り絵里ちゃんなら気にしないよ。
だって絵里ちゃんマリオの事は好きじゃないって言ってたし・・・。
「謝ることないよ、気を使ってくれたんでしょ。でも、前に言ったよね絵里ちゃんなら嫌じゃないって」
「そ、そうやったとね」
でも、何か歯切れが悪い感じの絵里ちゃん。
どうしたんだろう。
「ポエちゃん・・・・お願いがあると」
「お願い?」
絵里ちゃんは真剣な表情をしてる。
大体、絵里ちゃんは物事を深刻に考えすぎる所がある。
「ポエちゃん、しっかりして!」
えっ?
お願いってそれ?
どういう意味なんだろう?
「ポエちゃんが、ちゃんとしてないと・・・ウチ・・・」
怖い顔をして私をみる絵里ちゃん。
「絵里ちゃん? どうしたの」
でも絵里ちゃんはそれからしばらく黙ったまま何も言わない。
「絵里ちゃん?」
もう一度呼びかけると絵里ちゃんは少し泣き出しそうな顔になった。
「ポエちゃんが・・・ポエちゃんがちゃんとして無かったら、どうなっても知らんけんね!!!」
そう言って、ピシャッと窓を閉めてしまった。
絵里ちゃん。何が言いたかったんだろう。
絵里ちゃんの意図がつかめないまま私も窓を閉めた。