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お泊り会(5/9)

第5章 お泊り会


翌日から文化祭の準備要員として生徒会の委員が駆り出された。

生徒会の委員と言いながら10月下旬から11中旬までの1ケ月間は文化祭の運営委員のようなものだ。

僕と牧野さんの仕事は主に三つ。

一つは学校の正門に作る飾り門製作の手伝い。

飾り門はウチの学校の文化祭の売りの一つで、毎年空き缶を材料に大きなデザインゲートを作っている。地域のゴミ拾いもかねて、生徒会役員と委員で空き缶拾いをするところから始め、十分に集まったら一個一個きれいに洗っていく。この洗浄作業が中々大変でタバコが中に入っていたり、飲み残しがゲル状になって詰まっていたりするモノがけっこうある。洗浄の後は針金で缶を接続して大小10種類ほどのブロックを作り、最後にそのブロックを組み合わせてゲートを作ると言うのが主な作業だ。僕らが手伝うのは洗浄とブロック作りだ。

二つ目は当日の生徒会としての企画

生徒会の企画はメインステージのイベントと生徒会室でのミニイベントの二つがある。大多数は役員と共にメインイベントに割り当てられる。ミニイベントは少人数で行わなけれ、僕と牧野さんは二日目午前のミニイベントを二人だけで担当することになっている。

そして三つめは、当日の受付や案内でこれは交代制で行う。

正門作りは毎年の事でなのでマニュアル化されているのだが、ミニイベントは企画から運営まで自分達だけでやらなければならない。例年だと公開ラジオ放送的なものとか、お菓子作り実演とか、変わり種だと自分たちがコスプレして握手会をすると言う企画もあったらしい。

とにかく前半は正門作り、後半はイベントの準備で休む暇がなさそうだ。

幸いクラスの出し物がオリジナル手作りアートの展示になったので、手抜きで適当に手伝えば大丈夫だろう。

「今週の土日は空き缶拾いに招集されるとね」

「まぁ、委員になったんだからしょうがないよ」

放課後、委員会の会合を終え帰宅の途に着く僕たち。

いつもならバス停で別れる僕たちだが、今日は僕も路面電車の駅まで歩いて行く。

「あれ、どうしてバス停に行かんと?」

牧野さんが不思議そうに僕を見た。

僕は少し恥ずかしかったが正直に白状した。

「実は彼女の所に行く。忙しくなって会う機会が減るだろうから、今のうちに会いに行こうと思って」

すると、牧野さんは気まずそうな顔をした。

「見られるとまずかよ・・・」

この前はそれで別々の電車で行ったんだよな。

「たぶん大丈夫だよ、僕の彼女は。家の前まで一緒に行かなければ」

ポエミに目撃される可能性は極めて低い。

それに、別に牧野さんとは後ろめたい関係でもないし、問題ない。

「ほなら、途中まで一緒で・・・」

牧野さんは戸惑いつつも、そう言った。

途中までと言ってたけど、牧野さんとは降りる駅も一緒だった。

「牧野さんも、この駅なの?」

牧野さんは、さっきよりさらに戸惑った様子だ。

「そ、そうやけど・・・でも、ここでお別れやけん。はよ、行くとよ!」

牧野さんは僕を急かすように追いやり、自分は駅で手を振って見送った。

なんなんだ・・・、いったい。


ポエミの部屋で30分も過ごすと、もう帰らなければいけない時間だ。

「マリオ、今度の土日は忙しいの?」

ポエミが名残惜しそうに聞いてくる。

「うん、何か、空き缶拾いに駆り出されてる」

今週だけじゃない、文化祭が終わるまでは土日も予定がびっしりだ。

「でも、時間が少しでもあったら会いに来るよ」

ポエミは頷くが

「嬉しいけど、無理しなくても平気。電話でもスカイプでも良いから」

僕の性格的にそう言われるとむしろ寂しく感じ、

是が非でも会いに来ようと思ってしまう。

それに、自分の中で順位付するわけじゃないけど、チサ姉やポエミと過ごす時間より牧野さんと過ごす時間が多いと言うのが嫌な気がした。

だから、ポエミに迷惑だって言われない限りは無理してでも会いに来ようと思った。


だけど、文化祭の準備は思った以上に忙しかった。

土日を含め少しはポエミに会いに行けるだろうと思っていたのだが・・・。

文化祭の仕事を言い訳に家の事を疎かにするのは嫌だったので、結果的にポエミに会いに行く時間が無くなってしまった。

ポエミはスカイプデートで全然いいよって言ってくれたけど、僕は納得できてなかった。

僕はチサ姉に対してもポエミに対しても完璧を目指したかった。

だから、僕はちょっと無理をすることにした。


翌日僕は外がまだ暗いうちに起きて、チサ姉が起きてすぐ食べられるように朝ごはんの準備をした。さらに自分の朝食にオニギリを作ってタッパに詰め込み、普段より約一時間早く家を出た。

そして、学校の最寄りのバス停まで着くと学校へは向かわず路面電車の駅に行き、ポエミの家へと向かった。

ポエミの家の前まで来ると、梨沙ちゃんやお母さんの忙しい時間を煩わせたくないのでポエミに電話をする。

「今、下に来てるから」


しばらくするとポエミが玄関からヒョコっと顔を半分くらいだけ出す。

「お母さんたちには言ってあるから、中に入って」

僕はもうだいぶ慣れてきた中西家に上がると、お母さんと梨沙ちゃんに軽く挨拶をしてポエミの部屋へ行った。

「マリオが急に朝来るって言いだしたから驚いたよ」

「なんか夜は時間が計算できないし、家の事もあるから・・・」

僕はカバンからタッパに入れたオニギリを出す。

それを見て、ポエミが

「ちょっと待っててね」

そう言って部屋から出てくと、しばらくしてお盆に自分の朝食と僕の分のお味噌汁を載せて戻って来た。

「えへへ、一緒に食べよ」

と、嬉しそうに笑った。

僕はありがたくお味噌汁をいただく

もしや、これはポエミのお手製では・・・と思い殊更にほめてみる。

「このお味噌汁。凄くおいしい!!」

「うん! お母さんはゲームと料理は上手いんだよ」

あ、お母さんね。

まぁ、いいけど。


時間ギリギリまでポエミの部屋で過ごし、最後は玄関で見送りをしてもらった。

「行ってらっしゃ~い」

ポエミが笑顔を向ける。

梨沙ちゃんはもう家を出たし、お母さんはキッチンだ。

こう言うシチュエーションって、やっぱり最後はアレなんじゃないかな・・・。

僕は期待を胸にポエミに声をかける。

「あの・・ポエミ・・その」

僕がゴニョゴニョしてるとポエミも察したらしく

顔を赤らめる。

僕はポエミを見つめる

ポエミはゆっくりと僕に顔を近づけてきた。

おお、これは!

ついに!

近い、いまだかつてないくらい近い。

恥ずかしさで心臓が飛び出しそうだった。

ポエミも茹で上がりそうな顔をしていた。

とその瞬間

勢いよく玄関の扉が開き梨沙ちゃんが入ってくる。

「お母さん!! 携帯忘れた!!」

その声を聞きつけお母さんが梨沙ちゃんの携帯を持って出てくる。

僕らは咄嗟に飛びのき、僕は靴ひもを結ぶフリをした。

不自然な雰囲気が伝わったのか

「なんか邪魔しちゃった感じ?」

と梨沙ちゃんがニヤニヤする。

僕は恥ずかしくて何も答えられず、ポエミに会釈をしてそそくさと家を出た。

行ってらっしゃいのキスはお預けとなった・・・

とは言うものの、朝からポエミの顔が見られて元気が出た。

きっと新婚さんは、こういう感じでパワーが出るんだなと思った。



「うげぇ、これ汚っ!!」

「こっちもかなり・・・。なんかウチたち酷い作業担当しとるよね?」

正門作りの材料に使う空き缶集めも終わり、僕と牧野さんは洗浄作業を始めていた。綺麗な缶はすぐに終わるのだが、汚れがひどいものは中身を取り出すだけでも一苦労で作業の進行を大幅に妨げる。

そして僕らは、作業をしながらミニイベントのことも話し合っていた。

「なんか良いアイディア浮かんだと?」

牧野さんは缶から出てきた得体のしれない液体に顔をゆがめている。

「それが難しいよ。僕は人前で何かするタイプじゃないし、イベントって柄じゃないでしょ」

すると牧野さんは

「ウチの方こそ、イベントとかチョー苦手やけん」

一見明るくて行動的に見える牧野さんだけど、もともと闇の住人とかやってた娘だし、ポエミと同じように不登校で引きこもってた時期もあったくらいだ。人前で何かやるってのは苦手だろうな。

「僕達には大勢の前で何かやるのはキツイよ。少人数を相手にやるイベントを考えよう」

そうやね、と頷く牧野さん。

「イベントって何かのサービスを提供するんでも良いと?」

「まぁ、決まりは無いんじゃない」

「なら、紅茶とかコーヒーの販売とかはどうなん?」

牧野さんの提案をちょっと考えてみる。

喫茶店をやるクラスや部活は多いから被るよな。

何か工夫があれば大丈夫かもしれないけど。

「そうだなぁ、何か喫茶店とかのサービスとは違うって言う売りがあれば・・・」

すると、牧野さんは空き缶を持った手を僕にビシィと向けて

「ほんなら、本格コーヒーとか紅茶の試飲サービスならどげん?」

どげんって言われてもなぁ

「本格コーヒーとか紅茶をどうやって手配するの? 予算は少ないんだよ」

牧野さんは

ドヤ顔で僕を見る

「んふふ・・・。実はウチのパパがコーヒーと紅茶を扱ってるメーカに勤めてるっちゃよ。試供品が会社に大量にある言うとーとよ」

それなら準備するのはカップとかポットとかで良さそうだし。

僕たちは美味しく淹れる練習をするだけだ。

「いいじゃん。それで行こう。一応服装とか給仕の恰好はしとこうか」

「給仕?」

「ウェイターとかウェイトレス」

するとちょっと考えてから牧野さんは急に顔を赤くした。

「それってメイド服なんじゃなかと?」

そこまで本格的じゃなくて、ちょっとしたウェイトレス風のエプロンのつもりだったんだけど、牧野さんは顔を赤くしながらもやる気満々と言う雰囲気だった。

「ウチ、頑張るけんね」

それでモチベーションが上がるならいいか・・・。



「マリオ。無理してない?」

金曜日、

今週三回目の朝のポエミ訪問。

今日は朝食もご馳走になってしまった。

確かに家事もこなしながらの朝の訪問は結構ハードだったけど、

これくらい何てことない。

何よりポエミの顔が見られるだけで嬉しい。

「でも、マリオ疲れてる感じだよ」

「ちょっと寝不足なだけだし大丈夫だよ」

僕がそう言っても、心配そうな顔をしたままポエミは何か思案していた。

やがて、決心したように僕の顔を見た。

「明日、マリオの家に行っていい?」

ポエミの突然の提案。そりゃあ来てくれるのは嬉しいけど・・・。

僕は明日も学校だし、その後ポエミを迎えに行くとしても夕方になる。

それに文化祭準備の後の自転車もキツイ。

僕がそんな事を考えてるとポエミは驚きの提案をする。

「それでね、マリオの家にお泊りする!!」

いきなりな言葉に、ポエミが淹れてくれたお茶を吹き出す。

「泊まるぅ!?」

「うん。だめ?」

ダメって言うか、逆にポエミが大丈夫なのか。

お母さんは?

いくら理解あるお母さんとは言え、娘が彼氏の家に泊まるのを許すのか?

「お母さんは許してくれるの?」

「大丈夫だよ。お母さんは絶対許してくれる」

確信をもってポエミが答える。

それだけ断言するって事は大丈夫なんだろう。

でもポエミは心配顔で僕に聞いてきた。

「チサ姉ちゃんは許してくるかな?」

そうか、そっちの許可も必要だ。

でもチサ姉は・・・・むしろ喜ぶだろうな。

僕とポエミ二人きりだったらショックで寝込むかもしれないけど。

「チサ姉は大丈夫だと思うけど、確認しておくよ」

そして、ポエミはもう1つ提案してきた。

「それから、明日は電車に挑戦してみる」

「えっ!?」

泊まりに来ると言うインパクトの後なので驚きが小さく感じられたけど、なかなかの挑戦だった。

「明日はマリオ、疲れてるだろうし自転車は可哀想だもん」

「で、でも大丈夫か?」

「もう決めたの!」

ポエミは僕に心配されるのが嫌なのか

その後も大丈夫の一点張りだった。

念のためタクシー代を準備しておくか・・・。



その日の昼休み、睡眠不足を補っておくために寝るつもりだったのだけど

牧野さんが中々寝かせてはくれなかった。

まぁ牧野さんだしな・・・・

「生田君、寝不足ぅ?」

分かってるなら、寝かしてほしいんだけどね。

「うん、今週はハードっだった」

「ウチらは明日も明後日もあるけん、頑張ってね」

そう言う牧野さんは元気そうだった。

もっとも、僕の疲れは家事やポエミの家への訪問のせいだしな。

「牧野さんは、疲れてないの?」

「ウチはなんか楽しんでるけん、全然へーき」

委員が決まった時あんなに落ち込んでたのに今は本当に楽しそうだった。そんな牧野さんを見てると、僕も一緒に委員になって良かったと心から思えた。

「僕も牧野さんと一緒に作業するのは楽しいし、他の人とだったらもっと疲れてたよ」

すると、牧野さんは照れたように笑って

「ま、また、そういうこと言うと? ウチは誉められなれてないけんね」

ただの感想を言っただけなのに、この程度で誉められたと感じるものなのかな。

「こんなの誉めてるうちに入らないよ。牧野さんにはもっと誉められるところ沢山あるし」

「そ、そんなん言われたの初めてやし。どう返せば良いか分からんとよ」

と言って、照れ隠しするようにパンをかじった。

牧野さんは、いつもは喋り倒して食べるのが遅かったが、今日はその後無口になってしまったのでいつもより早く食べ終わった。

それから僕は少しだけ睡眠をとる事が出来た。


僕達が教室に戻ると見知った顔ぶれが吉川さんと談笑していた。

一緒に正門作りの作業をしてる委員の女の子達だ。

「じゃあ、日曜の作業終わったらね」

そう言い残して自分たちの教室に帰っていく委員の女の子たち。僕の視線に気づき吉川さんの目つきはキツくなる。慌てて目線をそらして自分の席に戻った。

日曜日の約束か・・・。

空き缶作業は日曜までで、組み立て班に引き継ぐことになる。

順調にいけば、日曜は早めに作業が終わる予定だ。

その後、遊ぶ約束をしたのだろう。

その日は僕もポエミがウチで待っててくれるはずだ。

「お帰りなさい」とか言われるのを想像して頬が緩んだ。



その日、通常よりだいぶ遅く帰宅したが、チサ姉はまだ帰ってなかった。この時間だと御飯を食べてくるかどうか微妙な時間だ。僕は干しっぱなしだった洗濯物をとりあえずソファに取り込み、食事の準備をする。念のため二人分準備をして食事を済ませ、その後ソファに無造作に取り込んだままだった洗濯物を片付けた。

お風呂の準備をして、ひと段落ついているとチサ姉が帰ってきた。まもなく10時になる時間だ。

「ただいまぁ」

「お帰り、チサ姉」

「こうやって、暖かい部屋でマー君が出迎えてくれるから、疲れも吹っ飛ぶよ」

そう言ってチサ姉は僕にハグして頭をナデた。

「ちょ、チサ姉」

「あ、ゴメンね。もうマー君には彼女がいるんだもんね。いつまでも、お姉ちゃんにベタベタされたくないよね」

そう言って寂しそうな顔をする。

「いや、今でもチサ姉のことは大切に思ってるから」

僕がそう言うと、チサ姉は嬉しそうにハグして頬をスリスリしてきた。

「ちょっと、こういうのはマジやめて」

そう言って、チサ姉から離れる。

「うぅ、マー君冷たくなった・・・」

いや、チサ姉が異常なんだって。

「そ、それよりチサ姉ご飯は?」

付き合いきれないので、僕は話をそらす。

チサ姉は思い出したように

「おなか減ったよ~」

と眉毛をハの字にして言った。

準備しておいて良かった。

「肉じゃがならあるけど?」

「おー、さすがマー君」

チサ姉はまた僕の頭をなでた。


部屋着になったチサ姉は、まったりと食事をしている。

すっかりくつろぎモードのチサ姉に、僕はポエミの事を切り出した。

「あのさ、チサ姉。明日、ポエミ来るんだけど良いよね」

「もちろん良いよ。お姉ちゃんポエミちゃんの事大好きだよ」

みそ汁をすすりながらウンウンと頷く。

この前会ったときに二人はすっかり仲良しになってたし、予想通り何の問題もなかった。

「それでさ、家に泊まってもらうんだけど・・・」

ところが、僕がそう言うと、チサ姉の動きが止まった。

「うん・・・ん?」

よく分かってないようなのでもう一度言う

「ポエミが泊まりに来る」

すると、チサ姉は バンとテーブルを叩いた。

「どどどどうして! どう言うつもりぃ!!!」

予想外の反応に戸惑う。

「どうしてって言われても」

「そ れで何! お姉ちゃんが邪魔だから、どっか出掛けてろって言うの? まだ早いと思うよお姉ちゃん!」

盛大に勘違いしていた。

僕がいきなりそんな事するほど恋愛上級者なわけがない。

「いや、そんな事じゃなくて」

チサ姉は僕が何か言おうとしても耳をふさいでイヤイヤと言う感じで頭を振る。

「お姉ちゃん、聞きたくない!」

ため息をつきながら僕は一から説明した。


「じゃぁ・・・イケないことをしようって事じゃないのね」

「あたりまえだよ」

ようやく落ち着いたチサ姉は、なぜか涙目になっている。

「なんか、娘が嫁に行く日の父親の気持ちが分かったよ」

そんな事を言うチサ姉だが、娘と言う括りで言えばむしろ自分が娘だ。

「で、日曜日はマー君が帰ってくるまで私とポエミちゃんの二人きりなんだね」

「うん、大丈夫かな?」

「安心して。 マー君がヤキモチ妬くくらい楽しんじゃうから」

僕もほっと胸を撫で下ろす。

ポエミが「お帰りなさい」って出迎えてくれる日が現実味を帯びてきた。


部屋に戻りチサ姉の許可が下りたことをポエミにメールすると、

すぐに返信が来た。


『よかった。 それから、電車に乗ってる間ずっとマリオにくっついてるけど大丈夫?』


明日は周囲の視線との戦いになりそうだ・・・ と覚悟を決めた。



そして、 あっという間に土曜日の作業も終わりポエミの家に向かう。

当然、最寄り駅が同じ牧野さんと一緒に行くことになる。

「また、彼女のところ行くと?」

「うん、まぁ」

土曜の夕方の電車、普段に比べ家族連れやカップルが多い。

僕らも高校生カップルに見えてるかもしれない。

いつもと同じように、とりとめのない事を話し続ける牧野さんだったが

急に気になたのか僕に聞いてきた。

「ねぇ、生田君。生田君はいつも彼女とどんなデートすると?」

僕は返答に困ってしまう。

ポエミとのデートって普通と違うからな・・・

「僕らは、家で会うことが多いかな」

曖昧な表現だけど、嘘では無いよな。

「遊園地行ったり、映画見に行ったりとかせんと?」

それは今のポエミには無理だ。

ポエミの状況を、まだ牧野さんに言う気になれなかったので誤魔化した。

「僕の彼女は、超インドア派なんだよ」

「・・・ふーん、インドア・・・まったく」

牧野さんは、ブツブツ誰かに対して怒ってるような感じだった。

「生田君がそれで良いなら、なんも言わんけど」

牧野さんはそれ以上その事は話さず、それからは再びとりとめのない話を駅につくまで続けていた。

駅に到着すると、牧野さんは以前と同じように僕に先に行かせて、

そこで別れた。


11月に入り日も短くなってきており、ポエミの家につく頃にはすっかり暗くなっていた。

学校を出るとき連絡をいれていたがポエミはまだ準備中で、僕は梨沙ちゃんやお母さんの居るリビングで待った。

しばらくするとポエミが大きめのバッグを重そうに持って出て来た。今日のポエミは青いタートルネックのシャツにベージュのVネックタイプ のジャンパースカートを着ていた。

今までは、お母さんや梨沙ちゃんの前で醜態をさらしてしまっていたが、これまでの失敗から学習したので今日は落ち着いて行動する。重そうに抱えているバッグを持ってあげる為に近づいて、耳元で

「凄い似合ってる。かわいいよ」

とお母さん達には聞こえない様に呟いた。

でもポエミが「ちょっとマリオ何言ってんの」と赤くなったのでもっと別の愛の囁きでもしたものだと、お母さんたちに疑われてしまい余計に恥ずかしい思いをした。


外に出るとポエミは僕の腕にしがみ付いてきた。右手にはポエミのバッグもあるので結構歩きづらい。

始めのうちは人もまばらで、ポエミもさして緊張せずに歩けていた。

しかし駅に近づくにつれ人影は増し、街並みはいよいよ賑やかになってきていた。

その頃になるとポエミは僕の後ろに隠れるようにして歩いていた。勢いのある人や雰囲気の粗い人が近づくと顔を僕の肩にうずめてやり過ごした。

駅まで来ると、先程牧野さんと来たときよりもさらに混んでいた。駅に入って来た電車は満員に近い状態で、その電車を見たポエミが動揺してるのがはっきりと分かった。

これは確かにハードだ。電車に挑戦するなら平日の昼とか空いてる時間にすべきだと思った。ポエミはそれでも頑張って乗ろうとしているが今にも泣き出しそうだった。

「ダメだ、このままじゃ」

僕はポエミの手を引いて駅から出た。

ポエミは驚いていたが僕に手を引かれるまま着いてきた。

しばらく歩いて比較的人の少ない場所に来たところで立ち止まりポエミの方を向いた。するとポエミは僕にしがみついてきたので、まるでイチャイチャするために人の少ない所に連れて来たみたいだった。

「ポエミ。タクシーにしよう」

ポエミは意外そうに僕を見たが、すぐに理解したのか。

「ありがとう、そうする」

と笑顔で答えた。

「もしかして、その為にここまで連れてきたの?」

「えっ、そうだよ。どうして?」

僕が聞くとポエミは照れぎみに言った。

「私はマリオが急に大胆になったのかと思ったよ」

夢中で手を引いて歩いたけど、端からみたらやっぱり人気のないところに連れ込むみたいに見えたのかな。

いくらなんでも人混みで涙目になってるポエミに、そんな事しないって。

とは言うものの・・・

ポエミの言葉を聞いて、もしかしたらキスのチャンスを逃したのかもしれないとちょっと残念に思った。


「2490円です。領収書は必要ですか?」

僕は首を振りお釣りを受け取る。 またサクラさんのイベントの手伝いで小遣い稼ぎしないと。

タクシーを降りると、ポエミは僕の袖を掴み

「ゴメンね。マリオ後で半分払うね」

と本当に申し訳なさそうな顔で見てきた。

「取り敢えず、タクシーは克服したね」

と笑って見せたら。小さく微笑んで

「ありがとう」

とつぶやいた。



家に入ると、チサ姉が夕飯の準備をしていた。

普段家事をやらないチサ姉が準備していたのは兼ねてからの予定通り手巻き寿司だ。

スティック状の刺身や卵焼きやその他諸々の食材がお皿に並べられ、酢飯と海苔が準備されていた。

「凄いですチサ姉ちゃん。尊敬します」

「あはは・・・、ほとんど買ってきたものを並べただけなんだけどね」


3人での手巻寿司パーティーが始まると、チサ姉は珍しく缶チューハイを開けた。

「チサ姉。今日はお酒飲むの?」

「うん。なんか楽しくて」

横を見ると、ポエミが卵焼きばかりを大量に入れた手巻寿司を作っていた。

「ポエミちゃん、卵好きなのぉ?」

「うん。卵焼きが好き。特に甘いやつ」

「そうかぁ、だから卵みたいな顔してるんだねぇ」

「卵みたい?」

「うん、ツヤツヤで髪型がベリーショートだから卵っぽいなぁって」

「チサ姉酔ってる? それ褒めてる感じじゃないよね」

「いや、マリオ。私、卵大好きだから嬉しい」

とポエミは本当に嬉しそうだった。

「そうか? 僕はアンマンが大好きだけどアンマンに似てると言われても嬉しくないぞ」

「マー君は、アンマンじゃなくて食パンだよ」

チサ姉が僕の顔をマジマジと見ながら言う

「それも嬉しくないけど」

「マリオ、ショクパンマンはイケメンだから褒められてるよ」

とポエミはチサ姉の言葉に納得してるようだった。

良く分からないが、そういう解釈で良いのか?

チサ姉とポエミは不思議になほど噛み合っていた。

全然似てないのに凄く似ている二人だった。

「じゃぁ、チサ姉は桜餅に似てるかな」

僕が冗談めかして言うと

「酷いよマー君。お姉ちゃんの悪口言って」

「マリオ、今のはヒドイ。謝ったほうが良い」

「な、なんで、可愛い和菓子に例えたつもりだったんだけど・・・」

基準が分からなかった。


「もぉ、食べれないよぉ」

アニメの食いしん坊キャラみたいにチサ姉が言った。

楽しい雰囲気のせいか、3人ともいつもより食べていた気がする。

「お姉ちゃん、食べ過ぎで動けないから、マー君後片づけお願いね」

「食べすぎじゃなくても、やらないくせに」

「マリオ、私手伝う」

そしてポエミと二人で片づけをして、しばらく3人でまったりしてると

「そろそろ、お風呂にしようよ」

とチサ姉が言った。

そこで僕がお風呂を準備して戻ると、

ポエミはソワソワしていた。

どうしたのかな、と思ったけどすぐに分かった。

「お姉ちゃんはポエミちゃんと一緒に入るからね」

「あ、そう言うことになったんだ」

「うん、ちょっと恥ずかしいけど」

「それとも、マー君も一緒に3人で入る?」

とんでもない提案をするチサ姉

「さすがにそれは・・・」

僕は辞退するが

「私は別にそれでも良かったけど・・・」

ポエミの言葉に、面食らう僕。

「嘘だよ」

ポエミは舌を出した。

二人にいいようにからかわれてしまった。


それから、二人はずいぶんと長いことお風呂に入っていた。

時々大きな笑い声が聞こえてきて、何となく疎外感を感じた。

やがて、風呂場の方からバタバタと音がして二人が出てきた。

現れたのは、ウサ耳が付いたヘアータオルを巻いたパジャマ姿のポエミだった。

「マリオお待たせ」

「話が盛り上がっちゃって長湯しちゃったよぉ」

ポエミのパジャマはピンクのドット柄で、

暑いのか上着のボタンを上一つ外して胸元が緩めだった。

僕はポエミを眺めてボーっとしてしまった。

「あれ、ポエミちゃん。ちょっと攻撃力が強すぎたかもね」

「えっ、何がですか?」

「ナチュラルなのが凄いよね。ねぇ、マー君」

「うん、ナチュラルに可愛い・・・」

僕は、あまりのポエミの破壊力に思わず口走ってしまった。

「ちょっとマリオ、何急に・・・」

ポエミは赤くなって俯くと

僕も正気に戻って恥ずかしさが込み上げてきた。

「まさか、今夜はこんなのばっかり見せられるわけじゃないよね」

とチサ姉は半分楽しそうに、半分ウンザリしたように言った。


僕もササッと風呂に入って、リビングに戻ると二人でチサ姉のノートパソコンを見ていた。

覗いて見ると占いサイトだった。

「マー君、ほら動物キャラ占い」

「私は一途なコジカだった」

ポエミが言うが、全然イメージがわかない。

「それってどんなキャラ」

チサ姉がマウスを動かし解説にとぶ。

「う~んとね、(一途なコジカは社会の荒波や競争社会で生きることが困難です。ですが一途で愛情深いので誰かの心の支えになる時、大きな力を発揮します。また多くの人に可愛がられ守られますが一部のタイプには敵視されます。)だってさ」

「私、一途で愛情深い」

そう言って僕を見るポエミ。さっきから破壊力強すぎるから。

「でね、お姉ちゃんは包容力のあるタヌキだって。

このキャラはね(人を和ませる謙虚で明るい人で、控えめなタイプですが以外にキャリア向きで出世する人が多いでしょう。人を見る目が確かで、物事に動じない性格。でも、ちょっとした事で傷つく繊細さも)だってさ」

「なんか、当たってるねこの占い」

「マリオのも見たい」

「そうだね。調べてみよう」

チサ姉は僕の生年月日を打ち込む。

チサ姉もポエミも興味津々の様子だ。

読み込み画面の後、結果が表示される。

「ど、どうだった?」

「優しい一匹狼だって。これはね(自分の価値観を大切にし世間の常識に囚われない人。孤独を恐れない人だが一度心を開いた人は大切にし、トコトン尽くす。半面心を開いた相手にも中々弱さを見せる事が出来ず相手を傷つけることも)だってさ」

何だかよく分からないなと思ったけど、二人は納得したようで

「マリオ、もっと甘えて良いんだよ」

「お姉ちゃんにもね」

とニヤニヤと言ってきた。

「当たってない!」

僕が納得しなかったので、他の所もみて見ようと言うことになり

色んな占いサイトをはしごして盛り上がった。


そんなこんなで夜も更けて、3人ともだいぶ瞼が重くなってきた。

「マー君そろそろ寝よか」

「そうだね、じゃぁポエミはチサ姉の部屋で良いよね」

「え、そうなの?」

ポエミがキョトンとした顔をする。

「え、違うの?」

「何を言ってるのマー君。せっかく3人なんだよ。この部屋で川の字で寝ようよ」

「あー楽しそう! ねぇマリオ、そうしようよ」

ポエミがそれで良いなら、僕としては大歓迎だけど

「じゃぁ、お姉ちゃんが真ん中ね」

「えっ、ここはポエミが真ん中でしょ普通」

「私も真ん中が良い」

真ん中を巡って対立が起こった。

「んー。でも二人が隣どおしって、ちょっと心配」

チサ姉が言うとポエミは不思議そうに言った

「心配ですか?」

ポエミがチサ姉を見つめた。

するとチサ姉は恥ずかしそうに

「本当は心配はしてない・・・。ただ、お姉ちゃんだって真ん中で寝たいよ」

「ぷっ。チサ姉ぇ~」

「私だって真ん中が良い!」

あくまでポエミも譲る気は無いようだ。

間をとって僕が真ん中ってのもアリなんだろうけど、それじゃあ僕はろくに寝返りもうてない。やはりゲストであるポエミが真ん中だろう。

「やっぱり僕はポエミの味方かな」

とチサ姉に釘をさす。

「マ、マー君・・・そんなぁ」

「わかりました。じゃぁ、ジャンケンにしましょう。チサ姉ちゃんが勝ったらチサ姉ちゃんが真ん中で」

「うん、それでいいよ」

「それで、私が勝ったら私が真ん中。マリオが勝っても私が真ん中です」

「それって、不公平だよ」

チサ姉は抗議するけど却下される。

「じゃぁ、いきますよ」

「ジャンケンポン!!」


「無念だよぉ」

「にゃはは、マリオは私の味方だもんねぇ」

ジャンケンは僕が勝って晴れてポエミが真ん中になった。

「じゃぁ、灯り消すよ」

「待って、マリオ。私真っ暗は嫌だよ」

「それじゃぁ、常夜灯つけておこうか」

するとチサ姉が何か思い出したように手を叩く

「ねえ、マー君。アロマキャンドルにしようよ」

「あぁ、それスゴい素敵ぃ」


チサ姉はごそごそとタンスの引き出しから薄紫色の球体みたいなキャンドルを持ってきた。

チャッカマンで火を灯し「マー君消していいよ」と言った。

闇の中に幻想的なキャンドルの灯りが揺れ仄かにラベンダーの香りがした。


「なんか、今日が終わってほしくないなぁ」

「明日は明日で楽しいこと沢山あるよ」

僕がそう言うと。

「そうだけど、今この瞬間の凄い幸せな気持ちは終わっちゃうでしょ。また楽しい事もあるだろうけど、この幸せの感じが終わっちゃうのは寂しいよ・・・」

ポエミの言ってることが僕にもなんとなく分かった。でも、それは未来への信頼の欠落。この世界で生きていくことへの不安や恐怖から来ているのだ。今は棚上げしている何らかの問題や課題。そこにいつか向き合わなければいけないと言う不安だ。僕はずっと、その問題や課題は外にあるのだと思っていた。でもサクラさんが教えてくれた。問題は全部自分の内面にあるんだって。その内面にある問題に向き合わなければ不安を消すことは出来ない。すべての社会的な肩書も所有物も失った自分。ちっぽけで、弱弱しい自分と向き合って、それでも自分はこれで良い、価値があるんだと認められなければ、幸せな瞬間を失う不安を消すことはできないだろう。

「なんか、マリオ難しい顔してる」

「マー君、時々そうやってお父さんみたいな顔するんだよね」

「親父? 親父に似てる?」

「時々すごい似てるよ」

そう話すチサ姉はポエミの背中にピトっとくっつく様に抱き着いていた。

ポエミは僕の方を向いて寝ているので二人して僕と向かい合ってる感じになってる。

しかも、距離が近い。

「ね、ねえ、せっかく布団3組敷いてるのに、一つしか使ってなくない?」

「そうだね、一つで十分だったね」

「いや、そう言うことじゃないと思うんだけど」

「せっかくのお泊り会なのにマー君つまんないこと言ってるよ」

「だ、だってチサ姉、さっき心配だって言ってなかった?」

「うん、心配だよ。だからマー君の近くで寝てる」

ポエミは幸せそうに終始ニコニコしている。

まぁ、別に僕は得しかしない状況だし。

今を楽しむか。

「よし、じゃぁ僕も近づく」

「マー君、それはだめだよ!!」

「私は別にいいよ」

「ポエミが良いって言ってる」

「だめ、だったらお姉ちゃんが真ん中に寝る!」

そんな事をしている内にもどんどん時間は過ぎて行き、やがて僕は眠りに落ちていた。

チサ姉とポエミはその後もしばらく起きていたようで、朝起きたら何故か僕が真ん中に寝ていて二人から抱き枕状態になっていた。

後から聞いたのだが、二人が寝たときには空が明るくなり始めていたらしい。

僕は二人を起こさないように、布団を出ると顔を洗って制服に着替えた。

家を出るまで余裕があったので、みんなが朝起きたとき食べられるようにオニギリを作っておいた。そのうちの一つを食べ、二つを弁当として持った。二人は起きる気配がなかったので、そのまま家を出た。

学校に着くころ、「オニギリありがとう」と言うメッセージ付きで寝起きの二人の写メが来た。


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