ポエミとチサ姉(3/9)
第三章 ポエミとチサ姉
「マリオ、マリオ、今度はどこにデートに行く?」
「うーんそうだな・・・」
いつもの様にスカイプで話す僕とポエミ。
今日のポエミは外のデートにまた行きたいとずっとはしゃいでいた。
でも、僕はちょっと悩んでいる。
この前は外に出られたけど、だからと言っていきなり無理するのは逆効果だと思っていた。ポエミは人に対する恐怖と場所に対する恐怖がある。要は人が多いところと、雰囲気が怖い場所が苦手なのだ。僕らのセッションをしてくれているサクラさんはハッキリと普通の人には見えない存在が見えているのだが、ポエミの場合は人のネガティブな思いや怒り、恨みといった感情を敏感に感じ取ってしまうのだ。ストレスを貯めたサラリーマンや不満を抱えた主婦など、よく町にいる人達が心の奥に持っている怒りや恨み、妬み嫉みを自分の中で増幅して感じてしまう。人が多く集まる場所には無数の感情が渦巻いているのだが、ほとんどの人はそれを何とも思わない。あるいは感じ取ってはいても、僕のように感情をシャットアウトして生き難いながらも何とかやっていけてる人間もいる。しかしポエミはあまりにも無防備であり、あまりにも敏感だった。僕と一緒なら少しはましだが、人が多くいるところに行くのはまだ早いと思った。
「ポエミの家の近くを散歩しようよ」
「・・・う・・ん」
ポエミは不満そうだ。
「どこか行きたいところがあるの?」
「あのね、マリオが行きたいところに行きたい」
そんなこと言ったって・・・
僕が行きたいところが人混みや遠いところだったら無理だろう。
「マリオが行きたいところ言ってくれれば、今は無理でも行く為には何を頑張っていけば良いか分かるでしょ」
ポエミの言葉に心を動かされる。
確かにそうだ、問題点を洗い出していくことも大切なことだ。
実は思っている場所が全然ないワケじゃなかった。
ポエミと付き合い始めた時から思っていた事がある。
それを実行してみるか?
ただ、ポエミにはまだちょっとハードかもしれないけど・・・
「なぁ、ポエミ。ウチに遊びに来るか?」
「い、いきなり、そうなるの!?」
僕の言葉にポエミは急に赤くなって慌てだした
「そ、それって頑張る方向が違くない・・・? いや・・・マリオが望んでるんなら頑張るけどさ・・・」
ポエミの様子を見てハッとした。まさかポエミ勘違いしてないか?
「ち、違うって。姉貴、姉貴もいるから」
「お姉さん?」
キョトンとするポエミ。
「そう、ポエミにはご家族を紹介してもらったから。今度はポエミを僕の家族に紹介したいと思って」
「うん、そういう頑張るでしょ。え? 違うの? どういう頑張りのつもりだったの?」
えっ、勘違いしてないの。
なんだ、勝手な妄想で勘違いしてたのは僕の方か・・・恥ずかしい。
とにかく気を取り直して
「で、どうかな?」
と確認すると、ポエミはウンと頷いた。
「お邪魔するから。お姉さんにちゃんと紹介して」
とOKしてくれた。
これで行先は決まったわけだが、まだ問題があった。
「ポエミはタクシーと僕が運転する自転車の後ろ。どっちがいい?」
「ん? どういう事」
僕とポエミの家は路面電車で4駅+バス10分の距離だ。
今回は路面電車もバスもハードルが高すぎるからパスしたい。
すると選択肢は二つ。
まずはタクシーだ。
一番無難だと思う。
距離的に片道二千円ちょい、往復五千円弱。ポエミが来る大イベントだし、それくらいの出費はどうってこと無い。またサクラさんの手伝いのバイトをさせてもらえばいい。
そして、もう一つは自転車。
最短距離で行けば30分くらいで行けるはず。ただし、繁華街なんかも通過するからポエミが大丈夫かが問題だ。でもポエミとくっつけて僕は嬉しい。いや、そんな作戦では断じてないが・・・。
「自転車の方がいいけど・・・不安もある。マリオも大変だろうし」
ポエミは僕の心配をしているようだった。
確かに自転車二人乗りで長距離ってあまりしないよな。
それなら、日曜にウチに来ることにして・・・
「じゃぁ、前もって自転車で大丈夫かを試してみるのはどうかな?」
「えっ、どうするの?」
「うん、土曜日に・・・・」
今週末はデート三昧だ。
「ただいま~」
「お帰り、チサ姉」
金曜日の夜、いつものように姉を出迎える僕。
僕は姉と二人暮らしだ。
チサ姉はスピリチュアル関連の書物の翻訳を仕事にしている。20代ながら自分の事務所を持って独自に海外のスピリチュアルリーダーやメッセンジャーと翻訳の契約を結んだりして見かけによらずやり手だ。小さな事務所なので大物のベストセラー本なんかは出版できないけど、まだ世間に知られていない人を発掘して本を出版したり大手が手を出さないようなニッチの分野に攻め込んだりしてマニアには人気がある出版社だ。
僕のセッションをしてくれているサクラさんは、そんな姉が最初に発掘した才能だった。高校の同級生だった二人。それまで自分の霊能力を持て余して日常生活も人並みにこなせなかったサクラさんの事を頼まれもしないのに世話を焼いて面倒見ていたのがチサ姉だ。チサ姉の助けもあって、サクラさんは高校を卒業する頃には日常生活を普通にこなせるくらいに能力をコントロール出来るようになっていた。
サクラさんはチサ姉には本当に感謝している。だからこそ、今は僕の事を親身になってサポートしてくれているのだ。
今日の夕飯は和風のメニューだ。サバの味噌煮に副菜の根菜の煮物。みそ汁の具は姉の大好きな油揚だ。
僕のお手製の夕飯を食べながらチサ姉は諭すように話し始めた。
「ねぇマー君。もう少し手抜きして良いんだよ」
「どうしたの、急に」
チサ姉は軽くため息をつく。
「高校生なんだから友達と遊んだり、部活やったりして良いんだってこと」
チサ姉は時々僕を心配してこういう事を言う。
でも、僕はそんなこと望んでるわけじゃなかった。
「別に僕は友達とかいらないし・・・」
僕の言葉にチサ姉は珍しくちょっと語気を強める
「マー君そんな事言ってるけど、お姉ちゃんだって分かるよ。マー君、最近友達できたでしょ。だから、お姉ちゃんの事は手抜きでいいから。友達を大事にしてあげてね」
友達?
まさかポエミのこと言ってる?
だったら、ちょうど良い。日曜に家に来る事もあるし、ポエミのこともちゃんと話しておこうと思ってたところだ。
「あの、チサ姉。僕は友達は出来てないよ」
「またぁ、マー君はすぐそうやってぇ」
チサ姉は少々怒り気味だ。
「そう言うのって相手に失礼でしょ。最近楽しそうに遊びに行ってるし、夜だってよく電話したりしてるの知ってるよ」
「違うんだ、チサ姉。友達じゃなくて彼女なんだ」
僕が言うと一瞬空気が止まった。
「うん・・・・うんんんん!?」
チサ姉は訳のわからない返事を返してきた。
「あの、あのねマー君。よく聞こえなかったんだけど。お友達の名前、狩野丈君って言うの?」
「い、いや、彼女。狩野丈君て誰?」
チサ姉の笑顔がひきつる。
「マ、マ、ママママー君。か、かかかかかか彼女って?」
「あの、彼女が出来た」
笑顔がやがて泣き顔になり、悲鳴のような声をあげる。
「エエエエエエエエエエエエエエッ!! い、いつから? どんな娘? どこの娘? 年上? 年下? 結婚するの? 出てっちゃうの?」
チサ姉は取り乱して矢継ぎ早に質問してきた。
「チサ姉、落ち着いて」
「で、ででででででも・・・」
チサ姉がすっかりダメダメ状態になってしまったが
とにかく説明しないと。
「あのね、チサ姉。サクラさんのセッションで会った娘と最近付き合い始めたんだ」
「え、え、サクラと付き合ってるの!? そんなサクラは私と同い年だよ」
予想以上にダメになってた。
ちょっと時間をおくしかない。
それから僕は紅茶を入れ、買い置きしていたゴディバのショコラを出した。チョコを見るとチサ姉は目を輝かせ、すっかりチョコに夢中になり彼女の話は吹き飛んでしまった。
幸せそうな顔でチョコを食べるチサ姉。
やがてティータイムを終える頃にはすっかり落ち着きを取り戻していた。
「ゴメンねマー君、取り乱しちゃって。いきなりだったから」
やれやれと言う感じで僕は話し始める。
僕はポエミと出合った経緯から付き合い始めるまでの事をザックリと説明した。
「そう。サクラのセッションで出会った娘なのね」
彼女が出来たことは理解してもらったので
次は日曜の事だ。
「それでね、今度の日曜日にウチに来る約束してるんだけど・・・」
「わぁ、本当に? マー君の大切な人なら大歓迎だよ」
落ち着いている時のチサ姉は物分かりが良い。
時々テンパるとおかしくなる事があるけど、元々が聡明で優しい性格だ。
そんなチサ姉を僕は心から信頼している。
そして僕はもう1つ大切なことを伝えた。
「実は彼女、人と接するのが凄く苦手なんだ」
チサ姉は首をかしげる。
「苦手? 人見知りってこと?」
「いや、そう言うんじゃなくて・・・」
どう説明したらいいんだろうか。
誤解の無いように、でもポエミの状況を理解してもらえるように、僕は慎重に言葉を選びながら話した。説明を終える頃にはチサ姉は優しい笑顔を僕に向けていた。
「あの・・・だから、もしかしたら彼女はチサ姉にもちゃんと挨拶とか出来ないかもしれないし・・・それから」
僕がさらに言葉を続けようとするのを制して、
チサ姉はウンウンとうなずいた。
「わかったよマー君。安心して」
チサ姉は僕の不安も、会ったことも無いポエミの不安をも見透かしてしまったかの様に、
「任せて、大丈夫だよ」
と言った。こう言う時のチサ姉は誰よりも信頼できる。僕はもう安心して任せることにした。
「ありがとうチサ姉」
「そんなことより・・・。マー君に友達を通り越して彼女が出来たなんてお姉ちゃん本当に驚いたよ。もしかしたら男の子の友達を作るのが苦手なだけで女の子の友達ならたくさん出来るんじゃない。そうだよきっと。ねぇマー君、女友達たくさん作ってみたら」
「いや、そんなチャラいの嫌だよ・・・」
チサ姉は何だか嬉しそうだった。
今日は月一回の土曜日登校の日だった。
そして今日僕は、学校まで自転車で来ていた。
僕の家から自転車で東に30分ほどの場所に学校がある。そして僕の家から自転車で南に30分くらいの所にポエミの家がある。しかし、学校からポエミの家は三平方の定理で√2倍の距離があり45分ほどかかる。空腹ではもたない。僕は一人裏庭の例の場所でコンビニのおにぎりを食べていた。
すると、
「あれぇ~、どうしているとぉ?」
と聞きなれた声が聞こえた。
「それは、こっちのセリフだよ」
牧野さんがコンビニの袋を片手に歩いてきた。
「土曜日の放課後、ここで過ごすのがウチの密かな楽しみやけんね」
何故かドヤ顔の牧野さん。
「そうなんだ、意外だね」
「意外なん? どうしてそう思うと?」
「だって、牧野さんは一人で居ること好きじゃないでしょ」
あー、そういう事と言う感じでうなずく牧野さんだったが、
ビシィと言う感じで人差し指を立てる。
「甘い!!ここの風力発電用のプロペラは何であると思っとると?」
僕らがお昼を食べているベンチの脇には、地上3mの鉄柱の上に設置された風力発電器のようなプロペラ設備がある。これは付属の大学の研究設備だ。ウチの学校には付属の大学が管理する施設がいくつかある。
もともと、大学の敷地内に校舎を増設して設立された新しい付属高校だ。
大学と共有設備が多くて当然だった。
「ほら、来たとよ」
裏門の方を見て牧野さんは言った。
その視線の方向を見ると白衣を着た付属大学の女子大生らしき人が歩いてた。その女の人は、ニヤニヤ牧野さんを見ていた。
「おやおや、今日は彼氏を連れてきたの?」
牧野さんはアメリカ人がよくやるように手を広げたポーズをしてため息をつく
「だったら良いんやけど。全く打ち解けてくれんとよ」
「ほ~、俺様系の子なのかな、見かけによらず」
酷い誤解なので、一応否定しておく。
「まだ知り合って間がないだけで、仲良くはしてます」
僕がそう言うと、牧野さんは
「えー、生田君がデレとうとよ」
と驚いて見せた。
そんなやり取りを笑いながら見ていた白衣の女子大生はノートパソコンを取り出してガチャガチャと何やら作業を始めた。
「あ、私は研究データを取りに来ただけだから。気にしないで良いよ」
牧野さんは、そんな白衣の女子大生に僕を紹介した。
「クラスメイトの生田君。一人で居るのが好きって言う変わった子たい」
僕は軽く女子大生に頭を下げる。
「で、こっちが付属大学4年生の福田さん。風力発電の研究をしてると」
福田さんはチラっと僕を見て会釈をし、作業に戻った。
その後は、作業を続ける福田さんに牧野さんがひたすら話しかけると言う状況が続いていた。
傍から見ても、あれじゃぁ作業の邪魔だよなぁと感じた。
福田さんは集中出来ているのだろうか。
「あの福田さん・・・」
僕が遠慮がちに声をかけると一瞬目をこちらに向ける。
「そんなに話しかけられて、邪魔じゃないんですか」
僕が聞くと、福田さんより牧野さんが反応した。
「ひどい!! 生田君はいつもウチが話しかけるのを邪魔に感じてたと!?」
僕は控えめに
「まぁ時々は・・・」
と答える。
「ガガ―ン。やっぱり生田君全然デレてなかとよ」
落ち込む牧野さんに追い打ちをかけるように福田さんが言った。
「私もうるさくて困っていた」
牧野さんはガクッと膝をつきオーバーなリアクションでショックを表現した。しかし、福田さんは続けて
「でも、エリちゃんの事は好きだけどね」
エリと聞いて一瞬誰の事か分からなかったが、牧野さんの名前だった。
牧野さんは福田さんに好きと言われ嬉しそうだった。
「生田君はどうなん? うるさいと感じていてもウチのこと実は好いとるとか?」
僕は返答に困って無表情で黙りこんでしまった。
「生田君!! その沈黙が既に否定やけんね!」
呆れて言う牧野さん。
クスクス笑う福田さん。
こう言う時、人付き合いが得意な人はどう答えるんだろうか?
しかし牧野さんは、もうそんな事はどうでもいいようで
「ところで、生田君。どうして学校でお昼食べとうと?」
と話題を変えてきた。
そう言えば、最初はそんな話をしてたっけ。
「今日、ちょっと人に会いに行くから」
「人に会うって・・・。生田君、友達おると?」
いつものペースで遠慮なしに言ってくる牧野さん。
失礼な言い方だが、友達は確かにいない・・・
「会いに行くのは友達じゃないから」
すると、好奇心に火が付いたのか牧野さんは聞いてくる
「友達じゃないってことはウチみたいに相手だけ友達になろうとしてる関係とか? 生田君、それ冷た過ぎやけんね」
「いやいや・・・そういうんじゃないから」
牧野さんの好奇心はそんなあいまいな答えではおさまらない。
「じゃぁ、宗教か何か? それとも芸能事務所の人? スカウトされた?」
凄い想像力だ。よくポンポンと変な発想が思いつくもんだ
「なになに。教えて教えて教えてほしいっちゃ」
牧野さん、キャラ炸裂してるなぁ。
でも、彼女に会いに行くなんて言いにくい。
「いや、ちょっとね」
僕は、はぐらかした。
もちろん牧野さんがそれで納得するわけがない。
「えー、なーにー、気になると。まさか彼女とか!!」
「え!?」
図星をつかれ態度に出てしまう。
すると今まで様子を見ているだけだった福田さんが確信したように言った。
「彼女のようだね」
流石年上、経験豊富。
牧野さんは飛び上がるようにして驚いた。
「えー!! ウソやん!! 友達作らないのに彼女はつくるとぉ!?」
「エリちゃん。男の子には色々あるんだよ」
福田さんが何やら含みのある言い方をする。
いや、別に色々ないから。
一方、牧野さんはさらに好奇心が湧いたようで目を輝かせて聞いてくる。
「ねぇ、ねぇ、どんな娘」
「どんなって・・・言われても」
「可愛いと?」
「ま、まぁ・・」
「ねぇ、ねぇ、写真なかと? 待ち受けが彼女とか?」
「待ち受けは流石に・・・」
矢継ぎ早に聞いてくるので、すっかり牧野さんのペースだ。
牧野さんはどうしても写真が見たいと言い出す。
そりゃ、ポエミの写真くらいスマホにたくさん入ってる。
でもちょうど良いのが無いんだよな。
なんせ、二人で外に行ったのはこの前が初めてだし。
と、そこで思い出した。そうだ、この前の50mデートで飛び切りの写真撮ったじゃないか。
みんなに自慢したくなるようなツーショットを。
僕はスマホを出すと牧野さんにこの前の50mデートの時の写真を見せる。
ところが、写真を見た牧野は想像以上に驚いていた。
「え、え、えぇぇぇぇぇっ!!!」
僕は引き気味に
「そんなに驚く?」
と言ったが、牧野さんは目を丸くして僕を見つめて言った。
「生田君の彼女って・・・」
牧野さんは何か言いたそうだったけど口をつぐんだ。
牧野さんにしては珍しかった。言いたいことは全部言うみたいな牧野さんなのに。
「ううん、何でもなかと。ただ生田君だったら、もっとモデルみたいな娘とか、学校一の美少女とかが相手かと思ったとよ」
牧野さんは、誤魔化すようにそう言ったけど、何か歯切れが悪かった。それからは、みんなあまり話さず解散となった。
午後二時、僕は自転車でポエミの家まで到着した。
本番はポエミの家と僕の家の往復だ、よく道を研究しておいたほうが良いと思った。今日、実際に自転車を街乗りしてみて気付いたのだが、裏道を通れば人込みを気にする必要は全くない。それより車と坂が問題だなと感じた。車がブンブン通る道は危ないから避けなければならない。そして坂のキツイ道も。ポエミを後ろに乗せて果たして坂を登れるだろうか・・・。
今日は梨沙ちゃんはおらず、お母さんが応対してくれた。
玄関に入りポエミが来るのを待っていると、ポエミはなんと制服で出てきた。
「制服!!!???」
「カタログ通販のなんちゃって制服・・・」
ポエミは通信の高校で学んでいる。課題はこなしているようだがスクーリングには行けてないらしく、三年で終われるか微妙と言っている。
そんなポエミも一応制服は持っていたようだ。
「そんな服も持ってたんだ?」
するとポエミは首を振った。
「この前のデートの後、買った。外に出られるようになったら、これを着てスクーリング行く」
ちょっと、感動した。
ポエミがそんなこと考えてたなんて。
なら僕も、もっともっと協力しなきゃ。
「でも、なんでわざわざ制服にしたの?」
「自転車の後ろと言ったら制服。マリオも学校帰りだから制服だし」
シチュエーションを楽しむパターンか。ポエミと同じ高校に通ってるイメージプレイまで出来るとは今日はいい日だ。
するとお母さんが急に思いついたように。
「二人とも外に行くわよ」
僕は玄関のドアを開ける。ポエミは僕の後ろで少し緊張しながら外をのぞき込む。
50mデートの時もそうだったけど、この通りは住宅街の真ん中で人通りは少ない。僕がドアから出るとお母さんが居るから恥ずかしいのか控えめに僕の腕をつかみ恐る恐る外に出るポエミ。
そんな僕らを見てお母さんは言った。
「はい、じゃぁそこに並んで立って。写真撮るから」
写真?
それは全然かまわないけど・・・
どうせだったらポエミの制服姿を単独で撮ったほうが良くないか?
「あの、僕は邪魔じゃないですか?」
「そんなことないわよ」
お母さんは言うが、付け足すように
「もちろんポエコ一人の写真も撮りたいけど、ポエコが離れそうも無いから」
と、からかう様に言った。ポエミは恥ずかしそうにお母さんを睨んでいたが僕の腕は離さなかった。
「まぁ、この写真も結婚式の余興にはちょうど良いんじゃない。ねぇ、生田君」
お母さんの言葉に耳まで真っ赤になる僕たち。将来この写真でもう一度笑いものになるのだろうか・・・。
お母さんは写真を撮り終えると満足したのか、リビングに戻って携帯ゲームを再開した。
そして僕らは自転車テストを兼ねた、二回目の外デートを始める。
ポエミを荷台に座らせ、僕もペダルに足をかける。
坂道の練習もしておきたかったのと車の交通量を考慮して、1キロほど先にある大きな噴水公園まで行くことにした。
僕はゆっくりペダルをこぎ出す。ポエミは軽いけど一人で乗るときに比べると遥かに体力を使いそうだ。
走り出すとすぐに、怖いのかポエミは僕の背中にしがみ付いてきた。
外が怖いのか運転が怖ったのか分からなかった。
「怖い?」
と聞くと、ポエミは舌を出した。
「やってみたかっただけ」
うわぁ、萌える!
制服を着た彼女が自転車の後ろに乗って、そんな事を言うなんて
妄想を膨らますなと言う方が無理だ。
300m程行く間、幾人かの人とすれ違ったがポエミは特に怖がるそぶりを見せなかった。
そして、いよいよ坂道である。僕が勢いをつけるために立ち漕ぎしようとした。するとポエミがまた背中にしがみ付きぐっと力を入れた。
僕はいったん自転車を止めてポエミを見る。
「その漕ぎ方は本当に怖い」
そうか、立ち漕ぎはダメだ。
そうなると坂道を上るのは、ほぼ不可能だ。
「ポエミ・・・。坂道は降りて歩ける?」
ウンと頷くポエミ。
そしてポエミに降りてもらい、自転車を転がして上る。
ポエミは家から大分離れたこの場所は緊張するようで、僕の腕にしがみ付きながら背中に隠れるようにして歩いていた。僕は自転車も転がしていたので、めちゃくちゃ歩きづらかった。
坂を上り切ったところで自転車に再び乗って、今度は下り坂を走る。僕はスピードが出すぎないように緊張して走っていたけど、ポエミは坂の下りは楽しそうだった。それにしても自転車に乗っている間ずっと、体が密着しているので僕は体力だけじゃなく精神的にもかなり疲れた。無防備すぎるのは罪だと思う。
公園に着くと、噴水が間近に見えるベンチで休んだ。
ポエミは、この公園に来るのは3年ぶりだと言った。その頃は学校を休みがちではあったけど、まだ一人で通えていた。怖いながらも外に無理して出ていた頃だ。その頃にもう少しケア出来ていれば、ここまでなる前に回復していたのかもしれないと思った。無理をすればそれだけ反動がある。今は少しずつゆっくり進んでいけば良い。それよりも、今は明日の事だ。
自転車は大丈夫そうだし距離がちょっと長いから大変かもしれないけど、何とかなりそうだ。明日は頑張ろう。
そして翌日昼過ぎ
僕はポエミを迎えに行き、今自転車で我が家へと向かっている。
今日のポエミはお洒落と言うだけじゃなかった。なんか、ちゃんとしていた。レースの袖と上品な襟の白地の上着と大人しめのスカートを組み合わせたワンピースでパーティーなんかに着て行っても恥ずかしくない感じだった。
「お姉さんに会うからちゃんとしないと」
ポエミはそう言ってグッと拳を握った。
ポエミは姉に会うことに相当に緊張している様で、気負い気味だった。
そして緊張のせいなのか昨日以上に僕にしがみついていた。
勿論、僕としては嬉しい限りなのだが周りの視線が痛かった。
おそらく、ただのバッカップルにしか見えないだろう。
「ポエミ怖い?」
「そうでもない」
じゃぁ、やっぱり緊張して固くなってるんだろうか・・・と思ったが
「こうすると喜ぶと梨沙が言ってた」
梨沙ちゃんの仕業だった。
侮れないな。リア充は怖い。
まぁ、グッジョブとも言えるが。
通常は嬉しい方が大きいのだが、路面電車と並行して走っているときには電車の乗客がニヤニヤこっちを見ているのが分かり二人して顔が真っ赤になった。
路面電車は結構混んでいた。
「今度はあれ乗ってみる?」
ポエミはしばらく電車を眺めていたが、やがて首をふり
「・・・微妙」
「うん、じゃぁ僕がバイクの免許取るのは?」
ちょっと前から考えてた事を聞いてみた。
ポエミは視線を上にして、ちょっと考えてから納得したように言った。
「マリオには似合わないからいい」
ちょっとショックだった。
確かに似合わないとは思うけど。
二人乗りで長時間自転車に乗っていると後ろの人も疲れる。
ポエミもやや疲れてきたように見えた。
「ちょっと休む?」
と提案するが
「いい。早く、お姉さんに会ってこの緊張から解放されたい」
と言った。そんなに緊張してたのか。
「梨沙が、小姑に好かれるか嫌われるかで天国と地獄ほど違うと言ってた」
なんと余計なことを・・・
梨沙ちゃんはポエミをからかって楽しんでないか?
だけど、何となく僕も梨沙ちゃんのノリに乗っかってポエミをからかってみたくなった。
「もし、チサ姉に嫌われたら駆け落ちしようか」
なんて悪ノリして言ってみた。
だが、ポエミの覚悟の方が上だった。
「私は最初からその覚悟」
これには僕の方が面食らってしまった。
そんな思い詰めてたのかポエミ!
それなのにポエミの気も知らず、からかうようなこと言ってゴメンー!
「ポエミ! 絶対絶対大丈夫だから!」
「気休めはいらない」
「ちーがーうー」
なんか自転車で二人、駆け落ちしてる気分になった。
僕らは家の前で既に5分、入るに入れないでいた。
「ポエミ、絶対大丈夫だよ。チサ姉は人を見る目があるんだ」
「つまらない女だと見抜かれてしまう」
「そう言うネガティブ発言。サクラさんに怒られるよ」
こんな調子で玄関先でウダウダしてるのだ。
そう言えば、僕が告白の返事をしたときも、かなりテンパってたのを思い出した。ポエミは緊張に弱いタイプなのかもしれない。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「うううう・・・マリオ・・・手」
そう言って手をさしだす。
僕はポエミの手を握る。
「行けそう?」
「もうちょっと」
しばらく待つ
「行ける?」
「あと、もう少し」
僕は両手でポエミの手を握る
「行けそう?」
「駆け落ちなら今すぐにでも」
ポエミがそう言うと、バンと家の扉が開いてチサ姉が出てきた。
ポエミは驚きすぎて硬直している。
チサ姉はやれやれと言う感じで言った。
「駆け落ちなんか止めて、早く中に入んなよ」
僕は恐る恐る聞いてみた
「チサ姉見てたの?」
「まぁね、わりと最初の方から」
そんな会話をしている最中もポエミは緊張で心ここにあらずと言う感じだった。
「とにかくどうぞ」
チサ姉に促され、僕はポエミの手を引いて家に入った。
ポエミは硬直したままカクカクと歩いてついてきた。
リビングまで来たところでチサ姉が振り返って軽い感じで挨拶をした。
「こんにちは。マー君の姉の千里です。よろしくね」
「ひゃう」
声をかけられて小さく悲鳴を上げるポエミ。
僕はチサ姉の方を向いて
「えと、この娘が付き合ってる中西萌実さん。みんなからポエミって呼ばれてる」
「いつ、いつ、いいいいつうも、マリオさんにはおせせおせせせせせわにぃ」
テンパって言葉の出てこないポエミ。
うまく言えなくて気が動転したのか、そのまま僕の背中に隠れようとする。
チサ姉はそんなポエミを見て
「ウフフ、挨拶はもういいから座って」
と言った。僕はポエミを落ち着かせながら座ろうとすると、
チサ姉は僕に言った。
「マー君は、お茶を用意して」
それを聞いて、ポエミが縋るような目で僕を見る。
「あのさチサ姉、彼女は・・・」
言いかける僕を制して
「大丈夫だよ、マー君。信じて」
真剣な目で僕を見るチサ姉。
ポエミも、じっと僕を見ていた。
チサ姉に任せて大丈夫だろうか?
チサ姉の凄さは良くわかっている。
でも・・・
そんな僕の心を見透かしたかのようにチサ姉は言った。
「マー君。全部自分で何とかしようとしているうちは、何事も上手く流れていかないよ」
ポエミはさっきよりは幾分落ち着いている。
僕はチサ姉を信じてみることにした。
ひきこもって以来、自宅以外で初めて僕と離れ他人と会うポエミ。
「チサ姉、信頼してるからね」
僕はポエミに頷いて、ゆっくりと手を離す。
ポエミは緊張はしているものの、取り乱した様子はなくチサ姉の方を向いた。チサ姉が醸し出す雰囲気がポエミを落ち着かせてるのかもしれないと思った。
信頼してるとは言ったものの、
落ち着かない気持ちでお茶を用意していた。
慣れたキッチンなのに手が震えてカップがカチャカチャなった。
紅茶を棚から出しポットにいれる。
ミルクが好きなポエミはミルクたっぷりの紅茶が大好きだ。
チサ姉はダージリンが好きだけど、今日はアッサムで。
カップに紅茶を注ぎ、お盆にミルクと砂糖を載せてリビングに戻る。
ドキドキして鼓動が聞こえてきそうだった。
でも、そこで僕が見たのは
ポエミを抱き締めるチサ姉とチサ姉にハグされて安らいだ表情を浮かべるポエミだった。
僕は、声もかけられずお盆を持ったまま立ち尽くした。
しばらくして二人は体を離し僕の方を向いた。
ポエミは泣いていた。
「マリオ。私・・・凄い幸せ」
「マー君、ポエミちゃん良い娘だね」
一体何があったのか。
チサ姉は既にポエミと呼んでいた。
二人はニコニコと笑い合った。
なんか疎外感を感じて悔しかった。
チサ姉に嫉妬を感じた。
そんな僕の様子を見てポエミが言った。
「大丈夫だよ。マリオが一番好きだから」
僕は、嬉しさと恥ずかしさで一杯になって顔を背けた。
「マー君幸せだねぇ」
チサ姉も嬉しそうだった。
その後は、まるで昔から家族だったかのように3人で楽しく過ごした。チサ姉が「もう一緒に住んじゃおうよ」と言った時もポエミはノリノリで僕一人慌てて二人をなだめるような状態だった。
もしかしたら、チサ姉とポエミは僕らには分からない深い縁で結ばれているのかもしれないと思った。
「ねぇねぇ、チサ姉ちゃん。私のハムスターでね、シズカって言うジャンガリアンがいてね。その子がいつもスカイプでパソコンに写るマリオにキスしようとするの。それでね・・・」
何時まででも話したい感じのポエミ。
聞いてあげてる感じではなく、一緒に会話を楽しむチサ姉。
本当に仲良くなれて良かった。
「ポエミちゃん、マー君がね小学生の時毛虫を大量に捕まえてきてね、それを家の玄関に隠してたの。それでね・・・」
なんか二人の世界だな。
寂しいな・・・
1人が好きな僕だけど
チサ姉とポエミは例外だ
「ねぇ、ポエミ。チサ姉ぇ」
情けない声で僕が二人を呼ぶ
二人とも僕を見ると、アラアラと言う感じで側に来ててヨシヨシしてくれた。
僕はこんなキャラだったけ・・・と思ったけど幸せだった。
結局、夕飯も一緒に食べて八時過ぎに帰ることになったのだが。
「今から自転車で行く気?」
確かにちょっと遅いけど電車もバスもまだ無理だと思う。
「お姉ちゃんに任せて」
チサ姉はそう言うけどウチには車はないし、運転できる人もいない。
するとチサ姉は誰かに電話して車で迎えに来てくれるように頼んでいた。まさか、チサ姉には足に使うような男でもいるのか?
チサ姉、こう見えて意外にモテるみたいだし。
そして20分後、サクラさんが迎えに来てくれた。
なんか、凄くみんなに助けられてるんだなって感謝の気持ちが素直に持てた。
その夜のポエミの部屋―
今日、初めてマリオの家に行った。
チサ姉ちゃんはとっても優しい人だった。
すごく幸せな気持ちだ。
なんか最近ずっと幸せな気がする。
そんな思いに浸っていると
部屋の北側の窓がトントンとなった。
久しぶりの音だった。一年ぶりくらいだろうか。隣の家の主がホウキの柄で窓を叩く音だ。
私は、叩かれた窓へ行き、窓を開けた。
「久しぶりだね、絵里ちゃん」
「相変わらずとね、ポエちゃんは」
窓の向こうから6年生の頃からの友達の牧野絵里ちゃんが独特のしゃべり方で挨拶する。
「どうしたの、最近全然呼んで来なかったのに」
絵里ちゃんはちょっと不機嫌な感じだった。絵里ちゃんは優しんだけど不機嫌な顔をする癖がある。そういう所直せばもっとみんなに好かれるのに。
「ちょっと、ポエちゃんに彼氏が出来たって聞いたとやけど」
「うん、そうなんだよ。よく知ってるね」
誰から聞いたんだろう?
梨沙かな・・・
でも、なんか納得いかないって顔してる。
「どうして、家に閉じこもってるポエちゃんが報われて、頑張って外に出たウチが報われんと!」
そんな風に私に愚痴ってきた。
「絵里ちゃん、彼氏が欲しいの?」
「べ、別にそう言うことじゃなかけん。ただ、なんか納得いかんと!」
「アハハ、絵里ちゃん変わってないね」
「バカにしとると!」
どうして、そんな風にとるのかな。
きっと、絵里ちゃんは無理して頑張りすぎなんだと思う。
「絵里ちゃん、頑張りすぎないでね」
私の言葉が癇に障ったのか絵里ちゃんは
「ポエちゃんも少しは頑張れ!」
絵里ちゃんはそう言ってフンと口を尖らせた。
そして「確かめたかっただけやけん」と言って窓を閉めてしまった。
久しぶりだったのに、相変わらずだな絵里ちゃんは・・・。