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牧野さん(2/9)

第二章 牧野さん


翌日、午前中の授業は昨日のポエミとのデートばかり思い出して、殆ど聞いてなかった。

「午後からは少しは真面目にやるか」

そんな事を一人呟きながら、購買で買ったパンを手に僕の憩いの場所、誰もいない裏庭に向かった。


いつものベンチに座ると、気楽な一人の時間だ。

僕は大概の人とは打ち解けない。

どうでもいい付き合いと言うのが出来ないタチなのだ。僕にとって友達と言う存在はそれこそ普通の人の恋人や結婚相手なみの重さを持っている。そんな存在だから3人も4人も友達を持つエネルギーは僕にはない。特に父が生きていた頃は、父の期待に応えることが生きがいの人生だったので、その障害になるような友人は持たなかった。今は姉と二人家族なのだけど、姉に対しても父ほどでないが期待に応えようと頑張っている。ポエミと付き合いだしてからはポエミと姉の二人なったわけで、なおのこと友達を作る余裕はない。

だから、僕は学校では心を閉ざして表面だけの付き合いに徹している。

そんな僕にとって誰もいないこの場所は最高の場所だった。

誰も来ない場所。

誰も来るはずのない場所


・・・だったはずなのだが


「そこ、ウチの場所」


突然声を掛けられてパンを落としそうになる。

声の方を見ると、同じクラスの女の子が立っていた。

確か名前は・・・

牧野さん―

下の名前は知らない。

僕とは接点のない娘だ。まさかこんな所に来る生徒が居たなんて。しかも女子だ。

「そこはウチが見つけた場所やけん。どうして居るっちゃ」

牧野さんは、おかしな方言を使って話しかけてきた。

でも「どうして居る」って言うのはこっちが聞きたいくらいだった。

ここは僕が見つけた一人になれる場所なのだから。

「僕は何時もここで食べてるけど・・・」

彼女は僕の答えにちょっとムッとした。

「いつから?」

「2学期になってから」

「・・・・何で?」

何でって言われても、困る。

答えあぐねていると牧野さんはさらに言ってきた。

「この場所は、ウチがボッチ飯する場所やけん。一般人は出てって」

一般人ってどう言うことなんだ。 

牧野さんは特殊な人なのだろうか?

「僕もここで一人で食べるのが好きなんだけど」

すると牧野さんは僕の言葉に少し驚いた様子で言った。

「ウチは一人で食べたい訳じゃなかと。それに、君は一学期は来てなかったっちゃ」

確かに僕は一学期は普通に教室で食べていた。

いや周りがみんな机をくっつけたりして食べている中、一人で誰とも話さず食べているのが普通と言うかは分からないが・・・。

「どうして、二学期になってココにきたと?」

別に深い理由なんてない、一人になりたかっただけだ。

「教室は話し掛けて来る人もいて落ち着かないから」

そうなのだ、教室で一人で食べていると誰かしら話しかけてくるのだ。興味のある話や共通の趣味でもあればいいのだが、大概は僕にとって退屈な話ばかりだった。でも、牧野さんは僕とは逆の感性を持っているようで

「うそやん。話しかけられた方が良かとね」

と言って不思議がった。

だが、むしろ僕の方が不思議だった。みんなと話がしたいなら教室で食べた方が良いんじゃないのだろうか?

「ねぇ、牧野さんだよね。どうして牧野さんは、みんなと話がしたいのにココに来るの?」

素直な疑問だったのだが、牧野さんの表情は曇る。

あれ、イケないこと聞いたかな・・・

「あの、ゴメン。話したくないなら良いんだ。僕は他の場所に行くから・・・」

そう言って、立ち去ろうとした

が、何故か引き留められてしまった。

「聞いて欲しいっちゃよ」

と、袖を捕まれた。


それから、僕たちはベンチに並んで座ってお昼を食べ始めた。

でも牧野さんは、食べる時間を惜しむように話しだした。

「ウチは中学の時、闇の住人やったんよ」

「や、闇の住人・・・?」

何やらいきなり怪しげなワードが飛び出す。

「そのせいで黒歴史の連続で孤独だったと。やけん、中2の途中から不登校やったとよ」

詳しいことはサッパリ分からないけど、みんなに馴染めずに不登校になったって事でいいのかな。

「それでも高校になったら誰も知り合いの居ない私立に行って、普通の生徒としてやり直そうって勉強だけは家で頑張ったとよ」

僕はどうしてこの話を聞かされてるのか・・・

そんな疑問を思う暇もなく次々と自分の過去を話していく牧野さん。

実にマイペースだった。

「晴れて高校に合格して、不登校にも終止符を打って学校に通い始めたとよ。中学の時みんなを引かせていた闇の住人キャラも捨てて、普通のJKとして振る舞ってたとよ。なのに、なぜかあっという間に回りから誰も居なくなってボッチになったと。それどころか、一部の女子からは明らさまに敬遠されて。教室の居心地が悪くなって。ココに隠れてお昼食べてたと」

クラスの事に全く関心がない僕にとっては、自分のクラスでそんな事が起こってた事が驚きだった。

「夏休みにキャラを練り直して、二学期に再チャレンジしてみたとよ。でも、挫折してココに戻って来たっちゃよ」

キャラを練り直したって・・・。本当のキャラ以外で友達になっても本当の友達なんて出来ないと思うだけど。むしろ良かったんじゃないのか、偽物の友達が出来なくて。

いずれにしろ僕は人を避けられればどこでも良いんだし、この場所は牧野さんに譲ろう。話も終わったようだし、今度こそ行こうと思い立ち上がるが

「生田君とよね。生田君の話も聞きたかよ」

そう言われた。

正直、面倒くさかった。

もともと人を避けて話さないためにココに来てたのに。

とは言え、牧野さんがこの先友達になる可能性は限りなく小さいし、今日一日だけの事ならどうって事ないのだが・・・。なんか、牧野さんから漂うただならぬ空気が僕の警戒心をあおった。

まぁ・・・でも今日のところは諦めて牧野さんに付き合うか・・・

ただ、その前に気になってることがあった。

「牧野さん。どこ出身なの?」

「東京」

「はぁ? でもその言葉・・・」

さっきから九州弁モドキのような変な方言で話してるけど・・・。

「アニメの好きなキャラの話し方をマネしてたら、こうなったっちゃ。闇の住人やったけん、しかたなかとよ」

変わった娘だなぁ。

この娘のこう言う所が浮いて避けられていたのかも知れないな。

「そんな事はよかよ。生田君の話し聞かせてほしかよ。どうして一人でお昼食べとうと?」

牧野さんが急かしてきたので、僕は話しはじめる。

しかし、大した話ではない。

「基本的に一人が好きってのもあるけど。一番の理由は、深く関わる人を極力少なくしたいからかな」

「それ、どうしてなん?」

驚いた顔をする牧野さん。

「僕はずっと父の期待に応える為に頑張ってきたんだけど。父が亡くなってからは姉と、最近は一人だけいる親しい人に全力で尽くしてるんだ。その二人との関係は手を抜きたくない。具体的に言えば、友人を増やすことで家計を支えてる姉の為に割ける時間を減らなきゃいけないのなら、友達はいらないって事だよ」

僕は一気にそれだけ話すと、ペットボトルのお茶を飲んだ。

牧野さんは不思議そうな顔をしていた。

「ウチにはよう分からんけど・・・。友達が増えるのが嫌なだけで話をするのが嫌いって訳じゃなかとね」

「でも、どうでもいいような話をするのは好きじゃない。クラスの人と話すときは、完全に仮面をかぶって話してるし疲れる」

すると牧野さんは興味津々で聞く

「じゃぁ、今は仮面をかぶっとると?」

いや、今は仮面をかぶってないと僕は否定する。

「でも、悪いけど心は全然開いてないよ。仮面を被るのは自分を守るためだけど、今はその危険は感じてないだけ。たぶん牧野さんが女子だからだと思う。僕とは違うコミュニティの存在で自分と利害が交わらない人って感じてるからだよ。だから心は開かないけど危険もさして感じてないってこと」

「何か面倒くさかとね」

と呆れるが、僕からすれば牧野さんの方が面倒くさいと思う。

「でも・・・、だったらウチと居るのは苦痛ではなかとね?」

「ま、まぁ・・・」

僕は曖昧な感じで頷く。確かに運動部系の気合いの入ったやつとか、やたら人の世話焼いてくるやつみたいには疲れない。

「やったら友達にならんくてよかけん、毎日ココで一緒にお昼食べて欲しかと。一人飯は嫌やけん」

「えぇ・・・」

これにはちょっと警戒心が働く。

あんまり親しくないのに距離が近い人も苦手だ。

「ダメと・・・?」

だが牧野さんはさっき以上に、ただならぬ空気を醸し出していた。

実は、この雰囲気こそ僕が人付き合いを避ける理由のひとつでもある。

一番嫌なのは権威的な雰囲気。

二番目は常識で攻められる雰囲気。

そして、三番目がこれだ。

いずれも断りづらい。いわば緩慢な支配と言っても過言ではない。

NOと言えないがゆえに人との接触を避けている部分も多分にあるわけで・・・

「ま、まぁ・・・良いけど」

だが結局NOと言えず、僕にランチ仲間が出来てしまった。


翌日、昼休み

僕が裏庭のいつもの場所に行くと。既に牧野さんが来ていた。僕達は三人がけのベンチ二人で座ってお昼を食べた。

特に親しいわけではないので、僕から話すことは何も無い。

でも牧野さんはよく喋った。

いつ終わるんだろうとゲンナリしていたけど

「ウチ、昨日アニメを一気見して眠いけん。ゴメンやけど寝るっちゃね」

意外にもそう言って、さっさと寝てしまった。

なんともマイペースな娘だった。

それでも、ようやく落ち着ける時間がやってきた。僕も寝ることにして携帯の目覚ましをセットした。


ポケットの携帯が振動して目を覚ますと昼休み終了5分前だった。

横を見ると牧野さんが爆睡していた。

アニメを一気見したって言ってたけど徹夜でもしたのか?

僕はやや大きな声で名前を呼んだ

「牧野さん!」

起きない

「牧野さん!!!!!」

起きない・・・

「スーッ、起きろーっ!!!」

普段あまり大声を出さない僕が久し振りに出した大声だ

牧野さんは「ひゃ」と声をあげて目を冷ました。

「ごめん、驚かせて。もう時間だよ」

そう言って僕はそそくさと先に歩き始めた。

一緒に戻って変な誤解を受けたら面倒くさい。

ところが、牧野さんはそう言う気が回らないのか、僕の横に来て並んで歩きだした。

「いやぁ、ほぼ徹夜やったけん眠くて眠くて・・・」

「そうなんだ・・」

やっぱり徹夜か。

まぁ、いいか。僕も女子と一緒に歩いてたぐらいで、変な誤解されるほど目立つ存在でもないし。そんな事を思いながら並んで教室へと戻った。


それから数日、既に牧野さんと昼休みを過ごすのが当たり前になりつつあった。一人で寛ぎたい僕にとっては、もっと苦痛かと思ったけど意外にそうでもなかった。

そして、今日も牧野さんは絶好調だった。

「マリオって名前変わってない? 小さい時、からかわれたんやなか?」

「近くを通るとき、ピロリんとか効果音言われたりしてどう反応していいかわからなかった」

ウンウン分かると頷く牧野さん。表情が豊かというかリアクションが大きいと言うか。

「どうしてご両親はマリオってつけとうと? ゲームヲタ?」

普通はそういう発想になるだろうけど、前にも言ったが僕の場合ちょっと違う。

「父親が付けた。マリア様にあやかって」

「うそ!? クリスチャン?」。

「父親がね。僕は違うけどね」

牧野さんは驚いた様子で益々勢いよく話続ける

「実はウチのパパも敬虔なカトリック信者でウチに洗礼受けるようにしつこく言うとよ。ウチは受けるつもりは無いっちゃけど」

僕は父親が生きてる間はいつか洗礼を受けるつもりでいた。でも今はそのつもりはない。元々信仰があったわけではなく父親の期待に応えるのが当たり前と思っていただけだから、今は姉やポエミの期待に応えたい。

「だいたい、ウチはミサが退屈で耐えられんとよ。でも洗礼名をマリアして生田君とおそろいにするのも良かね」

僕をのぞき込んでニヤっとする牧野さん。

いやいや、そんな理由で洗礼を受けるもんじゃ無いって。

それにしても、牧野さんは人との距離感が近い。

普通に友達が多そうなタイプに感じるけど、フレンドリーさとウザさは紙一重って事なのかな。


昼休みが終わり、教室に帰ると僕は自分の席に座り「誰も話しかけるなモード」に突入して、周りとの接触を遮断した。

牧野さんの方を見ると、ある女生徒と何やら揉めていた。あの娘って吉川さんだよな。このクラスになって半年が過ぎてるけど、ほとんどのクラスメイトは苗字を知ってるだけで全く会話をしたことがない。吉川さんも一度も話したことがない。もめ事はすぐに収まったけど、吉川さんはしばらく牧野さんを睨んでいた。

午後の授業が終わり、帰宅時間になっても「誰も話しかけるなモード」は緩めない。いや、帰宅時間こそ一番危険な時間なのだ。

ちょっと、気を緩めると一人で居たいのにクラスのお節介なタイプから

「寂しそうだから話しかけてやったよ」とか

「いつも一人で可哀想だから一緒に帰ろうぜ」とか

余計な事を言われるのだ。

だから予め防御線を張っておくようにしている。そういう人種は僕が一人で居たいということを理解してくれない。理解してもらえない以上、拒絶の空気を全面に出して話しかけにくい状態を作って自分を守るしかない。

すぐ家に帰って一人になりたいのに、万が一にでも「寄り道して遊んでいこうぜ」なんて言われようものなら、一人の静かな時間を奪われた怒りでキレる自信がある。でも、このオーラを潜り抜け話しかけられるような猛者は居ない。

僕は帰宅準備を終えると教室を出た。

もう大丈夫、一人のくつろげる時間がやって来たのだ。

しかし、そこに猛者が現れた。

「生田君、ウチと一緒に帰らん?」

なるほど、空気が読めないとはこのことか。

僕の「誰も話しかけるなモード」が初めて敗北した瞬間だった。

幸いだったのは、僕はバスで牧野さんは路面電車だって言うことだ。

学校からバス停までの距離は150mほど、路面電車の駅はそこから200mほどある。僕は150mを歩く時間だけ耐えればいいだけだ。ああ、ポエミとの50mはあんなに終わってほしくなかったのに。

それでも3分もかからずにバス停に着く。僕は解放された気持ちで

「じゃぁね、牧野さん」

と言ったが、牧野さんはラスボス並みの強さだった。

「何言うとうと。バスが来るまで一緒に待つけんね」

牧野さんはフリーザ並みの絶望感を感じさせる最強のKYだと思った。


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