一緒に
「委員会の仕事、まだ終わってなかったの?」
「……」
「まったく、仕事は早く終わらせてって何度言ったら分かるのよ」
「ごめん……」
放課後の教室に私と悠希は二人きりでいた。悠希はしょぼくれた様子で謝ってくる。これじゃあ、ご主人さまに怒られて元気がなくなってる犬みたい。
悠希の悪い癖。仕事とかを後回しにしてしまって、締切直前にギリギリで終わらせる。大抵は終わらせることができるのだけど、今回ばかりは多すぎて終わらせることができなかったみたい。
私は悠希の隣に座り、どこまで終わったのか目を通す。
「あや……?」
「仕方がないから今回だけは手伝ってあげる」
先程のしょぼくれた様子から一変。今度は笑顔で目が輝いていた。
本当に、犬みたい。
そんなことを思いながら、手と脳を動かす。
これ、本当に大変だ。なんでこんなものを最後の最後まで残してしまったのか。本当にこの子はバカだ。
……そんなバカを好きになった私も私だけど。
「ふぅ……」
「あぁ~、終わったぁ」
ようやく仕事が全て終わった。私も悠希も、もうクタクタになって何もできそうにない。
ふと時計を見てみると、大体1時間半くらい経っていた。二人でやっても1時間半掛かるなんて、悠希一人でやっていたらどうなったのやら。
「あや、本当にありがとう!」
そう言って、悠希は歯を見せてニカッと笑う。
「どういたしまして……」
つい目を逸らしてしまった。
この笑顔には弱い。だって、好きになったきっかけもこの笑顔だったから。
私がまだ怒っていると勘違いしているのか、悠希は「本当にごめんって」と言いながら、不安そうに私の顔を覗き込む。
「まだ怒ってる……?」
「もう、怒ってない」
心底安心したような顔をする悠希。もう、なんで私のことでこんな顔するの。
悠希は帰る支度を始めた。
すでに支度は終わっていた私は教室のドアで待つ。
すぐに支度を終わらせた悠希がこっちに来て「じゃあ、帰ろう!」と言い、二人で教室を出た。
すでに外は暗くなっていた。もう冬なのだと改めて感じる。
風が少し冷たくて身震いする。隣にいる悠希は、「寒いね」と言ってポケットに手を突っ込んだ。
並んで道を歩く。周りを見ると、人通りは疎らだった。
なんだか、この世界に私と悠希しかいないみたいに感じる。ちょっといいかもしれない。
そんなことをぼんやりと思っていると、段差に足を引っ掛ける。
「あっ……」
「危ない!」
咄嗟に閉じた目を開けると、私は悠希の腕の中にいた。
悠希が私を支えてくれたみたいだ。そのおかげでどこにも怪我はない。
悠希は「大丈夫?」と聞いただけで、それ以上は何も言わなかった。
きっと、私に気を遣ったのだ。私は失敗したことをからかわれたりすることが好きじゃない。
いつもはバカなくせに人を思いやれる。私みたいに、当たりが酷い人にも。
そこが悠希のいいところだけど、私は正直嫌だ。だって、私以外の人にもこんな風にやるだろうから。もし今、転びそうになったのが私以外でも、きっと助ける。そして、その相手に合わせた対応をすると思う。
それを思うといつもイライラして、つい悠希に当たってしまう。悠希は何も悪くないのに。
好きな人に当たってしまうなんて最低だ。きっと、悠希も本当は私を好いていないのだろう。
「なんか元気ないけど、どうかしたの?」
ほら、こういうところだ。
人の異変にも敏感で、しかも本気で心配している。でも、これが私にだけの対応じゃないから、イライラする。
「別に」
そう言って、私はそっぽを向く。
「んー、あ、手が寒いんでしょう!」
「ちょっと……!」
悠希は急に手を繋いできて、そのままポケットに手を突っ込んだ。
すごく暖かくて、安心する。ついでに心臓の鼓動がうるさい。
外が暗くてよかった。きっと、顔が赤くなっている。そんな顔、悠希に見せたくない。
「そういえばさ、今度の土曜空いてる?」
悠希は唐突にそんなことを聞く。
今度の土曜日は何もなかったはず。
「別に何もないけど。どうして?」
「いや、その日に隣町でお祭りがあるから、一緒に行こうかなって」
悠希はそう言ってはにかんだ。
胸がドキッとする。なんで急にそんな表情を見せるの。私ばかりドキドキさせられてずるい。
「……私以外の人でも誘えば?」
本当に自分は素直じゃない。本当は嬉しいのに、わざわざ試すようなことを言ってしまう。
悠希は私に怒られていた時とは少し違う様子で黙る。
ただ、無音だけが続き、少し重たい空気ができた。
そんな空気が続いて、私の家に着く。
繋いだ手を解こうとしたが、それ以上の力で抑えられた。
「あたしは、あやと一緒に行きたい……」
悠希の顔は今までにないくらいの真剣さで、またドキッとさせられる。
繋いだ手がさらに強く握られた。
どうしよう。すごく、嬉しい。
「じゃあ、一緒に行く」
悠希は私のその言葉を聞くとにんまり笑う。
「楽しみにしてるよ!」
ようやく手を解いてくれた悠希は、そう言って笑顔のまま走って帰っていった。
「私と」一緒に行きたいか……。
……思わずニヤけてしまいそうになるのを必死に抑えた。