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皮肉な恋

作者: 弥生

暗くなった部屋で、手記を、静かに読み進めていく。

彼女の事を知りたいから。

けれども、それは皮肉な結果しか生み出さなかった。


乱れた文字で書かれた、彼女の想いと、正反対に綺麗な文字で書かれた、懺悔のような物。


そのどちらにも、『婚約者』は居てても、私ー『チェスト』はいない。


その事に絶望しながらも、自嘲するように笑う。

なんて皮肉な恋なのだろう、と。


彼女と出会ったのは、私が7歳の時。

国王でもある父親に「婚約者が決まった」と言われ、開かれた顔合わせで、出会った。


高慢な彼女を軽蔑しながらも、婚約者としての立場柄、愛想良く接した。

そんな私に彼女は一目惚れをしたといい、つきまとって来た。


そんな彼女を愛さず、嫌いになりながらも、婚約者を突き放す事はできない。

私が出来ることは、精一杯親しげな笑顔を作りながらも、彼女の家が没落するのを、祈るだけだった。


そうして接し続けてから7年後の、14歳の時。

彼女は変わった。


急に高熱で一ヶ月も倒れた彼女は、それからというもの、私に一切関わってこようとしなかった。

不思議に思った私が話しかけても、その目は私を映さず、どこか遠くを見ているようだった。


性格も、趣味も、好みも。

全てが変わった彼女を、気になり出した自分に驚きながらも、彼女によく関わるようになった。


けれども、何を話しても、褒めても、贈り物をしても、彼女は私を映さず、遠くを見ているままだった。

彼女の両親だけは、ほんの少し、映す彼女に私は苛立ち、辛く当たり始めた。


彼女と会う度に、暴言を吐き、欠点を探してはいやらしく指摘し、嫌いなものばかり渡すようになった。


お前なんかと結婚なんてしたくない。気持ちが悪い。話しかけるな。吐き気がする。

そんなとても酷いことを言ったと思う。


けれども彼女は、何も変わらなかった。

どんなに、婚約破棄をしたいと聞こえるように言っても、わざと足を踏んだりしても、表情が変わることがなければ、私を映したりもしない。


そして私は、そんな彼女に苛立ちを深め、もっときつく接するのだった。


そして、それからまた4年がたった時。

結婚間近だった彼女は、姿を消した。

早い話、去っていったのだ。家から。私から。全てから。


何も、置き手紙などは残さず、残っているのは、手記であったこの手帳だけ。

彼女の両親に渡され、読んだそれは、『彼女』という人物の姿を、一変させた。


『愛してる』


彼女らしくない、乱れた字で書かれたそれは、心からの叫びのようだった。

よほど力を込めて居たのだろう。紙は所々穴が空いていて、とても字は黒い。

支離滅裂で、だからこそ、狂気を感じさせるそれ。

そんな彼女の激情を、読み進めていく。

それは、ある狂った少女の嘆きのようであり、愛する恋人を失ったばかりの、人のようだった。


『会いたい。

会いたい。どうして会えないの?

いない。どこにもいない。

この世界にはいないの?どうして?どうして私を庇ったの?

私は約束した。守ると。彼女の為に死ぬと。

ねえ、なのにどうして?どうして私はあの時、死ななかったの?

助けてもらったのに。愛してくれたのに。

誰にも愛してくれなかった私を助けてくれた。

私を妹のように愛してくれた。

笑顔を向けてくれた。嬉しかった。

だから、私は恩返しがしたかった。

助けてくれたのは、貴方だったから。

だから、会いたい。

ねえ、今どうしてるの?苦しんだりしてない?辛い思いをしてない?

助けたい。恩返しがしたい。謝りたい。お礼がいいたい。

会いたい。お願いだから会いたい。

私はきっと狂ってるだろう。けれども、会いたい。

ごめんなさい。ごめんなさい。私がいなければ』


何ページにも続いた後には、冷静な時に書いていたのであろう、文章が並んでいる。

同じような文章を飛ばすと、次には、幾つもの特徴が書かれている。


先程までの文章にある、『会いたい』、『この世界にはいない』という言葉を考えると、彼女は誰かを探していたのだろう。

利き手や好み、話し方などの特徴が記されていた。


彼女は何を探していたのだろう。

夢中で読み進み、次の項目へと目を通す。


次には、各地の地名や、村や都市の名前などが書かれていて、その上から×がされている。


それが何を示すのか、分からないながらも、飛ばしてまた最後の所を読む。


『お父様、お母様へ。

これを読んでいる頃には、私はもういないと思います。

私はずっと貴方達に、謝らなければならない事がありました。

私はずっと、騙していました。

私は7歳の高熱の時、とある記憶が蘇りました。

恐らく、そのせいでしょう。

その記憶によって、「エイリー」ではなくなりました。』


「エイリーではなくなった」…?

息を呑み、目を文字に向け直す。


『私に蘇ったのは、所謂(いわゆる)前世の記憶でした。

全く別の人の記憶。それが私です。

私は、エイリーを乗っ取ったと言えるでしょう。

性格も、動作も、全て私のものであり、例え顔や声は変わらなくても、私はエイリーではない。

私はエイリーを殺したといえるでしょう。

私は、エイリーの記憶を持ち、声を持ち、地位を持ち、顔を持った。

貴方達が愛したエイリーに化けたようなものです。

けれども、貴方達は私を愛してくれました。

違和感はあったと思います。けれども、貴方達は、エイリーだと思い、接していました。

貴方達が愛したエイリーは、私ではない。私が乗っ取ってしまった、前の人格でした。


エイリーは、貴方達を愛していました。

自慢の両親だと、心から思っていたようでした。

エイリーは、自分でも、我儘だと思っていたようでした。

いつも迷惑をかけていたことで、罪悪感を抱いていたようでした。

けれども、それでも我儘を辞められない自分に、酷く嫌悪感を抱いていました。


ごめんなさい。謝っても許される事ではないのでしょう。

償いなど、出来ることではないのでしょう。

私は、貴方達の娘を奪ったのですから。

ごめんなさい。けれど、それでも。

私は貴方達に、別人だと知らないのに、愛してくれる事に、酷く喜びました。』


前世の記憶?別人?奪った?

知らなかった事。

本当の彼女。

彼女の懺悔。


それを知り、混乱しながらも、納得がいってしまった。

確かに、あの時から、彼女は不思議な単語を出す時があったし、別人のようだった。

もしそれが、前世の記憶であったことだったならー

本当に、別の人になったのならー

あり得る話だ。


『前世の私は、愛がない家庭で生まれました。

顔を合わせば殴られ、産まなきゃよかったと罵倒され、何も食べさせてもらえない日も、沢山ありました。

だからこそ、前世の私は、助けて、愛してくれた人に依存していました。

私は助けてくれたあの人を姉と慕い、愛していました。

そしてあの人は、そんな私の愛を受け入れ、妹のように、接してくれました。

誕生日の時、プレゼントを渡されたのも。

愛してると、言われたのも。

笑顔を向けられたのも。

全て、あの人が初めてでした。

あの人の優しさは私にとってとても甘く、幸せでした。

けれども、私はそんなあの人を殺しました』


ゴクリ、と喉がなる。


『正確には、死へと追い込んだ、と言うべきでしょうか。

あの人は、事故で車に轢かれそうになった私を庇い、死にました。

私のせいです。

私がいなければ、あの人は生きていたでしょう。

あの人に、助けてもらったのに。

愛してもらったのに。愛してたのに。

私は、彼女を殺しました。

私のせいで彼女は死にました。


そして私は、その助けて貰った命を投げ捨て、後を追いました。

自分でも最低だと思います。

恩人に庇われ、死なせてしまったのに、自ら命を断ち、助けた意味をなくす。

彼女に恩返しをしたい。

そんな厚かましいことを言う権利すら、私には残されていません。』


彼女の苦しみ。自己嫌悪。


『そんな私だったから、最低でありながらも、貴方達の愛で、安心してしまったのだと、思います。

もし、前世で出会っていたら。

あの人は幸せに生きていて、私も貴方達も笑っていてー

そんな未来があるかもしれないと、思ったこともあります。

私が全て殺したのに。

あの人も、エイリーも、全て私のせいで、死んだのに。

貴方達から最愛の娘を奪ったのに、厚顔無恥にも、そんな事を考えてしまう私は、最低なのでしょう。

人殺しのくせに、愛を望むなんて、我儘なのでしょう。

ごめんなさい。本当にごめんなさい。

これが、私がずっと、謝りたかったことです。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…

貴方達の娘を殺してごめんなさい。

愛を望んでごめんなさい。

反応が怖くて、消えた後に、逃げるようにここで伝えてごめんなさい。

婚約者と結婚し、地位を安定させるという役目を、放棄してごめんなさい。

ごめんなさい。生きていてごめんなさい。

こんなのになっても、あの人を探して去るなんて事して、ごめんなさい。

ごめんなさい。さようなら。』


手帳が手から落ちた。

全てを読み終え、彼女を事を知り、残ったのは、喪失感だけ。


エイリーの名前はあった。彼女の両親の名前もあった。

けれど、私の名前はない。あるのは、『婚約者』だけ。


わかってしまったのだ。

彼女は最後まで、自分を見ていないと言うという事を。

そう。彼女は、私を見ていなかった。

彼女の中に私はー『チェスト』は欠片も存在していなかったのだ。


「は、はは…」


あんなに辛く当たったのに。罵り、時には軽い暴力もしたのに。毎日のように会いにいったのに。


彼女が愛したのは、前世の『あの人』だけで、私ではない。

親に対して抱いていた、複雑な想いすら、私には一切なかった。


彼女は、ずっとその人のことを考えていたのだろう。

顔は私を向きながらも、何処かにいる恩人を想い、両親に対して、罪悪感を抱いていたのだろう。

そして最終的に、彼女は去っていってしまった。

恐らく、自分が殺したと言った、『あの人』に会う為に。


途中であった、地名と上から書かれた×。

あれはきっと、探す場所の名前だったのだろう。

×は、探し終わった後の印。

そして、最後に書かれた、一つの地名。

『ランデス帝国』

隣にあり、事実上鎖国状態にある国。

仕事を求める平民などは入れるが、政治的な人物は、入れないようになっている所だ。

貴族である彼女は、残ったそこへ、いったのだろう。

貴族を捨て、平民になり、最愛がそこにいることを祈って。


彼女の懺悔を読み、彼女が消えた理由を考え、突き止めた。

けれども分かったのは、最後まで、映されていなかったこと。


皮肉だなと、空虚な笑みを浮かべる。


『エイリー』は私を愛しながらも、私に愛されなかった。

私は『彼女』を愛しながらも、彼女に愛されなかった。


心から、愛していたのに。


はたからみれば、両想いに見えるのだろうか。


そんな皮肉な関係。結ばれることがない恋。

本当にー本当に皮肉だ


ー終わったのだ。全てが。


皮肉な恋が。

馬鹿な男の恋が。

いなくなるのなら、優しくすれば良かったと思うのは、もう遅い。

どちらにしろ、彼女は私を、愛さなかっただろう。

けれども、少なくても、少しぐらいは、映してくれたのだろうか。


「ーああ、皮肉だ」

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