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黒の公子と悪の魔法陣  作者: 安芸
第一章 わからないことだらけの異世界事情
8/9

7 ストレスが溜まる話と、うわーな事態

 次の瞬間、彗は外にいた。

 突然、目の前の景色が変わり、彗は唖然とした。


「え?」


 展開についていけない。

 目元をゴシゴシ手の甲で擦り、右を見て、左を見て、また右を見る。


「えええええ!? な、なにこれー」


 いまのいままで、異臭漂う地下の汚部屋にいたはずなのに、眼に映るのは緑の庭だ。

 長方形の広い敷地を、低木の緑と色鮮やかな花の咲き乱れる花壇が囲んでいる。

 両端には涼しげな水音を立てる噴水。

 四隅には四体のブロンズ像。

 裏庭と本棟を繋ぐ回廊は並列する円柱で支えられている。

 その庭のど真ん中に、彗の自宅が我が物顔で建っていた。

 アレイストが二階建ての一軒家を指し、こともなげに言う。


「なにって、スイの家だよ。ほらね、ちゃんとあったでしょ」


 彗は口をパクパクさせた。


「なあに?」


 アレイストが無駄に色っぽく笑う。一つに束ねた黒髪がサラリと胸に落ちる。

 ルチアが素っ気なく彗の心中を代弁した。


「驚いているみたいだぞ」

「え、なんで」


 心底不思議そうな顔をするアレイストが憎い。

 彗はゴクリと唾を飲む。頭が混乱している。


「な、なんでじゃないでしょ」


 彗は、常識と非常識の境界が曖昧になっていく感覚に恐れをなして言った。


「どーして、いきなり、外なのよー!?」


 アレイストの口から、再び問題発言が飛び出す。


「魔法陣を使ったから」


 こんな一言じゃ、説明に足りてない。


「ま、まほーじん?」

「君を異世界からこっちに転送させた、魔法で出来た円陣のこと」


 見かねたのか、ルチアがまた助け舟を出してくれる。


「通称は、さまよえる(ダーダリアン)魔法陣(ルエット)。別名、(ヴァン・)魔法陣(ルエット)。アレイストの管理下にある魔法陣で、主な用途は転移や転送に使われる。基本的にアレイストの身辺に張り付いているが、稀に勝手に動いてどこかにいってしまうことから、さまよえる(ダーダリアン)と名付けられた」


 アレイストが気のない声で補足する。


「僕が呼べば戻るけどね」

「呼び戻したことなどあるのか」

「どうだったっけなー」


 アレイストは本当に適当な返事をして、頭の後ろで腕を組んだ。

 まともな返答を期待していなかったのか、ルチアはそれ以上追及せず、淡々と喋り続ける。


(ヴァン)と呼ばれる所以は、個人の欲望を叶えてくれることに由来する。だが、魔法陣(ルエット)の力で望みを叶えても、だいたいが悲惨な末路を迎える。もしどこかで魔法陣(ルエット)に遭遇したとしても、あなたは使わない方がいい」


 彗は話の内容を聞いて怖気が走り、鳥肌が立った。

 のほほん、とした顔のアレイストをキッと睨んで言う。


「そういう危ないものをむやみに使わないで」

「危なくないよ?」


 アレイストの言葉にルチアが相槌を打つ。


「ああ。魔法陣はアレイストの持ち物だから、アレイストが使う分には問題ない」


 彗は太腿を手で叩きながら、アレイストに訴えた。


「私は嫌なの。移動するときは、自分で歩くか、普通の交通手段を使う」

「便利なのに」

「便利がすべてじゃないから」


 彗が冷たく言い切ると、アレイストは口を尖らせた。


「その話し方、よそよそしい感じで嫌だ。さっきみたいに可愛く話して?」


 綺麗な顔に急接近され、彗は条件反射で後ろに飛び退く。


 う、う、う、うわー。


 危うく、『額にコツン』をやられるところだった。

 彗は焦りながら抗議した。


「か、可愛くって、そ、そういうこと不意打ちで言うのもやめて」


 お世辞でも、慣れてないから動揺してしまう。

 どもりながら必死に言っているのに、アレイストはからかうような眼を向けてくる。


「君って、すごく表情豊かだよねぇ。驚いたり、慌てたり、怒ったり、照れたり。見ててちっとも飽きない。ふふっ、面白いなあ」


 彗はムッとした。


「私は面白くない」


 アレイストがじりじりと距離を詰めて迫ってくる。


「あ、またちょっと怒った」

「それ以上近づいたら、アレイストさんって呼ぶ」


 こんな脅しが効くとも思えなかったが、予想に反してアレイストはピタリと前進を止めた。


「それは嫌だ」


 ここでルチアが横から口を挟んだ。


「私は?」


 真顔で訊かれて戸惑う。

 前後の話が繋がらず、彗は訊き返した。


「な、なに?」

「あなたは私のことは、ルチアさん、と呼ぶではないか」

「だめですか」

「だめではないが、アレイストを名前で呼ぶならば、私のこともルチアと呼んでほしい」


 アレイストが「えー」とあからさまに不平の声を上げる。


「ルチアなんて、殿下でいいじゃないか。皆そう呼んでるし」


 ルチアは「却下する」と呟き、首を横に振る。


「同じ婚約者という立場にあって、アレイストが名前で呼ばれるならば、私も名前で呼ばれて然るべきだ。従って、ルチアと呼んでもらいたい。またアレイストがあなたを親しげに名前で呼ぶならば、私もいまよりスイと呼ばせていただこう」

「えー」


 ルチアは断固たる意志を示すように、胸の前で腕を組んだ。


「えー、じゃない。アレイストの抗議は聞かない」


 彗はそれ以前の問題で固まっていた。

 頭がグルグルする。アレイストの漏らした一言で、ただいま脳みそフル回転中。

 まだ眼が覚めてそんなに経っていないのに、何度硬直する羽目になるのだろう。


「あの、『殿下』って?」


 記憶違いでなければ、『殿下』は王族の敬称だ。

 彗は恐る恐る、改めてルチアの身なりを窺った。

 あまり華美な仕立てではないけれど、服に余分なよれや皺は一つもない。身体に完全に合っている。よく見れば、生地も上等。紛れもなく、オーダーメイドだ。

 上着は立ち襟で落ちついた濃緑色、ベストは白、膝下で裾を絞ったズボンは黒、ブーツも黒。肩から羽織るマントは上着より少し暗い緑色。

 一目でそれとわかるような、肩章や腕章の類は一切身に着けていない。

 けれども、そういった装飾品がなくても、品格のある人だということだけはわかっていた。

 彗は「もしかして……」とひどく緊張した声で訊ねた。


「ルチアさんって、お、王子様、ですか……?」


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