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黒の公子と悪の魔法陣  作者: 安芸
第一章 わからないことだらけの異世界事情
6/9

5 魔力とか魔界とか、悩ましくて頭が痛い

 アレイストは彗の顔を見るなり、喜々として笑った。色を含んだ瞳がパッと明るくなり、口元が綻んで綺麗な歯並びが見える。作った笑顔じゃない。本物の笑顔だ。


「スイ」


 油断していた、わけではないけれど。

 不意打ちされて、肩口にすり寄られる。猫が飼い主にするように、親愛の情を示す頬擦りだ。


「よかった。眼が覚めたんだね」

「わわわ。離れて離れて」


 耳元で、低音ボイスで囁くのは反則だと思います!


 そんなトチ狂ったことを口にするほど、思考は破綻していないけど。

 彗はアレイストをグイと押し退け、傍にいたルチアの背に隠れて盾にした。


「あれ、なんで逃げるのかな」

「近すぎです」


 苦情を伝えると、アレイストの顔が曇った。愁いを帯びた表情で、視線が伏せられる。


「……やっぱり君も、皆と同じか」


 寂しげな呟きに胸を衝かれた。

 そんな態度を取られるとは思わなくて、彗は慌てた。傷ついたような眼が、妙に痛々しい。


「だ、だって、あんまり知らない人に急に頬擦りされたらびっくりするでしょ。困るでしょ」


 彗が懸命に自己弁護に走る傍で、アレイストがおかしなことを言う。


「さあ、知らない」

「し、知らない?」

「僕にそんなことを教えてくれる人間は、いないから」


 彗はポカンとした。思考の麻痺が解けたあとで、おずおずと訊ねる。


「ご、ご両親は?」


 もし天涯孤独の身だったら、悪いことを聞くことになってしまう。

 だが彗の心配に反して、アレイストから返ってきた答えは予想の斜め上をいっていた。


「父上は魔界にいるけど。母上はずっと以前に亡くなられた」

「……」


 まかい? 


 しばらく放心して、彗はブルッと頭を振った。

 いまなにか、とてつもなく非現実的な単語を耳にした気がする。


「まかいって?」

「魔界だよ。魔王の統治する世界。人界(ここ)と表裏一体の場所」


 一瞬、立ったまま気絶した。

 ルチアが差し出口を挟む。


「なにを呆けている。ここが人界で魔界と別とは常識だろう」


 更にアレイストが衝撃の発言を繰り出す。


「もしかして知らなかった? 僕が魔王の息子ってことも?」


 彗の心中を無視し、ルチアがまさか、と一蹴する。


「それはあるまい。金色の眼など、魔王の血脈の最たる証だ。見紛うことなどない」


 アレイストが「それもそうか」と納得し、絶賛呆然自失中の彗を見て首を傾げる。


「スイ、どうしたの。急に黙って。顔色が悪いけど、また魔力酔いした?」


 もうなにから突っ込めばいいのかわからない。

 足元がふらついて、ついルチアの背中部分の服を掴んだ。


「……魔界とか、人界とか、魔王とか、その息子とか、魔力酔いの件も含めて詳しい話が聞きたいです」


 言ってから、一番肝心なことを確認していないことに気づく。


「でも、先に勘解由のことを教えて」

「かげゆ?」


 アレイストが名前の末尾の一音を高くして言う。無駄に可愛い。

 彗は言い直した。


「勘解由です。私の弟で、父シュナイダーの息子です」


 ようやくピンときたようで、アレイストがニコリとする。

 彗は彼の上等な見た目に惑わされず、追及する。


「まだ起きないんです。あのままで大丈夫ですか」


 アレイストはとても軽い調子で言う。


「大丈夫、大丈夫。もうしばらくは眼を覚まさないと思うけどね」

「ど、どうして?」


 彗が必死になって食い下がる。

 だがアレイストはこの会話に興味を失ったようで、注意を手元のペットボトルに戻す。


「んー。だって、まだなじんでないから」


 手の中でペットボトルを軽く潰したり、振ったり、撫で回したり。

 彗は諦めないで訊く。


「なにが、なじんでないの?」


 アレイストは上の空で答えてくれる。


「魔力。僕の見立てだと、スイの弟は魔力を溜める器に特化している。で、君は魔力を使う能力に長けている。シュナはどちらも得意だったから、シュナの資質が二分されて現れたってところだね」


 ルチアがしがみついたままの彗を見下ろして言う。


「なるほど。だからあなたの方が先に目覚めたのか」

「え? ちょ、待って、お願い、説明して」


 ルチアは彗をじっと見つめて答える。


「簡単に言えば、あなたは順応力が高いのだ。既に魔力が身体になじんでいる。一方、弟君はまだ十分に魔力を補填できていないのだろう。弟君の器に対し、魔力容量が足りてない」


 説明されても理解できない。

 ますます混乱する彗に、ルチアは言葉を重ねた。


「こう言えばわかるか。魔力を生理的(カロ)熱量(リー)とする。魔力は私たちの活動によって吸収消費される。魔力を摂取する手は幾つかあるが、主には自然吸収と意思吸収の二つ。消費は運動や代謝、形成、使用が主だ。ここまではいいか」

「う、うん」


 彗は頭の中で、魔力を食べ物もしくは空気に変換した。

 ルチアは彗から視線を外さず、淡々と言葉を継ぐ。


「例えるなら、こうだ。あなたと弟君は空腹で気絶した。動くためには魔力がいる。そこで酸素と同じように、眠っている間も大気中から魔力を吸収し、力を取り戻す。すると、動けるようになる」

「うんうん」

「あなたは腹がいっぱいにならなくても、動ける。ところが弟君は、ある程度腹が満たされないと、動けない。いま弟君はその状態なのだ」

「ということは……勘解由はごはんを食べ続けている、ってこと?」


 彗の例えにルチアは一拍間を置いて、頷いた。


「まあ、そうなる」


 わかったような、わからないような。


 彗は「ふー」と深呼吸した。

 いまは待つしかない。そう自分を納得させる。

 それに勘解由が本当に危険な状態だったら、シュナイダーが呑気に仕事に出かけるわけがない。たぶん。

 彗はルチアにペコリと頭を下げた。


「親切に色々教えてくれてありがとう」


 ルチアは表情を変えず、小さく「いや」と首を振る。


「あなたは私の婚約者だからな。あなたに優しくするのは私の義務だ」


 そこでアレイストがひょいと顔を上げる。


「なにそれ。スイは僕の婚約者だよ。だって僕、スイに熱烈な求愛を受けたし」


 ルチアが平然と受けて立つ。


「それは枕贈りの作法そのものを知らなかったそうだ」

「知らないでは済まされないと思うけど」

「それはそうだが、しかしおまえから婚約破棄を申し出てくれれば、解消はできる」

「嫌だよ」


 あっさりとアレイストは拒んだ。

 ルチアが肩で溜め息を吐く。


「まあそうだろうな。枕贈りの求婚などされては、誰だって断れまい。それも一番情熱的な、枕をぶつけられる求愛とは、クッ、まったく羨ましいことだ」


 彗はルチアに恨めしそうに見つめられた。

 ルチアは心臓に手を置き、いかにも悲しげに眼を伏せて嘆く。


「私という婚約者がありながら、あなたはなんて罪深いことをしたのだ」


 一方、アレイストは上機嫌に笑って言った。


「だからスイとの婚約破棄はルチアがしてよ」

「それはできない。私たちは生まれながらの婚約関係にある。書類も揃っているのだ」


 ルチアが顔を上げ、毅然と突っ撥ねると、アレイストはぼやいた。


「厄介だなあ」

「それは私のセリフだ」


 ここで彗は「はい」と挙手した。


「どっちも解消してください。私はまだまだ誰とも結婚するつもりはないです」


 精一杯、睨みを利かせての談判だったが、アレイストもルチアも口を揃えて言った。


「嫌だよ」

「お断りする」


 彗はげっそりした。

 ただでさえ悩ましい問題がいっぱいあるのに、なんでときめきの欠片もない恋愛問題まで抱えなければいけないのかな。

 やさぐれる彗に、アレイストが無邪気に話しかける。


「ところでスイ、この『ぺっとぼとる』ってなにか僕に教えてよ」


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