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黒の公子と悪の魔法陣  作者: 安芸
第一章 わからないことだらけの異世界事情
5/9

4 地下牢獄とホラーと汚部屋

 ルチアは颯爽と歩く。彗はその歩幅と速度についていけず、若干小走りだ。

 ここがどこかはともかく、とてつもなく広いことは間違いない。

 なにせ、廊下が長い。天井が高い。部屋数が半端じゃない。おまけにとても豪華。

 と、庶民では縁のない、お金持ちの家の条件が四拍子揃っている。


 でも、ちっとも羨ましくない。

 こんなに広いと移動するのが大変だ。掃除することを考えたら気が遠くなる。

 だいたい、絨毯や美術品や装飾がいくら立派だって、居心地が悪ければ意味がない。


 そして彗の眼には、これらの豪華絢爛たる一切合切のものが、ひどく冷たく映った。


 人の住む場所じゃない。


 割とどうでもいいことを考えながら、彗はルチアについていった。

 長い廊下の先の階段を下り続けると、ある場所から、空気が変わった。


 ひんやりとして、黴臭い。独特の異臭もする。

 毛足の長い絨毯も途切れて、剥き出しの石階段が現れる。


「アレイストは地下にいる」


 及び腰になった彗に気がついたのか、肩越しに振り返りルチアが言った。


「足元が滑るから気をつけるように」


 警告はしてくれても、それだけ。

 ルチアはさっさと一人で下りていく。

 これが勘解由だったら、間違いなく手を差し出してくれる。

 そんな考えても仕方のないことを考えながら、彗も続く。


 別に手を借りたいわけではないけど、薄暗いし、雰囲気も怖い。

 本音を言えば、行きたくない。

 もっと言えば、ルチアを信用しているわけではないから、おとなしく彼に従っているこの状況はあまり本意じゃないのだ。


 ただ消去法で選択の余地がないから、ついていく。

 父が手紙を預けた人物なら、少なくとも父と面識がある。おそらく信頼も置かれている。

 そう信じるしかない。


 と、自分を納得させながら、彗は勇気を奮い立たせた。

 恐る恐ると、地下に下りていく。

 真っ暗闇を覚悟していた地下だったが、通路は仄明るい。

 石灰石のような色合いの石造りで、天井が無駄に高い。

 そしてギョッとしたことに、錆びた鉄格子のある小部屋が幾つも連なっている。


 もしかして、これって……。


 彗はゴクリと唾を飲み、嫌々ながら訊いた。


「ルチアさん」

「なんだ」

「もしかして、ここ、牢獄ですか」


 牢屋とも言う。

 なんとなく、恐ろしげな言葉を選んで言ったのは、雰囲気に流されたためだ。

 彗が心の中で、どうか否定してほしいと願うも空しく、ルチアはあっさりと認めた。


「そうだ。と言っても、現在ではほぼ使われていない。いまは大半の囚人を新設した牢獄に収容しているからな。ここはもっぱら尋問か拷問に使用されているだけだ」


 尋問か拷問。

 過激な返答にルイの顔から血の気が引いた。

 叫ばなかったのは、怖すぎて声が出なかったから。

 それなのにルチアは、真面目くさった口調でとんでもないことを言う。


「あなたが興味あるなら、今度実施で見学も可能だが」

「お断りします!」


 全力で即答する。

 地下牢に彗の甲走った声が反響していく。

 彗の激しい拒絶にあってもルチアは表情を変えず、ただ眼を瞬いた。


「驚いた。あなたは意外にも遠慮がちな性格だったのだな」


 ルチアの頓珍漢な判定に彗は逆上して反論した。


「違います! 全然、これっぽっちも遠慮なんてしていませんから! 女の子相手に、こ、こんな怖い場所で怖いこと言うなんて、あなたの常識が変ですから」


 理性が振り切れているわけじゃないので、頭おかしいんじゃないの、とは言わずにおく。

 彗が涙目でルチアを睨むと、ルチアはまた眼をパチパチさせて言った。


「……女の子、があなたを指すとして訊こう。あなたはもしかして、ここが怖いのか?」

「普通に怖いですよ」


 ムスッとして答える。

 ルチアが感じ入ったように頷く。


「なるほど。あなたは地下が怖いのか。覚えておく。では、私にできることはなにかあるか?」

「一人にしないでください」


 別に甘えているわけじゃない。

 こんな場所で一人にされたら、アレイストに会いに行くどころの話ではなくなる。

 彗が切実に訴えると、ルチアは「わかった」と一言呟いて、おもむろに踵を返した。


「アレイストの部屋はこの奥だ」

「牢獄のある地下に部屋って、ひどくないですか」

「なにがひどい?」


 本気で訝しげなルチアも相当ひどい性格だ、と彗は思った。

 湿気と黴臭い空気が満ちる地下道を、ルチアに置いて行かれないよう進む。

 奥に向かうにつれ、なんだか(おぞ)ましい気配が濃くなってきた。

 石壁や床にも血痕のようなものが見受けられる。

 腐敗した鉄格子や壁に刻まれた引っ掻き傷など、眼にしたくないものが満載だ。


 ひー。


 彗は、声にならない叫びを放ち、縮こまりながら歩いた。

 ホラーだ。ホラー以外のなにものでもない。


 怖いよう。


 思わず、念仏を唱える。

 これは亡くなった祖母が生前口にしていて、耳で聞きかじったものだ。

 言葉の意味も内容も、とんとわからないけれど、怖いときには不思議と効果がある。

 すると、彗がブツブツ言うのを聞きつけたのか、ルチアが振り返って言った。


「面白い詩だな。もっと聞かせてくれないか」

「面白がらないでください」


 そのまま怯えながら段々細くなる道を歩いて、ようやくルチアが足を止めた。

 目の前にあったのは、鉄格子ではなく、黒い扉。金色のノッカーがついている。

 見るからに怪しくて、彗はドン引きした。

 だがルチアはためらわずノッカーを握り、ガンガン、と強く扉を叩く。


「入るぞ」


 そして中から応答がある前に扉を押した。開く。

 彗は慌てた。親しき仲にも礼儀あり。

 勝手に入ったらだめ、と言おうとした瞬間、強烈な異臭が鼻を突いた。


「うっ……」


 思わず呻いて、その場から走って逃げる。

 隣では、ルチアも同じように飛び出してきて、壁に手をついて吐き気と闘っている。

 まるでゴミ処理場の中に放り込まれたような悪臭だった。


「な、なんて臭いだ」


 ルチアが肩で息をしながら呟く。


「奴はいったい、中でなにをしてるんだ」


 彗はルチアと顔を見合わせ、嫌々ながら再度、突入を試みる。

 一度扉を解放したせいか、最初に刺激臭を嗅いだときよりはましだった。

 だが部屋の中を一目見て、彗は二の足を踏んだ。


 なに、この汚部屋。


 そうとしか言いようもない。

 大量の本、大量の壺、大量の実験器具らしきものと謎の標本。

 乾燥した植物が壁から下がり、動物の剥製や骸骨が無造作に転がっている。

 他にも、汚れた食器や悪臭の漂う布、得体のしれない置物に、アレやソレ。

 まともな家具と言えば、実験台らしき机だけ。それも机上は乱雑に散らかっている。


 アレイストは長い黒のマントを羽織った姿で、彗とルチアに背を向けて立っていた。

 机の前に立ち、熱心に作業に打ち込んでいる。

 ルチアが呼びかけて、足を踏み入れる。


「アレイスト、おまえなにをやっている」


 無視するかと思いきや、アレイストはすぐに反応し、ルチアを見て答えた。


「ルチア。ねぇ見てよ、これ。すごく珍しくて面白いんだ」

「珍しくて、面白い?」


 ルチアは俄かに興味を引かれた様子で、アレイストの手元を覗き込む。

 アレイストがなにかを手に持ち、それをルチアに触らせる。

 ルチアが指で突く。パコッ、と軽い音が響く。


「柔らかい。それになんて透明度だ。確かに、珍しいな。なんだこれは」


 別に珍しくない。耳になじんでいる音だ。

 音に引かれて、トコトコと二人に近寄った。アレイストの手の中をひょいと覗く。

 彗は言った。


「ただのペットボトルです」


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