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黒の公子と悪の魔法陣  作者: 安芸
第一章 わからないことだらけの異世界事情
4/9

3 二人目の婚約者は裁縫男子

*タイトル変更しました

 彗が二度目に目覚めたとき、頭の痛みは取れていた。呼吸も楽になっている。

 あれからどれくらいの時間が経ったのかわからないけど、体調は快復していた。

 首を動かして、横を見る。

 隣にベッドはなく、勘解由の姿は見当たらない。

 サッと緊張し、布団を撥ね退けるように起き上がる。

 そこで彗の眼に映ったのは、薄暗がりの中でせっせと裁縫に勤しむ若い男の姿だった。


 彗のベッド脇の椅子に腰かけて縫物をしている金髪の男は、ちょっと類を見ないくらい顔がいい。

 冷たそうだが、眼鼻立ちがはっきりと整っている二枚目は、どこか人を寄せつけない鋭い眼力を持っている。


 ただし、その手に持つ物がぬいぐるみでなければ、の話。


 彗が目を覚ましたのにも気づかぬくらい、真剣な顔で布地に針を刺している。

 こんなに薄暗くては作業しにくいだろうに、と他人事ながら彗は思った。


 それにしても、上手い。


 糸を自在に操る手つきは洗練されていて思わず感心してしまう。

 しばらく黙って見ていると、突然、彼は手を止めてぬいぐるみを注視する。いかにも高貴な顔に苦悩が浮かぶ。

 それがあまりにも長く続くものだから、しまいには彗も焦れて声をかけた。


「なにを悩んでるんですか」

「ぬいぐるみの表情だ。笑った顔がいいか、澄ました顔がいいか、陰険な顔がいいか、迷っている」


 なるほど。

 確かにそれは悩みどころだろう。


 彗はお節介かなー、と思いつつも進言した。


「だったら無表情がいいですよ。その方が想像の余地ができて愛着が湧きやすいです」

「ふーん、そういうものか? しかし無表情とは難しいな……って、起きたのか!?」


 慌ててぬいぐるみを背中に隠しても遅い。

 彼はばつの悪そうな顔で言い訳をする。


「これは、つまり、深い理由(わけ)があってだな、決して人形作りが趣味というわけではない。私は裁縫など好きでもなんでもなく、差し迫った事情があり、やむを得ずしていることであって」

「別に言い訳しなくても。邪魔しませんので、どうぞ続きを進めてください」


 彗が先を促すと途端に彼の顔が曇った。

 後ろに引っ込めていた手を元に戻し、のっぺらぼうのぬいぐるみを見ながら重い溜め息をつく。


「そうしたいのだが……無表情、無表情……まいった、どういう顔にすればいいのかわからない」

「……よかったら、見せてもらってもいいですか?」


 無言で差し出されたぬいぐるみはパッチワークで出来ていた。

 翼の生えた大きな鳥のような形をしたもので、手足が可動式と凝っている。縫い目は正確で均一、とても丁寧な作りで、彼の性格の几帳面さが窺えた。


「この形だと、眼は丸くて大きい方がいいです。口はまっすぐ、鼻はなくてもいいでしょう」

「牙は?」


 どうやら牙のある動物らしい。


「つけるなら、口の端に小さく」

「よし」


 途端に彼の眼が強く輝き、長い指が針を挟み鮮やかに動く。

 そしてあっという間にぬいぐるみは完成した。


「どうだ?」

「上手ですね」

「そうか」


 彗が褒めると彼も至極満悦そうだ。

 だが素の表情を見せたのも一瞬で、彼はハッと我に返り、今更ながら取り繕った態度で言った。


「このことは他言無用で頼みたい」

「このこと?」


 なんのことかわからず首を傾げる彗の前で、彼は顰め面をし、言いにくそうに口を開く。


「……私が女性の手仕事である裁縫をしていた、などと言い広められては困る」

「別に誰にも言いませんけど……でも、隠すことでもないでしょう。裁縫が上手でぬいぐるみが作れるなんて、手先が器用な証拠ですし」


 彗はごくあたりまえの感想を口にしただけなのだが、彼は眼を丸くして言った。


「いくら手先が器用でも、ぬいぐるみを作る男など気持ち悪いだろう」

「全然気持ち悪くなんてありませんよ。いまの時代、男も女もないです。料理も裁縫も掃除も――なんでも出来た方が将来困りません。ちなみにうちの弟は家事全般得意です」


 彗は彼に背を向け、ベッドを下りて、平然と答えながらベッドメイクした。


「それでつかぬことをお伺いしますが、私の弟はどこでしょう」


 勘解由がいない。


 彗は彼を振り返り、詰問調で訊ねた。

 うちの可愛い弟に手を出したら許さないんだから、と威嚇を込めて睨んでやる。


「ああ、あなたの弟君なら――」


 彼が言いかけて表情を改める。

 息を呑み、驚いた顔でしげしげと彗を眺めて呟く。


「――あなたは我が国の言葉が話せるのか」

「父に習いました」


 それこそ、物心つく頃からバイリンガルだ。

 話せないふりをしてしばらく様子見をしてもよかったが、父シュナイダーも勘解由も傍にいないのでは不安で仕方ない。少しでも詳しく状況を把握するためにも、意志の疎通は重要だ。


 さいわい、身体は拘束されていない。

 見張りは彼一人みたいなので、逃げようと思えば逃げられそうだ。

 前提条件として、部屋の扉に鍵がかかっていなければ、だが。


 彗は警戒しつつ、じりじりと下がって彼から距離を取る。

 緊迫した空気が伝わったのだろう、彼は途端に弁解を始めた。


「待て、早まるな。あなたが私を不審に思う気持ちは理解できる。説明しよう、だから逃げずに、騒がずに、まず私の話を聞いてくれないか」

「弟は?」

「隣の部屋だ。姉弟とはいえ、年頃で未婚の男女を一室で休ませるわけにはいかないだろう」


 彗は冷やかな視線を向け、侮蔑を込めてボソッと言う。


「全然知らない赤の他人に枕元に居座られるより、弟と一緒に寝る方が一億倍ましですけど」

「なに、一億倍だと。それほど私が嫌なのか?」

「普通、知らない人の近くで寝るのは嫌でしょう」


 ごく一般論として言わせてもらえば、女の子が身内や彼氏でもない男性に寝顔しかもすっぴんを見られて平気なわけないと思う。

 いくら非常事態とはいえ、見張りなら女性をつけるべきだと切に訴えたい。

 彗がそう続けようとした矢先、彼が反論した。


「それは確かにそうかもしれないが、しかし私とあなたは赤の他人ではない」


 一瞬、面食らって彗が呟く。


「赤の他人じゃ……ない?」


 嫌な予感。

 彼が頷く。


「そうでなければいくら私でも、本人の了解もなく、うら若きご令嬢の寝室に入れるものか」


 彗は本能的にその先を聞くことを拒否した。

 耳を塞ごうとしたものの、一瞬遅かった。

 彼は勿体ぶることなく、名乗りを上げた。


「私の名はルチア・ゴッドディルク・エグザミィ。リング・ダスカーに懸けて、あなたの婚約者だ」


 くらっとした。

 嘘や冗談でもなく、本当に頭が痛くなった。

 リングなんとかは聞き流し、婚約者という一語に気分が悪くなる。

 思わずよろめいて壁に手をつく彗の前で、ルチアが続ける。


「私たちは生まれながらの婚約者だが、しかしあなたはアレイストに求愛したと聞く。それは本当なのか?」

「知りません」

「なに、知らないだと? では枕贈りの求婚をしたという話は事実と異なるのか」


 やっぱりあれは夢じゃなかったんだ。

 彗はズキズキと痛むこめかみを指で押さえながら答える。


「枕は投げつけましたけど」

「ならばやはり求婚したのだな」


 私というものがありながら、とルチアが溜め息を吐く。

 彗はむきになって弁解した。


「そんなこと、知らなかったんです!」

「しかし、知らないでは済まされない。目撃者が多数いて、なによりアレイスト本人が了承したというではないか。これではあなたは事実上、二人の婚約者がいることになる」

「どちらとも解消でお願いします」


 断固とした口調で、きっぱり告げる。

 ルチアは渋い顔をした。


「そう簡単にはいかない。だがあなたの本意でないのならば、アレイストに断らせることはできるかもしれないな。早速、奴のところへ話に行ってみよう」

「その前に、弟と父に会わせてください!」


 彗が強く主張すると、ルチアはこともなげに言った。


「弟君はまだ目覚めないが、会いたいのならば会える。シュナイダー叔父上はあいにくだが危急の用件があり、留守だ。おそらく、しばらく戻っては来られないと思う。ああそうだ、叔父上から手紙を預かっている」


 色々と突っ込みたい衝動を堪えて、彗は訊き返した。


「手紙?」

「ほら、これだ」


 彗は受け取った封書から二つ折りの便箋を出して広げた。

 そこには確かにシュナイダーの汚い字で、日本語で書かれている。



 愛する娘、彗ちゃんと愛する息子、勘解由君へ


 ちょっとお仕事に行ってきます!

 心配しないで待っててね


                 お父さんより



 思わず、グシャッと手紙を握りつぶしそうになった。

 筆不精の父のことだ、これでも精一杯書いたのだろうな、とは思う。


「でもたったこれだけじゃ、なにもわからないでしょ! もうっ」


 ルイは怒りに任せてブルブル震えた。

 すると彗の反応を見て、きっとろくでもないことが書かれていたのだろうと同情したのか、ルチアが補足してくれる。


「あなたと弟君については、叔父上が戻るまで、私の父と私が責任を持って手厚く遇するから心配はいらない。できるだけ力になるし、望むものは揃えよう。さしあたって、なにかいるか?」

「お水をください」


 ルチアは枕元の小卓に置いてあった水差しから、グラスに水を注いだ。

 グラスを受け取り、彗は最初一口、それからゴクゴクと飲み干す。水の味は悪くない。


「あと、弟に会いたいです」

「案内しよう。こちらだ」


 ルチアは手製のぬいぐるみをマントの中に隠し、彗をエスコートしてくれた。

 寝室に鍵はかかっていなかったようで、ルチアが扉を引くと難なく開く。

 だが外に二人の武装した扉番がいて、彗はギクリとする。


「怖がらなくともよい。ただの護衛だ」


 怖いに決まっている。

 なにがなんだかわからない状況下で、武装した兵士に見張られているなんて、怖すぎる。


 でも、と彗は歯を食いしばった。

 なにがなんだかわからないからこそ、自分がしっかりしなければ、と気持ちを奮い立たせる。


 なんといっても、姉なのだ。父が不在な以上、弟を守るのは自分しかいない。

 ルチアの後について隣室に向かいながら、ふと疑問が口をつく。


「叔父上って、私の父のことですか?」

「そうだ。私の父の弟があなたのお父君だ。着いたぞ」


 隣室にも二人の扉番がいた。長槍を手に持ち、腰には剣を佩いて、甲冑を纏い立っている。

 ルチアが開けろ、と手振りすると扉番は会釈して扉を開けた。

 案内されるまま、彗は部屋に入り、勘解由を探す。


 いた。


 勘解由だ、ベッドに蒼褪めた顔で眠っている。

 彗はそっと手を伸ばし、勘解由の頬に触れた。温かい。生きている。

 ホッとした。安心するあまり、膝の力が抜けてしまう。


「よかった……よかった、勘解由……」


 涙目で勘解由の枕元に蹲る。

 ところがルチアは顔を顰めて真逆のことを言った。


「いや、よかったと安心するのは気が早い。眠りが深すぎる」

「え?」


 不安で胸がざわめく。

 一気に表情を硬くした彗の心情に配慮したのか、ルチアは幾分口調を和らげた。


「同じく異世界より転移してきたあなたは目覚め、こうして歩き、話しているというのに、弟君はまだ目も覚まさないのだ。アレイストは問題ないと言っていたが、私は少し心配だ」


 彗の脳裏に、初めて会ったときのアレイストが眼に浮かぶ。

 あのとき、アレイストは勘解由の顔を覗き込んでいた。


 あれはなにをしていたのだろう?


 彗は涙を手の甲でぐいと拭い、すっくと立った。ルチアを向いて、敢然と言う。


「いますぐ、アレイストさんに会わせてください」


 勘解由になにか変な真似をしていたら、ただじゃおかないんだから!


 と、拳を握りしめて、彗はルチアの後についてアレイストの元へと向かった。


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