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黒の公子と悪の魔法陣  作者: 安芸
プロローグ
1/9

うちのお父さんは異世界人です

   


(すい)ちゃんのお父さんって外国人なんだ!? すごくかっこいいねー!」

「うんうん、金髪に緑の眼なんてきれーい。モデルのシュナに似てるって言われない!?」

「あはは、よく言われるよー。スーパーとかコンビニでもしょっちゅう間違われるんだー」

「だよねー。激似だもん!」


 内緒だけど、本人です。


 そして話の流れからやっぱり訊かれてしまう。


「ね、どこの国の人?」

「えーと」


 うちのお父さんは異世界人です。

 これは嘘のような本当の話。


 ――なんて言えるわけもなく、彗は笑顔でうやむやにした。




 如月彗(きさらぎすい)は祖母と両親と三歳年下の弟の五人家族で、築二十五年の古い一軒家に住んでいる。

 去年、祖母が脳梗塞で倒れて救急車で運ばれ、なんとか一命は取り留めたものの右半身に軽い障害が残り、思うように歩けなくなってしまった。

 そんな祖母のために家をバリアフリーにリフォームすることとなり、仏壇のある和室を除いて全床フローリング、段差をなくし、玄関や階段、お手洗いには手摺をつけた。ついでに冷暖房完備、台所もIHのシステムキッチンへと変身し食洗機も加わって、家は見違えるように快適になった。


 この家で、気のいい祖母としっかり者の母と異世界出身の色々残念な父と素直で可愛い弟と皆で仲よく暮らしている。

 彗は家族が大好きだ。



 転機は彗一〇歳、小学四年生の秋。

 年に一度の父兄参観日。

 父シュナイダーは朝から大変な張り切りようで、眼の色を変えクローゼットからネクタイやスーツを取っ替え引っ替えし、曰く。


「絶対に彗ちゃんのお父さんが一番かっこいいって言わせてみせるから! え、お仕事? ふっふっふ。とーぜん、お休み取ったし! お父さん気合い入れて授業参観行くから!!」


 なにかが違う。

 どちらかというと、気合いを入れなければいけないのは彗本人だろう。

 これまでの経験上、シュナイダーの暴走を止めなければ間違いなくひと騒動起こると踏んだ彗は遠まわしに牽制した。


「頑張らなくても普段のお父さんが一番かっこいいよ」


 だから普通の恰好で来てね、と言ったつもりだったのに。


「っ」


 一瞬でシュナイダーの顔が薔薇色に染まる。

 しまった、逆効果だったかもしれない。と彗が気づいたときには時既に遅く、シュナイダーは照れてモジモジしながら超が付く全開の笑顔で答えた。


「あ、ありがとう。お父さん嬉しいよ。彗ちゃんの期待を裏切らないように普段よりもっとずっとかっこよくキメていくからね。よーし、頑張るぞー」

「……」


 彗は母の(かなめ)と顔を見合わせた。

 小学一年生の弟、()()()はランドセルを背負いながら七歳らしくない大人びた溜め息をつく。


「姉さん、諦めたら?」

「うーん」

「大丈夫、お母さんがあまり派手な色のスーツは選ばせないようにするから」


 と、彗の耳元へ要がこっそり耳打ちする。

 子煩悩全開の父の暴走を止められるのは母だけなので、その言葉を信じるしかないだろう。

 ここで「水を差すのも悪いかな」などと考えるあたり、彗も一〇歳の子供らしくない。


「さ、いってらっしゃい。車には気をつけてね。勘解由、彗を頼むわよ」


 どうして三歳も年下の弟に姉を頼むのか。普通は逆だろう、と彗はちょっぴり不満に思う。

 勘解由は勘解由で母の言葉を疑問に思うことなく、素っ気なく頷く。


「わかってる、大丈夫。姉さんの面倒は俺がちゃんとみるから」

「こら、勘解由。弟のくせに生意気だぞ」

「弟でも男だし。それに姉さんは鈍くさい。俺が守らないと」


 言っていることは可愛くないのに、どうしよう、弟がめちゃめちゃ可愛いんですけど!


「ね、手繋いで学校行こうか?」

「ウザい」


 残念、一言で断られました。


 がっかりしながら彗は鞄を肩から斜めがけにして、勘解由と二人、玄関で靴を履く。


「行ってきまーす」


 学校は朝からいつもと空気が違っていた。

 子供も親も先生方もどこか落ちつきがなく、それでいてある種の緊張感に包まれている。授業開始を前に続々と参観にやってきた父兄が教室の敷居を跨ぎ、小さなスチール机と椅子が並ぶ教室を懐かしげに眺めつつ窓際の奥から順番に詰めていく。父兄のほとんどは地味なスーツやスラックスに上着を合わせたノーネクタイのカジュアルな恰好で、ちょっと会釈しながら遠慮がちに参観者の輪に入る。


 その間もずっと、教室のあちこちでクラスメイトたちの「似てる」とか「似てない」とか親子批評のはしゃいだざわめきが絶えない。


 そこへ颯爽と現れたのは、変装用にアランミクリのサングラスをかけてアルマーニのグレーのスリーピーススーツを悠然と着こなし、イタリアの高級靴をさりげなく履いた、金髪碧眼の美貌の父シュナイダーだ。


「……」


 彗の眼にはなぜかマフィアに見えた。機関銃が似合いそうな物騒な迫力があり、普通の企業戦士なお父さんたちの中で圧倒的に異彩を放っている。案の定、一瞬で教室はどよめいた。


「ちょっ。誰、あれ!?」

「やくざじゃね!?」


 マフィアではなくやくざにも見えるらしい。父には悪いけど、とっても柄悪そうだ。


 毎年発刊されるジャパン・メンズ・モデル名鑑のプロフィール欄には、『モデル名シュナ。その他不詳』と一行だけ記載されている、露出はそれほど多くないのに人気度はトップのモデル、如月(きさらぎ)シュナイダー(実名)。


 そもそも、日本人の平均身長より頭一つ背が高く、「脱ぐとすごいんです」的な細マッチョの身体、これ以上になく一つ一つのパーツが精緻に整った甘い顔とどこにいても目印になるくらい派手な金髪、おまけに色気がダダ漏れというずば抜けてハイスペックな美形モデル父は目立つことこの上ない。せっかく母が地味な色のスーツを選んでくれてもやっぱり無駄だったようだ。


 限りなくマフィアのドンっぽいシュナイダーは素早く愛娘の姿を見つけるなり、ゆっくりとサングラスを外し、物慣れたしぐさでスーツの胸ポケットに差しながらニコッと笑って手を振った。


「彗ちゃーん、お父さん来たよー。ここでちゃーんと見てるから、勉強頑張って!」


 その瞬間、クラスメイト二十九名の驚きの視線がグサグサと痛いほど彗の全身に突き刺さった。


「如月の親父か!?」

「う、うん。そう」

「マジで!? おまえどっからどーみても日本人のくせに、ハーフだったの!?」


 マジで地球人と異世界人のハーフですよ。言えないし、言う気もないけど。


 ここで会話は冒頭に戻り、続く。


「うわー。似てねー」

「そんなことないよ。私はお父さんとは顎と鼻の形が似てるんだ。眼とか口元はお母さん似みたい。どちらかというと私より弟の方がお父さん似かな。眼や髪は黒いけど全体的な顔の作りとか」


 身内贔屓を差し引いても、将来有望な可愛い自慢の弟です。


「ふーん。言われてみれば似てるかも。なあ如月の母ちゃんって美人? おまえに似てるならきっとすげー優しそうな――って、いまのなし! 俺は別におまえのことよく知りたいとか、特別興味があるとか、そんなんじゃねぇから! ほんとだぞ!? 変な勘違いすんなよなっ」


 彗は急に顔を真っ赤にして声を荒げたクラスメイトの男子のうろたえぶりを怪訝に思い、会話に耳だけ参加していた隣の席の友達にこっそり訊ねる。


「……なんでいきなり怒ったの? 変な勘違いってなに?」


 すると友達はちょっと首を竦めて、目下赤面中の男子にちらりと憐憫のまなざしを向けつつ言う。


「……彗は鈍いからなー。まあ、わからないならほっといていいんじゃない? その、さ、男子もスナオになれないオトシゴロだし? イロイロあるわけだよ、うん」

「てめぇ、如月に余計なことを言うなよ!」

「言ってないじゃん!」


 教壇では担任の先生が必死に「静かに、静かにしなさーい!」と叫んでいるが、教室内は騒然と「きゃーっ」とか「かっけぇー」とかクラスメイトの黄色い歓声が飛び交いしばらく収まる気配がない。その後、参観者の父兄が一人ずつ増えるごとにシュナイダーが引き合いに出され、最終的に父の目論見通り「彗ちゃんのお父さんがぶっちぎりでかっこいい!」と意見が一致した。


「ありがとう。伝えておくね」


 気恥ずかしさもあるけれど、父親が褒められれば単純に嬉しい。

 帰ったらお父さんに授業参観に来てくれてありがとうって言わなきゃ、と胸躍らせて帰宅した彗を待っていたものは、突然のほうだった。


 母、要が急性心不全で亡くなった。

 そしてその年の冬の始め、祖母も娘の後を追うように静かに息を引き取った。




 ――それから六年後。



次回更新は26日です。

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