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短編つめあわせ

花ひらく日の君に向け

作者: 陽菜

麗らかな春の日差しが降り注ぐ校庭で、目当ての人を探すため走り回った30分。金井はいつまでたっても見つけられない相手の捜索に焦っていた。式が終わったら真っ先に向かう予定だったのに、と今更ごちても決して時は戻らない。

元は自分が部活の後輩に捕まったのが悪かった。とはいえ慕ってくれる彼らを無碍に扱うことはできないし、素直に自分の予定を告げることもできなかったのだから仕方なかった。ただ、最近の卒業式の流行りに従い、やれあれをくれこれをくれと取り囲まれて気付けばボタンどころか部活用のリストバンドやシューズまで失っていたのには驚いた。卒業の熱に浮かされてのこととはいえ、人の使いさしであるそれらをその後どうするのかは非常に気になるところだ。記念ですと言い張られて引いたけれども、我に返ったらその後の扱いに困るんじゃと正直言えば突っ込みたい。

卒業の式を終え三々五々に散った同級生達の中にはそろそろ帰りの途につこうとする者も多く賑わいも少し収まり気味だ。既に胴上げの気配はなく、涙する少女を囲んでいたグループの姿も少ない。少しずつそれぞれに散っていく背中に金井の胸の焦りが加速する。

「どこにいんだよ……っ!」

こんなことなら先に約束しておけば良かった。

散々迷って、だけどどうにも恥ずかしくて結局言えなかった昨夜を思って地団太を踏む。

もう人に知られたくないなんて言ってないで周りの奴らに聞くしかない。浮かんでは消し、消しては浮かんだ案を今度こそ採用するしかないかと心に決め―――


「―――福園!!」


見つけた!!


人の間を見慣れたボブカットが揺れる。思わず大声を出して駆け出すと愛嬌のある丸い目がこちらを向いた。


「金井ー!!」


ぴょん!と跳ねた福園に金井の口がふっと綻ぶ。


良かった、見つけられた。


ほっとする間も惜しくて慌てて駆け寄る。と、視線が捉えた想定外に金井は細い目を見開いた。


「……何で体操着?」


溢れる制服の群れに1人半袖体操着姿の彼女は驚くほど目立つ。

気付いてしまえば何故見つけられないのか不思議なくらい周囲の色から浮いている。

ついぽかんと口を開け間抜けな顔で訊ねると、にしし、と表現するのが正しい笑みで彼女は笑った。


「後輩にとられた!リボンとか校章とかならわかるけど、シャツとか嫌じゃない?って聞いても欲しいですって言われて。スカートとかいかにもサイズあわなさそうでどうしようって感じだよ。私が持ってたジャージもあげちゃったから、実はこれ借り物なんだよー明日返しにこないと」


卒業したのにね、と言いながら福園は暢気に頬を緩めた。

ブレザーの学校なので一般的に記念品として求められるのはリボンやボタン、校章や生徒手帳あたりで、彼女ほど無くなるのはそういない。ちらちらと周囲から注がれる視線は珍しいものを見る眼差しだけど、それほどまでに慕われたのだと思えばくすぐったくなるのもわかる。1人だけこれで恥ずかしいんだけどと言いつつも誇らしく思う気持ちに共感する。


顔立ちが特別可愛いというわけでもなくスタイルも程々だけれどいつも元気で明るくて、福園は何かと人目を引く。というか金井の目を惹いた。金井が細い目をからかわれた時も試合に負けて落ち込んだ時も我武者羅に練習した時も大声で笑った時もいつだって、福園は陽気な顔で笑っていた。小さな事など気にするなと、頑張ってるの見ると負けられないと、楽しそうな顔みるとつい一緒に笑っちゃうねと。金井が彼女を一言で表すならば、気持ちが良い人、につきる。そしてそれはおそらく、彼女の周囲にいた人間にとっても同じことだった。


今の姿は福園の3年間の勲章だ。


着替えから戻った直後だから周りに人がいないけど、後輩やクラスメイトに見つかればまた囲まれてしまうに違いない。本当は最後に一緒に制服姿で写真を撮りたいと思っていた金井だったが、一応朝制服もプレスしたんだよ、と言い訳してる福園が微笑ましくてするりと言葉が零れ落ちた。


「格好いいじゃん」


一瞬固まった彼女に気づかないまま、金井は次の言葉を継いでいた。


「着替えてたから見当たらなかったのか」

避けられたわけでも帰ってしまったわけでもなかったのだとわかって金井は密かに安堵する。

1人違う格好への照れ隠しか、ふへ、とおかしな声で笑う福園に心が和んだ。

切羽詰まっていた気持ちがゆるりと解けていく心地が気持ちよく、己の細い目元が柔らかくなっていくのを感じた。

「……もしかして、結構探してくれた?」

「さがっ探してない!」

「だ、だよね!」

不意の問いかけに強い反射で返した後に後悔する。

あはは、と続いた彼女の声は気まずさを誤魔化す空笑いとわかる軽さで途端に胸が締め付けられた。


―――今日こそは。

そう何度も誓った夜がもう来ない。

わかっているのに素直になれない自分がもどかしく、金井は己の髪をかきむしった。


「―――だあああ!!」

「えっ?!いきなり何してんの金井!ちょ、ボサボサになるからやめなって!こら!」


何してんの金井ー!

叫びつつ金井の暴挙を慌てて止めようとする福園の手が腕へと触れる。

軽い接触に、けれど金井はとび跳ねるように振り払った。

びっくり眼で動きを止める福園を間近に見つけ、咄嗟に金井の手が伸びた。


「ち、ちがっ!違うからっ」

「えっ あ、うん!大丈夫、びっくりしただけだから気にすんな!」

「そうじゃない!」


勢い怒鳴り返すと、えええと混乱する福園の声がする。

金井も自分の唐突な行動にびっくりだ。女子にしてはしっかりした、でも確実に自分より細い手首が己の手の中にあることに心臓が逸る。

漸く捕まえた。出来ればこのまま繋いでいたい。なんとか離さないではいられないだろうか。

単に掴んでいるだけの腕に急に生まれた強い執着に頭の中が混乱する。


「うお、金井ちょい腕痛いかも?!」

「あっわ、わりい!」


いつの間にか力が入っていたのか痛みを訴えた福園の声に金井ははっとして手を離す。

失われた温もりに金井の手が寒さを訴えた。


あああ……


言いたいことも言えないまま失態続きの自分にどーんと落ち込むと、気付いた福園が金井の顔を覗き込んだ。


「そんな気にしなくても。あれでしょ、つい男友達扱いしちゃった的なヤツでしょ。なんだそれいつものことじゃん!って失礼な!!」


1人ボケ1人突っ込み、のち笑い。

いっそ爽やかささえ感じさせる福園が金井の背中を叩くいつもの仕草に金井の心が苦しさを増していく。


本気で何してんだ、俺。


最後の最後までこんな感じで彼女にフォローしてもらってそれで終わるつもりなのか、と問いかける。

迷いなく横に首を振る自分自身に勇気をもらい、金井はポケットの中に手を突っ込んだ。

高速で直線運動しかできないロボットみたいな動きで探り当てた布を突きだす。

ズボッ、ガッ、バッ!という擬音でもつきそうな、色気も何もない不躾な動作に福園が目を白黒させた。


「ど、どしたの金井」

「お前にやるっ!」

「え、やるってだってこれネクタ……」

「やるっ!!」


男子がネクタイを渡す意味を知らない学生はおそらくいない。

だから福園もその言葉に息を飲んだ。


記念品が欲しいといった後輩たちも、これだけは欲しいと言わなかった。

予約したいとの申し出もなかったしあるはずないとわかっていても万が一を考えて、金井は式が終わって早々首から外していた。そのままポケットに入れたものだから、金井の手にあるそれは最早用をなさないくらいクシャクシャだ。今金井の手を触ったら緊張で冷たくなっているのがわかるだろう。

さりげなく渡すこともできなくて、締まらない自分を金井は自覚する。

福園の顔を正面から見られないのが情けない。

大したことも言えずこれだけで精いっぱいの自分が物凄く格好悪い。



それからどれだけの時間が経ったのか。



永遠とも一瞬とも思える時間の後。

やがて金井は、する、と手の上の感触がなくなった事に気がついた。



驚いて彼女に目を向けると、そこにはぎこちない仕草でネクタイを首へとかける福園がいた。




変な皺が入りまくった、3年間金井が使っていたネクタイが福園の首元で結ばれる。

体操着にネクタイという実に不格好な格好の福園が、ネクタイの先を引っ張りながらそっと口を開いた。


「……ありがと」


いつになく震えて聞こえる小さな声。

溌剌を体現する彼女が初めて見せる『女の子』の部分に、金井の心臓が一際跳ねた。

喉が詰まっていっそ泣きだしそうな気持ちになって、強く唇をかみしめる。


「……俺も、ありがとう」


言葉では未だ伝えられてない。

未来の約束ひとつできてない。

わかっていたけど、今はこれだけで満足だと思えた。


へへ、とはにかんだ福園が酷く可愛く見えて、つられた金井は気付けば細い目を更に細めていた。

ふとした時に訪れる、こんな瞬間がとても愛おしい。


ふわ、とそよいだまだ涼しい風が早咲きの桜の香りを連れてくる。

2人一緒に顔を上げ、空を仰ごうと―――したところで、わっ!と強い声に取り囲まれた。



「おめでと福ー!!」

「フックーやるねー!」

「せーの、福ちゃんセンパーイ!!」

「よくやった金井!それでこそ男だー!!」


ぎょっとして我に返って見渡せば、辺りは沢山の生徒に囲まれていた。

友達やら後輩やら、見知った顔の中には先生の姿もあって一気に羞恥心が爆発する。


「え、はっ?!」

「ななななっ、皆なんでぇ?!」


「加藤?!お前何してくれてんだ!」

「こんな人目あるとこでいきなりおっぱじめといて良く言うわ!騒ぎはどんどん伝染してくのに黙らせなきゃいけなくてこっちが大変だったつーの!」

後でなんか奢れよな!と叫ぶ友人の姿に金井は火をふいたかのよう赤くなる。

「福見つけて傍に行こうとしたら金井がきたから、遠慮したんだよー!もー良かったね福!皆でわかちあわなきゃと思ってメンバーも呼んできてあげたからね!!」

「さ、さっちゃあん?!」

「良かったね福ちゃん!」

「福ちゃんセンパイおめでとうですー!!」

「ま、ちょっと待―――わーっ?!」


1人の後輩が抱きついたのを皮切りに次々抱きつかれもみくちゃになる福園の声が響く。

倒れかける彼女を支え損ねた金井は後輩らに押しのけられて、嬉しいけど寂しいと福園に懐く後輩達に早速嫉妬心を煽られる。


「金井のライバル半端ねぇな!」


実に楽しそうに笑う友人を睨みつけてから、金井は拳を握って天へと顎を突きあげる。


「……つーか、ぜってー負けねーし!」


力強く吠えた金井にどっと周囲が沸く傍ら、福園は顔を真っ赤にした。



帰り際、少し汚れた彼女の背中と肌寒さ緩和のため、金井が差し出した上着に福園が包まれているのが目撃された。心なしか上機嫌な彼と、心なしか照れくさそうな彼女が並んで歩くその姿を、周囲は微笑ましく見守った。

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