03 年齢偽証とデジャブ
変態注意?
豪華な客室に通された莉愛とスーは、メイドが用意した紅茶とお菓子を食べていた。
いや、飲んで食べている(?)のはスーだけで……。
「………ちょっと、スー」
「ピロ?」
「……核にナイフ刺すわよ」
『怖っ! 核にナイフ刺されたら、流石のお兄ちゃんでも死ぬから! それに、今の萌え所でしょ? 可愛い所でしょ?!』
「気持ち悪いだけだから」
『酷い!』
スーは、あの変態が作った莉愛そっくり人形から出て、今は元の軟体生物姿で、紅茶とクッキーの上を独占していた。話すたびに、その物体が上にはじけて周りに飛び散る。
元の世界で好きだったゲームかアニメ影響なのか可愛いマスコットキャラになろうと、さっきの『ピロ?』という鳴き声を出してあざとさ100%だが、やはり現実は厳しい。
(蛍光黄緑のドロドロしたのが……クッキーを消化して……なぜか紫色に変色して…また戻って……グロイ)
思わず、片手を口許にやる莉愛。
この世界にいた頃は、見慣れた光景だったはずなのに、16年間の平和(ヤンデレの襲撃は除く)な生活で、すっかり免疫がなくなっていた。
『はぁ~。マスコットキャラになりたかった』
「いや、あんた何歳よ! 300は、いってるよね? ね?」
『……あの部屋の隅に立っている騎士に入ろうかなぁ?』
「だめだめだめ!! あんなオッサンに入られて、私のまわりで“ピロピロ”言われたくない!! ……あ、すいません。何でもないです。お仕事続けてください!」
顔中髭面でちょっと涙目になった騎士に睨まれ、莉愛は冷や汗タラタラと流す。
のんきな目の前の軟体生物に、断腸の思いでリュックサックにつけていたマスコットを差し出した。
「これに……入っていいから」
『これは?!』
莉愛の差し出したマスコットは、女子高生の間で人気の猫のキャラクター『ピニーちゃん』だった。愛らしい大きな目と大きなリボンが特徴で、猫のキャラクターのくせにペットが犬というカオスな設定もなぜか受けていた。
「べ、別にあんたの為じゃないんだからね! その気持ち悪いのが目障りだから!」
『おっ。ツンデレの定番セリフ! 姫、乗りがいいね!』
「ツン…デレ?」
『それじゃあ、お兄ちゃん。遠慮せずに、はいっちゃおうかな』
ズルズルとピニーちゃんに入るスー。
『ん。なかなかいい感じかな?』
「………」
手のひらサイズのピニーちゃんに、これだけの容量……どこに? と疑問に思った莉愛は、ピニーちゃんを持ち上げ、両手で絞ってみた。
ぐぎゅううううううううぅぅぅぅ!!!!
『ぎゃぁ! 死ぬ! 中身出る!』
「……なるほど。絞ってもあの気持ち悪い色の出ないんだ」
『気持ち悪い言うなぁ!!』
莉愛の両手から飛び出て、手のひらサイズのピニーちゃんが小さな足をダンダン言わせて怒っていた。その様子に、莉愛はトキメク。
(ヤバイ。か、可愛い!!)
『え?! ひ、姫?!』
「きゃーーー! 可愛い! 中身がスーだと分かっていても可愛い! もう、ずっとここに居ていいよ! いや、居てよ! この姿なら『ピロ?』って言ってもいいよ? ね? むしろ言って?」
ピニーちゃんを手に取って、欲望のままに頬ずりしようと顔を近づけたが……
シュッ
頬ずりは叶わず、莉愛の顔、わずか数センチを横切り、ピニーちゃんの額にナイフが刺さった。
「…ッ!」
途端、動かなくなるピニーちゃん。
(デジャブ?)
つい、数時間前にもこんな事があったような気がする。
ナイフが飛んできた先を見ると、紫色の瞳。
ロイヴァールが冷たい微笑みを浮かべていた。
△▼△
「ロイ?」
「お待たせいたしました。アーリア様」
つかつかと足早に、ピニーちゃんを莉愛から奪い、白くて長い指がピニーちゃんのふわふわの身体に食い込ませたかと思うと、次の瞬間、乱暴に髭面騎士に投げ渡した。
「ピニーちゃん!!!」
「この生ごみは、こちらで処分しておきますね?」
「いや、ダメだよ! 今、中に入っているのは生ゴミかもしれないけど、外側は私の大事なピニーちゃんなんだから!」
「………大事ですか」
綺麗な眉を寄せて、憂いある哀しそうな顔を近づける。
「私よりも?」
「!!」
紫の瞳を滲ませ、首を傾げサラサラと真珠色の髪が流れ落ちた。
この姿を見たら、どのご婦人もご令嬢も町娘も顔を真っ赤にして、卒倒していただろう。
しかし、莉愛の目には、雨に打たれたワンコがシュンとした様にしか見えない。
「ロイ、身体は大きくなったと思ったけど、中身は変わってないね。すぐに泣きそうな顔をして」
あの頃していた様に、莉愛は近づいたロイヴァールの頭を優しく撫ぜた。
「はい。……私はずっと、貴方に囚われたままです」
「また、そんな事言って…………あっ」
つい懐かしくなって、気が緩んでしまった莉愛だが、次の瞬間に顔が青ざめた。
ロイヴァールの頭を撫でていた手をとられ、舐められたからだ。
「……ロイ? あのね、私、前と違うんだよ?」
「どこがですか? その美しい黒髪も、私を捉えて離さない瞳も、吸い付きたくなるような唇も、全てあなたのままです。願わくば、金色の瞳は潰してしまいたいのですが」
(潰す?!)
「いやいやいやいや。ほら、若くなっているでしょ? あの頃とはお互い反対だし。それに、魔力も全くないただの小娘だからね? 目を覚ました方がいいと思うよ?」
「………私は、アーリア様がアーリア様であれば、どんな姿でも年齢でも構いません。それに、魔力など、……ん。私の精を受ければすぐに馴染みますしね」
うっとりとした顔で、指の股まで舐めあげながら話す言葉は物騒だった。
生娘の莉愛でも、腰が砕けてしまいそうな手の愛撫に、すぐにでも手を引っ込めたかったが、このままにしておいた方が、被害が少ない事を本能が知っていた。
(…ぐっ。耐えろ! 負けるな私!)
散々莉愛の手を弄び、最後に手の甲にキスを落とした後、満足したロイヴァールは、若返った莉愛の姿を改めて眺める。
莉愛は、ロイヴァールが用意した服を拒否し、召喚された時と同じダボダボの男の様な服を身にまとい、髪は莉愛が持ってきたバレッタで簡単にまとめられていた。
「女性に失礼な事を聞きますが、今のアーリア様はおいくつなのでしょうか?」
「……えっと…!?」
「アーリア様?」
この世界から向こうの世界に飛ばされた時、23歳で、ロイヴァールはその時15歳。
『アーリア様、僕が16歳になったら……』
(!!!!)
突如思い出す、過去の記憶。
危険。危険。警報発令。無事回避せよ!
「……ち、因みに、ロイは?」
「24になりました」
「へ、へぇ…」
「アーリア様は……」
「じゅうよん! 14歳!! 中学二年生なの!」
莉愛の本当の年齢は16歳。しかし、本能がその事を告げるのは危険と警笛をならす。
思わずでたのは14歳という年齢。
断じて、向こうの世界で中二病患者のお兄ちゃんの影響ではない。
「……そうなんですか。僕の計算ではあちらは、こちらの2倍の時の長さだったはずなんですが……。軸を間違えたかな」
ぶつぶつと、納得いってなさそうなロイヴァールに対し、莉愛は引き攣った笑いを返す。
(つい、年齢にサバを読んでしまった)
心臓がドキドキと煩かったが、なぜだか切り抜けた感に包まれ、ホッと息をはいた。
しかし、そんな様子の莉愛に対して、ロイヴァールはいかにも妙案を思いついたという顔を向ける。
「わかりました」
「はい?」
(嫌な予感……)
「この国の法令では婚姻は16からですが、僕の力で14からにします。だから、僕と結婚してください」
「!!!」
(また、デジャブった!!)
――『アーリア様、僕が16歳になったら、僕と結婚してください』
ロイヴァールから莉愛への、2回目のプロポーズだった。