ナナイロカヲル
【 りんごって、何色?】
そう聞くとみんな、
【 赤色 】
と、答える。当たり前でしょ?
ーーそんな風な顔をして。
でも僕にとってそれは、とても難しい質問だった。なぜなら、僕の世界には色なんてものが存在しないからだ。目に映るすべてのものが褪せていて、僕自身までもが褪せていくようだった。
どっちの色の方が明るくみえるかな。
その色、かっこいいね。
この色だったらこっちの色の方が合ってるよ。
そんなどこにでも転がっているような会話が聞こえるたびに、この褪せた世界でさえ、さらに褪せていってしまいそうで……怖かった。いっそこの世から色なんてもの、すべてなくなればいいのに。黒で全部ぜんぶ塗りつぶしてしまえたらいいのに。そう、思った時だった。ふわっと甘い匂いのする女が、僕の横を通り過ぎた。
ーー次の瞬間、僕は目を疑った。褪せた僕の世界に、色が生まれたのだ。
反射的に後ろを振り返ると、あのっ、と自分でもびっくりするくらいの大きな声で女を呼び止めた。はっと我に返ると、女は大きな目をこちらに向けて、なんでしょうと首をかしげている。どうしよう…。声をかけたのは良いものの、何を言うのかなんて考えてない。戸惑っている僕に気づいたのか、女は少し考えたような素振りを見せたあと、
いい香りでしょ?
そう言って微笑んだ。
それから女は、香水を変えては僕のところへと訪れ、パレットに色をおくようにしていろんな色を教えてくれた。
青は、海が一番好きかな。どう、深い香りでしょ?
黄色はレモン。初恋の香りってよく言うわよね。そう、少し酸っぱいの。
緑色は…森林かしら。落ち着く匂いよ。
橙色はやっぱりオレンジね。色と同じで、この匂い嗅ぐと元気がでるの。落ち込んだ時には、ハンカチに少しつけるといいわね。
そして、いつしか俺の周りには色が溢れていた。
今日も女は、俺のもとを訪れる。隣の小さな背中をそっと抱きしめると、同時に女の香りに抱きしめられた。これはーーあぁ。りんごの香水だ。出会ったあの日と同じ、真っ赤な香り。優しく撫でながら長い髪に指を通すと、それはたちまち広がって、世界に色をつけていく。香りのもとを中心にして、だんだんと赤は淡くなっていった。
綺麗だね。
そうつぶやくと、
いい香りでしょ。
君は、そうつぶやいて笑った。