美貌のレオノーラを巡るアマデウスとテオドールの告白が行われるとき
「君に言いたいことがある」
アマデウスは共にすし詰めになってくっついているテオドールのほうに視線を向けた。首が回らず顔を向けることができない。テオドールは何も答えず窓のほうを見ている。
「君に言いたいことがあるんだと言ってるだろう」
テオドールは視線だけアマデウスに向けると、早く言え、とばかりに口元をぎゅっと結んだ。アマデウスはほっとして話し始める。
「ぼくとレオノーラには子供がいる」
電車ががたごとと規則的に揺れる。アマデウスにはテオドールの唇がへの字に曲がった気がした。
「北に残してきた。あそこは安全だからな」
「何色だ?」
「え?」
初めて喋ったテオドールに驚きながら、アマデウスは聞き返した。殴られることを想定していたが、すし詰め電車では不可能だと気づきほっとした。
「体毛は何色なんだ?」
「ああ、銀色さ。だってレオノーラは灰色、ぼくは白だからね」
「ふうん」
何が「ふうん」だ、悔しい癖に、とアマデウスは思ったが、優越感が段々高まってきたのとすし詰め電車の混み方が体に堪えてきたことで頭が一杯になったのとで、次のテオドールの発言にすぐさま反応できなかった。
「じゃあレオノーラのお腹の中にいるぼくの子は濃灰色なんだろうな。ぼくは黒いから」
電車が規則的に揺れる。さっきと同じように。しかしアマデウスにはそれがひどくゆっくりになったように感じられてならなかった。
「……え?」
「ぼくもレオノーラとの間に子供がいるんだ。五人いるらしい」
アマデウスは呆然とテオドールのほうを見ていたが、テオドールは特に得意気な顔をするでもなく窓を見ていた。
「まさか!」
「レオノーラが嘘をつくとでも?」
アマデウスは黙った。レオノーラへの怒りがふつふつと湧いていた。二人の子供のことを考えた。貧しい老夫婦に預けた四人の子。
彼らは裏切られたのだ。アマデウスはそう思った。自分も裏切られたのだということはついでのように感じられた。
電車は進む。沈黙を乗せて。