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アマデウスとテオドールの間に友情が芽生えるとき

 アマデウスとテオドールは走る。ここは猫の街のすぐそばだ。早く鼠の村に入らなければならない。草原は暗く、アマデウスとテオドールの目を光らせる。

 背の高い木の柵で囲われた村の入り口にたどり着いた。中の村人に声をかけると、上から姿を確認し、重い木戸を開けてくれた。二人はほっと息をつく。

 中に入りながらテオドールが言った。

「アマデウス、君はあの猫にぼくのことを友人だと言っていた。あれはどういう意味だ?」

 アマデウスが笑う。

「意味? 意味なんてないさ。ただ友人というそれだけのことだ。口を突いて出たんだよ」

 テオドールは黙る。アマデウスはテオドールを見ずに続ける。

「でも、君が友人だったらいいとは思うよ。君はぼくを何度も助けてくれた。悪い奴ではないと思う」

「そうか」

 テオドールはそれだけつぶやいた。村の木戸が閉じられた。村はとても豊かな場所で、様々な作物の匂いがした。村長が現れて、宿に連れて行ってくれた。二人は簡素な宿に着くと、疲れが出たのか倒れるように寝た。夢を見ることもなく。

 丸一日が経ち、アマデウスは目を覚ました。テオドールもレオノーラもいなかった。アマデウスはしばらく放心し、やがて身支度を整えた。村は南の暖かい気候の恩恵を受け、明るい。家々もきれいに手入れされている。アマデウスは道を歩く。畑の作物は大きく、豊かだ。アマデウスの村と同じように。村長に礼を言い、アマデウスは入ってきた木戸を出た。それから彼は自分の故郷に向かった。

     *

 二週間後、アマデウスは北の貧しい農家の土地で畑を耕していた。四人の子供たちは彼がいない間にかなり大きくなり、もうむやみにまとわりついたりはせず、手伝いをする。彼は栄養不足で面やつれをしてはいたものの、幸せだった。子供たちと一緒に暮らせるのだから。

 銀灰色の娘の一人がアマデウスのために冷たいお茶を持ってきた。

「お父さん、疲れたでしょう。休憩しましょう」

 娘の優しい気遣いに、アマデウスはほろりと泣きそうになる。農家の夫婦は子供たちをよくしていてくれたらしく、彼がしばらくいなかったにも関わらず素晴らしい子供らはそのまま素直に育っていた。

「ありがとう」

 アマデウスは疲れきった自らの体を地面に落とし、お茶を飲んだ。

「おじいさんとおばあさんはどうしてる?」

 アマデウスが訊くと、娘は悲しそうな顔をした。

「具合はよくならないわ。お医者様が必要だと思う」

 子供たちを育てた老夫婦は、アマデウスがいない間に体を壊していた。しかし彼らは医者を呼ぶ費用を持たない。アマデウスが子供らのために持ってきた資金もあっという間に底を着いてしまった。アマデウスは資金を得ることができたものの、家から追い出されてしまったため、もう家を頼ることはできない。

 アマデウスは作物の少ない畑のそばにあるあばら屋に入った。

「おじいさん、おばあさん」

 薄暗い家の奥では老夫婦が同じ布団で寝ていた。老翁は目を開き、アマデウスを見た。咳をしている。

「お茶を飲みますか」

 アマデウスが娘の持つお茶を老翁と老媼に渡した。二人ともお礼を言ってゆっくりとそれを飲む。

「お医者様を呼べたらいいのですが」

「構わないよ、アマデウス君」

 老翁が答えた。

「君や子供たちに優しくしてもらえるのだからね。病気もいいもんだ」

 老媼も微笑む。アマデウスは泣いてしまいそうになった。彼の自分勝手さが、夫婦をここまで不幸にしたように思われてならなかったからだ。子供たちも、貧しい暮らしをせずに済んだかもしれない。

 そこに別の畑で働いていた息子の一人がやってきた。

「お父さん、お客様だよ」

 それを聞いたアマデウスは呆然としたまま外に出た。

 銀灰色の息子の横に、黒いテオドールが立っていた。

「君……」

 アマデウスが思わず声を上げると、テオドールは大きな歩幅でやってきて、彼の手を握った。アマデウスはテオドールにそのようなことをされたことがないので仰天した。

「話がある」

 世間話さえせず、いきなりそう言われた。四人の子供たちと老夫婦が戸惑ったように彼らを見ている。

「そうか、彼らが……」

 テオドールは子供たちや老夫婦を見回して、うなずいた。

「ぼくはどうにかできる。アマデウス、話をしよう」

 テオドールは黒い車でやってきていた。アマデウスをそれに乗せて、連れ出す。アマデウスは目を白黒させている。

「君ときたら、相変わらず金持ちだな」

「北にいるときだけだ。南では一文無しだから、ぼくはレオノーラに捨てられてしまった」

 運転しながらテオドールは答える。アマデウスは目を丸くする。

「子供たちのことも可愛がらない。子供たちはすっかりひねくれてしまった。でも北で彼女と離れて暮らしたらいいんじゃないかと思ってやってきたんだ」

「そうか」

 テオドールはアマデウスを彼の宿に招き入れた。とても立派な十階建てのホテルのスイートルームである。アマデウスは懐かしい裕福さの香りに、また泣きそうになった。

 いくつも部屋があるスイートルームはきちんと掃除され、花の香りの中、五人の濃灰色の幼い子供たちがいた。その一人、息子がテオドールに訊く。

「そのおじさん、誰?」

「ぼくの友人だ。アマデウスという」

 アマデウスは驚いた。テオドールが彼を友人と呼んでいるのだ。子供たちは不満そうに黙り、アマデウスをじっと見詰めた。テオドールは子供たちを別室に入れ、アマデウスを椅子に座らせた。

「ぼくはレオノーラにほとほと疲れてしまった」

 テオドールは床を見詰めてつぶやく。

「派手好きは知っていた。それは構わない。でもぼくが南で貧乏になると全く家に寄りつかなくなった。機械工はまた始めたが、彼女は金持ちのパトロンのほうが好きなようでね。生まれた子供たちを構わないのには本当にうんざりした。お乳だけやって、あとはぼくにぽいだ。酷いもんだよ。ぼくも嫌になったし、捨てられてよかった。もう二度と会わない」

 アマデウスは子供たちのいる部屋を見た。まだ幼い子供たち。とても哀れだった。

「南に行けば暮らしは確実に変わる。子供たちに裕福な暮らしをさせることくらいはできる。だから来た。君がどうしているかも気になったしね」

「しかしテオドール、君はぼくを嫌っていたから、気にする道理なんかないじゃないか」

 アマデウスが言うと、テオドールはちょっとだけ笑った。

「君はぼくのことを友人と言った。猫の家から救い出してくれた。それでぼくが君に友情を抱いて、何か困ることはあるかい?」

 アマデウスはぽかんと口を開けた。

「ぼくは友人なんていらなかった。レオノーラさえいればいいと思った。でも考えが変わったんだ」

「つまりぼくを友人にする……と?」

「君さえよければ」

 アマデウスはしばらく考え、ちょっと笑った。それもいい、と思ったのだ。テオドールが手を差し出す。

「よろしく、友人アマデウス」

 アマデウスはそれを握る。

「よろしく、友人テオドール」

 彼らは互いに笑った。

「そして頼みがある」

 テオドールは急に真面目な顔になる。

「君がぼくの財産を管理してくれると嬉しいのだが」

 アマデウスは立ち上がる。テオドールは彼をまた座らせようとする。

「君の財産? 何故ぼくが?」

「アマデウス、君は元領主だ。財産の運営がうまいだろうと見込んでのことだ。そしてぼくは財産を動かすのが下手だ。持ち重りがするのは使い道がわからないからなんだ。だから君に頼むんだ。もちろん給料は出す。子供たちに教育を受けさせあの老夫婦を医者にかからせるだけの」

 そこまで聞いて、アマデウスは疑った。

「君、ぼくに同情してそんなことをしようというんじゃないだろうね」

 テオドールは首を振る。

「君は友人だ。信用できるのは君だけ。それだけの理由だよ」

 アマデウスはまた考え込んだ。先程より長く。そして顔を上げ、

「わかったよ、友人テオドール。ありがとう」

 と笑った。

     *

 アマデウスはテオドールのために働き始めた。テオドールも慈善事業を始めた。北の貧しさを、彼の例外的な裕福さで変えようという試みだ。不思議なことにテオドールの財産は何をやっても目減りしない。北の地は、テオドールの事業のお陰で悲惨ではなくなってきた。鼠の数も増え、住みやすくなったのだ。

 アマデウスの子供たちはテオドールの子供たちを預かり、遊んでやるようになった。優しいアマデウスの子供たちのお陰で、テオドールの子供たちは明るさを取り戻した。

 アマデウスは今でも老夫婦と共に暮らしている。老夫婦は栄養のある食事を食べ、医者にかかることで元気になった。家はもうあばら屋ではない。質素ながら大きな住宅だ。

 アマデウスはかつての明るさを取り戻し、テオドールをうんざりさせている。しかし彼はアマデウスを許す。何故なら彼は友人だからだ。

「なあ、テオドール」

 アマデウスがある日、テオドールの家の広い庭でお茶を飲みながら訊いた。テオドールはぴくりと耳を動かし、アマデウスを見る。

「かつての大変な困難を、思い出話にすることはできるのだね」

 テオドールは笑った。

「ぼくらも大変な冒険をしたからね。子供たちに話したら目を丸くしていたよ」

 それを聞いて声を上げて笑ったアマデウスが、急に小声になる。

「レオノーラは南で大人気らしいね」

 テオドールは目をくるりと回す。

「そうらしい」

「人気者で結構。幸せにやってるならいいよ」

「人気が落ちたらこちらに来るに決まってるがね」

 アマデウスが更に小声になる。

「来たらどうする?」

 テオドールも小声になる。

「彼女次第さ。彼女が反省していたら。でも、しばらくはそんなことは……」

 テオドールの家の使用人がやってきて、彼に耳打ちをした。テオドールの表情がみるみる驚愕に変わる。アマデウスはきょとんとしていたが、テオドールの一言で同じ顔になった。

「レオノーラが来た」

 テオドールの庭の入り口から、美しい灰色の鼠がやってくる。微笑み、手を振りながら。

 アマデウスは頭を抱えてテーブルに目を落とした。前を見ると、テオドールも同じ格好をしていた。

 二人は同時にため息をついた。テオドールが立ち上がり、

「ようこそレオノーラ。南での人気が落ちたのかい?」

 と言った。アマデウスは大笑いした。テオドールの変わりようがおかしかった。レオノーラは案の定むっとして佇んでいる。

《了》


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