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春雪  作者: 桃川 ゆずり
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 とうとう別れてしまった……。

 付き合ってから1年も続かなかった恋人関係。

 恋愛感情のない付き合いだったことを考えれば続いた方なのだろう。


 別れを告げられた夜、泣くだけ泣くと疲れ果ててしまったらしく、そのまま眠ってしまった。

 起きると悲しさと空しさで気持ちがいっぱいでぼうっとしてしまう。


 顔がむくんでいるのが自分でもわかる。

 まぶたなんてひどく腫れあがっていることだろう。


 会社に行かなければならないので、冷たいタオルで顔を冷やす。


 彼と付き合っていたこと自体最初から無理があったのだ。

 一方的な恋。

 想っていたのは私だけだったのだから……。


 自分の魅力が乏しいことは知ってる。

 何のとりえもなく見た目がいいわけでもない。

 胸も小さくて痩せ過ぎている。

 性格も消極的だし流行にも疎い。

 私には誇れるものなど何もなかった。

 こんな私のどこを彼が好きになると言うのだろう。


 私が出来ることは、彼の負担にならないこと。

 誠実であることくらい。


 初めから諦めていた恋のはずだった。

 それなのに、ずっとそばにいてくれる彼にいつの間にか期待するようになってしまった。

 いつか私の想いに応えてくれると……。


 無駄な夢を見ていたのだ。

 目が覚めれば消えてしまう淡い夢が現実になるのと思っていた自分に笑える。


 側にいられるなら彼に想われていなくてもいい。

 そう口では言っていながら、本当は愛されたと望んでいた。

 自分だけを見て欲しい。

 独占したい。

 切ない想いばかりに胸が締め付けられる。

 

 あれから9日目。

 私は携帯の電源を入れていない。

 電源を入れれば彼からの電話を待ってしまう。

 それが怖い。


 別れるなんて言い過ぎたと、彼からそんな電話が来るのではないかと携帯ばかり見てしまうことが予想出来るほど未練があった。


 朝起きて会社に行って仕事して帰る。

 単純なリサイクルで生活しても、涙は出るし食欲もわかない。

 前向きになれない弱い自覚はある。

 でも今はそれが精一杯だった。





 今日はクリスマスイブ。

 外では楽しそうなクリスマスソングが流れている。


 雅輝君は電話をかけてきたあの女性と本当に会っているのだろうか?

 確かめる術などないけれど、雅輝君がそんなことをする人だとはどうしても思えない。

 もう別れてしまった私には関係なくなってしまったけれど……。


 私は首を振ると布団に潜り込んだ。

 寝てしまえばもう何も考えずにすむ。

 今は時間が心を癒してくれるのを待つしかない。


 そうして寂しいクリスマスを過ごした。

 一昨年までは彼がいなかったから、同じようなクリスマスを何度も過ごしたはずなのに……。


 忙しく働いてへとへとになって帰宅する。

 そんな毎日が続いていた。


 毎日忙しくしていれば彼の事を思い出さないと思っていた。

 けれど、どこに行っても思い出される雅輝くんとの記憶。

 一年なんて短いと思っていたけれど、たくさんある思い出を考えると全然短くなんてなかった……。

 もう増えることのない思い出だと思うと胸が苦しくなって痛む。


 私にとって、初めての恋で初めての別れ。

 失恋は誰でも普通は経験するもの……。

 だからいつかはこの苦しみも消えていくだろう。

 そんなふうに自分を慰めるしかなかった……。


 へとへとになりながら自宅の玄関に入ると男物の靴が数人分置いてあった。

 父の靴ではない。

 他の人の物だとわかる。


「ただいまー。お客さんが来ているの?」

「あら、おかえりなさい。蓮ちゃんとお友達が来てるわよ」


 母が台所から顔を覗かせた。


「先輩?」


 マフラーを外しコートを脱ぐ。

 先輩はなぜ突然来たのだろう?

 しかも友達と一緒って……。

 

「あなたの部屋に案内したからね!」

「ええ?」


 別に見られて困るような部屋ではない。

 基本的に使い勝手がいいようにこまめに掃除している。

 それでも自分の部屋に先輩以外の男性がいることが恥ずかしくて慌てて二階への階段を上がる。


「七海、お帰り」


 私の声と足音が聞こえたのだろう。

 先輩が私の部屋から出てくる。


「先輩! いったいどうしたの? 年末で仕事が忙しいんじゃなかった?」

「忙しいけど誰かさんが毎日泣いてるみたいだからね」

「あ……」


 部屋で泣くと先輩にわかってしまうことは知っている。

 だから今までお風呂で泣くようにしていたのだけど、おばさんに心配をかけてしまうったこともあって最近は自分の部屋で泣くようになっていた。


「心配かけてごめんなさい……」

「辛い時は一人で抱え込まないで、誰かに話せば少しは楽になるっていつも言ってるだろ?」

「でも……心配かけたくない……」

「七海……」


 先輩の大きな手が私の頭を軽く撫でる。

 辛い時、一番に駆けてきて私を助けてくれたのはいつも先輩だった。

 やさしい記憶に心が震える。


 先輩に背中を押されて自分の部屋に入ったとたん私は動くことが出来なかった……。


 



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