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私は恋をした。
それは甘いどころか辛くて切なくて苦しいものだったけれど……。
相手の名前は「柳 雅輝」
親友、美紀の彼氏である達也くんの親友。
彼に初めて会った瞬間から、私は彼に好意を持った。
その好意は彼の内面を知る度に膨らみ続け、気づいた時には恋に変わっていた……。
けれど、私はその気持ちを持て余して途方にくれるしかない。
だって彼は手の届かない人だから……。
整った容姿に甘いマスク。
すらりとした体躯のわりには意外と筋肉質で、背もそこそこ高い。
きゅっと引き締まった小さなお尻には、細く長い足がついている。
骨ばった手には長く細い指。
少し癖のついた髪はさらさらと音を立てて風になびく。
容姿に惹かれた訳ではないけれど、そうだと言われても仕方ないほど彼は容姿に優れていた。
当然女性からもてる。
彼が女性から告白されているのを何度も見かけた。
けれど彼はどんな女性から告白されてもけして受け入れることはない。
達也君は彼が女性に対し少し不信を抱いているのではないかと言っていた。
私も時々そう思うことがあった。
彼は誰にでも人当たりが良く、男友達も多いいし付き合いもいい。
性格も良く、容姿のいい彼を当然女性はほっとくはずがない。
彼に近づく女性は私が予想しているもよりはるかに多かった。
彼に対し、友人として接していれば何も問題はない。
しかしそこに恋愛感情が絡むと彼からはっきりと拒まれるようになるのだ。
友人としてのポジションにいる私が彼に想いを悟られるようなことは出来るはずもない。
彼と出会ったきっかけは、美紀が達也君と大型テーマパークへ行くことになり、それぞれ仲のいい友人を誘って一緒に遊ぼうという話しに私が誘われたのが発端だった。
メンバーは美紀と私と真菜と基子。
達也君は彼と学君と裕也君。
その日男女8人で楽しくテーマパークを回った。
達也君の友人は全員気さくで明るく意外と配慮深い人ばかりだった。
女性陣も楽しいことが大好きな人ばかりだったので、すぐに意気投合し楽しく遊んだ。
気さくに楽しく過ごせる気の合うメンバーとして、それからこのメンバーで何かと遊ぶようになった。
8人グループが定着しもうすぐ1年って頃、些細なきっかけが原因で美紀に私の気持ちを気づかれた。
しかも運悪く気持ちを言い当てられた時、近くに達也君もいたのだ。
2人とも私の気持ちを喜んでくれた。
2人の応援はいつの間にかグループに広がり、みんな私と彼をくっつけようと動き出した。
私は彼に距離を置かれたくなくて必死に止めたのだけど、すでに遅く、彼はすぐにみんなの思惑に気づいてしまったのだ。
私の事を嫌いなわけではないことはわかっていたけど、好かれているとも思えない彼との距離。
当然、私の気持ちを知った彼の反応は悪かった。
あの時の、嫌そうに歪められた表情を今でもすぐに思い浮かべることが出来る。
最初は嫌がっていた彼も、周りの強引な応援により折れた。
そして周りに押し切られたような形で私たちは恋人同士になったのだ。
恋愛感情から始まったわけではない恋人関係。
とてもうまくいくなんて思えなかった。
すぐに別れるだろうと思っていたが、予想に反し彼から定期的にメールを送ってくれたりデートに誘ってくれたりして、恋人関係は意外と続いていた。
最初は周りへの義務感から関係を継続しようと努力しているのかもしれないと思ったけれど、彼が努力してくれているのだ。
不満に思うことなんて出来ない。
私も出来るだけ彼に不愉快な想いをさせまいと、常に彼の様子には注意していた。
彼の信頼を裏切らないように、誠実で穏やかな関係を維持するように努力したのだ。
友達のような関係から本当の恋人の関係になったのは、付き合ってから10ヶ月ぐらい。
デートの時、彼は少しだけお酒を飲んでいて、その帰り彼の部屋に誘われた。
この誘いがどんな意味があるのか私にもわかっていた。
酔った勢いなのか、彼の気持ちが私へ向いてきたのか私にはわからなかった。
でもちゃんとした恋人同士になれたら、2人の関係に変化があるのではないかと思ったのだ。
実際は体を重ねても彼の少しだけ素っ気ない態度に変化はなく、2人の間にある見えない壁も消えることはなかった。
悲しい現実。
体を重ねていても、彼からの愛を告げる言葉はない。
彼の心が自分にないことは十分にわかっていても彼に求められれば応えた。
恋人同士になっても私は片思いのまま……。
片思いでも仕方ないと思っていても、時にどうしょうもなく胸が苦しくなった。
彼は周りに言われて仕方なく私と付き合ってくれているのだ。
そんな彼と別れることなんて出来ないのだから受け入れるしかない。
そう何度も呪文のように自分に言い聞かせる。
私と別れて、彼が他の女性と一緒にいることを想像するだけで胸が潰れそうに苦しい。
想像だけでこれだけ苦しいのだ。
本当に起きたらどうなるのか怖い。
私は恋人になっても手の届かない彼を想うことしか出来なかった……。
そんな関係に一石が投じられたのは、付き合うことになってもうすぐ一年になるクリスマス前の事だった。
突然、知らない番号が携帯のディスプレイに表示された。
戸惑いつつディスプレイを見ていると、しばらくしてメッセージのアイコンが点滅した。
電話をかけて来た人がメッセージを残したらしい。
私はゆっくりと携帯を取って、そのメッセージを再生させる。
『大事な話があるので折り返し電話してください。電話番号は×××ー××××ー××××です』
電話の向こうから聞こえてきたのは、聞いたこともない女性の声だった。
一瞬悩んだものの私はその番号にかけなおすことにした。
すぐにかけ直したせいか相手はすぐに電話に出た。
「今お電話いただいたみたいなんですけど……」
相手の女性はメッセージの時より低い声で話し出す。
『高木 七海?』
「……はい」
いきなりフルネームを言われて少しだけ警戒してしまう。
知らない人に呼びつけられることなんてあまりないからだ。
なんとなく嫌な予感がして携帯を持つ手が震えた。
『私、浜崎ゆりか。柳 雅輝の恋人なの』
「え?」
いきなり告げられた言葉に、私の時間が止まった……。